青い鳥
「だから、ちがうって。コイツをちょっと貸してくれって言いたかったんだよ!」
このパーム族、名前はロットというらしい。彼は痛そうに頭をさすりながら、ブツブツと文句を言った。
「だからってこんな小さな子を鷲づかみにするやつがあるかい。お嬢さん、悪かったね。ロットを許しておくれ。昔から夢中になるとまわりが見えなくなるんだよ」
老婆はそう言うと、杖をつきながらカウンター横にある木製の椅子に腰かけた。
ロットが飛び出してきたこの店は【青い鳥】という雑貨店だった。吊り看板は鳥の形をしていて、入口の開き戸は美しい青色のペンキで塗られているが、年季の入った木製だ。
「うわぁぁ......すごい!」
ココは店内の商品に夢中になっていた。さまざまな雑貨のほかにたくさんのガラス細工が飾られていて、天井からも色とりどりの丸いガラスが吊るされている。いかにもココが好きそうだ。
「それは風鈴だよ。軽く突いてみてごらん」
老婆に言われ、ココが不思議そうに吊るされたガラス細工をつつくと、「ちりん」とかわいらしい音が鳴る。
「音がした!」
「風が吹くと揺られて、中の細いガラスが鈴みたいに鳴るんだよ。だから風鈴っていうんだ」
「風!?」
ココはぱっと顔を明るくすると、嬉々としてその場でふわりと舞い上がった。
風鈴のまわりをくるくると回転しながら優雅に飛ぶと、ココはそよ風をつくりだした。
風がたくさんの風鈴を揺らし、「ちりんちりん」と音をたてる。
「すごい! ティア、風でたくさんの音がするよ!」
ティアがほほ笑むと、ココはきゃあきゃあと言いながら何度も風鈴のまわりで風をおこした。
老婆に謝るよう言われてもツンと顔をそむけていたロットだったが、今は風鈴であそぶココを見てまんざらでもないような顔をしている。なるほど、彼の作品らしい。
「あなたはガラス細工職人なのね?」
そう聞くと、ロットは腕を組んでうなずいた。
老婆も眩しそうにココを見ながら、
「お嬢さんたちは観光客には見えないね。旅人さんかい? 妖精なんてめったに見かけないから、驚いたよ」
「ええ。着いたばかりよ」
「そりゃお疲れだろう。セレストには乗合馬車で来たのかい?」
「いえ、ノクソン村から徒歩で」
そう答えると、老婆は目を見張ってティアを見た。
「こりゃまあ......あんたひとりでノクソンから? 見かけによらずタフなんだねぇ。エルフってのはみんな馬車や馬を使うもんなのかと思ってたよ」
「旅も長いから、慣れているの」
「じゃあ宿はもうとってあるのかい?」
「ちょうど探していたところで......できるだけ安価な宿を知らない?」
「アタシたちね、かもめ荘を探してるんだよ! かもめが泊まれる宿なの」
風鈴あそびから戻ってきたココが、にこにことしながらそう言った。
「かもめ荘? そりゃたしかにあんたたちにピッタリだけど、空いてるかねぇ」
「おばあちゃん、かもめ荘を知ってるの!」
「あたしはもう70年もセレストにいるんだ、だいたいのことは知ってるよ、妖精のお嬢さん」
そう言ってココを見ながら眩しそうに目を細めた。
老婆はやさしくココに微笑みかけ、ロットに視線を向ける。
「あんたがモデルにしたがるのもわかるよ、ロット。長年生きててこんなに近くで妖精を見たのははじめてだけど、本当にきれいだねぇ......あたしにはちょっと眩しいぐらいだ」
ロットは仏頂面で腕を組んだまま、踏ん反り返っている。
「このエルフが弁償できる金がねえってしょぼくれたこと言うから、次のモデルちょうどいいかなって思っただけだ」
「そんな言い方するもんじゃないよ。弁償ったって、色見本のガラスなんか工房に戻ればいくらでも作れるじゃないか」
「俺はあの色が気に入ってたんだ! おい、どんくさエルフ。俺はエルフなんて嫌いだが、そこの妖精は次の作品のモデルにしてやってもいい。こんなことまずないんだ、光栄に思えよ! だからそいつをしばらく俺に貸せ――」
言い終わる前に、ロットはふたたび老婆のゲンコツを浴びて撃沈した。
「......エルフのお嬢さん、あんた名前は?」
頭を押さえてうずくまるロットをほんの少しだけ気の毒に思いながら、ティアは答えた。
「セレスティア。ティアです」
「ティア、ロットの無礼はあたしが謝るよ。お詫びにあんたにぴったりのこれをあげよう」
そう言って老婆はゆっくり立ち上がると、カウンターの前にある小棚から、小さな包み紙をひとつ取り出した。
うすい黄色の紙を麻ひもで結んだ、てのひらにおさまるほどの小ぶりな包みだ。
紐をほどくと、中には乳白色の小さな石鹸が入っていた。表面には小鳥の焼き印が押されている。
「これは旅人用のおみやげなんだよ。小ぶりでいいだろう? かもめ荘には湯浴み場もあるけどああいうところは石鹸が有料だから、これでゆっくり旅の疲れを洗い流すといいよ」
鼻を近づけると、ほのかな香りがする。
ラベンダーに似たような、どこか森林を思わせるやさしい若葉のような香りだった。
そのままかもめ荘までの道を教えてもらい、老婆にお礼を言って青い鳥を出るとき、ロットが「おい!」と声をかけてきた。
あいかわらず仏頂面ではあったが、じっとココを見つめると、
「三番通りの虹の欠片!」
「え?」
きょとんとするティアとココに、
「俺の工房だよ。職人区の、三番通りの虹の欠片。わかったな!」
一方的にそう言うと、ぐいとティアを押しのけ、青い扉から走って出て行ってしまったのだった。