下町調査(前編)
※タラサ:ロストデールから来た調査隊のリーダー。話がまわりくどい。
※レイ:ロストデールから来た調査隊。軽薄でデリカシーがない。
※ゲイリン:ロストデールから来た調査隊。リスフェリア出身で寡黙。
港から南門をくぐり、そのまま外壁沿いに西へと向かう。職人区を越えると、そこが下町だ。
港湾ギルドで聞いた話だと、下町はセレスト港のなかでも特に古い区画で、港で働く人の多くが住居を構えているらしい。
小さな家がいくつも密集するようにならんでいて、商業区や職人区とは違って道もかなり狭い。
「こんなところに本当に人が住んでんの?」
レイは興味深そうにきょろきょろと家々を見まわしている。
その時、手前の家の扉が開いて、中から子どもが数人騒ぎながら飛び出してきた。が、ティアたちを見てびくりと動きを止める。
エルフが四人も連れ立って歩いていると、否応なしに目立つ。
まるで穴が開くのではないかというくらいにこちらをまじまじと見つめると、子どもたちはお互い顔を見合わせて、きゃーっと叫びながらまた家の中へと駆け込んでいった。
「うわー、子どもだらけじゃん......ていうか、まさかあんな汚い小さな建物に家族で住んでるってこと......?」
信じられないものでも見たかのような表情で、レイが言う。
「......これがふつうよ」
ティアが答えると、レイはぞっとしたように身震いした。
「えっ、無理、俺、絶対無理。だいたいなんか臭いし。まさか、ティアもああいう家に住んでんの?」
「わたしは旅人よ。今は商業区の宿に泊まってるわ」
「じゃあ、その宿もこういうかんじの建物ってこと?」
「そうだけど」
そう答えるティアに、レイは衝撃を受けたような表情で固まった。
そのあとは、信じられないだの、俺たちの船にくる? だのとうるさいレイに無言をつらぬいた。まるでかもめ荘を侮辱されたようで、腹立たしい。
視界の端では、タラサがまたもやハンカチを口元にあてているのが見えた......気が滅入る。
「やはり人の町は子どもが多いな」
ゲイリンが遠くを駆け抜けていく子どもを見ながらそう言う。
「ロストデールでも、やはり子どもは少ないの?」
「エルフはみなそうだろう。子を成しにくいのは種族的な問題だ。だが、ロストデールでは婚姻制度がない。リスフェリアよりも更に子どもは生まれにくいかもしれないな」
「婚姻制度がない?」
ティアが驚くと、ゲイリンはうなずいた。
「個人主義者が多い。ほとんど誰もが何かしらの研究に没頭している......その多くは古代エルフに関するものだ。子を成すことより、失われた力を取り戻すことのほうが価値があると考える者は多い」
「そうじゃないのもいるけどね」
横からレイが口をはさんでくる。
「俺は正直、古代魔法にはあんまり興味なくてさー。ほかの国に行ってみたいんだけど、許可がでないと出国できないし。それでゲイリンとつるんでぶらぶらしてたところに、今回の調査の件を小耳にはさんで、立候補したんだよね」
「ぶらぶらしていたのはお前だけだ。一緒にするな」
「なのにさ、タラサが港から出るなって言うから、せっかくアストリアまで来たっていうのに、全然外を見れなかったんだよ」
不満そうに言うわりには、下町に出たところで文句ばかりのような気がするが......そう思っていると、レイはどこ吹く風で、ティアの姿をまじまじと見た。
「でも、こうやってリスフェリアのティアとも知り合えたし、やっぱ来た甲斐があったよ。あの契約妖精はどこに行ったの? 昨日もいなかったよね」
「......ココには、ちょっと用事を頼んでるの」
「ふーん」
ティアはゲイリンを見た。今日も彼の耳には精石の耳飾りが揺れている。
「ゲイリン、あなたにも契約妖精がいるの?」
ずっと気になっていたことだ。彼がリスフェリア出身だというなら、ティアと同じく妖精の祝福を受けているはずだ。だが、彼のまわりには妖精が見当たらない。
「いる」
ゲイリンは短く答え、ティアの耳を見た。そこで揺れる、深い青色の精石の耳飾りを。
「だが、調査には必要がない。船に残している」
「どうして?」
「連れ歩く意味などないからだ」
「......そう」
その言い方がずいぶんと冷たく聞こえて、ティアは口ごもった。そんなに割り切れるものだろうか。タラサたち三人の中でゲイリンは極めてまともに見えたので、少し意外だった。
彼がなぜリスフェリアを離れ、ロストデールに渡ったのか......気になってはいるが、個人的なことを聞くのは気が引ける。
「ま、ロストデールで妖精使ってる変人なんて、たぶんゲイリンくらいじゃない?」
レイがそう言いながらふらふらと近づいてくるので、ティアは二歩離れた。彼は右手で触れた先の記録を視ることができるのだ。忘れてはいない。
「あ! いま避けたよね? 傷つくなぁ。水路でのあれは冗談だってば」
「知らない間に記憶を読まれるのはごめんだわ」
「あのさ、そんな便利なもんじゃないんだって。あれはね、人を視たら相手にばれちゃうの。尋問には使えても、密偵はできない魔法なんだよ」
レイは必死にそう言うが、ティアは警戒を解かなかった。そうだとしても、興味本位で読み取られないという保証はない。
そうこうしているうちに、目的の場所へと辿りついた。
細い道を進んだつきあたりに、錆びた鉄柵が立てられている。ロイドから借りた鍵を使って柵扉を押すと、ギィ、ときしんだ音がして開いた。