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警備隊特務課、社会不適合者たちの魔窟

 2036年6月6日 午後12時32分

 明るい初夏の陽光の下、太陽によって暖められたアスファルトの上で天乃あまのと水無月みなづきは静かに足を止めていた。
 二人が《結界》の外に向かおうとしたとき、《結界》の効果が切れたようでなのだ。どうやら、午後12時30分になると切れるように設定されていたらしい。

「ねぇ、さっきの《結界》。アンタの眼にはどう見えてたの?」

 気まずい空気を換えようと、水無月みなづきが天乃あまのに問い掛ける。

「《結界》ってのが、実はよくわからなくて。どういうものなんだ?」
「《結界》は基本的には人払いを用いた閉鎖空間のことよ。あと、狭義の範囲指定型魔術を指すときもあるわ。まぁ、前者は、本来はそんなに広い範囲を囲めるものじゃないんだけど。この《結界》は多分あの偽間森まもりが事前に準備してたんでしょうね。結構な範囲を囲ってるわ。というか、記憶喪失ってそんなことも忘れるものなの?」
「オレの記憶喪失はただの記憶喪失じゃなくて常識改変も含むものらしい。おかげで魔術に関する知識もごっそり失われてる」
「それは......ここで生活していくうえで結構なディスアドバンテージよ?」
「そうなんだよなぁ。なんかいきなりわけのわからん奴らに殺されかけるわ。散々だよ」
「でも、神の術式か。なんでそんなものがアンタに掛けられてんのかしら? 何か心当たりは? ってそういう記憶もないわけか、厄介ね」
「あぁ、それで、最初の質問に戻るけど。オレの眼には特に何かで囲っているようには見えなかったよ」
「ふーん。そうなんだ。多分、人払いをしている何・か・を見つければ、流れは見えるんでしょうねぇ」
「......そうかもな」

 二人はとりあえず、今回の件に間森まもり啓吾けいごの偽物が関わっていたことから、水無月みなづきの姉である水無月みなづき雹霞ひょうかに会うため、移動を開始していた。

「............ねぇ、アタシを助けてくれるって話、なんだけど。どの程度本気でゆってる?」
「勢いで放っておけないって気持ちになったが、どうすればいいか見当もつかない。水無月みなづきは、どうして――――くそっ、誓約に引っかかるのか。ちょっと抽象的な表現をする。アレを手放せないんだ?」
「それは......ナイショ。というか今日会ったばっかりの人に話す内容じゃない」
「そうか。できれば、手放してもらいたいんだがな。アレは水無月みなづきの――――――――......誓約オースって不便だな」
「ふふふ、そうね。実はね、アタシを助けようとしてくれてる人、あんたの他にもう一人いるの」
「へぇ。これから会いに行く雹霞ひょうかって人か? 確かお姉さんなんだろ?」
「雹霞ひょうか姉ぇはどうだろ? 助けてって云えば助けてくれる気がするけど......アタシの意志は尊重してくれなさそう。多分強引に取り上げようとするでしょうね。そうゆう人なの」

 水無月みなづきはそう云って苦笑いを浮かべる。

「でも、その推理は惜しかったわね。アタシを助けようとしてくれてるのは烈火れっか兄ぃってゆうの。アタシと雹霞ひょうか姉ぇの義兄あにに当たる人かな」
「へぇ。三人兄妹か」
「みんな血は繋がってないけどね」
「家族か。オレはそういうのも覚えてないからな。会ったこともない保護者がいるってだけだよ」
「あぁー、なんか、ゴメン。配慮が足りなかったかも」
「いいさ。神の術式とやらでオレの記憶が戻るのは絶望的なんだろ? だったら、これから知っていくさ」
「前向きね」
「それが取り柄だと云えるように頑張るよ」
「そ。まぁ、アタシが何をゆいたかったかってゆうと、あんただけじゃないから。あんまり張り切らないようにってことよ」
「肝に銘じておくよ」

 喧騒から切り離された静謐な大通り。天乃あまのと水無月みなづきは、とある建物の前で止まる。

「ここか? ここって......」

 立ち並ぶ近代的な高層ビルの足元に、警備隊本庁の威圧的なファサードがそびえ立っていた。

 警備隊とは浅木区における警察機構である。浅木区の敷地は、丸ごと国立大学法人浅木大学の敷地という扱いになっていることから、警察機構の設置が認められておらず、浅木大学は自費で警備員を雇用している。その警備員の組織を警備隊と呼び、大学は、警備隊に警察機構さながらの権力を認めているのである。なお、警備隊は警察機構というよりもむしろ民間軍事会社PMCの流れを汲んでおり、その訓練は軍隊さながらであるともいわれる。
 それというのも、本土の警察機構と警備隊の最大の違いとしては、警備隊は常に非殺傷武器の携帯をしているという点が挙げられる。浅木区で発生する犯罪は魔術が絡む案件も多く、それ故に警備隊は魔術師との戦闘を考慮してテイザー銃やゴム弾、閃光発音筒スタングレネード等で武装しているのである。

「そ。ここよ。雹霞ひょうか姉ぇって警備隊の実行部隊のお偉いさんなの」

 水無月みなづきが若干誇らしげに胸を張っていると、建物の中から警備隊員が向かってくる。

「えーっと、君たち。どこの学校? いや、堂々とここに来てまでサボる度胸はすごいけど、あまり感心しないね。って君、怪我してるじゃないか」

 警備隊員が天乃あまのの肩付近の出血を見て血相を変える。

「傷害事件かい?」
「えーっと、微妙に違います。アタシは第三高校の水無月みなづき風華ふうかといいます。こちらの天乃あまの慎しんくんがそちらの特務課に呼ばれていたので、案内していました。学生証です」

