第五十四話 時代
洗面所で髪を乾かす弧見。
その背後から千佳伊が鏡をのぞき込む。
数日が経つも、千佳伊の興奮は収まっていない。
「弧見よ。小説の良し悪しとはどこになると思う?」
「う~ん、よく指摘をもらうし、矛盾が少ない作品が良いんじゃないかな~?」
ドライヤーの数倍の音量で、千佳伊の「たわけ!」が洗面所に響く。
「良し悪しは矛盾の少なさではない。面白さの多さだ!」
「でもでも、矛盾があるから読むのをやめたって言ってくるよ?」
鏡ごしに抗議する弧見。
千佳伊は服を脱ぎ、浴室の扉を開けた。
「それで作品を軌道修正するのなら、矛盾警察に屈したと言える」
「なら取り締まりは間違い?」
「そうとも言えん」
浴室へ入った千佳伊がシャワーのお湯を出す。
「認知リソースの問題だ」
「ん? 読者が処理しきれないってこと?」
浴室でカポンという音が反響する。
「キャラの多さ、展開の複雑さ、1エピソードの長さなども密接に関係している」
「いま関係なくない? 矛盾警察の話だけど?」
弧見がドライヤーを止め、浴室の方を見た。
千佳伊からは「同じことだ」と返される。
「語彙、矛盾、何かしらの引っ掛かりは認知リソースを圧迫する」
シャカシャカという音と一緒に話は続く。
「とくに矛盾は疑問点で脳内が塗りつぶされてしまう」
「あ~、だから面白い内容も入ってこないってことになるの?」
弧見が返事を待つも、特に肯定も否定も返ってこない。
代わりに、湯船へ浸かる音が響いた。
「分かりやすさ≒面白さの理論には賛同できんが、損ねるという意見は分かる」
「それならテンプレの印籠は必要だったりしないの?」
「身分隠し時代劇のお約束だな」
千佳伊が行う〝忙しい人のため〟の講座。
───────────────────
水戸黄門 ☞ 「この紋所が目に入らぬか!」敵は驚愕。
遠山の金さん ☞ 「この桜吹雪に見覚えがねぇとは言わせねぇぜ」敵は狼狽。
暴れん坊将軍 ☞ 「余の顔を見忘れたか」敵は戦慄。
───────────────────
「要は〝私が誰なのか分かった時点で、お前はもう勝てない〟の図式だ」
「チカチカは何が気に入らないの?」
ザパーーー!
弧見が水音に驚いた瞬間、浴室の扉が開かれた。
「私はな、聞き分けの良い読者も作者も嫌いだ」
「いかにもカフカ的な作風のチカチカらしいよね」
「は? 私がカフカに似ているのではない。逆だ! 分かっているか?」
千佳伊に向けてバスタオルを投げつける弧見。
「どうせウチは、聞き分けの良い凡人です~!」