ボンボン・ドロッポン
港町セレストは、まさに商売の町そのものだった。
「いらっしゃい! 今日上がったばっかりの一品だよ、安いよー!」
「これから王都グラン・ソルンへ運び込まれるのと同じ品ですよ。ほらお兄さん、見て行って!」
巨大な門をくぐるとまず大きな通りがあり、そこにたくさんの屋台のような即席売り場が出ている。
呼び込みの声を抜けたその奥は本格的な商店街で、セレスト港へと輸送船で運び込まれてきたであろうありとあらゆる商品が、広くはない店内に入りきらないほど並んでいた。
ふと甘い匂いがしてふりかえると、ティアは屋台のひとつに釘付けになった。
【ボンボン・ドロッポン! あま~くてやわらか~い、とろける美味しさ!】
派手な垂れ幕とともに、小さな丸い焼き菓子がたくさん飾られている。見た目はふんわりとしていて、うたい文句のとおり柔らかそうだ。
さらにいくつかの蜜や粉砂糖などが入れられた容器が並んでおり、どうやら好みの蜜などをかけて食べるらしい。
「なにあれ! すごい匂いがする! ティア買って、あれ買って!」
ココは大きな瞳をらんらんと輝かせ、鼻息も荒くティアの耳元でまくしたてる。
ティアも思わずお腹の音が鳴るのを感じた。
とうに昼時は過ぎているし、今日は朝はやくに鹿の干し肉とビスケット、ナッツを少し食べたきりだ。
「......買ってもココは食べられないよ」
「ティアが食べるんだよ! 甘いの好きでしょ? もっと近くで匂い嗅ぎたい、さわってみたいよー! それにあの蜜ならアタシも食べられるかも!」
「だめ」
「どうして!?」
ティアは魅力的なボンボン・ドロッポンからなんとか目を逸らす。
屋台の前の客は、小さな包み紙に焼き菓子を五つ入れてメープル色の蜜をかけ、その上から色とりどりの粉をふんだんにかけていた。輝いて見える......。
「たったあれだけで銅貨8枚もする。二日分の保存食が買えるわ。観光客向けよ」
「カンコウキャクムケ?」
「わたしたちみたいな旅人向けじゃないってこと」
「えーっ、そんなぁ......売ってるのに、買えないの?」
ココはみるからにシュンとして、心なしか羽の輝きもくすんだ気がした。
「もっと安くておいしい食堂があるはずよ。このあたりは観光用の通りみたいだから、もうすこし奥を探してみよう。それにココ、何度も言ってるけど......」
「ヒトの多い町ではブンブン羽虫みたいに飛びまわるな、でしょ? わかってるよ」
不貞腐れて頬をふくらますと、ココはプイっと顔をそむけ、それでも言われたとおりにティアのマントの襟元に身を寄せた。ここにいるとココはブローチのように見えるので、外から目立たないのだ。
ティアも小さくため息をついた。
かわいそうだが仕方がない。ココからしたら新しい町に興味津々であちこち気ままに見てまわりたいだろうが、人工的な大きな町ではココのような妖精は珍しい。
人が集まればよからぬことを企む者もいる。彼女を守るためなのだ。
心惹かれる甘い香りから離れ、ティアは通りの角にある花壇に近づいた。
「ごめんね」
ささやくように花壇の花に向けて声をかけ、黄色の花びらを一枚だけ摘むと、襟元のココに差し出す。
襟に隠れてココの姿は見えないが、淡く光る両手が花びらを抱きしめるのがちらりと見えた。
にぎやかすぎる商店街の人混みを抜けると、その先はいくつかの食堂や宿が集まっていた。
【潮風亭】【白波の宿】......そこかしこにある看板にはいかにも港町らしい店名が刻まれている。
どの建物もほとんどが石造りで、海風にさらされた石壁には年月を感じさせる風合いが刻まれていた。
「あんた、エルフ?」
カウンターのむこうで、仏頂面の男がティアを上から下までじろりと眺めまわしてそう言った。
いかにも安宿という雰囲気の【旅人の止まり木】という宿に入ったのだが、中も想像どおりでごちゃごちゃとしている。
入口すぐの壁には街道地図や「荷運び募集!」「魔法水あります」と書かれた張り紙などがところせましと貼られていて、その横には巨大な魚の骨が飾られている。
一階は食堂も兼ねているようで、遅い昼食なのか早い晩酌なのか、酒瓶をかたむけている客がまばらにいた。
ティアが無言でいると、カウンター越しに店主はひらひらと手を振りながら、
「だめだよ、他所へ行きな」
にべもなくそう言う。
「どうして? お金ならあるわ」
「そうじゃないよ。わかんねーのか?」
店主はあごでクイッと食堂を示してみせた。
「うちはああいうのが使う宿だ。相部屋しかないし、あんたみたいな小奇麗なエルフが泊まる部屋なんかないよ」
「かまわないわ。ひとり分をお願い」
「......あのなあ、お嬢ちゃん」
店主は声を落とし、すこしだけティアにむけて身を乗り出した。
「こっちはかまうんだよ。うちの客はその日暮らしの男がほとんどだ。面倒でも起こされちゃかなわねえ。あんたにゃ悪いけど、ほかにも宿はいくらでもある。エルフにはかもめ荘みたいなのがお似合いだよ」
そう言うと、カウンターの上に置いていた帳簿をパタンと閉じ、背を向けて奥へ引っ込んでしまった。
ティアとココは無言で顔を見合わせた......あまりにもけんもほろろだ。
しかし、これでは出ていくしかない。ティアはため息をつくと、入ったばかりの扉をあけて外に出た。
ちょうど宿を出る瞬間、酒瓶をかたむけていた男がティアを気にするように視線を飛ばしているのが見えた。