

十話 端的にイカ臭ぇ……! え、後始末は俺?!
朝の九時になると、予定どおり教会前の広場に出る。昨日より明らかに人数が増えている。二百人いかない程度は参加していそうだ。予想はしていたが、この人数を従えるのはちょっと怖い。
――社畜時代でも、こんな大人数に指示出ししたことねぇよ......あ、今も社畜みたいなもんだったわ。クソが!
既に昨日と同じような人数構成でグループが作られている。ユタカを見るとウィンクしてサムズアップしてくれたので、ユタカがやってくれたのかもしれない。
「えー、今日も集まってくれてありがとう。今日も基本的に山へ採集に行くつもりだが、兵士達は海へ行ってシンローとクラーケン退治をしてもらおうと思う」
粗末な装備の兵士達約二十名は顔を見合わせて、少し困惑している様子だ。国王が一歩前に出て俺に膝をつく。
「今後に備え、必要と思っておりました。シンロー神(シン)の力をお借りできること、とても有り難きことと存じます」
兵士達が慌てて俺とシンローに膝をつき、国王と同じように両手を合わせる。どうやらこの国の祈りのポーズらしい。
ピコン
――神威、このタイミングで上がるんかい。
横目でシンローが少し笑ったのが見えた。
昨日と同じようにトロール達との注意点を伝えつつ、採集組を出発させてから、俺達は海に向かう。
「今日はシンロー様はこちらで大丈夫なのでしょうか? 昨日は山で魔物から国民を守って頂いていたようですが」
国王が近付いてきて小声で確認してくる。
「昨日見た感じだと、トロール達でも十分対抗できる程度の魔物しかいなかったから大丈夫なはずだ」
「それは有難いです......」
「大丈夫。クラーケン速攻で倒して、山でも狩るから」
ニコニコとシンローが言う――あー、そうだね。なんか余裕でやってのけそうね、お兄ちゃんは!
大人数でガシャガシャと開けた海岸に出ると、すぐさま二匹のクラーケンがそそくさとやって来た。胴体の部分は二階くらいの高さだ。食べ応え抜群だなと考えている途中で、急に八つに輪切りにされる。
「――天誅!」
バシャバシャとイカの輪切りが海に浮く。
「天誅!!」
三体目はイカの三角の部分が見えた時点で、シンローに持ち上げられて空中で捌かれる。骨の部分もお構いなしで、内臓処理がされないまま捌かれたものが海に浮く。
俺達はただただ、口を開けながら憐れなクラーケンがシンローに捌かれていくのを見守った。
パシャ
「天誅!」
「ギャース」
「天誅!」
なんというか、五分も経たない間に全てのクラーケンはもちろん、ついでに顔を出した魔物までまとめてシンローに天誅――いや、一掃された。そして「じゃあ、後はよろしく! 山に行くねー!」とウキウキ声で去っていった。
残された残骸を見ながら、国王は顔を横に振る。
「あんなに苦労したクラーケンがこうもあっさりと......」
「クラーケン強いの?」
「一匹でも苦労します。何せ水中から襲って来ますので、魔法や遠距離で戦う術がないと......」
ぷかぷかと海に浮かぶクラーケン達の残骸。一部は打ち上げられ始めている。
――まてまて、海上の分を安全に回収できるの俺しかいなくね?
「そういえば、船ってすぐ出せる? 食料として回収しようと思ってたんだけど......」
「それが、船は全てクラーケンに壊されていまして......」
「......わかった。俺、頑張るよ」
国王が勢い良く俺に振り向く。
「そんな、恐れ多い! 我々で可能な範囲で回収します!」
既にテキパキと動き始めていた兵士達の一部が頷く。
「いや、もったいないからさ。貴重なタンパク源だし」
国王の言葉を聞く前に俺は飛翔して、海上に出た。
「――クッサ!! 何これ、イカ臭ぇ!! いや、イカだからイカ臭いのは分かるけど、イカ臭ぇのはなんかヤダ!!」
顔を顰めながら、残骸を懸命に海岸に運んだ。兵士達も気が付けば布を顔に巻きながら作業している。荷車に大量に乗せられるイカ、イカ、イカ、時々魚、そしてカニ......。
シンローがクラーケンを退治する時間より明らかに、回収する時間の方がかかった――これからは、回収も見据えた退治の仕方を考えてもらおう。それくらい余裕だろう、シンローなら。もうやだ、イカ臭いの。
国王が集められたイカの残骸に対して魔法をかけてくれていた。どうやら臭いと鮮度と清潔を保つものらしい。国王によって処理されたイカは臭くなかった。
「ムガク、俺も魔法使えるかな?」
「神は魔法は使えないにゃー」
「じゃあイカ処理班は国王担当なのか......」
「そうにゃ」
「頑張れ、国王......ありがとう、国王......」
俺はイカ臭さを軽減してくれる国王に非常に感謝した。
「あ、ちょっと君、いい?」
通りすがりの兵士を一人捕まえる。俺がイカスープを作っている間に、チラチラこちらをうかがっていた兵士だ。朴訥そうな兵士は、「なんでしょうか?」と素っ気ない態度で近付いてくる。
「これ、賄いとして振る舞おうと思うんだけど、味見して欲しい。俺、味覚がなくて味が分かんないんだ......」
「味覚が......? まぁ、分かりました」
兵士は驚きながらも器に入れたスープを啜る。
「......ぶっ!」
「......不味かった?」
「その......これをそのまま振る舞うのはやめた方がいいかと......」
「え、そんなに不味い?」
慌ててスープを飲んでみるが、やはり味は皆無だ。水を飲んでいるに等しい。
「ごめんな。どんな味なんだ?」
「塩っぱ過ぎるのと、イカはただの無味のブヨブヨになっています」
「うわぁ......」
「よろしければ調理し直しますよ」
「まじか! 助かる! ありがとう!」
兵士が調理し直してくれたイカの煮付けは、それなりに他の兵士にも好評だった。あの兵士は個人的に今回のMVPだ。クラーケンを好き放題切り捨てて去っていったシンローなんかではない。
それにしても......。
「なぁ、ムガク。クラーケンに塩味のイカスープはどこ情報だ?」
「明確な記載はないにゃん」
「......ハルシネーション!!」
頭を抱えていると、遠くからユタカの怒る声が聞こえてきた。他にも争う声が聞こえる。
「どうしたんだ......?」
文字どおり飛んでいくと、ユタカと一人の中年男性が怒鳴り合っていた。ユタカの傍らにはミニトロール。
――あぁ、意外と早かったな。トロール問題。
俺は頭を掻きながら、二人の間に降り立った。