封じられたもの
「もしこの天井の溝が、本当に魔法陣なら......きっと、全体が陣の形状を描いているはずだよ!」
「そうね......確かめてみましょう」
ティアとピーターは手分けをして天井の溝を追うことにした。
手帳に書き写した水路の見取り図を、さらに別の頁へと書き写し、破り取ってピーターへ渡す。
ティアはランタンとココを、ピーターは杖明かりをたよりに、ぐるぐると通路沿いに続く溝を見取り図へと書き込んでいった。
そうしてふたりの見取り図をひとつにまとめると、魔法陣の全景がはっきりとした。下層水路は二重の円を描く構造になっているが、その内側の円に沿うようにして、魔法陣らしきものが形づくられていた。
ピーターは難しげな顔で【エルフの歴史と魔法】を開き、ぶつぶつとつぶやいている。
「......カリギュラスの考案した魔法陣は、魔法を成立させるための計算式や条件を古代エルフ語で記述し、それを円形の術式として配置することでひとつの魔法として成立させている......彼は、石板や壁面などに魔法陣を刻むことによって魔法を長期的に行使できると考えたが、その独特な形状にどのような意味があるのかは、今もなお明らかになっていない......」
そう読み上げると、じっと天井を見上げた。
「なるほど......あのエルフ語の文字は全部、魔法計算式なのか!」
「妖精と違って、人が魔法を行使するのには計算式が必要なのよね? あまり詳しくはないんだけど」
妖精という言葉に、ココが不思議そうな表情で見上げてくる。その横からティアが本をのぞき込むと、ピーターはこくりとうなずいた。
「うん。魔法使いは、目的の魔法を成立させるための計算式を理解して、それに必要な魔力を用意するんだ」
彼はそう言うと、杖を持ってみせた。
「たとえばさ、仮にこの杖が薪木だとして、この薪に火をつけたい場合。木の材質や水分量、周囲の気温、必要な発火温度、炎を維持するためのエネルギー......そういう条件を全部計算する。それを理解して、自分の魔力でその現象を成立させるんだ。だから雨が降って湿度が高かったり、木の種類が違ったり......そういう条件が変わるような要素があると、再計算ができない魔法使いだとうまく魔法が発動しないんだよね。まあ、ボクのことなんだけど......」
「じゃあ、あなたのライトがうまくいかないのもそれが理由?」
「うん。この杖についてるのは発光石で、熱を与えると光を放つんだ。一応光ったから理屈はあってるんだろうけど、魔力量の計算がうまくいってないんだと思う......なにしろ教わったのは子どものころだし、式もうろ覚えでさ」
ピーターは本に視線を落とす。
「一般的には、魔法学者が解いた計算式が魔導書とか巻物にまとめられてて、ボクらはそれを読んで魔法の発動に必要な答えを理解するんだ。だから、カリギュラスは魔法学者側なんだね。自分で計算式を組み立てて、それを魔法陣にしてのこした......しかも、魔力の追加供給もなしに発動を続けてるんだとしたら、この計算式の中には最初に与えられた魔力を増幅させるような式も含まれてるんだと思う。信じられないよ!」
そう言って、感嘆するように天井を見上げる。
ティアは手元の見取り図を見た。天井に刻まれた魔法陣はかなりの大きさがある。
「そうとうな長さの計算式ってことよね。これが地下水の魔力に関係してるのかしら?」
「まだわからない。古代エルフ語が読めたとしたって、とてもじゃないけどボクにはこんな巨大な式なんて解けないし......ただ、過去に見つかったカリギュラスの魔法陣がここに載ってるんだけど」
ピーターが広げた頁を見ると、たしかにいくつかの魔法陣の図解が載っていた。ココも興味深そうにのぞき込む。
「わあ、絵がいっぱい!」
「ここを見て......これ、ちょっと似てると思わない?」
彼がトントンと指で示したのは、ひとつの魔法陣だった。ぐるりと囲む円の中に、小さな正円やひし形のような図形と、さらにいくつかの線が入っている。
手帳の見取り図を見てみる。ピーターと一緒に書き込んだ天井の魔法陣だ。
「たしかに......ところどころ違うけど、なんだか似てるわ」
「これ、大陸北部の集落跡で見つかったって書いてあるんだ。その時、どんな魔法が発動してたと思う?」
ピーターはちらりとティアを見ると、一拍おいて口を開いた。
