

第一幕 梅ではなく、卵から始まった伝説
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが暮らしていた。
日差しがぽかぽかと温かい初夏の昼下がり、おじいさんは山へ梅の収穫に向かった。
「今年も収穫の時期じゃのう」
籠いっぱいの梅を抱え、おじいさんは上機嫌で家へ戻る。
......と、ここまではごく普通の昔話である。
しかし、この物語は中2の俺(シャフト)と友人Sが『RPGツクール3』で作った自作RPGを題材にしている。
困ったことに、当時ゲーム内で使えたグラフィック素材に「梅」らしきものは存在しなかった。仕方なく代用したのが、丸っこい「卵」のアイコンである。しかも色の選択肢に緑(青梅)がなかったため、カラーチェンジ機能で無理やり紫に変更している。つまりこの物語は、正確には「紫の卵太郎伝説」から始まっているのだ。
「さぁ、早速食べようか、ばあさん」
包丁を入れて切ろうとするおじいさん。このあたりの展開に脚本も伏線もなく、ただ当時の勢いとノリだけで作られている。
囲炉裏の前で待っていたおばあさんが、ひときわ大きな卵――もとい梅に手を伸ばした。
『パカッ......スボッ!』
......この効果音、明らかに卵が割れる音である。しかも最後は「すぽっ」という、無理やり途中で音を止めたような切れ方をしている。梅という設定と素材の卵らしさが、最後まで噛み合わなかった動かぬ証拠だ。
軽い音を立てて梅が割れ、中から赤ん坊が現れた。
「う、梅太郎......?」
......待て。初対面のはずだ。
なのにおばあさんは、迷いなくその名前を言い当てた。
未来を見てきたのか、あるいは何か不穏な裏事情でもあるのか。真相は当時の俺たちの頭の中にすら存在しない。ただ「知ってる体」で会話を進行させただけである。
おばあさんがその理由や昔語りを始めようとした、まさにその矢先。
「昔話は聞きたくないわい!!」
おじいさんが突然叫び、拳を握って殴りかかった。
「昔話を聞きたくない」。理由はそれだけで、老夫婦は突如として本格的な戦闘状態に突入する。
さっきまで囲炉裏端で和やかに会話していたのに、一瞬で格闘漫画のノリである。話の展開速度に脚本という概念がまったく追いついていない。
「昔話はどうでもいい!」
「どうでも良くない!!」
「なんじゃと?! やるのか婆さん!」
「望むところじゃ!!」
拳を交わすこと数合。
「さぁ、決着をつけようか......」
決着がつかないまま、二人はさらに上の形態へと変身(進化)を遂げる。
夫婦喧嘩になぜ二段階変身が必要なのか。衝撃波で障子が吹き飛び、庭の竹林が激しく揺れる。世界の危機でも最終決戦でもない、ただの晩ごはん前の一悶着になぜここまでの火力を投入したのか。
とんでもないステータス同士の殴り合いは、一向に決着がつかない。当時のイベント設定では、ここで一度戦闘が強制終了し、二人が同時に宣言するはずだった。
「ワシはもう一つ、もうひとつだけ進化することができる......」
「......わしもじゃ!」
......律儀に足並みを揃える老夫婦。
喧嘩のはずなのに、なぜか進化のタイミングだけは息がぴったり合っている。こうして、さらなる形態への変身が始まろうとしていた。
その凄まじい戦闘圧と異様な光景を見ていた赤ん坊の梅太郎は、たまらず大泣きした。
『ヒャッハッハッハッハ!!』
「!?」
老夫婦の動きがぴたりと止まる。
激闘の真っ最中に、赤ん坊の泣き声で一瞬我に返る二人。急に冷静になれる部分と、そもそも冷静さのかけらもなかった戦闘展開との落差がすごい。
ちなみにこの「泣き声」、当時ツクール3で使えた素材の中に赤ん坊の泣き声そのものは存在しなかった。仕方なく、笑い声の効果音を早回しにして代用している。つまり赤ん坊は、高笑いしながら大泣きしていたことになる。
おじいさんは梅太郎をひょいと持ち上げると、思い切り投げ飛ばした。
梅太郎は屋根を突き破って海の方へ飛んでいった。
「これで邪魔者はいなくなった、さぁ......いざ!!」
泣いていてうるさいから。投げた理由は、本当にそれだけである。倫理観という言葉を、当時の俺たちはまだ知らなかったらしい。
「びゅーん」
梅太郎は空高く飛んでいく。
この時、梅太郎が食らった一撃の演出は、某人気海賊アニメに登場する巨人が同時に繰り出す、海を割るほどの合体技にやたら似ていた。よくそんな技を食らって赤ん坊が生きていられたものである。
「びゅーん、ガシャーン、ハッハッハー」
屋根を突き破る音のあとに、なぜか陽気な高笑いの効果音を重ねた。ツクール3の効果音を片っ端から鳴らして遊んでいた当時の俺たちが、「これは絶対ヤバい(面白い)」と本気で思って採用した演出だ。
部屋で二人で腹を抱えて笑っていた記憶だけは、やけに鮮明である。
──それから十五年が過ぎた。
...相変わらず時間経過が雑すぎる
屋根を突き破って民家に落ちても奇跡的に助かり、そこで育てられた梅太郎は十五歳になっていた。
......誰に育てられたのかは、実のところはっきりしない。落下した民家に母親らしき人物がいたような、いなかったような記憶がある。確認しようにも、当時のデータを調べる手立てがない。
育った最初の町のマップは、なぜかボールでモンスターを集める初代某ゲームの主人公の故郷にどことなく似ていた。桃太郎のパロディのはずが、いつの間にか別のゲームの町並みを間借りしている。
「僕は、おじいさんとおばあさんの喧嘩を止める旅に出る!」
......目的だけは立派だった。
最終回の展開も、ストーリーの整合性も、当時の俺たちは何ひとつ考えていなかった。ただ「喧嘩を止めに行かせる」という一点だけを決めて、あとは勢いに任せて作っていたのだ。
中二病の若さとは、恐ろしい。
......なお、この旅の目的は最後まで「ただの夫婦喧嘩の仲裁」である。