 百目鬼どうめき亜澄あすみが水無月みなづき雹霞ひょうかに天乃あまのの身柄の確保を要請していたことは、藪やぶ医師と偽間森まもりとの会話で確定している。とりあえず、水無月みなづきはそういうことにした。

「第三......高・校・?」

 警備隊員は水無月みなづきの容姿に疑問を持ちながらも学生証を手持ちのカードリーダーに通した。

「確かに......承りました。こちらへどうぞ」

 特に問題はなかったのか、警備隊員は二人を建物の内部に案内する。そして、入り口の受付にいた別の隊員に話しかけた。

「なぁ、天乃あまの慎しんって記録にあるか?」
「ちょっと待ってくれ。......あったぞ。今日の十三時から特務課と面会の予定になっている。今、連絡する」
「そうか。では、天乃あまの君......こっちへ。おっとその前に君の学生証を見せてもらっていいかい? 規則なんでね」
「が、学生証!?」

 俄かに天乃あまのが慌てた様子を見せる。

「まさか、あんた持ってないの?」

 水無月みなづきがジト目で天乃あまのを見やる。

「さぁ、使ったことないからなぁ」

 天乃あまのは唯一可能性がありそうな財布の中を見る。
 中には現金の類は一切なかったが、複数のカード類が散見された。

「おぉ、あった。よかった」

 天乃あまのは警備隊員に学生証を提示すると、警備隊員は例のカードリーダーに天乃あまのの学生証を通す。ただ、水無月みなづきのときとは違い、ピピッと警戒音のようなものが鳴る。警備隊員は不思議そうな顔をしたが、カードリーダーに表示された文字列を読むと、何かに納得したようであった。

「問題ないみたいだね。それじゃあ、案内するからついてきて」
「じゃあ行ってくる。いろいろありがとうな、水無月みなづき」
「次は、平和なときに会えることを祈ってるわ」

 そう云い残して水無月みなづきは立ち去ろうとした。

「あっ、水無月みなづきさん。学校にはこちらから報告しておくので、君も一緒に来るようにとのことだ」

 受付にいた警備隊員が電話で指示を受けたのか、背を向けた水無月みなづきに声をかける。

「ふぇ? あの、できれば帰りたいなぁ......なんて」
「そういわれてもね。上からの指示だ。私としては帰ってもらっては困るよ」
「はぁ、ですよね。わかりました。行きます」
「では、こっちだ」

 天乃あまのと水無月みなづきは入り口で声をかけてきた警備隊員に連れられ、エレベーターに乗る。LEDの白い光がフラットに照らし出す警備隊庁舎の内部。静寂に包まれた無機質なエレベーターが、地下へと重い駆動音を響かせて沈んでいく。

「(なぁ、何で水無月みなづきも呼ばれたんだ?)」
「(さぁ? 多分、雹霞ひょうか姉ぇが呼んだんだと思うけど)」

 天乃あまのが小声で水無月みなづきに耳打ちすると、水無月みなづきも小声で返して来る。エレベーターはそのまま地下二階に到着すると、案内役の警備隊員が降り、ついてくるようにと二人を促す。廊下を数メートル歩くと、そこには特務課の文字が書かれた扉があった。
 案内役の警備隊員は、ドアをノックすると、扉を開き、中に向かって「失礼します。天乃あまの慎しん、水無月みなづき風華ふうか両名を連れて参りました」と報告した。

「お疲れ様です。後はこっちで引き継ぎますよ」

 そう云って出てきたのは、線の細い男だった。警備隊の面々が鍛えられた肉体をしていることからしても、その細さは目立つことこの上なかった。

「やぁ、風華ふうかさん。お久しぶりです」
「お久しぶりです、新保しんぽうさん。雹霞ひょうか姉ぇ、姉はいますか?」
「はい、お待ちですよ。天乃あまのさんもお久しぶりです。といっても覚えていないですよね。新保しんぽう覇夏はなつといいます。以後、お見知りおきを」

 新保しんぽう覇夏はなつと名乗った男は、握手を求めるかのように手を差し出す。

「あー、お知り合いの方ですか? ご丁寧にどうも。改めて、よろしくお願いします」

 天乃あまのがそれに応じようとすると、新保しんぽうは驚いたかのように手を引っ込めた。

「え? どうしました?」
「すいません。実は記憶喪失の件、私は疑っていまして。ちょっとした悪戯を仕掛けたのですが。あなたがあまりにも無防備に私の握手に応じようとするので、驚いてしまって」
「はぁ」

 天乃あまのには何のことかはさっぱりわからないが、どうやら、浅からぬ因縁があったようだ。

「人の人格を形成するのは記憶と環境なのですねぇ。どちらかが失われるとこうも変わるものですか。いや、忘れてください。いまのあなたなら、私は歓迎しますよ」

 そう云って差し出されたままになっていた天乃あまのの手を掴み、握手する。

「それでは、こちらにどうぞ。水無月みなづき課長がお待ちです」

 青白いモニターの光が幾重にも交錯する薄暗い特務課の執務室。中央のデスクを囲むように、それぞれの思惑を秘めた人物たちが緊張感を帯びて陣取っていた。

「ほうら、来なすった。云ったとおりでしょう? こいつは外さないんですよ。こういうイベントはキチンと時間どおりこなす。そういう男なんですって」

 新保しんぽうに案内されて入った部屋には、水無月みなづき雹霞ひょうか以外にも人がいた。というか間森まもり啓吾けいごであった。服装は学校の制服だったが、サングラスはしている。

「よう、久しぶりだな、慎しん。といっても、記憶がない上にいきなり俺の偽物と出会うとは、業が深いというかなんというか。まぁともかく、俺が本物の間森まもり啓吾けいごだ。よぉろしくぅ」

