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水路の戦い(前編)

「ティア! だいじょうぶ?」

 ココは不安そうな顔で飛んでくると、ぴたりと肩にくっついた。小さな瞳は警戒するように石兵ゴーレムを見ている。
 ティアはうなずき、足元でひっくり返っているピーターを見た。

「ピーター、立って!」
「ボ、ボ、ボク、こ、腰が、抜けて」
「なんとか立って!」

 ピーターの襟首をつかみ、背後へ下がろうとした時、石兵が「ボウン」という低い音を出した――その瞬間、ティアはすさまじい力で後ろに吹き飛んだ。

 声も出せない。受け身をとる余裕もなく、背中から石の床に叩きつけられる。
 呼吸を忘れるほどの痛みだったが、それにもだえている場合ではない......なんとか目を開くと、ティアは石兵を見た。

 ピーターは座っていたのでティアほど吹き飛びはしなかったようだが、それでも床に頭をつけ、こちらに尻をむけて転がっていた。そのむこうに石兵が仁王立ちで立っている。足は太くて短く、かわりに腕が長い。

 石でくみ上げられた広い胴体の中心に、文字のようなものが浮かび上がるのが見えた。頭の魔法陣と同じく、ぼんやりと淡い光を放ちだす。

 《セレント・スティラントス・ルーロ・トラン》――石板にあるのと同じ、あの古代エルフ語だ。

「ティア!」

 ココが遠くから飛んできて、心配そうにティアの顔をのぞき込んだ。妖精は軽い。ティアよりも遠くまで飛ばされてしまったのだろう。

 何が起きたのかわからなかった。いったいあの力はなんだったのか......位置的にも、腕で殴られたわけではなさそうだ。

「わたしは大丈夫、ピーターをなんとかしないと」

 ティアは立ち上がると、ひっくり返ってじたばたともがいているピーターに駆け寄り、彼の服を両手でつかんで引きずる。その時、石兵のやや手前でランタンが倒れているのに気づいた。

 まずい。あれを壊されたら完全な暗闇だ......なにも見えなくなってしまう。

「ココ、ピーターをお願い!」

 そう言ってココに託すと、ティアは石兵を警戒しながらランタンへと素早く左腕を伸ばし、つかんだ――しかしその時、石兵からまた「ボウン」という低い音が聞こえた。と思った次の瞬間には、ティアは再度吹き飛ばされていた。

 今度は低い体勢だったので、前回ほど強く叩きつけられはしなかった。
 ティアはすぐに身を起こし、そして胸の奥がすっと冷える......視界は真っ暗で、なにも見えない。

 左手につかんだはずのランタンは、吹き飛ばされた衝撃で手から離れていた。きっと割れてしまったのだろう。
 少し離れた位置に、石兵の頭の魔法陣と、胴体の古代エルフ語の光だけが見える。

「ピーター、どこ?」

 ティアが聞くと、ななめ横からピーターの震え声が返ってきた。

「こ、ここだよ。どうしよう、ボク、目が見えなくなった!」
「わたしも同じよ」

 床に手をつきながら声のするほうへ近づくと、ピーターの気配を感じた。手さぐりで彼の体にさわる。ピーターは小刻みに震えていた。
 ティアは石兵がまた攻撃をしかけてこないか気になっていたが、今のところはなにも聞こえてこない。

「ピーター、杖はどこ?」
「え?」
「あなたの杖よ。どこにある?」

 少し離れた位置にココの羽の輝きが見えた。小さすぎて灯りとしては機能しないが、ココの居場所はあのきらめきで把握できる。
 ピーターはティアの腕をぎゅっと握り、震えた息を吐く。

「杖......わ、わからない、ボク、鞄も床に置いてたままだ......」

 その言葉に、ふわりとココのきらめきが右に飛んでいった。

「ここにあるよ! 落ちてる!」

 ピーターの体をつかんだまま、ココのいる場所まで体勢を低くして進む。ティアは、ココの淡く光る両手がつかんでいる短い杖を拾うと、ピーターの手に握らせた。

「いい? ピーター、落ち着いて。ランタンが割れたからなにも見えないわ。石兵が攻撃してきてもわからない。このままじゃ危険よ」
「あ、あいつ、なにをしてきたの? 組みあがったまま動きもしないのに、突然ボクら吹き飛ばされた......」
「わからないわ。でもそれより今は、ライトを使うの。できるだけ強い光が欲しい」

 肩をつかんでティアがそう言うと、ピーターははっと息をのむような声をだした。

「この暗闇ではなにもできない。あなたの魔法だけが頼りよ。石兵はわたしがなんとかするから、灯りをお願い!」

 ピーターはまだ震えていたが、その肩からは、うなずくようにがくがくと揺れる振動を感じた。

 ティアはピーターから離れると、反対側の暗闇を見つめた。今も魔法陣と古代エルフ語の光が見えるが、何の音も聞こえず、石兵はしんとしてそこに立っているようだ。

 左手を腰にやると、矢筒にふれた。大丈夫だ、ちゃんと腰帯ベルトについている。

「ココ、弓の位置を教えて」
「......こっち!」

 肩にかけていた弓は外れてしまっていたが、すぐ近くに落ちているようだった。ココのきらめきをたよりに、拾い上げる。

 石兵はまだ動かない。ティアは少し下がり、弓を構えた。

「落ち着いて、落ち着いて......」

 背中から、ピーターのつぶやく声が聞こえる。ティアは石兵の頭の魔法陣へと狙いを定めた。だが暗闇で矢尻の先が見えず、まだ撃てない。
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風探しのセレスティア ティアとココの旅手帖作者:田村ネコ
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水路の戦い(前編)

