04:傲慢と高潔
「ふはは⋯⋯これが私の力だL-02よ⋯⋯はぁはぁ⋯⋯私の特性は下僕⋯⋯我が意のままに動く工作員が作れること⋯⋯そしてこの下僕はネズミ算式に増やすことができる。⋯⋯ふふ、素晴らしい力だろう?」
吸血鬼型強化人間V-10の赤い瞳の光。
それに呼応するかのように、無表情な被害者の女性が背後から亮に組み付いていた。
「おっと、気をつけろよ? L-02。工作員といっても少し強くなった程度の人間。お前が『本気』を出したら軽く引き裂いてしまうかもしれんからなぁ?」
「ちっ⋯⋯本当に汚いな、お前らは⋯⋯」
亮の脇下から肩口をホールドする女性の腕は、ひどく細く脆そうだ。亮が少しでも強引に振り払えば、枯れ枝のように容易く折れてしまうだろう。その光景を想像してしまい、亮は力で抵抗することを諦めた。
亮の悔しがる様子を見て、V-10は満足そうに喜んでいた。
「仕方ない⋯⋯悪いね、お姉さん。ちょっと痺れるぞ?」
女性に羽交い締めにされながらも、亮は胸の前で両手を合わせて印を結び始めた。
「雷遁・神鳴閃!」
バチチッ
亮の指先から、闇を斬り裂くような青白い火花が爆ぜた。
鼓膜を震わせるほどの放電音が響き渡る。
直後、亮を羽交い締めにしていた女性の腕から力が抜け、糸の切れた人形のようにその場へ崩れ落ちた。
「な⋯⋯な、何をした?!L-02! なぜ私の下僕が! ええい立て、立ち上がれ我が下僕よ!」
V-10は瞳を赤く輝かせ、女性はぴくりとも動かない。
「雷遁だよ。雷撃の忍術ってやつだ」
いま目の前に起きていることが信じられない。
裏世界の組織、『ガーデン』によって改造された自らの肉体。人類の進化系であることに彼はプライドを持っていた。
そのV-10の偽りのプライドが、いま、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「ニ、ニンジュツ⋯⋯? バカな⋯⋯L-02は旧型の強化人間⋯⋯。こんな、こんなことができるはずが⋯⋯」
しかし、自身がL-02、すなわち神月亮に勝利することは叶わないという事実も、また明確に悟らされてしまった。
「そうやって、自分の肉体が強くなったと勘違いして、多くの人間を見下してきたんだろ? そんなもんは強さじゃねぇんだよ」
「おのれ⋯⋯おのれぇ! ゆるさん⋯⋯ゆるさんぞぉ!!!」
激昂したV-10は懐から小型の銀色の筒――ニードルレスインジェクターを取り出し、その先端を自らの首筋に突き刺した。
「が、ああああああああっ!!!」
V-10の全身の筋肉が膨れ上がる。
皮膚の下を太い血管がミミズのように這い回り、骨がメキメキと音を立てて形成され、顔の形も大きく変化した。
もはや整った顔立ちの外国人の姿はそこになく、より獰猛な、一体の血に飢えた獣のような存在になっていた。
「こ、これは......?!」
亮の顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。
「ふ⋯⋯ふはは! 貴様の負けだ! これが我らの最新技術、強化剤ブースト・ブラッドだ!!」
荒い息を吐きながら異形の姿へと変化したV-10。
しかしその表情には、まだ狡猾さが残っていた。
「この力の前に、貴様など塵に等しい! 私を舐めるのもここまでだ!」
その言葉と共に、V-10は信じられないほどの速度で亮との距離を一瞬で詰め、その鋭い爪を亮の腹部めがけて突き出した。
「ぐっ!」
亮は辛うじて苦無で受け止めたが、その衝撃は凄まじく、亮の体は数メートル後方の木の幹に叩きつけられた。
「くそっ⋯⋯スピードも力も増しやがった⋯⋯!」
驚愕する亮の表情を見たV-10は満足そうに口を歪める。
『ブースト・ブラッド』の力は圧倒的であり、V-10が自信を取り戻すのに十分なほどだった。
「ふふふ⋯⋯いいぞ、その貴様の表情⋯⋯無力さを味わうがいい⋯⋯!」
V-10の赤い瞳が倒れている桜華を捉えた。亮がその意図を察した時には、V-10は一瞬で桜華目掛けて突進し、その鉤爪を振りかざした。
「しまっ⋯⋯!」
完璧な肉体を持ちながら、若さゆえの油断。
大切な友人が傷つく姿を想像した瞬間、亮は忍術を使うことすら忘れ、桜華に向かって飛び込んでいった。
「ぐうっ⋯⋯!」
桜華を庇った亮は、V-10の重く凶悪な一撃を背中に浴びた。その衝撃で制服は引き裂かれ、彼の背中には深い傷が刻まれていた。
しかし、その傷口からは大量の湯気が立ち上り、V-10の傷と同じように修復されていく。それは強化された肉体によるものなのか、あるいは⋯⋯。
「はははは! どうだL-02! これが最新型の力だ!」
亮に深い傷を与えたことに満足し、高笑いをあげるV-10だったが、その声は徐々に人間からかけ離れていった。
「ふははっ⋯⋯ぐははっ⋯⋯あぐっ⋯⋯?」
血走った目で亮を睨みつけ、口元からは涎が垂れている。