 間森まもりは来客用のソファに我が物顔で腰かけており、一人だけやたらテンションが高い。

「大丈夫。こいつは本物よ。ウザいけど」

 水無月みなづきは固まっている天乃あまのにそう囁く。

「えぇ、っと、天乃あまの慎しんです。よろしく、啓吾けいご」
「おう、テンション低いな。こっちは首が飛びそうでテンション上げてないとやってられなかったぜ」

 ふぅ、と間森まもりは額を拭うゼスチャーをする。

「だけど、一三〇〇ひとさんまるまるには間に合ったんだ。これで、お咎めなしでしょ? 雹霞ひょうかさん」
「そうだな、結果論だが、奴は間に合った。賭けはお前の勝ちだよ、啓吾けいご。ムカつくから一度死ぬような目に合わせた方がよいとは思うがな」

 そう云い放ったのは、入り口に立つ天乃あまのの正面に座っている若い白髪の女性だった。肌も髪と同じように病的に白いが、体つきはむしろ豊満であり、新保しんぽうよりむしろ健康的に見えた。座っている席と間森まもりとの会話からして、この人が水無月みなづき雹霞ひょうかなのだろうと天乃あまのは当たりを付ける。

「そんなご無体な」

 間森まもりはお道化るようにその場に崩れる。

「ふん。間に合ったようだな、天乃あまの。まぁ、とりあえず死んで――じゃない。啓吾けいごの隣にでも座れ。風華ふうかはそっちの椅子だ」

 雹霞ひょうかが指す先には、明らかに部屋の主である雹霞ひょうかの椅子と同等と思われる椅子が用意されていた。それも、明らかに水無月みなづきの体型に合わせて小さめに設計されている。

「......ねぇ、雹霞ひょうか姉ぇ。なんでアタシだけ専用の椅子があるの?」
「お前は客ではなく家族だからな。扱いは特別であって然るべきだ」
「いい加減、妹離れしてよ......」
「断る。それに今回は多分に私情を挟むが、理由わけあってお前を呼んだのだ。決してお前に会いたかったから、無理に呼んだわけではないぞ」

(あぁ、この人ダメな人だ)

 というのが天乃あまのの雹霞ひょうかに対する第一印象である。

「相変わらずのシスコンっぷりだな。それじゃあ、まずは、慎しん。悪かったな。いきなり死にかけただろう? それを防げなかったのは、ひとえに俺が後手に回ったせいだ。謝罪する」

 間森まもりが隣の天乃あまのに向かって頭を下げる。その間に雹霞ひょうかは水無月みなづきを無理やり抱きしめて専用の椅子にぬいぐるみか何かのように押し込もうとしていた。水無月みなづきは座らされまいと無駄な抵抗を試みている。

「どういうことだ?」

 天乃あまのは間森まもりの言葉に真剣に反応するものの、目の前で展開されている姉妹のじゃれ合いのほうが気になって仕方ない。

「どうもこうも、まずはこれを見てくれ」

 間森まもりはじゃれ合う姉妹のことは完全に無視することにしたらしい。そこはかとなくプロっぽいな、というのが天乃あまのの感想である。

「これが、今日午前5時12分の浅木港の映像だ。......見てくれ、ここを」

 そう云って間森まもりはノートパソコンの映像の一部を拡大する。そこには、小さなモーターボートのようなものに乗った何者かが浅木の港湾区にある堤防に接近する姿が映し出されていた。その人物は、黒いスーツ姿にサングラスという恰好の西洋人であった。彼は港に着くと、上陸し、モーターボートを陸に引き上げる。
 モーターボートはそのまま一瞬甲冑姿の騎士になると、すぐさま消えるようにいなくなっていた。ちなみに、水無月みなづきは抵抗を諦めたのか、雹霞ひょうかの為すがままに可愛がられている。

「これは、《偽装の騎士》だな。啓吾けいごの偽物が使っていた甲冑の一つだ」
「ほぉ、《偽装の騎士》を使ったのか。こいつは、アーサー・リードというフリーの傭兵だ。得意なのは騎士を召喚する魔術で通称十三騎士と呼ばれている」

(えーっと。初めに一体。追加で九体。伏兵二体に、偽装の騎士で合計十三体か。なるほどね)

「《十三騎士》はそれぞれが特殊な力を持つらしいが、そのなかでも《偽装の騎士》は奴が好んで使う騎士甲冑だ。《偽装の騎士》はそれ自体が別の何かに偽装できるし、これを召喚している間、アーサー自身の外見も何者かに偽装できるらしい。それ以外には何がいた?」
「それ以外?」
「あぁ、様々な能力を持った多彩な騎士を召喚するのが《十三騎士》の真骨頂なんだよ」
「それは、わからないな。水無月みなづき、なんか特殊な甲冑はあったか?」

 雹霞ひょうかに一通り可愛がられ、抜け殻のように椅子に座っていた(座らされていた?)水無月みなづきは、天乃あまのの問いかけに気だるげに返答した。

「さぁ、基本的には一撃だったから、仮に特殊な力があってもわからないわよ」
「そうか。だ、そうだ」
「わかった。つまり、アーサーはこの外部との連絡口である浅木港経由で侵入してきたことが判明している。《偽装の騎士》を使えば、業者に成りすますこともできるだろう。それじゃあ次、これが午前9時32分の大学病院のカメラの映像だ。アーサーが先生とお前と話している。先生にも確認したが、このとき、アーサーは俺の姿をしていたんだよな」
「そうだな。カメラにはアーサーが映ってるな」

(アーサー自身は幻覚で外見が変わっているだけだから、カメラにはそのままの姿で映るんだな......)

