

第二幕 亀(たぶん)は緑色のキラキラ、鬼ヶ島へ強制連行
旅立ちの朝、家の前で母親らしき人物が梅太郎を見送った。
「気をつけて行ってくるんだよ」
......母、いたのか。
この人物については、正直なところ記憶が錯綜している。育ての親なのか、近所の通りすがりのオバサンなのか。今となっては確認のしようがない。とにかく「誰かに気をつけてと言われて送り出された」という実績だけを残し、彼女は歴史の闇へと消えていった。
気を取り直して町を歩いていると、隣に住む男から声をかけられた。
「よう、梅太郎。おじいさんとおばあさんの喧嘩止めるってな? 頑張れよ!」
シャフトである。
この男の名前の由来は、筆者が当時着ていたトレーナーの胸にプリントされていた文字を、そのまま隣人キャラの名前に流用しただけの代物だ。深い設定やこだわりは微塵もない。
...しかし、ついてこないのか?冒険と言ったら仲間でしょ。明らかに仲間に入ってきそうだが。
気を取り直して町の北にある浜辺へ向かうと、緑色にキラキラ光るエフェクトをまとった「何か」がいた。
梅太郎がその正体不明の物体に声をかけると、
「おい、カメをいじめるな!!」
突然、海から怒り狂った大男が海から襲いかかってくる。
浦島だ。ただ声をかけただけなのに、いきなり問答無用で襲いかかってくるとは理不尽の極みである。それより問題はその見た目だった。
「いや、最初の戦闘からグラフィックがラスボスすぎるだろ」
浦島太郎のくせに、見た目はツクール3で使える素材の中で最大級のボス用グラフィックだった。画面いっぱいに鎮座する巨大なドット絵を、よりによって最初の雑魚戦に投入しているのだ。
その圧倒的な威圧感とは裏腹に、こちらの攻撃で与えられるダメージはわずか一桁。見た目の絶望感と実際のしょぼいダメージ量のギャップに、当時は腹を抱えて大笑いしていた記憶がある。
浦島を撃退すると、キラキラ光る物体――亀が静かに言った。
「恩返しに、鬼ヶ島に連れて行きます」
......何をした。竜宮城じゃないのかよ。
イジメから助けたのか、理不尽な浦島から解放してあげただけだったのか、そのあたりの経緯も曖昧なままである。とにかく亀は律儀に仁義を果たし、恩返しとして鬼ヶ島へのタクシー代わりを申し出てきた。
『ザザー...ザッザッザ』
......当然ながら「亀に乗って海を渡る」なんて高度なグラフィックやモーションは存在しない。話しかけると豪快な波の効果音だけが鳴り響き、一瞬で画面が切り替わる。
......船旅というより、ただのワープである。
そもそも亀のキャラグラフィックすら用意されておらず、あの緑色にキラキラ光るエフェクトだけで「これは亀だ」とプレイヤーに思い込ませるストロングスタイルを採用していた。海を移動している体(てい)の間じゅう、画面にはずっとその謎の緑の光が浮かんでいたことになる。
鬼ヶ島に到着すると、亀は一言だけ残して去っていった。
「私は、ここまでです。悪さをしている奴がいるので成敗してください」
仕事はここまで、と言わんばかりのあっけらかんとした潔さである。
渡された目的地で困惑する梅太郎の前に、暗闇から怪しい影が迫る。
「私たちを仲間に入れてください!」
......そろそろパーティメンバーが必要だな、と思いつきで用意されたキャラクターたちである。犬、猿、キジの三匹が、一切のノー条件で無償加入した。
「敵のアジトはすぐそこですワン!」
桃太郎の醍醐味である「きびだんごの譲渡プロセス」は完全スキップである。胃袋を掴む間もなく、一粒の団子すら配らせてもらえない。
威勢よく案内する犬に導かれ、鬼ヶ島のアジトへ続く短い橋を渡る。歩数にして、およそ15歩。
その時、どこからか不気味な声が響き渡った。
「犬、猿、キジよ。そいつを懲らしめてやりなさい」
「「「御意!!」」」
......さっき仲間になったばかりだぞ。信頼関係の賞味期限、たった15歩は短すぎないか。
あっさりと裏切られ、一気に3対1の絶体絶命のピンチに陥る梅太郎。
その時、上空から謎の影が高速回転しながら舞い降りてきた。
「待たせたな、俺に任せろ!」
シャフトである。
......今こうして振り返ると、オープニングの時点からすでに何もかもがぶっ飛んでいた。梅の代わりの紫の卵、笑い声を早回しにした赤ん坊の泣き声、老夫婦による爆撃と屋根への直撃、そして今また唐突すぎる空中高速回転登場。どうやってここまで来たのか、そんな野暮な疑問はこの世界では捨てなければならない。「整合性」という概念は、当時の俺たちの辞書には存在しなかったのだから。
登場早々、シャフトの乱入(無双)により、あっけなく返り討ちに遭い撃破される犬・猿・キジ。
「さぁ、行こう」
こうして裏切り者を排除した二人は、ついに敵の根城である鬼ヶ島内部へと足を踏み入れるのだった。
ダンジョンの構造はきわめてシンプルで、道中に宝箱がひとつと、行き止まりがひとつ。あとは迷いようもない一本道である。
「この先に、敵がいそうだ。セーブは大丈夫か?」
シャフトが神妙な顔で尋ねてくる。
......そのセリフだけは無駄に本格的な王道RPGらしさを醸し出している。セーブポイントの演出も、マットの上に水晶玉が置かれているという、素材の制約の中では比較的丁寧に作られた空間だった。ダンジョン自体のスカスカな作り込みとは対照的に、そこだけ妙に律儀でゲームらしい。
準備を整え、最奥にたどり着いた二人を待っていたのは――鬼ではなかった。
「あの方のために、お前を排除しなければならない。覚悟せよ」
そこに立っていたのは、エンマ大王である。
......鬼ヶ島なのに、なぜ地獄のエンマ大王が出てくるのか。「鬼ヶ島に鬼が出るなんて普通すぎてつまらない」という、中2特有の捻くれた理由だった気がする。しかしその意図とは裏腹に、用意されたグラフィックは雑魚敵に出てくるような地味でしょぼいグレーの怪物だった。ラスボス格の威厳など皆無な、実に地味な絵面である。
「攻撃力の割には、かてーな、こいつ」
戦いの最中、シャフトが漏らしたぼやきだけが、この戦闘の実質的な評価であった。エンマは決して攻撃が強いわけではない。ただただ、無駄にHP(体力)だけが多いのだ。ろくな大技もないままダラダラと攻撃を耐えてくるため、戦闘時間だけが不毛に引き延ばされる。
......RPGのボス戦というより、ただの体力測定か。
苦行のような時間を経てエンマを倒すと、梅太郎はあっさりと呟いた。
「しかし、鬼ヶ島になぜエンマなんだ? まぁいいか。戻ろう」
......そのセリフ、今聞いても恐ろしいほどの爆速で疑問を投げ捨てている。
こうして鬼ヶ島編は、鬼を一匹も退治しないまま、静かに幕を閉じたのであった。