「ティア! だいじょうぶ?」

 ココは不安そうな顔で飛んでくると、ぴたりと肩にくっついた。小さな瞳は警戒するように石兵ゴーレムを見ている。
 ティアはうなずき、足元でひっくり返っているピーターを見た。

「ピーター、立って!」
「ボ、ボ、ボク、こ、腰が、抜けて」
「なんとか立って!」

 ピーターの襟首をつかみ、背後へ下がろうとした時、石兵が「ボウン」という低い音を出した――その瞬間、ティアはすさまじい力で後ろに吹き飛んだ。

 声も出せない。受け身をとる余裕もなく、背中から石の床に叩きつけられる。
 呼吸を忘れるほどの痛みだったが、それにもだえている場合ではない......なんとか目を開くと、ティアは石兵を見た。

 ピーターは座っていたのでティアほど吹き飛びはしなかったようだが、それでも床に頭をつけ、こちらに尻をむけて転がっていた。そのむこうに石兵が仁王立ちで立っている。足は太くて短く、かわりに腕が長い。

 石でくみ上げられた広い胴体の中心に、文字のようなものが浮かび上がるのが見えた。頭の魔法陣と同じく、ぼんやりと淡い光を放ちだす。

 《セレント・スティラントス・ルーロ・トラン》――石板にあるのと同じ、あの古代エルフ語だ。

「ティア!」

 ココが遠くから飛んできて、心配そうにティアの顔をのぞき込んだ。妖精は軽い。ティアよりも遠くまで飛ばされてしまったのだろう。

 何が起きたのかわからなかった。いったいあの力はなんだったのか......位置的にも、腕で殴られたわけではなさそうだ。

「わたしは大丈夫、ピーターをなんとかしないと」

 ティアは立ち上がると、ひっくり返ってじたばたともがいているピーターに駆け寄り、彼の服を両手でつかんで引きずる。その時、石兵のやや手前でランタンが倒れているのに気づいた。

 まずい。あれを壊されたら完全な暗闇だ......なにも見えなくなってしまう。

「ココ、ピーターをお願い!」

 そう言ってココに託すと、ティアは石兵を警戒しながらランタンへと素早く左腕を伸ばし、つかんだ――しかしその時、石兵からまた「ボウン」という低い音が聞こえた。と思った次の瞬間には、ティアは再度吹き飛ばされていた。

 今度は低い体勢だったので、前回ほど強く叩きつけられはしなかった。
 ティアはすぐに身を起こし、そして胸の奥がすっと冷える......視界は真っ暗で、なにも見えない。

 左手につかんだはずのランタンは、吹き飛ばされた衝撃で手から離れていた。きっと割れてしまったのだろう。
 少し離れた位置に、石兵の頭の魔法陣と、胴体の古代エルフ語の光だけが見える。

「ピーター、どこ?」

 ティアが聞くと、ななめ横からピーターの震え声が返ってきた。

「こ、ここだよ。どうしよう、ボク、目が見えなくなった!」
「わたしも同じよ」

 床に手をつきながら声のするほうへ近づくと、ピーターの気配を感じた。手さぐりで彼の体にさわる。ピーターは小刻みに震えていた。
 ティアは石兵がまた攻撃をしかけてこないか気になっていたが、今のところはなにも聞こえてこない。

「ピーター、杖はどこ?」
「え?」
「あなたの杖よ。どこにある?」

 少し離れた位置にココの羽の輝きが見えた。小さすぎて灯りとしては機能しないが、ココの居場所はあのきらめきで把握できる。
 ピーターはティアの腕をぎゅっと握り、震えた息を吐く。

「杖......わ、わからない、ボク、鞄も床に置いてたままだ......」

 その言葉に、ふわりとココのきらめきが右に飛んでいった。

「ここにあるよ! 落ちてる!」

 ピーターの体をつかんだまま、ココのいる場所まで体勢を低くして進む。ティアは、ココの淡く光る両手がつかんでいる短い杖を拾うと、ピーターの手に握らせた。

「いい? ピーター、落ち着いて。ランタンが割れたからなにも見えないわ。石兵が攻撃してきてもわからない。このままじゃ危険よ」
「あ、あいつ、なにをしてきたの? 組みあがったまま動きもしないのに、突然ボクら吹き飛ばされた......」
「わからないわ。でもそれより今は、ライトを使うの。できるだけ強い光が欲しい」

 肩をつかんでティアがそう言うと、ピーターははっと息をのむような声をだした。

「この暗闇ではなにもできない。あなたの魔法だけが頼りよ。石兵はわたしがなんとかするから、灯りをお願い!」

 ピーターはまだ震えていたが、その肩からは、うなずくようにがくがくと揺れる振動を感じた。

 ティアはピーターから離れると、反対側の暗闇を見つめた。今も魔法陣と古代エルフ語の光が見えるが、何の音も聞こえず、石兵はしんとしてそこに立っているようだ。

 左手を腰にやると、矢筒にふれた。大丈夫だ、ちゃんと腰帯ベルトについている。

「ココ、弓の位置を教えて」
「......こっち!」

 肩にかけていた弓は外れてしまっていたが、すぐ近くに落ちているようだった。ココのきらめきをたよりに、拾い上げる。

 石兵はまだ動かない。ティアは少し下がり、弓を構えた。

「落ち着いて、落ち着いて......」

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