ホーム›Replica ― Amphitheatrum Ideale ―›正解を選び取る‶直観〟、蛮勇の対価と気まぐれな審判者
← 次の話目次前の話 →

正解を選び取る‶直観〟、蛮勇の対価と気まぐれな審判者

2036年6月7日午後1時32分

「さて、状況の説明の前に、何かわっちらに言っておくことがあるのではないか、《荊いばらの》?」
「ないわね。私は悪くないもの」
「......こやつッ」

 状況の説明を求める緋澄ひずみに対し、英莉えりは、言外げんがいに先程さきほどの緋澄ひずみの行動に対する謝罪しゃざいを求めたが、緋澄ひずみはその意図いとを理解しつつも、堂々と自分に非はないと言い返す。

「うぬ、主殿あるじどのが絡からまん状況じゃと比較的常識じょうしきあるくせに、落差酷過ひどすぎんか?」
「なんと云われようと、私は謝あやまらないわ」
「はぁ。うぬと主殿あるじどのの間に何があったかは知らんが、こうなるくらいなら話くらい訊きいておくべきじゃったか」
「......私が話すとでも?」

 英莉えりの独ひとり言ごとのような呟つぶやきに応こたえる緋澄ひずみの口元は笑っていたが、その目は冷え切っており、全身から隠かくしきれない殺気が漏もれ出していた。

「主殿あるじどのに、じゃよ。まぁ、主殿あるじどのは、話すべきと判断したなら話しとったはずじゃし、もう過ぎたことじゃから、悔くやんでも仕方ないんじゃがな」

 その殺気を受けても、英莉えりは態度を変えることなく、軽く受け流す。
 なお、横にいた遊上ゆがみは緋澄ひずみの奥底にある怒りの感情を正確に感じ取っており、完全に委縮いしゅくしてしまっていた。

「まぁ、よかろう。もう少しなら時間はあるじゃろうし、状況を話しておこうかの」
「横から失礼します、英莉えり様。先程さきほどもまだ時間があるとおっしゃっていましたが、それはどういうことなのでしょうか?」

 英莉えりが折れ、緋澄ひずみに状況を説明しようとしたとき、天空てんくうから質問が飛ぶ。

「いいわ、先に天空てんくうの質問に答えて」

 緋澄ひずみも、焦燥感しょうそうかんに包まれている天空てんくうの内心を慮おもんぱかり、英莉えりに天空てんくうの質問に先に答えるように促うながす。
 英莉えりは、首肯しゅこうすると、目線を緋澄ひずみから天空てんくうに移し、口を開く。

「それは、うぬの主あるじである狗飼いぬかいの娘御が攫さらわれた理由とも関係することじゃ。
 辰上たつかみの御子みこの固有こゆう魔導まどう《王の法》の特性については説明したとおり、対ニンゲン特効とっこうの拠・点・構・築・型・魔・術・じゃ」
「拠点構築型きょてんこうちくがた?」

 英莉えりが口にした耳慣みみなれない言葉に天乃あまのが反応する。

「そうじゃとも。
 範囲指定型はんいしていがた魔術まじゅつの一種で、供給きょうきゅうされている魔力源まりょくげんが断たたれるか、魔術まじゅつが解除されるまで半永久的はんえいきゅうてきに機能するタイプの術式のことじゃな。
 これらを総称そうしょうして《結界けっかい》などと呼ぶこともある。
 《王の法》は非常に強力な術式じゃが、その『国を築きずく』という特性上、防衛は得意でも、攻めには全く向いてないのじゃよ」
「特定の範囲を『国』にして、その範囲内に効果を齎もたらす魔術まじゅつか。
 ――つまり、人質ひとじちは予あらかじめ設置した拠点への誘導ゆうどうが目的ってこと?」
「そのとおりじゃ」
「ですが、お嬢様じょうさまがどこにいるかわからないのでは、救出に向かうことができませんが?」