「俺が来たのはこの約10分後、午前9時40分だ」
「確かに、スーツ姿の啓吾けいごが一人で来たな。病院を出た後は、オレと啓吾けいごは水無月みなづきと会うまで一緒に行動してた。水無月みなづきと会ったのは10時ちょっと前くらいだったから、このとき、啓吾けいごが一人で行動しているはずがない。やっぱり、オレは偽者と共に行動していたとしか考えられないな」
「俺は、病院の先生から俺が慎しんと共に立ち去ったという話を聞いてから、すぐにここに引き返して街頭カメラの精査を行った。病院から出たお前らを追いかけたんだが、その5分後には見失った。多分結界に入ったんだろうと思われる。この段階で10時を少し回っていたな。《結界》があったこと確認した俺は、すぐに専門チームに《結界》の解除を依頼した。ところがだ、専門家の判断ではあそこには《結界》なんて存在しないときた。結局、打つ手なしになっちまってな。そうこうしている間にお前らが現れたってわけだ」
「これが最新の映像だ」

  散々、水無月いもうとを玩具にして満足した雹霞ひょうかは、自分のデスクトップの映像を公開した。雹霞の執務室の机を囲むように、冷たい青白いディスプレイの光が数人の顔を照らし出す。モニターの前に立つ雹霞ひょうかがマウスを叩き、映し出された最新の映像を全員に突きつける。それは、午後12時31分の映像であり、天乃あまのと水無月みなづきが並んで歩いている映像であった。

「今回、ここで面談することになっていたのは別件だが、先にこの事件について調書を作っておきたいと思ってな。風華ふうかを呼んだのもそのためなのだよ。この空白の2時間30分ほどの間の出来事と《結界》について知りたい。協力しろ」

 それから、天乃あまのと水無月みなづきは《結界》内で起こった事柄について話した。もっとも、天乃あまのは誓約オースに抵触することは話せないし、水無月みなづきも話さない。結果として、大筋の流れはあっているが詳細が微妙にぼやけた話となったのだった。

「なぁ、風華ふうかよ。本当にこれだけか? もっと何かなかったか」
「これだけよ。《結界》についてはわからないわ」
「そうだな、例えば、そこの天乃あまの慎しんに強姦まがいのことをされたとか」
「されてない!」

(セクハラまがいのことはされたけど)

 水無月みなづきは内心でそのようなことを考えていたが、間違ってもこの義姉の前では話すことはできない。

「あぁーあ、もっと異常性を発揮しろよ、天乃あまの。お前を殺処分する口実がないだろう? これじゃあ、ただの風華ふうかにおんぶに抱っこの一般人じゃないか」

 雹霞ひょうかが実に残念そうな口調で天乃あまのに語り掛ける。

「実際に水無月みなづきを担いで運んだのはオレですけどね。あと、事あるごとに人を殺そうとしないでください」

(異常性の話なら魔眼のことを話すことになる)

 そう、天乃あまのの魔眼については、結局話していないのだ。水無月みなづきもその判断を尊重してくれているのか、何も触れてこない。

「んー、妹さんのことは調書には書きづらいっすよ。《王宮勅令》のくだりはいいとして、魔力放出だけで長時間飛翔したとか間違っても公には出来ませんよ? 雹霞ひょうかさん」
「それは公然の秘密だから、別にいい。いつもの処理をしてくれ。ついでに死んでおいてくれ」
「わかりまし――いや、死なないっすよ。隙あらば人を殺そうとしないでくださいよ」

 雹霞ひょうかは間森まもりに対しても辛辣であった。

「あのー、ところで、啓吾けいごって結局どういう立場なんだ?」

 ここで、天乃あまのは疑問に思っていたことを間森まもりに尋ねた。

「俺か? 俺は、お前のクラスメイトであり、ここで雑用のバイトをしているただの学生君だよ。今日は公欠だからここにいるだけ。普段はちゃんと学生してるっての」
「そうなのか。ところで、特務課って何なんだ? 何をする部署なんだ?」
「特務課......ここは社会不適合者が集う魔窟だよ」

 間森まもりが冗談めかしてそういうと、部屋の体感温度が少し下がった気がした。

「云うじゃないか、啓吾けいご。その魔窟のボスがここにいることを忘れてるんじゃないだろうな?」

 雹霞ひょうかが口を歪めて笑っている。

「口が滑りました。まぁ、特務課ってのは......社会奉仕を目的とした慈善事業団体の一種だよ。ご・み・処・理・とか。部・屋・の・清・掃・とか。害・虫・駆・除・とか。そういうのが主な仕事だな」
「なんか、あまり警備隊っぽくないな」
「そうかな? 実に警備隊っぽいと思うがね、俺は」
「おい、うちの義妹いもうともいるんだ。その辺にしとけよ。殺すぞ?」
「うーい」

 間森まもりはそれこそただのバイトとは思えないほどフランクに返事をする。

「それと啓吾けいご、お前は別室でさっきの二人の話をまとめて調書作って来い。風華ふうかもその椅子を持っていっていいから、別室で待機だ。ここからは天乃あまのとサシで話がある」
「了解でーす」
「あの、雹霞ひょうか姉ぇ、勘違いしないで欲しいんだけど、アタシ、別にこの椅子気に入ってないからね?」

 間森まもりは適当に返事をしながら、水無月みなづきは傷ついた様子の雹霞ひょうかを忍びなく思い、結局、椅子を引きずって退出した。それを確認した雹霞ひょうかは部屋の入り口に鍵をかける。

「さて、今日の本題だ」
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絶対零度の尋問、凍てつく信頼と生存の証明
Replica ― Amphitheatrum Ideale ―作者:根岸重玄
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警備隊特務課、社会不適合者たちの魔窟

