第七十一話 戦略
病院の一室。
古室からの電話を受けた。
『やぁ、千佳伊さん。僕を信じてくれて嬉しかったよ』
「ふん。最初は裏切ろうとしていたのだろう?」
『参ったな。お見通しか。なら、あの炎上はわざとかい?』
様々な情報のすり合わせ。
会う約束をして電話を終えた。
病室のベッドで横になっていた弧見が体を起こす。
「う~、出版社との打ち合わせ。ウチも行きたかった」
出産間近なのに子宮口が閉じたままで、弧見は念のための入院。
残念がる弧見に、仙がおでこをくっつける。
「マイハニー、心配なんだ。無理しないで」
「ダーリン......」
「やめろ。ここは病室だ。ラブホではないぞ」
千佳伊がわざとらしい咳ばらいをした。
二人は苦笑い。
そしてそわそわしだす。
「チカチカなら交渉もきっと上手くいくよ」
「ようやくここまで来たな」
「お前たち、特定の副詞や畳語を繰り返しすぎだ!」
病室のサイドチェストで千佳伊がノートパソコンを開く。
「見よ! きっと、ようやく、そわそわ厨だぞ!」
語彙厨たちを一刀両断するパワポ。
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〝きっと連呼〟──将来に期待しすぎ。
〝ようやく連呼〟──大変だったのでしょうな。
〝そわそわ連呼〟──落ち着きましょう。
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「おい、聞いているのか!?」
「ダーリン、愛してる」
「俺も」
「隙あらばチュッチュチュッチュしかできんのか!」
ノートパソコンを閉じる音が強く響いた。
すぐさま千佳伊が多伊奈を抱きかかえる。
「では行ってくる。弧見はゆっくり静養しろ」
都営新宿線にのり、出版社へ。
千佳伊と仙は我が子を抱きながら、会議室へとやってきた。
「ついに......だな」
「〝やっと〟や〝ついに〟に変えても頻度に差異はない。それよりも──」
千佳伊の表情が引き締まる。
「ここは敵地だ。気を引き締めろ」
「あぁ」
仙の返事と同時にノックが鳴り、ドアが開かれる。
「お待たせしました。わたくし、担当編集の山元豊と申します」
「うむ。よろしく頼む」
でかい態度で名刺を受け取る千佳伊。
気にした様子もない担当編集が話を切りだした。
「ところで千佳伊さん。売り方についてご相談が......」
担当編集が声を細めたことで、千佳伊も目を細める。
「一応聞こうか」
「貴女の主張が〝いかに間違っているか〟の方向で売りましょう!」
「あ゛?」
──瞬間。
会議室は極寒の空気で包まれる。
しかし、担当編集は空気を読まない。
「イケると思うんですよね。頭オカシイですから!」
笑顔の担当編集。
無言の二人と泣き出す多伊奈。
会議室には、張り裂けるような多伊奈の泣き声が響いた。