 天乃あまのが、狗飼いぬかいが攫さらわれた理由を導みちびき出すが、天空てんくうが根本的な問題を口にする。
 それに対し、英莉えりは待っていましたとばかりに答えを口にする。

「実は、それはもうわかっておる」
「っ!? それは、どこでしょうか」
「お、落ち着かんか。ほれ、そこで深呼吸しんこきゅうじゃ」

 掴つかみかからん勢いきおいで冷静に詰つめ寄よってくる天空てんくうに対し、英莉えりは深呼吸しんこきゅうを促うながす。

「この天空てんくうは呼吸こきゅうなどしていません。いえ、正確には、似たようなことはしていますが、そういう機能が備そなわっているというだけで、その必要性は本来的にはありません」
「お、おう。さようか」
「この天空てんくうは極きわめて冷静です。ですので、早くお答えください、英莉えり様」
「わかった。云う、云うから。ちょっと待つのじゃ」
「はい、待ちました。お答えを」
「せっかちか、うぬ。その前に、一人では行かんと誓ちかえ。ぶっちゃけ、うぬは戦力としてカウントしておる。戦力の逐次投入ちくじとうにゅうは愚策ぐさくでしかない。故ゆえに、向かうなら足並あしなみを揃そろえてもらうぞ」
「......わかりました。誓いましょう。この天空てんくうは、単騎たんきで敵陣てきじんに向かうことは致しません」
「よかろう、うぬの《天眼てんげん》じゃ。あれが導みちびいてくれるじゃろう」

 《天眼てんげん》とは、天空てんくうの扱あつかう監視かんし術式のことで、設定した監視対象の位置情報を取得し、その地点の光景を見ることができるという魔術まじゅつである。
 現在、天空てんくうが指定している対象は狗飼いぬかいであるが、何らかの方法でその対象をすり替えられ、天空てんくうは狗飼いぬかいを見失ってしまっていた。
 それ以降、天空てんくうは《天眼てんげん》の位置情報を取得していなかったのだが、英莉えりの言葉を受け、すぐに《天眼てんげん》が指し示す現在地の情報を取得する。

「っ!? ――なるほど、現在地は、第十四学区ですか」
「どんなところじゃ?」
「十四区ってことは、研究けんきゅう施設しせつが多いところね。
 それも、基本きほん特性とくせい系統けいとうの研究けんきゅうじゃなくて、固有こゆう魔導まどうとか複合ふくごう特殊とくしゅ系統けいとうとか、とにかく、珍めずらしい型の術式の研究けんきゅうが中心に行われているところよ。
 ただ、そういったところは成果が出にくいから、人員じんいんや研究けんきゅう費はあまり出てないって話ね。
 まぁ、ここ1、2か月は誰かさんのお掛けでずいぶんと潤うるおってきてるみたいだけど」

 英莉えりの疑問に、遊上ゆがみがすらすらと答え、最後の一言を付け加えるとともに、緋澄ひずみの方を一瞥いちべつする。
 視線を向けられた緋澄ひずみは、一瞬顔を顰しかめるが、何事もなかったかのように英莉えりに声をかける。

「さっきの話で状況は概おおむね把握はあくしたわ。要は、狗飼いぬかいを攫さらった主犯は、辰上たつかみとやらで、そいつは十四区で手薬煉てぐすね引いて待ち構かまえてるって話ね。で、知ってる相手なのよね? どんなやつなの?」
「個性の話ではなく、属性だけを要点に沿って述べると、既に途絶えた『支配』を起源とする『原型術師げんけいじゅつし』の家系の末裔まつえいじゃ。使用魔術まじゅつは、対ニンゲン特効とっこう術式――《王の法》。既に【討伐令とうばつれい】の対象となっておる【超越者ちょうえつしゃ】じゃよ」