 2036年6月6日 午後12時32分

 明るい初夏の陽光の下、太陽によって暖められたアスファルトの上で天乃あまのと水無月みなづきは静かに足を止めていた。
 二人が《結界》の外に向かおうとしたとき、《結界》の効果が切れたようでなのだ。どうやら、午後12時30分になると切れるように設定されていたらしい。

「ねぇ、さっきの《結界》。アンタの眼にはどう見えてたの?」

 気まずい空気を換えようと、水無月みなづきが天乃あまのに問い掛ける。

「《結界》ってのが、実はよくわからなくて。どういうものなんだ?」
「《結界》は基本的には人払いを用いた閉鎖空間のことよ。あと、狭義の範囲指定型魔術を指すときもあるわ。まぁ、前者は、本来はそんなに広い範囲を囲めるものじゃないんだけど。この《結界》は多分あの偽間森まもりが事前に準備してたんでしょうね。結構な範囲を囲ってるわ。というか、記憶喪失ってそんなことも忘れるものなの?」
「オレの記憶喪失はただの記憶喪失じゃなくて常識改変も含むものらしい。おかげで魔術に関する知識もごっそり失われてる」
「それは......ここで生活していくうえで結構なディスアドバンテージよ?」
「そうなんだよなぁ。なんかいきなりわけのわからん奴らに殺されかけるわ。散々だよ」
「でも、神の術式か。なんでそんなものがアンタに掛けられてんのかしら? 何か心当たりは? ってそういう記憶もないわけか、厄介ね」
「あぁ、それで、最初の質問に戻るけど。オレの眼には特に何かで囲っているようには見えなかったよ」
「ふーん。そうなんだ。多分、人払いをしている何・か・を見つければ、流れは見えるんでしょうねぇ」
「......そうかもな」

 二人はとりあえず、今回の件に間森まもり啓吾けいごの偽物が関わっていたことから、水無月みなづきの姉である水無月みなづき雹霞ひょうかに会うため、移動を開始していた。

「............ねぇ、アタシを助けてくれるって話、なんだけど。どの程度本気でゆってる?」
「勢いで放っておけないって気持ちになったが、どうすればいいか見当もつかない。水無月みなづきは、どうして――――くそっ、誓約に引っかかるのか。ちょっと抽象的な表現をする。アレを手放せないんだ?」
「それは......ナイショ。というか今日会ったばっかりの人に話す内容じゃない」
「そうか。できれば、手放してもらいたいんだがな。アレは水無月みなづきの――――――――......誓約オースって不便だな」
「ふふふ、そうね。実はね、アタシを助けようとしてくれてる人、あんたの他にもう一人いるの」
「へぇ。これから会いに行く雹霞ひょうかって人か? 確かお姉さんなんだろ?」
「雹霞ひょうか姉ぇはどうだろ? 助けてって云えば助けてくれる気がするけど......アタシの意志は尊重してくれなさそう。多分強引に取り上げようとするでしょうね。そうゆう人なの」

 水無月みなづきはそう云って苦笑いを浮かべる。

「でも、その推理は惜しかったわね。アタシを助けようとしてくれてるのは烈火れっか兄ぃってゆうの。アタシと雹霞ひょうか姉ぇの義兄あにに当たる人かな」
「へぇ。三人兄妹か」
「みんな血は繋がってないけどね」
「家族か。オレはそういうのも覚えてないからな。会ったこともない保護者がいるってだけだよ」
「あぁー、なんか、ゴメン。配慮が足りなかったかも」
「いいさ。神の術式とやらでオレの記憶が戻るのは絶望的なんだろ? だったら、これから知っていくさ」
「前向きね」
「それが取り柄だと云えるように頑張るよ」
「そ。まぁ、アタシが何をゆいたかったかってゆうと、あんただけじゃないから。あんまり張り切らないようにってことよ」
「肝に銘じておくよ」

 喧騒から切り離された静謐な大通り。天乃あまのと水無月みなづきは、とある建物の前で止まる。

「ここか? ここって......」

 立ち並ぶ近代的な高層ビルの足元に、警備隊本庁の威圧的なファサードがそびえ立っていた。

 警備隊とは浅木区における警察機構である。浅木区の敷地は、丸ごと国立大学法人浅木大学の敷地という扱いになっていることから、警察機構の設置が認められておらず、浅木大学は自費で警備員を雇用している。その警備員の組織を警備隊と呼び、大学は、警備隊に警察機構さながらの権力を認めているのである。なお、警備隊は警察機構というよりもむしろ民間軍事会社PMCの流れを汲んでおり、その訓練は軍隊さながらであるともいわれる。
 それというのも、本土の警察機構と警備隊の最大の違いとしては、警備隊は常に非殺傷武器の携帯をしているという点が挙げられる。浅木区で発生する犯罪は魔術が絡む案件も多く、それ故に警備隊は魔術師との戦闘を考慮してテイザー銃やゴム弾、閃光発音筒スタングレネード等で武装しているのである。

「そ。ここよ。雹霞ひょうか姉ぇって警備隊の実行部隊のお偉いさんなの」

 水無月みなづきが若干誇らしげに胸を張っていると、建物の中から警備隊員が向かってくる。

「えーっと、君たち。どこの学校? いや、堂々とここに来てまでサボる度胸はすごいけど、あまり感心しないね。って君、怪我してるじゃないか」

 警備隊員が天乃あまのの肩付近の出血を見て血相を変える。

「傷害事件かい?」
「えーっと、微妙に違います。アタシは第三高校の水無月みなづき風華ふうかといいます。こちらの天乃あまの慎しんくんがそちらの特務課に呼ばれていたので、案内していました。学生証です」

