お風呂のなかで
ちゃぽん。
数日ぶりの湯浴みは、体の芯までお湯がしみわたり、長旅の疲れがあっという間に癒えていくかのようだった。
「はー......」
目を閉じて、湯船のふちに頭をもたれかける。
手足をのばして広々と横たわれるような風呂ではなく、厚い木板で組まれた小ぶりの桶風呂だが、それでも信じられないくらいに気持ちがいい。
「ティア、気持ちいいー?」
「......最高......」
「おばあちゃんの石鹸、いい匂いだね!」
「......うん......」
ココは湯船のふちに腰かけ、足先をぱちゃぱちゃとお湯にくぐらせながら楽しそうにしている。
風呂場自体も人ひとりがやっと入れる程度の小さなものだが、石畳の床はきれいに磨かれていて、高い位置にある格子窓からやわらかな西日が差し込んでいる。
少し窓を開けておいたので、潮風と一緒にとおくで鳴くかもめの声が聞こえてきた。
「かもめだ! どこにいるのかな?」
ふわりと窓際まで舞い上がるココをぼんやり見ながら、ティアはぶくぶくと鼻の際のすれすれまで顔を湯にしずめた。
青い鳥を出たあと......老婆の案内どおりに商店街をすすんだ先、やや小高い場所にかもめ荘はあった。
真っ白な石造りの壁に格子窓がたくさんあり、庶民的だが明るい印象の宿だ。
入り口前の花壇には色とりどりの花が咲いていて、ココははしゃぎながらひとつひとつの花に挨拶をしていた。
幸い部屋は空いていたものの、食堂は夕食の仕込みの最中ですぐに料理が出せないらしく、それならと荷物を置いてまず湯浴みに来たのだった。
「かもめ、いなくなっちゃった! 泊まれると思って来たのに、寝床がなかったから、帰っちゃったのかな」
ココはそう言いながらふわふわと戻ってくる。風呂場に満ちる湯気のせいで、羽が重そうだ。
「そうかもね......」
「かもめ、かわいそう。ティアは宿が見つかってよかったね」
本当にそうだ。
もう空腹も限界で、かもめ荘も空いていなければ宿は保留にして先に食事をと思っていたのだが、一部屋まるごと空きがあったのはありがたかった。
ここも旅人の止まり木と同じく相部屋の宿だ。このあと新しい客がこなければ、今夜はココとふたりだけでのんびりできる。
かもめ荘は人でにぎわう通りからはすこし離れた、商店街のはずれにあった。
青い鳥の老婆が言うには、立地上一見客がつぎつぎと現れるような宿ではないが、価格が手ごろで客層も良いので、観光客や旅人などに評判の宿らしかった。
旅人の止まり木の不愛想な店主が教えてくれなければ、自力で見つけられる宿ではなかっただろう。あれでも意外と親切のつもりだったのかもしれない。
「かもめは好きなところで羽を休められるから大丈夫よ。ココだってそうでしょ? たっぷりの野草があれば、その上で疲れを癒すことができるもの」
「......うん!」
「でも、今夜はここのベッドが寝床ね」
ティアがそう言うと、ココは嬉しそうにはにかんで、湯船にちゃぷんと飛び込んだ。
「ティア、お腹ぺこぺこでしょ? 夜ゴハン、すっごいごちそうだといいね!」
ココの言葉を聞いて、ティアはまぶたを閉じた。
久しぶりの湯浴みにほどけきって、全身くまなく湯のあたたかさを感じていた体だったが、急に胃袋の存在感が強くなる。
「そうね。たしかノクソン村で聞いた話だと、セレスト港では名産の貝があってそれが美味しいっていうことだったけど」
「覚えてる! ぐるぐる角の貝だって言ってた!」
「かもめ荘の向こう側はすぐ市場区らしいから、朝には海産物がたくさん並んでいるはずよ。明日、見に行ってみる?」
「うん!」
嬉しそうなココを見ながら、ティアは石鹸を手に取る。
鼻を近づけ、もう一度深く吸ってみた......本当にいい香りがする。髪や体を洗うのはもちろん、洗濯にも使えそうだ。青い鳥の老婆には感謝しなくてはならない。
そこで、ふと思い出した。青い鳥といえば、ガラス細工職人だというパーム族のロット。彼の職場は、職人区の虹の欠片という工房だという話だったが......。
ココは貝に思いを馳せるのに夢中で、ロットのことはもうすっかり忘れているようだ。彼も悪人ではなさそうだったが、とはいえ従う義理もない。
――まあ、ココが忘れてるなら、いっか。
そう思いながら、ティアは石鹸を手に取って立ち上がった。