「ぐうぅぅ......ガアアアァ!」
そして、ついにV-10に限界が訪れる。
理性という鎖は完全に外れ、その口から発せられるのは獣のような唸り声と、亮を食い尽くそうとする殺意に満ちた叫びだけになった。
やがてその上半身の服は弾け飛び、両腕から両脇までに皮膜が伸びていく。
それはまるで、蝙蝠と人間の合成生物のような姿になっていた。
しかしその皮膜による翼は不完全で、飛行するには至らない。
あくまでもこの肉体の元になった『ナニカ』の姿に戻ろうとしているかのようだった。
「そうか。力と引き換えに獣と化す薬か......。お前のプライドは、そんなものに頼った時点で終わってたんだよ」
亮は息を荒げながらも立ち上がる。桜華を庇って引き裂かれた背中の傷口はもうほとんど塞がっていた。
背後には、未だ気絶したままの桜華がいる。獣となったV-10と戦えば、桜華を巻き込む。
「来いよ化け物! お前が欲しいのは血なんだろ?!」
そういうと亮は迷わず苦無の切先を自らの左手のひらに突き刺した。
苦無を引き抜くとボタボタと血液が地面に滴り落ち、新鮮な血の匂いが風に乗って広がった。
「ガアアアアアッ!」
その血の匂いにV-10は狂ったように咆哮し、猛然と亮に突進する。
亮は敵の注意が自分に向いたことを確認し、木々の間を縫うように不規則な動きで走り出した。
桜華から十分に距離を取ったことを確認すると、あえて太い木の幹に向かって速度を落とさず突っ込んでいく。がら空きに見えるその背中にV-10が爪を突き刺そうとしたその時⋯⋯!
亮はその木の幹を重力を無視するかのように駆け上がり、宙返りした。
突然目標を失ったV-10の爪は空しく幹を抉り、その衝撃で一瞬動きが止まる。
V-10の死角となった空中で、亮は手印を結び終えていた。
「土遁・剛泥縛」
その掛け声とともに着地し、両の掌を地面に突きつける。
蛇が這うように地面にひびが入り、その亀裂はV-10の足元に到達する。そこから噴き出した超高密度の泥が、V-10の両足を膝まで飲み込み凝固した。
「ガァァッ!?」
足元を完全に固定され、成す術もなくその場に縫い付けられる獣。
そして亮は間髪入れずに次の印を結んでいく。
「吸血鬼は⋯⋯火に弱いよな? ならばこれだ! 火遁・灼炎斬!」
亮が腰から引き抜いた苦無の刃に、ごうっ、と音をたてて炎がまとわりつく。それはただの炎ではない。鋼の苦無は瞬く間に赤熱化し、夜に近づいた公園を朱に照らしていく。
「行くぞV-10! お前のその奢りの象徴⋯⋯終わらせてやる!」
亮は苦無を構え、下半身を封じられたV-10へと瞬時に距離を詰めた。
「ガアアアアアッ!」
V-10が咆哮し、左翼の爪で亮を切り裂こうともがくが、亮はそれをかわしてカウンターの斬撃を放った。肉が焦げる「ジュッ」という音が鳴り、悪臭が立ち込める。驚異的な回復力を持つはずのその肉体に負った傷は、高熱で焼かれたためか、容易には再生しなかった。
「これで終わりだ!」
亮はバックステップで一旦下がると、そこから一陣の風となって一気にV-10の胸部めがけて踏み込んだ。
ズドッ!
赤熱化した苦無はV-10の胸部――その心臓を正確に貫いていた。
そして、V-10は微動だにしなくなった。
亮はゆっくりと苦無を抜き、V-10に背を向けた。
「お前の敗因は三つだ」
その姿勢のまま、硬直して背後にいるV-10には振り返らず、静かに言葉を告げる。
「一つ、自分の活力のために普通に生きる人を犠牲にした。
二つ、理性を無くす強化剤とやらに頼った」
最後に、意識を失っている桜華に目を向け、彼は三つ目の敗因を口にした。
「そして三つ、お前は俺のダチ、瀬島桜華を襲った」
亮は、人と神の境界に立つ者として、偽りの神になろうとした者への弔いの言葉を、静かに目を閉じて捧げるように述べた。
「それは、人間には過ぎた力なんだよ」
その言葉がV-10に聞き取れていたか、定かではない。
しかし、亮が「三つの敗因」を語り終えたのと同時に、V-10の体は塵となって崩れ落ちていった。
亮は横たわる二人の女性に視線を落とすと「ふう」と息を吐き出した。
彼が負ったはずの傷は全て修復されている。
公園の森は、さきほどまでの死闘が幻だったかのように静寂を取り戻していた。
「さて、どうすっかな⋯⋯。静馬のおやっさんにはまた小言を言われそうだけど⋯⋯仕方ないか」
亮は頭をガシガシ掻いてからスマートフォンを取り出し、静馬に連絡を取った。
「ああ、おやっさん? おれ俺、亮。ああ、うん、ガーデンと戦った。うん、わかったって。あとでお叱りは受けるからさ⋯⋯」
「うん、そう、吸血鬼型の強化人間だってさ。でさ、一人被害者がいるんだけど、アンタレスで保護してくれないかな。あ、あと俺のダチ、被害は受けてないけど気を失ってるんで、ああうん、一般の病院にそれとなく運んでやって」