 百目鬼どうめき亜澄あすみが水無月みなづき雹霞ひょうかに天乃あまのの身柄の確保を要請していたことは、藪やぶ医師と偽間森まもりとの会話で確定している。とりあえず、水無月みなづきはそういうことにした。

「第三......高・校・?」

 警備隊員は水無月みなづきの容姿に疑問を持ちながらも学生証を手持ちのカードリーダーに通した。

「確かに......承りました。こちらへどうぞ」

 特に問題はなかったのか、警備隊員は二人を建物の内部に案内する。そして、入り口の受付にいた別の隊員に話しかけた。

「なぁ、天乃あまの慎しんって記録にあるか?」
「ちょっと待ってくれ。......あったぞ。今日の十三時から特務課と面会の予定になっている。今、連絡する」
「そうか。では、天乃あまの君......こっちへ。おっとその前に君の学生証を見せてもらっていいかい? 規則なんでね」
「が、学生証!?」

 俄かに天乃あまのが慌てた様子を見せる。

「まさか、あんた持ってないの?」

 水無月みなづきがジト目で天乃あまのを見やる。

「さぁ、使ったことないからなぁ」

 天乃あまのは唯一可能性がありそうな財布の中を見る。
 中には現金の類は一切なかったが、複数のカード類が散見された。

「おぉ、あった。よかった」

 天乃あまのは警備隊員に学生証を提示すると、警備隊員は例のカードリーダーに天乃あまのの学生証を通す。ただ、水無月みなづきのときとは違い、ピピッと警戒音のようなものが鳴る。警備隊員は不思議そうな顔をしたが、カードリーダーに表示された文字列を読むと、何かに納得したようであった。

「問題ないみたいだね。それじゃあ、案内するからついてきて」
「じゃあ行ってくる。いろいろありがとうな、水無月みなづき」
「次は、平和なときに会えることを祈ってるわ」

 そう云い残して水無月みなづきは立ち去ろうとした。

「あっ、水無月みなづきさん。学校にはこちらから報告しておくので、君も一緒に来るようにとのことだ」

 受付にいた警備隊員が電話で指示を受けたのか、背を向けた水無月みなづきに声をかける。

「ふぇ? あの、できれば帰りたいなぁ......なんて」
「そういわれてもね。上からの指示だ。私としては帰ってもらっては困るよ」
「はぁ、ですよね。わかりました。行きます」
「では、こっちだ」

 天乃あまのと水無月みなづきは入り口で声をかけてきた警備隊員に連れられ、エレベーターに乗る。LEDの白い光がフラットに照らし出す警備隊庁舎の内部。静寂に包まれた無機質なエレベーターが、地下へと重い駆動音を響かせて沈んでいく。

「(なぁ、何で水無月みなづきも呼ばれたんだ?)」
「(さぁ? 多分、雹霞ひょうか姉ぇが呼んだんだと思うけど)」

 天乃あまのが小声で水無月みなづきに耳打ちすると、水無月みなづきも小声で返して来る。エレベーターはそのまま地下二階に到着すると、案内役の警備隊員が降り、ついてくるようにと二人を促す。廊下を数メートル歩くと、そこには特務課の文字が書かれた扉があった。
 案内役の警備隊員は、ドアをノックすると、扉を開き、中に向かって「失礼します。天乃あまの慎しん、水無月みなづき風華ふうか両名を連れて参りました」と報告した。

「お疲れ様です。後はこっちで引き継ぎますよ」

 そう云って出てきたのは、線の細い男だった。警備隊の面々が鍛えられた肉体をしていることからしても、その細さは目立つことこの上なかった。

「やぁ、風華ふうかさん。お久しぶりです」
「お久しぶりです、新保しんぽうさん。雹霞ひょうか姉ぇ、姉はいますか?」
「はい、お待ちですよ。天乃あまのさんもお久しぶりです。といっても覚えていないですよね。新保しんぽう覇夏はなつといいます。以後、お見知りおきを」

 新保しんぽう覇夏はなつと名乗った男は、握手を求めるかのように手を差し出す。

「あー、お知り合いの方ですか? ご丁寧にどうも。改めて、よろしくお願いします」

 天乃あまのがそれに応じようとすると、新保しんぽうは驚いたかのように手を引っ込めた。

「え? どうしました?」
「すいません。実は記憶喪失の件、私は疑っていまして。ちょっとした悪戯を仕掛けたのですが。あなたがあまりにも無防備に私の握手に応じようとするので、驚いてしまって」
「はぁ」

 天乃あまのには何のことかはさっぱりわからないが、どうやら、浅からぬ因縁があったようだ。

「人の人格を形成するのは記憶と環境なのですねぇ。どちらかが失われるとこうも変わるものですか。いや、忘れてください。いまのあなたなら、私は歓迎しますよ」

 そう云って差し出されたままになっていた天乃あまのの手を掴み、握手する。

「それでは、こちらにどうぞ。水無月みなづき課長がお待ちです」

 青白いモニターの光が幾重にも交錯する薄暗い特務課の執務室。中央のデスクを囲むように、それぞれの思惑を秘めた人物たちが緊張感を帯びて陣取っていた。

「ほうら、来なすった。云ったとおりでしょう? こいつは外さないんですよ。こういうイベントはキチンと時間どおりこなす。そういう男なんですって」

 新保しんぽうに案内されて入った部屋には、水無月みなづき雹霞ひょうか以外にも人がいた。というか間森まもり啓吾けいごであった。服装は学校の制服だったが、サングラスはしている。

