石板(後編)
「そもそも、この水路はどうしてこんなに天井が高いんだろう?」
「天井?」
「うん。大昔の地下水路って、もっと天井が低くても良さそうな気がするけど......昔の人は小柄だっていうし、水路に天井高は必要ないじゃない? ここは長杖をふりまわしたって平気なくらい天井が高いよ」
言われてみれば、上層水路の天井は低かった。なぜ下層水路だけ高いのだろう?
その高い天井は、灯りが届かないので今は暗闇の中だ。ランタンを腰帯から外し、頭上にかかげてみてもよく見えない。
「単なるアーチ形の天井だったけど......溝があったと思うわ」
「溝? 天井に?」
「ええ。装飾じゃないかしら」
ティアの言葉を聞くと、ピーターは落ちている本や杖を拾い上げ、鞄を抱えて水路の壁に駆け寄った。
「上にのぼりたい! ティア、押し上げてくれない?」
ティアが多少手伝ったところでピーターが通路へよじ登れるとは思えないので、またココの風で持ち上げた。足をばたばたとさせながら通路へ戻ったピーターを見届け、ティアもふわりと飛んで着地する。
通路の上からなら、ランタンを持ち上げればうっすらと天井が見えた。やはり天井の中央に溝があり、線となって通路沿いに続いている。
「なんだろう。あんまりはっきり見えないなぁ......」
「ココ、あそこを見てきてくれる?」
ティアの言葉に、退屈そうにしていたココは笑顔で天井へと舞い上がった。
「えっとね......ちっちゃな絵がいっぱい描いてあるよ!」
思わぬ言葉に、ティアはピーターと顔を見合わせた。
「絵? どういうこと?」
「うーん......なんかね、ぐねぐねした模様で、へこんでる!」
模様? 線ではないのだろうか?
ティアは革鞄を降ろすと、中から鉄製の杭とロープを取り出した。背負っていた弓とマントも外す。
「えっ、ティア、何する気?」
「ひっかけて登るわ」
目を丸くするピーターにそう答えると、ティアはランタンの持ち手を口にくわえ、ココに目くばせをした。
軽く膝を曲げて、飛び上がる。風がふわりと体を持ち上げる――その勢いを利用して、天井近くの石の継ぎ目へ杭を打ちこんだ。そこにロープをかけ、石壁を伝って登っていく。
ランタンをかかげ、目を凝らして天井を見る......そして驚いた。
「古代エルフ語だわ!」
「え?」
ピーターの驚く声が聞こえるが、ティアはランタンを取り落としそうになり、ロープを手放した。片手ではこれ以上壁にはりついていられない。
床に飛び降りるが、ココが衝撃をやわらげてくれたので足の痛みはなかった。
「ティア! だ、大丈夫?」
「ええ......それより、天井の溝はただの溝じゃないわ。小さな古代エルフ語の羅列だった」
ピーターは驚きながら、暗い天井をじっと見つめる。
「じゃあ......あの溝は全部、古代エルフ語の文章でつながってるってこと?」
「一瞬だったから文章か単語かわからないけど、そうだと思う。《タロス》っていう部分だけ読めたわ」
「タロス......」
しばらく考えるようにうつむくと、ピーターはその場にしゃがみこみ、鞄の中からばさばさと本を取り出した。
「これじゃない、これもちがう、えーっと......これだ!」
彼は【エルフの歴史と魔法】という本を開くと、パラパラと頁をめくった。
「この本は、アストリア大陸で名前が知られてるエルフの偉人について書かれてるんだけど、たしか古代エルフ語の簡易解説があったと思うんだよね。その章は......」
しばらく流し見するように目で文字を追って、そして手を止めた。
「ここだ。えーっと、タロス、タロス......」
ピーターはしばらく食い入るようにして読み込んでいたが、はーっとため息をついた。
「だめだ、タ行にタロスはないや......単語の一部だったのかな」
「もう一度登って他の部分も見てくる? ランタンを持ちながらだと、一度に少ししか見られないけど」
「うーん、そうだね......」
ティアがふたたび壁を登ろうと準備している間も、ピーターはぶつぶつとひとりごとを言っている。
「なんでエルフ語なんだろう。昔のセレストの人はエルフと交流があったのかな......でもこれを読むかぎり、アストリア大陸を放浪してたエルフはそんなにたくさんいないし。歌い手のヴァルキリアン、冒険家カリギュラス、白の預言者ラムセス......」
「カリギュラス?」
大声で振り返ると、ピーターがびっくりした顔で口を開けた。
「え?」
「いまカリギュラスって言った? 聞き覚えがあるわ、それ」
どこで聞いたのか......すぐに出てこない。
ティアが唸っていると、ココが不思議そうな顔で首を傾げた。
「カリギュラスって、海の神様のおはなしだってトニーが言ってたよ!」
ココの言葉に、ティアははっとした。
「そうだわ、昨日トニー爺から聞いたのよ。大きな樹の絵本が、昔はカリギュラスの樹って呼ばれてたって......エルフの名前だったのね」
「えっ、そうなの?」
「ええ。彼のおじいさんはそう呼んでたって、たしかに言ってたわ」
ピーターはまたもやすごい勢いで頁をめくりだした。今度はすぐに手を止めると、震える声で読み上げる。
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・冒険家カリギュラス
ロストデール出身のエルフとしては珍しく、他種族の文化や社会に強い関心を持ち、生涯の大半をヨルシア大陸をはじめとした世界各地を巡る旅に費やした冒険家として知られる。古代魔法を魔法陣としてのこすことを好んだ人物でもあり、アストリア大陸にも彼のものだと思われる魔法陣が刻まれた遺物が複数見つかっている。没年は不明だが、大陸歴紀元前1330年ころだとする見方が強く、これが正しければ1000歳を越えた極めて長寿なエルフでもある。
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「魔法陣?」
ティアはつぶやくと、ランタンの灯りでぼんやりと照らされている天井を見上げた。
「も、もしかしたら......」
ピーターは本も鞄も放り出し、杖を手にすると「ライト!」と唱えた。また杖先にちかちかとした光がともる。
そのまま杖を天井に向かって高く掲げると、ぼんやりと見える天井の溝を歩いて確認しだした。ティアも後を追いかける。
「彼がアストリア大陸に来て、セレストを訪れていたとしたら......あの絵本の村人たちを導いた神様が、カリギュラスだとしたら......」
天井の溝は、ずっと途切れることなく続いている。交差路まで行くと、溝も右に折れ、その先にもずっと繋がっていた。
「きっとそうだ......これは天井の装飾じゃないよ。カリギュラスがのこした、古代魔法陣なんだ!」
興奮したピーターの声が、暗い水路の奥にこだまして消えていった。