いざ、下層水路へ
翌朝、ティアはさっそくピーターのもとへ報告に向かった。
「それなら完璧だよ! よかった。ボク、もう木箱に隠れて港に搬入してもらうしかないかと思ってたところだったんだ!」
「わたしは港湾ギルドに行って、地下水路の見取り図を借りてくるわ。あなたはココをお願い。東門の前で落ち合いましょう」
そう言ってココを預けると、ティアは南門へと急いだ。
門には、以前港湾税について説いてくれたずんぐりとした老齢の兵士がいて、とくに問題なく通過することができた。ほっとする。
だが、港湾ギルドのロイドはさすがに不審げだった。
「聞いたぞ、昨日はピーターといたらしいな。湖へ一緒に行ったのか?」
「ええ。なりゆきで」
ロイドにリュネ湖でのことを話すかは悩ましいが、やはり伏せておくことにした。
まずは下層水路の石板をピーターと調べてみて、もし新しい情報が得られたら説明するのが一番いいだろう。
「一緒に行きたいと言うからつれていったの。でも水の魔力に関係する証拠物がないと知って、帰っていったわ」
そう聞いて、ロイドは眉をしかめた。情報を伏せてはいるが、これ自体は本当のことだ。
「ふむ......あいつがそれで諦めるとは思えんな。大人しくしてくれればいいんだが。で、リュネ湖ではどうだった?」
「すでに資料で見たこと以上の発見はとくになかったわ。それでお願いがあって、地下水路の見取り図を借りたいの」
「見取り図? なぜだ?」
「もう一度しっかり見てみたくて」
ティアの言葉に、ロイドはいぶかしげに腕を組む。
「いまさら見たところでかわり映えはしないと思うが......まあ、見るのは自由にしてかまわんが、港から持ち出すのはだめだ。見たいなら応接室にそのまま置いてあるから、中で見てくれ」
「......わかったわ」
地下水路は暗く、その構造も複雑だった。しかも今回は未知のルートから侵入し、石板がある場所まで案内なしでたどり着かなくてはならない。
できれば見取り図を借りたかったが、仕方がない。書き写そう。
応接室は前に来た時とかわらず、資料が机の上に積まれたままになっていた。その中から地下水路の見取り図と、セレスト港の地図をひっぱりだす。
ティアは手帳を開き、日々記している日記をめくった。真っ白な頁に、できるかぎり簡潔に水路全体を書き写していく。
地下水路は大きな円を二重にした形をしていて、内側が入り組んだつくりになっている。ティアは慎重に分岐や交差路を手帳に書き込んでいった。もし水路の中で迷ってしまったら、この見取り図だけが頼りだ。
最後にセレスト港の地図に目をとおし、トニー爺が言っていた排水口が見取り図のどこに通じていそうかのあたりをつけ、ティアは港湾ギルドを後にした。
セレスト港に入る門は全部でみっつ。
西方街道につながる北門、港からの出入り口となる南門、そして市場区から王都街道へと抜ける東門だ。
待ち合わせた東門には、ピーターはまだ来ていなかった。
セレスト港に入るのにつかった北門は旅行客や旅人が多かったが、東門はとにかく荷車や馬車が多い。積み荷を確認している兵士の前には、通行を待つ商人の列ができていた。
門周辺には厩が複数あり、貸し馬屋も軒を連ねている。
風が吹くと、湿ったわらと馬の獣臭がふわりとただよった。
「ティアー!」
「ごめん、おまたせ!」
振り返ると、ピーターがココをつれて走ってきていた。
いつもの肩掛け鞄がこんもりとふくれ上がっているが、それだけでなく、やたらと重そうだ。
「それ、どうしたの?」
「え? ああ、これはね、家にあった古代エルフについて書かれてる本をかたっぱしから持って来たんだ。父さんが持ってた本だけど、地下でなにが必要になるかわからないからね......じゃ、行こう!」
