仕事探し(前編)
「いやあ、それでね、そのあとは見ものでしたよ。とんでもなく大きな船から、エルフがぞろぞろと何人も降りてきて......あたしゃ長いこと商人なんてやってるから、それこそいろんな町へ行きますがねぇ、あんなにたくさんエルフを見たのははじめてですよ!」
翌日、かもめ荘の食堂はエルフの帆船の話題で持ちきりだった。
この商人は昨日セレスト港についたばかりだそうで、ちょうどかの船と港でかち合ったということらしい。
ソノは商人のテーブルに皿を並べながら、不思議そうに首を傾げた。
「でもさ、エルフって、ずっと西の森に住んでるでしょ? どうして船に乗ってきたのかしらね。森からセレストに来るならわざわざ海に出なくても、馬車で十分なのに」
「それがですね」
商人は「ふふふ」と笑いながら、いったん言葉を切った。
「なんと、アストリア大陸のエルフじゃないんです。ずっと南のヨルシア大陸から来たそうですよ」
「えぇ? なんでまたそんな遠くから?」
「なんでも、グラン・ソルンから招待されて来たんだとか。だから、すぐに王都へ発つんじゃないかと思ってるんですけどね」
「はぁ。お客さん、ずいぶん詳しいんだねぇ......」
「いやね、こんなに大勢のエルフを見る機会なんてそうそうありませんからね。こりゃ話のネタになるなと思って、港湾ギルドの人にちょっとね」
肩をすくめてそう言うと、商人はフォークを手に取り、目の前の食事を一気にかきこみだした。
ティアは、少し遅い朝食をとっているところだった。今日はクルミ入りのパンらしい。
やわらかいパンをちぎりながら、昨日の港で見たものを思い返す。あの白銀の帆に描かれていた、星の紋章。
ティアとココの故郷......ソノがいうところの「ずっと西の森」だが、今も目を閉じるだけで鮮明に思い出すことができる。
見わたすかぎりの広大な森に、その恵みから生まれた豊かな自然。大妖精の森を抱き、妖精とともに生きる国、エルフが住むリスフェリアだ。
ティアがまだリスフェリアにいたころ、文献であの星の紋章を目にしたことがあった。
たしか、太古の昔にリスフェリアを離れたエルフたちがヨルシア大陸へと渡り、その魔力を駆使して大国を築いた......その国の名を、ロストデールといったはずだ。
ロストデールのエルフがはるばるアストリア大陸まで何をしに来たのかは知らないが、正直ティアには関係のない話だった。それよりも、目下やらなければならないことがある......。
「おかわり、いる?」
ソノがドン、と水の入ったピッチャーをテーブルに置き、聞いた。水の中には鮮やかなレモンの輪切りとミントの葉が沈んでいて、さわやかな良い香りがする。
彼女はティアの懐事情を察して、こうして無料で飲める飲み物を用意してくれるようになっていた。とてもありがたい。
「それで、仕事は見つかりそうなの?」
ティアがグラスに水を注ぐのを見ながら、ソノが言う。
「まだ。今日、職人区のほうへ行ってみるわ。なにかわたしにできる仕事があるかもしれないから」
「職人区ねぇ......」
ソノは思案するようにあごに手を当てる。
昨日、港をあとにしてから市場区へと仕事を探しに戻ったのだが、収穫はなかった。
ティアはこれまでも旅先で、食用肉のための獣を狩ったり、害獣や魔獣を退治したりなどして路銀を稼いできたのだが、セレスト港のような大きな町ではすでに狩猟から販売までのルートが商業化されていて、一見の旅人の出番など皆無らしかった。
町は外壁にあつく守られ、兵士や自警団もたくさんいる。
そのためティアの弓の腕で稼ぐことは難しそうで、それならば職人区や商業区でなにか雑用がないか......と思いついたのだった。
「ああいうとこはさ、だいたいツテなんだよね。気難しいやつらが多くてさ。旅人がふらっと来たからって、仕事を任せてもらえるかどうか......」
そう言いながらティアの姿をじっと見る。
「港に行けば力仕事はいくらでもあるけど、その細腕じゃ荷運びも無理だしね。来月になれば雇用市の時期だから、求人も色々出まわるけど......その前にあんたもココちゃんも干物になっちゃうよねぇ」
そのココはというと、かもめ荘の窓のむこうで蝶を追いかけて楽しそうにあそんでいる。
本来妖精のココには食事など必要なく、密を吸うのはティアの真似をしているにすぎない。そのためココが干物になることを心配する必要はないが、ティアは別だ。
それに、あと数日もすればかもめ荘に泊まる銀貨も尽き、野宿するしかなくなってしまう。
「あんたべっぴんだから、帽子屋とか、服屋なんかいいと思うんだよね。ちょっとくらい仕立てはできないの? モデルの仕事なんてのもあるかもしれないよ。だってこんなきれいな子に流行りの服とか薦められちゃったらさ、観光客は喜ぶんじゃない?」
仕立てに、モデル......ほつれた穴を繕うくらいのことはできるが、一から服を仕立てるとなるとまったくの別問題だ。
それに森の中で暮らしてきたティアが、目の肥えた客に流行の服を紹介するなど、とてもじゃないが想像できない。
黙り込むティアを前に、ソノは「あ、そうだ」と言いながら、カウンター奥の小部屋へと姿を消す。
すぐに戻ってくると、その手にはさわやかなエメラルド・グリーンのスカーフを持っていた。端には草模様の刺繡がほどこされている。
「やっぱり......あんたの髪の色に似合うね! ほら、これ貸してあげるからさ、小奇麗にして行っておいでよ。髪もちゃんとまとめてね。あ、その弓とマントはだめだよ。預かっとくから置いていきな」
ソノはそう言いながらティアの首にスカーフを巻くと、空になった皿を持って忙しそうに厨房へと戻っていった。