帰り道で
ダリアの店を出て帰路につく道すがら、ココがもう一度港を見たいと言いだしたので、ふたりは南門に向かっていた。
とはいえ、銀貨4枚もの港湾税を払って港へ入るわけではなく、昨日と同じように門の上から眺めるだけだ。
あの喧噪のあと、ダリアから渡された賃金は、なんとたったの銅貨7枚だった。
てのひらで転がる7枚の銅貨を見て呆然とするティアに、
「あったり前でしょ! あんた、うちがお針子(※服を作る職人)を何人抱えてると思ってんの? あんたなんか立ってただけじゃない。あのね、その銅貨を稼いだのはあんたじゃなくて妖精さんよ。言っとくけど、それでも奮発したんだからね」
とダリアは息巻き、「それで良けりゃ、明日も来ていいわよ」と付け加え、ティアの鼻先でバタンと扉を閉めたのだった。
肩を落としてとぼとぼと歩きながら、ティアはため息をついた。
銅貨7枚では一日の宿代どころか、ボンボン・ドロッポンすら買えない......しかし、ティアは本当に立っていただけなので、返す言葉もなかった。
半日以上働いて銅貨7枚では、干物はすぐ目の前だ。明日、他の仕事を探しにいこう。
そう思いつつ夕暮れの空を眺めながら歩いていると、昨日と同じ大きな南門が見えてきた。
「ティア、はやくはやく!」
うきうきのココに続いて門の上へと伸びる石階段を登ろうとしたその時、「あっ、ちょっとあんた!」と聞き覚えのある声が飛んできた。
振り返ると、声の主は昨日も門の前にいたずんぐりとした兵士だった。
ばたばたと駆け寄ってくる。
「あんただよ、エルフの嬢ちゃん! ああ、よかった......昼からずっと探してたんだよ!」
兵士は、港湾税について語っていた昨日とは打ってかわって、なにやらずいぶんと慌ただしい。
「嬢ちゃんに頼みたいことがあるんだ。ちょっとついて来てくれ!」
そう言って、駆け足で南門へと走っていく。
ティアは困惑しながらも後ろをついて行きかけて、はたと立ち止まった。ティアたちはまだ、港湾税の銀貨4枚を払っていない......というより、払えない。
門の前でココと一緒に戸惑っていると、兵士は「何してんだ、早く!」とティアの腕をつかみ、強引に港へと引き入れた。
夕暮れの港は、石造りの建物も波うつ水面も、すべてが太陽の朱色を反射して美しく、昨日の光景とはまた違って見えた。朝の港には大勢の人が行き交っていたが、今は仕事を終えた者も多いのか、ちらほらとしか見当たらない。
目前には、あの白銀の帆を掲げた巨大な帆船が波に揺られている。
「ココ? どうしたの?」
ティアは足を止めた。ココの様子がおかしい。
「ココ?」
ココは空に浮いたまま、じっとエルフの帆船を見ていた。
視線を追って、ティアも帆船を見る。白銀の帆に星の紋章、装飾だらけの豪奢な船体、星を掲げるエルフ像......なにもかも、昨日と同じに見える。
「おい、頼むよ、急いでくれ!」
遠くで慌てた様子の兵士の声に引きずられるようにして、ココはふわふわとティアの肩へと寄ってきた。視線はまだ船に向けたままだ。
「あの船がどうかしたの?」
「ううん......」
そのままぴたりとティアの肩に張り付くと、小さな手にぎゅっと力をいれて握ってくる。
「わかんない。なんでもない......」
そう言うココの声音は、まるで陽が落ちたあとの森の空気のようで、いつもの無邪気さがすっかり姿を消していた。