 緋澄ひずみは、英莉えりから、狗飼いぬかいを攫さらった相手の情報を聞くと、深く嘆息たんそくする。

「だったら、私は協力できそうにないわね」
「そうですね。同行して頂けるのであれば、非常に心強いのですが。さすがに緋澄ひずみ様に協力を申し出るのは、この天空てんくうとて心苦しいものがあります」

 緋澄ひずみのにべもない態度に、天空てんくうが同調どうちょうする。
 その様子に首を傾かしげた天乃あまのは、隣にいた英莉えりに聞こえるように屈かがみこみ、声音トーンを下げて耳打ちする。

「(なあ、これってどういう意味だ?)」
「(さぁの。ニンゲンのルールなんぞ、わっちの管轄外かんかつがいじゃて)」

 英莉えりからは、このように満足な回答を得られなかったが、さすがに天乃あまのが自分たちの会話内容を疑問に思い、英莉えりにそれを質問したということに気付いた緋澄ひずみは、天乃あまのの方を向いて疑問に回答する。

「つまり、私が出ると、それこそ、怪獣大決戦になっちゃうってこと。最悪、私にも【討伐令とうばつれい】が懸かけられかねないわ」
「怪獣、大決戦?」
「(慎しんちゃん、慎しんちゃん)」

 緋澄ひずみの説明に対しても首を捻ひねる天乃あまのに、今度は遊上ゆがみがちょいちょいと手招てまねきする。
 天乃あまのが近寄っていくと、遊上ゆがみはつま先立ちで天乃あまのの耳元に口を運んでいき、囁ささやき声で耳打ちを開始する。

「(あのね。お姉ちゃんはああ見えて戦略級Sランク魔術師まじゅつしなの)」
「(......なあ、それってどのくらいすごいんだ?)」
「(えーっとね。例えば、巷ちまたで『人外じんがい一覧表いちらんひょう』とか、『人間辞めましたランキング』とか言われているやつでいうと――)」

 天乃は、『何だ、それはっ!』と突っ込みたくなったが、何とか口に出さずに押し込める。

「(今、浅木あさきにいる魔術師まじゅつしの中では最高位さいこういで、確か世界ランクで20位とか30位以内くらいだよ)」
「(......えっ、マジ?)」
「(マジマジ。お姉ちゃんの固有こゆう魔導まどうは《荊いばらの女王》っていって、簡単に言うと、植物を生長せいちょうさせる魔術まじゅつなんだよ)」
「(へぇ。ってか、さっきの順位は何を指標しひょうとしたランキングなんだ?)」
「(指標しひょうはいろいろあるんだけど、一言でいうと魔術師まじゅつしの『格』かな。
 お姉ちゃんの場合は、特に、魔術まじゅつ行使が生・態・系・に・与・え・る・影・響・を・無・視・し・え・な・い・ってのが、この順位になってる最大の理由みたいよ)」

 天乃あまのが遊上ゆがみ側に傾かたむけていた首を戻し、緋澄ひずみの方に向き直る。
 緋澄ひずみは、なんとなく遊上ゆがみが耳打ちした内容を察したのか、天乃あまのに向けて飛び切りの笑顔を向けて、御淑おしとやかに手を振っていた。
 それを見た天乃あまのは、今更いまさらになって汗あせが噴ふき出るかのような気持ちになった。

「(オレって、さっき結構危ない橋渡った?)」
「(もち。私はとってもひやひやしてました)」
「(今度からは先に言ってくれ)」
「(慎しんちゃん、人生に『今度』なんてないんだよ? 一回きりなの。だから、常に後悔こうかいしない選択をするしかないんだよ)」

 そういって、遊上ゆがみは目線を天乃あまのの瞳ひとみに会わせる。

「(それとも、慎しんちゃんは、事前に知ってたら何か行動を変えたの?)」
「(......それは――)」

「こらっ、そこ。いつまで顔つき合わせて内緒話ないしょばなししてるつもり? 狗飼いぬかいの件があるんだから、早いこと方針を固めるわよ」

 遊上ゆがみの言葉に言い淀よどんだ天乃あまのは、結局、緋澄ひずみの声に応じて答えを返すことなく、遊上ゆがみとの会話を打ち切る。
 その様子を見た緋澄ひずみは、話をまとめるように手を打ち、周囲の注目を促うながす。