「よう、久しぶりだな、慎しん。といっても、記憶がない上にいきなり俺の偽物と出会うとは、業が深いというかなんというか。まぁともかく、俺が本物の間森まもり啓吾けいごだ。よぉろしくぅ」

 間森まもりは来客用のソファに我が物顔で腰かけており、一人だけやたらテンションが高い。

「大丈夫。こいつは本物よ。ウザいけど」

 水無月みなづきは固まっている天乃あまのにそう囁く。

「えぇ、っと、天乃あまの慎しんです。よろしく、啓吾けいご」
「おう、テンション低いな。こっちは首が飛びそうでテンション上げてないとやってられなかったぜ」

 ふぅ、と間森まもりは額を拭うゼスチャーをする。

「だけど、一三〇〇ひとさんまるまるには間に合ったんだ。これで、お咎めなしでしょ? 雹霞ひょうかさん」
「そうだな、結果論だが、奴は間に合った。賭けはお前の勝ちだよ、啓吾けいご。ムカつくから一度死ぬような目に合わせた方がよいとは思うがな」

 そう云い放ったのは、入り口に立つ天乃あまのの正面に座っている若い白髪の女性だった。肌も髪と同じように病的に白いが、体つきはむしろ豊満であり、新保しんぽうよりむしろ健康的に見えた。座っている席と間森まもりとの会話からして、この人が水無月みなづき雹霞ひょうかなのだろうと天乃あまのは当たりを付ける。

「そんなご無体な」

 間森まもりはお道化るようにその場に崩れる。

「ふん。間に合ったようだな、天乃あまの。まぁ、とりあえず死んで――じゃない。啓吾けいごの隣にでも座れ。風華ふうかはそっちの椅子だ」

 雹霞ひょうかが指す先には、明らかに部屋の主である雹霞ひょうかの椅子と同等と思われる椅子が用意されていた。それも、明らかに水無月みなづきの体型に合わせて小さめに設計されている。

「......ねぇ、雹霞ひょうか姉ぇ。なんでアタシだけ専用の椅子があるの?」
「お前は客ではなく家族だからな。扱いは特別であって然るべきだ」
「いい加減、妹離れしてよ......」
「断る。それに今回は多分に私情を挟むが、理由わけあってお前を呼んだのだ。決してお前に会いたかったから、無理に呼んだわけではないぞ」

(あぁ、この人ダメな人だ)

 というのが天乃あまのの雹霞ひょうかに対する第一印象である。

「相変わらずのシスコンっぷりだな。それじゃあ、まずは、慎しん。悪かったな。いきなり死にかけただろう? それを防げなかったのは、ひとえに俺が後手に回ったせいだ。謝罪する」

 間森まもりが隣の天乃あまのに向かって頭を下げる。その間に雹霞ひょうかは水無月みなづきを無理やり抱きしめて専用の椅子にぬいぐるみか何かのように押し込もうとしていた。水無月みなづきは座らされまいと無駄な抵抗を試みている。

「どういうことだ?」

 天乃あまのは間森まもりの言葉に真剣に反応するものの、目の前で展開されている姉妹のじゃれ合いのほうが気になって仕方ない。

「どうもこうも、まずはこれを見てくれ」

 間森まもりはじゃれ合う姉妹のことは完全に無視することにしたらしい。そこはかとなくプロっぽいな、というのが天乃あまのの感想である。

「これが、今日午前5時12分の浅木港の映像だ。......見てくれ、ここを」

 そう云って間森まもりはノートパソコンの映像の一部を拡大する。そこには、小さなモーターボートのようなものに乗った何者かが浅木の港湾区にある堤防に接近する姿が映し出されていた。その人物は、黒いスーツ姿にサングラスという恰好の西洋人であった。彼は港に着くと、上陸し、モーターボートを陸に引き上げる。
 モーターボートはそのまま一瞬甲冑姿の騎士になると、すぐさま消えるようにいなくなっていた。ちなみに、水無月みなづきは抵抗を諦めたのか、雹霞ひょうかの為すがままに可愛がられている。

「これは、《偽装の騎士》だな。啓吾けいごの偽物が使っていた甲冑の一つだ」
「ほぉ、《偽装の騎士》を使ったのか。こいつは、アーサー・リードというフリーの傭兵だ。得意なのは騎士を召喚する魔術で通称十三騎士と呼ばれている」

(えーっと。初めに一体。追加で九体。伏兵二体に、偽装の騎士で合計十三体か。なるほどね)

「《十三騎士》はそれぞれが特殊な力を持つらしいが、そのなかでも《偽装の騎士》は奴が好んで使う騎士甲冑だ。《偽装の騎士》はそれ自体が別の何かに偽装できるし、これを召喚している間、アーサー自身の外見も何者かに偽装できるらしい。それ以外には何がいた?」
「それ以外?」
「あぁ、様々な能力を持った多彩な騎士を召喚するのが《十三騎士》の真骨頂なんだよ」
「それは、わからないな。水無月みなづき、なんか特殊な甲冑はあったか?」

 雹霞ひょうかに一通り可愛がられ、抜け殻のように椅子に座っていた(座らされていた?)水無月みなづきは、天乃あまのの問いかけに気だるげに返答した。

「さぁ、基本的には一撃だったから、仮に特殊な力があってもわからないわよ」
「そうか。だ、そうだ」
「わかった。つまり、アーサーはこの外部との連絡口である浅木港経由で侵入してきたことが判明している。《偽装の騎士》を使えば、業者に成りすますこともできるだろう。それじゃあ次、これが午前9時32分の大学病院のカメラの映像だ。アーサーが先生とお前と話している。先生にも確認したが、このとき、アーサーは俺の姿をしていたんだよな」
「そうだな。カメラにはアーサーが映ってるな」

(アーサー自身は幻覚で外見が変わっているだけだから、カメラにはそのままの姿で映るんだな......)

