妖精の祝福
カランカラン......。
吊るされたドアベルが音をたて、店の扉は静かに閉まった。
怒涛の団体客が姿を消し、店内には静寂が戻っている。
妖精の祝福ダリアの店の女店主、その名もダリア。彼女の計画は、こうだった。
まず、通りから見えるガラス窓の内側にアクセサリーや小物類を展示し、その上でココが客の気を惹くようにきらきらと飛びまわる。
それにまんまと釣られた客を、ダリアが言葉たくみに店内へ引き入れる。入口には姿人形と化しているティアがいて、身に着けている商品をダリアが紹介する。
そのまま奥まで誘い込み、気に入るものを手に取って、会計をする――そういう流れだ。
彼女のもくろみは大当たりで、店には次から次へと客が押し寄せ、てんやわんやの大騒ぎだった。
「ほら奥様、当店の商品は妖精の祝福を受けているんですのよ! ごらんください――ええ、本物の妖精ですわ――あらお嬢様、お目が高い。そちらは賢王ダビデも愛したと言われる、サルビアの花をモチーフにした生地で――」
次から次へと出てくるダリアの売り文句は、見事の一言だった。
ティアはただ衣装を着て立っているだけなのだが、困ったのは、時折身につけている商品について聞いてくる客がいることだった。
もちろんさっぱりわからないので、困り果てたティアは、ダリアの言葉そのままに「リスフェリアの森の蚕から紡いだ、最高級のシルクでできた生地です」と繰り返すだけの人形となっていた。
「馬車の最終便もおわったし、今日はここで打ち止めだわね。もういいわよ」
そうダリアに言われ、ティアはぐったりとしてため息をついた。
立っているだけとはいえ、一歩も動かずに同じ場所で立ち続けるというのは、想像以上に疲れるものだった。
「ティア、楽しかったねえ!」
ティアと違い、ココは幸せいっぱいという顔で満面の笑みだ。
彼女への指示は簡単で、「あんたはそこのまわりでくるくる飛んでればいいわ。できるだけ目立つように可愛く飛ぶのよ!」というものだったが、ココは大喜びできらきらするアクセサリーのまわりを飛び、はしゃぎ続けていた。
ダリアは、ティアが身に着けていた商品をもぎ取ると、丁寧に形を整え、売り場へと戻していく。その姿を見ながら、ティアは気になっていたことを聞いた。
「本当に、リスフェリアの森の蚕の糸で編まれているの?」
つやつやとしたシルク生地のドレスを撫でながら、ダリアはため息をついた。
「あのねぇ、そんなわけないじゃないの。あんたもエルフなんだから知ってんでしょ? リスフェリアに入った密猟者がどうなるか」
もちろん知っている。
エルフが住むリスフェリアの森は、グラン・ソルン領ではなくリスフェリアの国土だ。エルフの自治領である森に許可なく入る者を、リスフェリアのエルフたちは決して許さない。
「いいのよ。あそこの近くで飼育されてる蚕ではあるんだから。もしかしたら、リスフェリアから飛んできて産み付けられた繭かもしれないじゃない」
ダリアは少し目を伏せると、ぽつりとつぶやくように口を開いた。
「ねえ、リスフェリアのエルフって、本当に妖精の祝福を受けるの?」
ティアは驚いた。
まさか、森から遠く離れたこの港町で、そんなことを知っている人間がいるとは思いもしなかったのだ。
「ええ。そうよ」
「本当なんだ......」
ダリアは赤い口紅に似合わない表情ではにかむと、ちらりとココを見た。
「あたしね、妖精を見たことあるって言ったでしょ? 子どものころ、真夜中に部屋の窓の外にいたんだよ。その子みたいな妖精が」
ココはダリアを見上げて、ぱちぱちと不思議そうに瞬きをしている。
「でも、誰にも信じてもらえなくってさ。町の中に妖精がいるわけないって......そんであったまきたから、図書館に通いつめて妖精について片っ端から調べたんだよね」
ダリアの目は遠いなにかを見るように、ぼんやりとしている。
「その本に書いてあったのよ。リスフェリアで新しく生まれたエルフの子は、大妖精の森で妖精の祝福を受けるって。妖精が子どもを選んで、一生祝福を与え続けるんだって――それで思ったの。もしかしたら、あたしもあの小さな妖精に選ばれて、祝福を受けたんじゃないの? って」
そう言うと、ティアを見て、そしてゆっくりとココを見た。
「結局、それから妖精を見ることは一度もなかったんだけどさ。なんとなく忘れられなくて、自分の店にこんな名前までつけたのよ。それがまさか、またこの町で妖精に会うなんてね」
ダリアはそう言ってくるりと背を向けた。
カツカツとかかとを鳴らしながらカウンターに向かい、立ち止まる。
「......ねえ。あの夜、あたしはあの妖精に選ばれたんだと思う?」
振り返らず背を向けたままのダリアに、ティアはなんと答えようか、少し逡巡した。
「わからないわ。森では妖精に選ばれて祝福を受けると、その妖精とともに一生を過ごすの。エルフの子は育ちにくいから、妖精の祝福が子どもの命を守るんだと信じられてる。でも......」
言葉を切って、あとを続ける。
「それは、リスフェリアの森の妖精だけかもしれない。もしかしたら、町の妖精は祝福を与えたあと、遠くから見守っているのかもしれないわ」
ティアの言葉に、ダリアはしばらく無言だった。
そして突然手をあげ、伸びをするようにぐっと伸ばすと、
「あーあ......今日は疲れちゃったわね。さっ、店じまいしてとっとと帰るわよ」
背を向けたまま、カツカツと靴音をたててブロンドを揺らし、ダリアはカウンターの奥へと消えていった。