「さて、とにかく、私が方針を決めてあげるわ」
「うぬが仕切るのか......」

 英莉えりがぼそりと呟つぶやくが、緋澄ひずみはそんなことは意に介さず、話を続ける。

「その前に、一点だけ確認するわ。敵方の固有こゆう魔導まどう術式、《王の法》についてだけど、これは、範囲指定型ってことは、範囲外からの攻撃なら有効ってことよね?」
「そうじゃのう。厳密げんみつにいうと、一部有効じゃ。ミサイルや戦闘機せんとうきなどのあからさまな物量兵器ぶつりょうへいきによる攻撃に対する迎撃げいげき手段はあるのでな。ちなみに、範囲に入るだけでニンゲンは戦力外になると考えてくれて構わん。かの術式の抵抗レジストに成功した者がいるという話は聞いたことがないからの」
「あら、なら、天乃あまの慎しんはどうなの?」
「《王の法》の影響下にあるニンゲンはこちら側の戦力にはならんというだけで、それ自体が直接人体に害が及ぶものではないからの。問題はないと考えとる。特に、主殿あるじどのの魔眼まがんは、魔術まじゅつ攻撃への対抗手段としては破格はかくの性能を持っとるからのぉ」
「......そう、わかったわ。じゃあ、方針を発表するわよ。今回の件、私が直接出張でばることはしないわ。十四区付近にいる人間を殺し尽つくしてもいいってのなら話は別だけどね。
 ついでに、真理まりもダメ。後方待機たいきよ、いいわね?」
「......うん」

 遊上ゆがみは、緋澄ひずみの言葉に素直すなおに頷うなずき、その提案を了承りょうしょうする。

「わかっとるわい。結局、わっちと狗飼いぬかいの眷属けんぞく、ついでに主殿あるじどのを加えた当初の布陣ふじんで征ゆくしかあるまいよ」
「そうね。けど、私には一人だけ、援軍えんぐんに心当たりがあるわ。もちろん、範囲の外側からの援護えんごしかできないから、突入要員とつにゅうよういんは三人に任せるけど。一応、本人に話してみるわ」
「うむ。できれば、軍用ぐんようロボなどの無人兵器むじんへいきを大量に保有しとるところとかに伝手つてがあるとわっち的には非常に助かるんじゃが」

 英莉えりは、容易よういに《王の法》の裏うらをかける解決策かいけつさくを提案してみる。

「この4月に浅木あさきに来たばかりの私にそんな伝手があるわけないでしょ。真理まり、警備隊けいびたいはどう?」
「うーん、あそこは基本的に、対象の殲滅せんめつじゃなくて制圧せいあつ・確保かくほが目的だからなあ。人間が着用ちゃくようするパワードスーツがメイン装備なの。
 これじゃあ、《王の法》の影響を回避できないんじゃない?
 あっ、でも、災害さいがい救助きゅうじょ用に遠隔えんかく操作そうさ可能なロボットは複数保有ほゆうしているとは聞いたな。
 ちなみに、理事会りじかいも、少なくとも、名目上は学校施設しせつと研究けんきゅう施設の集合体である浅木あさきに大量の無人兵器を置いておくことはできないと思う」

 英莉えりの提案を受け、緋澄ひずみが案を提示するが、遊上ゆがみがその可能性を否定する。

「というわけじゃ、《荊いばらの》。今回、わっちは既すでにこの件を百目鬼どうめきにメールで伝えておるから、関係各所への必要な通達つうたつは、あやつがしてくれとるじゃろ」
「あぁ、あの人ね。うちの理事だったのよね」

