水路の戦い(後編)
「ライト!」
ピーターの声とともに、ぱっと周囲が明るくなる。その瞬間、ティアは石兵の魔法陣にむけて矢を放った――が、また「ボウン」という音がすると、石兵の前から空気が一気に押し寄せ、放った矢はカンッと乾いた音を立てて石兵の頭に当たり、落ちた。
今度ははっきりと見えた。矢を放った瞬間、石兵の前から風のような圧力が膨らんで、矢の威力を削いでしまった。おそらく軌道も逸れていただろう。
「あ、あああ......」
ピーターの杖の灯りはちかちかと瞬くと、すぐに消えてしまった。またおとずれた暗闇の中で、彼の荒い呼吸音がする。
「......ど、どうして!」
「ピーター、がんばって!」
ココの励ます声を背に、ティアは淡く光る魔法陣を見ていた。
また石兵は動かなくなっている。一度空気を放つと、一定時間が経たないとふたたび放てないのだろうか? それとも、もしかして......。
手さぐりで腰帯につけた革袋を開くと、中から薄い硬貨を1枚取り出した。この手触りは銅貨だ。そして石兵へ少し近づくと、銅貨を投げる。
「ボウン」という空気圧の後、石兵へ向けて投げたはずの銅貨がティアのすぐ近くにチャリンと落ちる音が聞こえた。
「やっぱり。反応してるんだわ!」
「えっ?」
ピーターの聞き返す声がする。
「この石兵は、ものに反応してる。一定範囲内でなにかが動いたら、空気を放つようになっているのかも......」
ティアは、ピーターがいるであろう方向に顔をむけた。ココのきらめきが、ほんのわずかだがピーターの鼻先を照らしている。
「もしそうなら、こっちから近づかなければいい。だからピーター、落ち着いて、ゆっくりやって」
そう言うと、暗闇の中からすぐに深呼吸するような音が聞こえた。
ココの輝きに見守られながらピーターは何度も深く呼吸をし、そのあとしばらく間を置いて、「ライト!」と唱えた。ぱあっと水路が明るくなる――今までで一番明るい光だ。
ピーターは、しばらく真剣な表情で杖先の光をじっと見つめていたが、ちかちかと瞬かないようだと悟ると、ほっと息をついた。
「よかった、今度は大丈夫だ!」
「上出来だわ。そのまま維持をお願い」
ティアは足元の銅貨を拾うと、石兵を見た。こちらを向いて両腕を下げたまま、やはり動かない。
ピーターは少し落ち着いたようで、杖を持ったまま立ち上がった。しかし、不安そうに石兵に目を向ける。
「あいつ、どうしていきなり出てきたんだろう? やっぱり天井の魔法陣を削ったからなのかな......」
「あの床の石板は、さっき少し持ち上げることができたわ。だから、あの魔法陣が石板を封印しているというあなたの推測は、正しかったと思う」
「これだけ大きな計算式だし、複数の術式が込められてたのかもしれない......石兵についている魔法陣を起動させるための仕掛けだったとか」
「その可能性はありそうね」
弓から手を放さず、石兵からも目を逸らさず、ティアは聞いた。
「石兵は生物じゃないから意思をもたないわ。意思のないものを指示どおりに動かすことは、魔法の計算式の理論でいくと、難しいはずよね?」
「うん。頭の魔法陣はそんなに大きくないし、たぶん単純な動きしかできないと思う。もし、ティアの言うとおり、あいつが近づいたものを弾き飛ばすことしかできないなら......」
ピーターはちらりと横を見た。今いる水路の底ではなく、通路の方だ。
「あっちの通路からぐるりとまわっていけば、攻撃を受けずにむこうへ戻れないかな? それで町に戻って、港湾ギルドに応援を頼もう。これだけの証拠があるんだ、ティアが一緒ならきっと話を聞いてくれるよ!」
ティアも同感だった。
今いる水路は、すぐ北側が貯水槽になっている。今は北も南も水門が閉じているので貯水槽へは行けないが、入ってきた南側に抜ければ町へと戻ることができる。
それに、あの石兵を傷つけてしまっていいのかもわからない。成果としては、石板の動かし方がわかっただけで十分だろう。
「そうね。そうしましょう」
そう決めると、そそくさとピーターの鞄と本を拾い集め、石兵の足元にあるティアの革鞄は諦め、割れたランタンはそのままにして、通路へと戻る。
ピーターやココと一緒に石兵が立っている横の通路をとおろうとして、ティアはふと嫌な予感がした。まるで石板を護るように、その上で仁王立ちをしている石兵を見つめる......さきほど吹き飛ばされた時の位置からすると、この通路も攻撃の範囲内の可能性はないだろうか?
念のため、進行方向にむかってふたたび銅貨を投げてみる。「ボウン」という音と共に、銅貨は壁に叩きつけられ、チャリンと落ちた。
「............」
ティアとピーターは顔を見合わせる。
石兵を見ると、それまで北側を向いていた頭の魔法陣が、ぐるりとまわって通路側を向いていた。
「......正面だけじゃなくて、全方位が範囲みたいね」
「じゃあ......ボクたちだけであいつをなんとかしないと、ここから出られないってこと!?」
叫ぶピーターを、ココがきょとんとした顔で見つめている。
ティアは石兵へと視線をうつした。ピーターの杖明かりに照らされ、石兵はしんとしたまま、じっとたたずんでいた。