宿を探して
「お金、持ってないと思われたのかなぁ?」
ココは不思議そうにしていたが、ティアには店主の言わんとすることもわからないではなかった。もしくは、エルフ相手に苦い思い出でもあるのかもしれない。
だがティアとしても深刻な問題があった――財布の中身が軽いのだ。
「まあたしかに、いい宿に何日も泊まれるような路銀はないわ。だからああいう安そうな相部屋の宿がよかったんだけど......」
「さっきのヒト、かもめ荘って言ってたね。かもめが泊まれる宿があるのかなぁ? アタシ、探してこようか?」
「いいよ。一緒に歩こう」
ティアの言葉にココは嬉しそうにはにかむと、花びらをぎゅっと抱きしめたまま、くるりとまわってマントの襟元におさまった。すっかり機嫌はなおったようだ。
しばらく歩きながらまわりを見渡すが、【かもめ荘】という看板は見当たらない。
もしかするともっと立地の良い地区にある高級宿なのかもしれない。あれはエルフに対するたんなる嫌味だったのかも......。
「ねえねえ、不思議な匂いがするね」
襟から少し顔をだしたココが、鼻をクンクンとさせながら言う。
「これもゴハンの匂いなのかな?」
「これは潮風よ。ここは港町だから、海の匂いが風に乗って町まで流れてくるの」
「風! アタシも潮風を届けたい! 今は南風がふいてるから、海は南にあるのかな? たくさん建物があるから見えなくなっちゃった......」
「あとで見に行こう。まずは今日の宿をとらなくちゃ」
できるだけ安価な宿を確保するのが最優先だ。
それに問題はそれだけではない。空腹状態も深刻さを増している。
とりあえず手近な宿屋に入ってみようかと考えていると、目の前の店の扉が突然開き、中から子供が飛び出してきた。
ぶつかる寸前で思わずティアが飛びのくと、「うぎゃ!」と子供はそのままつんのめって地面にもんどりうち、ごろごろと転がってしまった。
「わあ、だいじょうぶ?」
ティアの胸元からココが飛び出して、転がる子供に声をかける。
「......なんだよてめえ! 大丈夫なわけねえだろ、こんなところにボーッと突っ立ってやがって!」
そう怒鳴り散らして顔をあげた子供は、子供ではなかった。
身の丈はティアの半分ほど。
まるで10歳ほどの痩せた子供のような見た目だが、その癖のあるもじゃもじゃの髪と、特徴的な黒い鼻を見れば一目でわかる。彼はパーム族だ。
「なんだ。どこのボケナスがぼんやり人の店の軒先で立ち止まってんのかと思えば、エルフかぁ?」
「えっ、ちがうよ。ティアは歩いてたもん!」
ココが目をぱちくりとさせながら言うと、パーム族は目を吊り上げてつばを飛ばした。
「じゃあなおさら悪ぃだろ、このマヌケ! でかい図体して、どこに目ぇつけて歩いてやがんだ!」
「えーっ......」
「しかも妖精連れかよ!」
パーム族はココとティアを順番ににらみつけると、汚れた膝をはらいながら立ち上がった。
そしてはたと大きな胸ポケットに手を当て、中をまさぐって悲鳴をあげる。
「げっ......ああああー!」
彼がポケットの中から取り出したのは、てのひら程の大きさの革のケースだった。
そのケースのふたが開き、中からガラスの欠片がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「2番と4番......8番も!」
中には何色もの小さなガラス片が入っているが、そのうちのいくつかが割れてしまったらしい。
彼はわなわなと手を震わせると、ぎろりとティアを睨みつけた。
「てめえ、割れちまったじゃねえか! 商売道具だぞ、どうしてくれんだよ!」
「わぁー! きらきらだ! すっごくきれい!」
色とりどりの割れたガラス片は陽射しに反射してきらめいている。
ココは興奮して、よりいっそう羽のはばたきも増していた。
ティアは怒れるパーム族をしばし見つめると、どうしたものかと考えた。
「邪魔したことは謝るわ。ごめんなさい。でも、あなたはひとりで転んだのよ」
「俺はてめえを避けようとしたんだ。てめえがんなとこにいなけりゃ転ばなかったんだよ!」
「それはそうだけど......」
「ねえねえ、このきらきら、キミのなの? すごいね、きれいだねー!」
「こいつは客に見せるための大事な色見本なんだ。どうしてくれんだ。弁償しろよ!」
「弁償......いくらなの? 今はあまり手持ちがなくて......」
「ねえねえ、ちょっとだけきらきらに触ってもいい? いい?」
「手持ちがないだぁ? ふざけたこと言ってんじゃねえぞ、くそエルフ!」
「ねえねえ!」
「うるせえな、こいつ!」
パーム族はさわがしいココに怒鳴りつけようとして、はたと彼女を見つめた。
ココは大好きなきらきらに夢中で、自らの瞳もきらきらとさせ、期待を込めたまなざしで彼を見つめている。
興奮しているので手足も羽も、いつもよりいっそう輝きを増していた。
「......弁償は」
パーム族がココをじっと見ながら言った。
「弁償は、金がねえんなら別にいい......かわりに、コイツを俺によこしな!」
そう言うと、ぽかんとするココを右手でむんずとわしづかみにした。
「きゃあ!」
悲鳴をあげるココに、ティアが反射的にパーム族を取り押さえようとしたその時、「いてえ!」と彼はうしろ頭を押さえてうずくまった。
「まったく、本当に行儀のなってないやつだね」
身もだえするパーム族の背後には、握りこぶしの小柄な老婆が、ため息をつきながら立っていた。