ピーターは気がせいている様子で、すぐにでも地下水路に乗り込みたいという顔だ。
さっそく東門を出ると、街道の先にはゆるやかな丘が続いている。
その先は王都グラン・ソルンへとつながる王都街道だ。が、今回の目的地ではない。
ティアは街道ではなく外壁沿いに南へと向かい、海岸線を目指した。進むにつれてどんどんと地面が下っていく。
しばらく行くと、外壁の下側に水が出ている排水口が見えてきた。
「ティア、お水が出てるよ! あれかな?」
「どこ!?」
ココの声に、ピーターが重い鞄を抱えてばたばたと走っていく。
排水口は思ったよりも大きく、石組みでアーチ状になっていた。これなら這う必要はなく、中腰で中を進めそうだ。
さらさらと流れ出た水は小川のように地面を流れ、そのまま海へとつながっているようだった。
「これがトニー爺の言っていた格子かしら......ちょっと試してみるわ」
アーチ形の石にがっちりと鉄格子がはまっている。
赤茶けた錆がういていて、縦横に組まれた鉄棒は頑丈そうに見えるが、両手をかけて揺らしてみると、一番右側の縦の棒だけが妙に揺れやすい。
何度か角度を変えてひねってみると、ガコンッと音をたてて外れた。
だが、そのほかの棒は何度ためしてもピクリとも動かない。
「ほかの棒は外れそうにないわ......この右端の隙間からなんとか入るしかないみたいね」
「ボク、とおれるかなぁ......」
横の棒はすべて残ったままだ。右端には横長の長方形の隙間が縦にみっつできているが、かなり狭い。
ティアはとおれそうだが、ピーターはどうだろう。
いったん荷物をピーターに預け、先にティアが隙間をくぐることにした。体を押し込むと、なんとか水に濡れることなく中へと入りこむ。
次はピーターだ。
今度はティアが荷物を預かって、ピーターは身一つでぐいぐいと上半身を隙間に押し込んだ。しかし、ラビット族は腰が大きいのでやはりつかえてしまった。
「いてて! いててて!」
「んー!」
内側からティアが腕をひっぱり、外側からココが風で押し、どうにかこうにか無理やりひきずりこんだが、ピーターは勢いあまって「ぐえっ」と頭から水に落ちてしまった。
「つ、ついに、この奥が地下水路なんだね......」
ココに乾かしてもらいながら、ピーターは真剣な表情で暗闇の水路を見つめる。
「灯りをつけるわ」
奥に入ると真っ暗になってしまうので、ティアは革鞄からランタンを取り出して灯りをともした。
小型なので遠くまでは照らせないが、腰帯に下げることができて手がふさがらない。
「あっ、そうか、ちょっと待って」
ピーターは耳をピンとさせて鞄をあさると、大量の本をかきわけて、奥から太くて短い木の枝のようなものを取り出した。枝の先端は節くれだっていて、その中心には石のようなものがはめ込まれている。
古びた布がぐるぐると巻かれた部分をぎゅっと握ると、「コホン」と咳ばらいをし、神妙な顔で目を閉じた。
「えーっと......ンー、ライト!」
すると、節くれのあたりにぽっと明るい光が灯って、ほんのりと石壁を照らした。
しかし光は安定しておらず、明るくなったり暗くなったり時々消えたり、ずいぶんとせわしない。
「ピーター、魔法使いなんだ!」
ココは喜んでいるが、ピーターはちかちかと瞬く灯りを手に、ばつの悪そうな顔をした。
「ま、まあ、子どもの時に習ったきりだから、あんまり上手くはないんだけど......こんな灯りでも、ないよりマシだよ」
「水路に光源はないから、灯りは多いほうがいいわ」
ティアはじっと排水路の奥を見つめた。
水路の奥から排水される水は、ティアのランタンとピーターの魔法、ふたつの灯りをうっすらと反射し、しずかに流れていた。