「封印だよ。集落の協会の棺の蓋に、この魔法陣が刻まれてたって書いてある。陣の文字を少し削ったら、蓋が開くようになったって」
ティアはごくりと唾をのんだ。蓋を封印していた魔法陣。
「じゃあ、あの白い石板も......」
「うん。エルフたちが何をしてもあれを動かせなかったのは、この天井の魔法陣で封印されてるからだとしたら?」
陣の文字を少し削ったら蓋が開く。ティアは、ふたりの視線を追ってふわりと飛んでいくココの先――その暗い天井を静かに見つめた。
水路の底にある白い石板。そこに刻まれている、《|セレント・スティラン《約束を守れ。な》|トス・ルーロ・トラン《れば光は共にある。》》という古代エルフ語。
「約束とは、カリギュラスと人が交わした約束なのかしら」
「わからない。でも、この石板が下町にあるものと同じで蓋になっているんだとしたら、開いた先になにかがあるはずだよ」
ピーターは、決意に満ちた表情で石板を見つめている。ティアもうなずいた。
「そうね。魔法陣が計算式のとおりに発動しているのなら、その式が欠けてしまえば停止するはず。やってみるわ」
そう言うと、ティアは腰の矢筒から一本の矢を抜いた。細く鋭い鉄製のボドキンをつけた矢がランタンの灯りを反射する。これなら石の表面を削るくらいのことはできるだろう。
矢をつがえて弓を引き、すぐ正面の天井の溝にじっと狙いを定める。
――ヒュッ!
風を切る音とともに、矢は一直線に走った。
カンッと音をたてて落ちるが、ティアはランタンをかかげ、目をこらして溝を見た......わずかに文字の一角が欠けている。
「うまくいった!?」
「もう一度よ」
そう言って落ちた矢を拾い上げると、もう一度つがえた。欠けた部分のつづきを狙って、弓を引き、放す。
ふたたび矢が天井を打ち、カランと音をたてて地面に転がった。ココがきらめきながら天井へと飛んでいく。
「ティア、削れてるよ!」
その言葉を聞くやいなや、ピーターは石板へと駆け寄り、地面にぴったりと這いつくばった。興奮で長い耳がピンと立っている。
ティアも近寄ると、ランタンを石板がよく照らされる位置に置いた。そして石板のふちのくぼみに指をかけ、力を込めてみる......が、持ち上がらない。
「動かないわ......」
「ま、待って!」
ピーターは立ち上がると、もう片方のくぼみに指をかけた。ティアもふたたび思いきり力をいれる......すると、少し持ち上がった!
そう思った時、ピーターがピクッと長い耳を動かした。
「なにか音がしない?」
「音?」
ティアが、耳を澄ますように動きを止めているピーターを見ると、なにやら上からぱらぱらと粉のようなものが落ちてきたことに気づいた。細かい粉はさらさらと宙に舞っている......それを追ってティアが顔を上げようとした瞬間、
「ティア!」
背後でココの叫ぶ声がして、ティアはほぼ反射的に石板から手を放し、ピーターをつき飛ばしていた。
「うわぁ!」
ドンッ! という鈍い音と、床石に響くような振動。
すぐ背後から聞こえたその音に振り返ると、ひと抱えほどの大きさの石が目の前に落ちていた。砂埃も舞っている......まさか、この大きな石が天井から落ちてきたのか?
それをたしかめる暇もなく、また近くに石が落ちてくる。
ドンッ! ふたつ――ドンッ! みっつ―― ドンッ! 四つ――。
天井には落ちた石の分だけ四角い穴が開いている。そのあとも次々と落ちてきて、すぐに石はぶるぶると小刻みに震えだした。
「え、え、え、え......」
腰を抜かしたように尻もちをついているピーターだが、ティアも言葉が出なかった。
みるみるうちに、石同士は引かれあうようにしてくっついていく......そしてティアは気づいた。いくつかの石が光っている......魔法陣の一部のような形で!
ランタンの薄明かりの中、ぼんやりと照らし出された石の集まりは、ゴトゴトと音を立てながら組みあがっていった。
縦にどんどんと積みあがる。足が二本、腕が二本、広い胴、そして最後に頭の位置に、複数の石があつまりながら大きな塊となってせり上がった。
淡く光るひとつの魔法陣を浮かび上がらせて――。
「ゴ、ゴ、ゴ」
ピーターの声は、言葉になっていなかった。
「石兵よ!」
後に続けたティアのかすれ声に、ピーターは完全に耳を倒して、唖然として両目を見開いていた。