「俺が来たのはこの約10分後、午前9時40分だ」
「確かに、スーツ姿の啓吾けいごが一人で来たな。病院を出た後は、オレと啓吾けいごは水無月みなづきと会うまで一緒に行動してた。水無月みなづきと会ったのは10時ちょっと前くらいだったから、このとき、啓吾けいごが一人で行動しているはずがない。やっぱり、オレは偽者と共に行動していたとしか考えられないな」
「俺は、病院の先生から俺が慎しんと共に立ち去ったという話を聞いてから、すぐにここに引き返して街頭カメラの精査を行った。病院から出たお前らを追いかけたんだが、その5分後には見失った。多分結界に入ったんだろうと思われる。この段階で10時を少し回っていたな。《結界》があったこと確認した俺は、すぐに専門チームに《結界》の解除を依頼した。ところがだ、専門家の判断ではあそこには《結界》なんて存在しないときた。結局、打つ手なしになっちまってな。そうこうしている間にお前らが現れたってわけだ」
「これが最新の映像だ」

  散々、水無月いもうとを玩具にして満足した雹霞ひょうかは、自分のデスクトップの映像を公開した。雹霞の執務室の机を囲むように、冷たい青白いディスプレイの光が数人の顔を照らし出す。モニターの前に立つ雹霞ひょうかがマウスを叩き、映し出された最新の映像を全員に突きつける。それは、午後12時31分の映像であり、天乃あまのと水無月みなづきが並んで歩いている映像であった。

「今回、ここで面談することになっていたのは別件だが、先にこの事件について調書を作っておきたいと思ってな。風華ふうかを呼んだのもそのためなのだよ。この空白の2時間30分ほどの間の出来事と《結界》について知りたい。協力しろ」

 それから、天乃あまのと水無月みなづきは《結界》内で起こった事柄について話した。もっとも、天乃あまのは誓約オースに抵触することは話せないし、水無月みなづきも話さない。結果として、大筋の流れはあっているが詳細が微妙にぼやけた話となったのだった。

「なぁ、風華ふうかよ。本当にこれだけか? もっと何かなかったか」
「これだけよ。《結界》についてはわからないわ」
「そうだな、例えば、そこの天乃あまの慎しんに強姦まがいのことをされたとか」
「されてない!」

(セクハラまがいのことはされたけど)

 水無月みなづきは内心でそのようなことを考えていたが、間違ってもこの義姉の前では話すことはできない。

「あぁーあ、もっと異常性を発揮しろよ、天乃あまの。お前を殺処分する口実がないだろう? これじゃあ、ただの風華ふうかにおんぶに抱っこの一般人じゃないか」

 雹霞ひょうかが実に残念そうな口調で天乃あまのに語り掛ける。

「実際に水無月みなづきを担いで運んだのはオレですけどね。あと、事あるごとに人を殺そうとしないでください」

(異常性の話なら魔眼のことを話すことになる)

 そう、天乃あまのの魔眼については、結局話していないのだ。水無月みなづきもその判断を尊重してくれているのか、何も触れてこない。

「んー、妹さんのことは調書には書きづらいっすよ。《王宮勅令》のくだりはいいとして、魔力放出だけで長時間飛翔したとか間違っても公には出来ませんよ? 雹霞ひょうかさん」
「それは公然の秘密だから、別にいい。いつもの処理をしてくれ。ついでに死んでおいてくれ」
「わかりまし――いや、死なないっすよ。隙あらば人を殺そうとしないでくださいよ」

 雹霞ひょうかは間森まもりに対しても辛辣であった。

「あのー、ところで、啓吾けいごって結局どういう立場なんだ?」

 ここで、天乃あまのは疑問に思っていたことを間森まもりに尋ねた。

「俺か? 俺は、お前のクラスメイトであり、ここで雑用のバイトをしているただの学生君だよ。今日は公欠だからここにいるだけ。普段はちゃんと学生してるっての」
「そうなのか。ところで、特務課って何なんだ? 何をする部署なんだ?」
「特務課......ここは社会不適合者が集う魔窟だよ」

 間森まもりが冗談めかしてそういうと、部屋の体感温度が少し下がった気がした。

「云うじゃないか、啓吾けいご。その魔窟のボスがここにいることを忘れてるんじゃないだろうな?」

 雹霞ひょうかが口を歪めて笑っている。

「口が滑りました。まぁ、特務課ってのは......社会奉仕を目的とした慈善事業団体の一種だよ。ご・み・処・理・とか。部・屋・の・清・掃・とか。害・虫・駆・除・とか。そういうのが主な仕事だな」
「なんか、あまり警備隊っぽくないな」
「そうかな? 実に警備隊っぽいと思うがね、俺は」
「おい、うちの義妹いもうともいるんだ。その辺にしとけよ。殺すぞ?」
「うーい」

 間森まもりはそれこそただのバイトとは思えないほどフランクに返事をする。

「それと啓吾けいご、お前は別室でさっきの二人の話をまとめて調書作って来い。風華ふうかもその椅子を持っていっていいから、別室で待機だ。ここからは天乃あまのとサシで話がある」
「了解でーす」
「あの、雹霞ひょうか姉ぇ、勘違いしないで欲しいんだけど、アタシ、別にこの椅子気に入ってないからね?」

 間森まもりは適当に返事をしながら、水無月みなづきは傷ついた様子の雹霞ひょうかを忍びなく思い、結局、椅子を引きずって退出した。それを確認した雹霞ひょうかは部屋の入り口に鍵をかける。

「さて、今日の本題だ」
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Replica ― Amphitheatrum Ideale ―作者:根岸重玄
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