早朝のおつかい
市場区は、早朝とは思えないほどたくさんの人でごったがえし、活気に満ちあふれていた。
どこもかしこもとにかく魚の匂いがする。
石造りの店舗がならんでいた商業区とは異なり、建物を越えて通りにまで店先をはりだしている店や、道ばたに木箱や樽をならべただけの露店がいたるところにあるのだ。
魚を山のように積んでいる店、貝類をかごに山ほど盛っている店、束にした海藻をつるしている店......客よせの声があちこちから飛び交い、荷物や大きなかごを抱えた人々が、その間をせわしなく行き交っていた。
「はぁー、すっごいねえ......ぐるぐる貝があんなにたくさんあるよ! これなら、おつかいのぐるぐる貝もたくさん買えるね」
ティアの襟元でココがきょろきょろとしながらそう言う。
昨夜、ティアたちが早朝の市場区へ行くつもりだと知ったソノから、ついでにお願いと買い出しを頼まれていたのだ。
かわりに朝食をサービスにしてくれるというので、財布の中身が心もとないティアとしては一も二もなく快諾した。
「たぶん、この辺にある店だと思うんだけど」
ソノが言うには、「表通りをまっすぐ行けばすぐに緑の布がかかってる店が右手に見えてくるからさ。その店のトニー爺にソノの使いだって言えばわかるから!」と言うことだったが......。
「あ! あったよティア、緑色だー!」
ココの声を聞くまでもなく、よく目立つ緑色の布製のひさしが見えてきた。
店先まではりだしたそのひさしの下には、ほかの店と同じくさまざまな魚や貝が木箱の上に山と積まれている。
店の奥では、おそらくトニー爺と思われる老人が忙しそうにしていた。よく日に焼けた顔に、ひさしと同じ緑色のバンダナを巻いている。
「なんでぇ、ソノのやつ、まーた客を使いっぱしりにしてんのか。ったく、美人は何しても許されると思ってんのかねぇ。ほら、これを買いにきたんだろ?」
そう呆れながら、トニー爺は貝と魚をいくつかひょいひょいとつかみとり、新しいかごの中に入れていく。
「ほかに頼まれてるモンは?」
「あと、卵2ダースと、乾燥ディル、フェンネルシードを3束......」
「かーっ、頼みすぎだろ。客をなんだと思ってんだ、あいつは。ま、そっちはタビオんとこの店だな。この銀目魚と潮角貝は包んどいてやるから、先にタビオのほうへ行ってきな。このまま魚市場をとおり抜けると食料市場につくから、入ってすぐのでかい店だ」
トニー爺はそう言いながら、かごを抱えたまま奥へ引っ込もうとして、ふと振り返った。
「嬢ちゃん、あんた今夜もソノんとこに泊まるのかい?」
「ええ、そのつもりよ」
ティアが答えると、トニー爺は焼けた肌とは対照的な真っ白な歯を見せて、ニカッと笑った。
「そりゃあツイてるな。ディルを買うなら今夜は銀目魚の煮込みだろうぜ。ソノは調子に乗った女だけどな、あいつと旦那が作る煮込みは天下一品さ。よかったな」
そう言って、いそがしそうに店の奥へと戻っていった。
タビオの店というのは、トニー爺の言うとおり、食料市場に入ってすぐのところにあった。
魚市場には露店のような小さな店がたくさん並んでいたが、タビオの店は違った。
入口に【タビオ食料品店】と書かれた大きな札がかかっていて、店自体もがっちりとした立派なつくりだ。
広い店内には、果物、野菜、ハーブにチーズ、ベーコン、調味料......まさになんでもござれの総合食料品店だった。
「ハイハイハイ、ソノさんのご注文ですね、たしかに承っておりますね、ハイ」
にこにことした笑顔で揉み手をしているのが店主のタビオだ。
大きな店なので何人か店員がいたのだが、そのうちのひとりに声をかけると、奥から店主のタビオがすごい勢いで飛び出してきた。
「いやーいつ取りに来ていただけるのかと心配していましたよ。それでソノさんは? どちらに?」
タビオはそわそわとした様子で店内を見まわしている。
恰幅が良いをとおり越してかなりふくよかな体つきだが、止まらない揉み手のせいでずいぶんと落ち着きがなく見えた。
「使いを頼まれたの。卵2ダースと、乾燥ディルとフェンネルシードをそれぞれ3束......」
「ソノさんは来ていらっしゃらないので? あなただけ?」
「ええ」
ティアが答えると、タビオは笑顔をはりつけたままピクリと固まった。
「......そうですか、それでは商品を用意させますね、ハイ。では、わたくしはこれで失礼」
タビオはそう言って、出てきたときと同じ早さであっという間にいなくなった。
あの体格で、店内にところせましと積まれたどの品物にも決してぶつかることなくそそくさと移動できるのは、さすが店主というべきか。
なんだか変わった人だ......そう思いながらちらりと襟元のココを見ると、彼女はそれどころではなく、色とりどりの果物やハーブに近寄りたくてうずうずしているようで、ぎゅっとこぶしを握ったままきょろきょろとしていた。
店員を待つ間、ティアとココは店内を見てまわった。
それで気づいたのだが、なんでもあるように見えるタビオ食料品店でも、生魚や生肉は置いていないようだった。干物や加工品はあるので、おそらく市場のほかの商店との取り決めなどがあるのだろう。
「見てティア、かわいいイチゴがいっぱいだよ!」
ココが指さした先には、小さなかごにつやつやとした新鮮な木苺が山盛りになっていた。
そのとなりの木箱には、保存用に乾燥させた木苺もたくさん入っている。
木箱のほうにはラベルのような紙がはりつけてあった。
「あれ、なんて書いてあるの?」
「ドライ・エストベリー......エスト平原で栽培されてる木苺みたいね」
「エストヘイゲン?」
「セレスト港の東むこうに大きな平原があるの。たしか、小麦が栽培されてるって聞いたことがあるわ」
「へー! じゃあ、小麦の妖精や、イチゴの妖精がたくさんいるかもしれないね!」
そう言って、ココは夢見るような顔でうっとりと木苺を見つめる。
ティアは、少し考えた。この乾燥木苺なら長持ちするし、旅の途中で食べるおやつに良いかもしれない。ココが食べられるわけではないが、持ったり嗅いだりして楽しむのには大きさもちょうどいいだろう。
「そうね。エスト平原の妖精の恵みで育った木苺かもしれないわ。買っていく?」
ティアがそう言うと、ココはぱっと満面の笑みを浮かべ、瞬く星のように全身を輝かせた。