突然の訪問者(前編)
結局、下町の残りの石板も同じような場所で、収穫は何もなく、解散することになった。
翌日はふたたび港湾ギルドの応接室で資料を読みあさり、下層水路をもう一度調べに行ったが、やはり目ぼしい発見はなにもない。せいぜい水路や通路より水門のほうが修繕履歴が多いとか、天井には溝があるなとか、その程度だ。
タラサたちは、しばらくは王都からの回答を待つということで、船にこもるつもりのようだ。
レイは下町以外にも出かけてみたいようだったが、あの様子ではタラサの許可は下りないだろう。それに、出かけたところで彼の気に入る物があるとも思えない。
こうなると、当分ティアの仕事はなくなってしまった。
しかし、いくらか銀貨が貯まっているので心にゆとりはある。
ティアが暇になったことを知って、ソノがまた買い出しを頼んでくれるようになった。今日はデザートもサービスしてもらえる。
期待に胸をふくらませながら買い物袋を抱えて戻ってくると、かもめ荘へ続く坂道の手前に人力車が停まっているのが見えた。
「あんた困るよ、こんなの出されちゃ!」
「えっ、なんで?」
「せめて銀貨はないのか?」
なにやら揉めている。とおり過ぎようとしたティアは、座席の客にぎょっとして足を止めた。思わず荷物を取り落としそうになる。
「レイ?」
「あ、ティア! あー、よかった!」
人力車に座っていたのはレイだった。プラチナブロンドの短い髪を朝日にきらめかせながら、のんきに手を振っている。
「あなた......こんなところで何をしてるの?」
「あんた知り合いか?」
車夫(※人力車を引く人)が困惑した顔でティアを見る。
「この人、金貨しか持ってないって言うんだ。知り合いならなんとかしてくれよ」
「なんで? これ、アストリア硬貨でしょ?」
レイはあっけらかんとして手に金貨を持っている。呆れてものも言えず、ティアは腰帯の革袋から銀貨を1枚取り出して車夫に手渡した。
車夫はおつりの銅貨をティアに渡すと、レイを追い出すようにして降ろし、そのまま走り去っていく。
「こんなところで金貨を出したって、おつりが貰えるわけないじゃない。それより、なぜここにいるの?」
きょとんとしているレイにそう聞くと、彼は笑顔をうかべてティアを見た。
「そうそう、俺、町を見てみたくってさ。ティアを探しに来たんだよ! 案内してもらおうと思って」
「なぜここがわかったの?」
「ロイドに教えてもらったんだ。かもめ荘って宿にいるって言ってたから、どうやって行けばいいのか考えてたら、ロイドが人力車を呼んでくれてさー。まさかあの金貨が使えないなんて思わなかったから、助かったよ」
「......貸しただけよ。あとで返して」
ロイドには今度文句を言おうと決意し、仕方がないのでティアは彼をつれてかもめ荘へ戻った。
驚くソノへ買ってきた食材を渡し、食堂の一席に座る。レイも当たり前のように隣に座った。格子窓から朝日が差し込むさわやかな食堂には、朝食を食べている客の姿がある。
「ふーん、ここに泊まってるんだ。この間の汚い家よりは全然ましだね」
きょろきょろしながらそう言うレイに、足を蹴とばそうかと考えていると、ココが興味深そうに顔をのぞかせた。
港湾ギルドでの対面時とはうってかわって、かもめ荘へつくまでの短時間でココはずいぶんレイと打ち解けていた。
「かもめ荘にはね、たまにかもめが来るんだよ! アタシ、一緒にあそんでるんだ。レイの宿はどこなの?」
「俺? ずっと船だよ。もう一か月以上も船に乗ってるから飽きちゃったんだよね。そうだ、ティアの部屋はどこ? ちょっと見せてよ」
「いやよ」
「えー、なんで?」
冗談じゃない。部屋を見せたら次は荷物を見せろと言い出すに決まっている。
ティアが無視を決めこもうとしていると、ちょうどソノが朝食を持って割り込んできた。
「おまたせ! 今日はローズマリーのパンだよ。はい、こっちはココちゃんのね。あとこれはサービスのデザートよ」
そう言って次々と皿をならべていく。
きれいな焼き色のローズマリーパンに、小さなオイルが添えられている。ほかにはとろりとしたボイルドエッグ、潮角貝入りの白スープ、そして買い出しの対価であるフルーツの蜂蜜煮だ。
蜂蜜で甘く煮詰められたオレンジに、フレッシュチーズとベリーが乗っていて、最初に食べたいくらいに魅力的だった。
「ねえ、そっちのエルフさん、あんたは何もいらないの?」
「俺も同じのちょうだい!」
ティアの皿をまじまじと見るレイに、ソノは「はいよ」と返事をしながら厨房へ戻っていく。
果実水入りのミルクピッチャーを抱きかかえる笑顔のココを見ながら、さっそくローズマリーパンをちぎって食べようとして、ティアははたと手を止めた。
「......待って。レイ、あなたいま、ソノに返事をしてなかった?」
「え?」
「どういうこと? だって、ソノは星の宣託を受けていないわ」
ティアはそこまで言って、そういえばさきほどの車夫ともぺらぺら会話していたことを思い出した。
レイは一瞬ぽかんとすると、すぐにけらけらと笑い出す。
「あったり前じゃん! タラサぐらいだよ、宣託なんてやりたがるの。タラサは本当に固くってさ、昔ながらのやり方じゃないと気が済まないんだよね。言うこと聞かないとすぐ怒るしさー、付き合わされるこっちは大変だよ。ゲイリンはゲイリンで精石マニアだし、まともなのって俺だけだよね」
「............」
ティアは、疲労困憊で受けた応接室での宣託を思い出した。あの時間はいったいなんだったのか......しかし、タラサの宣託のおかげでティアが職にありつけているわけでもある。
そのあとは、延々とタラサの愚痴を聞かされた。タラサとレイは伯母と甥という関係らしく、彼の愚痴には年季が入っている。
終わりがないかのように思えたが、食事が終わるころには話のネタも尽きたようで、やっと静かになった。
「それよりさ、出かけようよ。町を見てみたいし。おすすめの場所に案内してよ!」
「どこも下町と変わらないわ。あなたが満足するものはないと思う」
「そんなことないって。どこでもいいからさ」
「ティア、アタシもお出かけしたい!」
レイと一緒になってココまでそう言うので、ティアは口ごもった。
もともと今日は、ココと一緒にロットの工房と商店街へ行くつもりだった。できればレイをつれて行きたくはない。エルフ嫌いのロットと会わせると面倒なことになりそうな気がする......。
「そもそもわたしたち、今日は出かける予定があるの。ただの買い物だし、あなたにはつまらないと思うわ」
「買い物? それでいいよ、俺も行く!」
「でも......」
ティアがそう口を挟んだ時には、レイはもう立ち上がって外へと向かっていた。ココも彼のまわりをくるくると飛んでいて、やけに楽しそうだ。
仕方なく、ティアは立ち上がった。
レイの後ろ姿を見ながら、おそらくタラサの許可は得てないんだろうな......とため息をついた。