 緋澄ひずみは若干遠い目をして、天乃の祖母でもある第三高の理事、百目鬼どうめき亜澄あすみに対する感想を述べる。

「んで、その中で、無人兵器の貸し出しも要請ようせいしてみたんじゃが。持っとらんとの返事じゃったよ。まあ、結局、無人兵器があっても、それを保有した状態で《王の法》の影響下に入るニンゲンは必要なのじゃから、完全に楽できるわけでもないんじゃが。結局は、わっちらが、兵器以上の働きをするしかあるまいよ」
「そう。なら、その方向でいけば?」

 英莉えりの言葉に、緋澄ひずみが投げやりに結論を出す。

「大丈夫。失敗したら、私が何もかもを台無しにして終わらせてあげるから、安心なさいな」
「シャレになっとらんぞ。怪獣大決戦」

 そして、緋澄ひずみがしれっと付け加えた言葉に、英莉えりが真顔まがおでコメントを述べる。

「あと、ホームルームはもう終わってるでしょうけど。先に教室に荷物にもつを取りに行った方がいいんじゃない?そろそろ、閉まるわよ」
「あ、それもそうだね。あれ、お姉ちゃんは?」
「私は、ほら。もともと狗飼いぬかいの捜索そうさくに託かこつけてホームルームはフケるつもりだったから」

 そういって、緋澄ひずみは物陰ものかげに置いていた鞄かばんを持ち上げ、ひらひらと振って周囲に示しめす。

「お姉ちゃん......」「《荊いばらの》......」「緋澄ひずみ様......」
「なによ、いいじゃない。こんな大事おおごとになってるとは思ってなかったんだし、これくらい普通よ。ねえ、天乃あまの慎しんッ!」
「ノーコメントで」
「......ちぃっ」

 緋澄ひずみは、天乃あまのに話しかけてしまったことを若干じゃっかん後悔こうかいするかのような表情をすると、遊上ゆがみの方を睨にらみつけ、

「ということで、真理まり。早く荷物を取ってきなさい」

 と、急せき立てるように促うながす。

「はいはい。じゃあ、慎しんちゃんと英莉えりちーもいくよー」
「あっ、天乃あまの慎しんはちょっと残りなさい」
「え?」

 遊上ゆがみが英莉えりの手を掴み、天乃あまのを手招てまねきしていると、緋澄ひずみが天乃あまのを呼び止める。

「悪いわね、真理まり。最後に混まぜっ返すようで悪いんだけど、天乃あまの慎しんにはどうしても訊きいておきたいことがあるの」
「なんだ?」

 緋澄ひずみの神妙しんみょうな雰囲気ふんいきに、天乃あまのは少し身構みがまえる。

「そうね、ちょっとだけ大事なことよ。荷物の回収はそこの使い魔にでも任せておきなさいな」
「待てい、《荊いばらの》。これでも、わっちは一応、この校内では主殿あるじどのの守護霊ガーディアンという立場じゃからな。おいそれと主殿あるじどのから離れて護衛ごえいを疎おろそかにする訳にはいかんのじゃが」

 英莉えりはなんとなく嫌な予感がするので、緋澄ひずみの提案に難色なんしょくを示し、妨害ぼうがいに回る。
 だが、もちろん、その程度の反論は緋澄ひずみも予測済よそくずみである。
 すぐに、再反論をする構えである。
 なお、天空てんくうはなぜか英莉えりから飛んできた流ながれ弾だまを受けたことにより、胸を押さえて悶絶もんぜつしていた。護衛を疎かにしたという点がクリティカルだったようだ。

「心配無用よ。僭越せんえつながら、この私が! 天乃あまの慎しんの護衛を一時的にしておいてあげるのだから」
「あははは。態度に似合にあわず、冗談じょうだんが上手うまいではないか、《荊いばらの》ぉ。わっちとしたことが、思わず呵々大笑かかたいしょうしてしまったぞ。
 片腹かたはら大激痛だいげきつうじゃあ」

 もちろん、そういう英莉えりの仮面のような無表情な顔には一切の変化もない。

「わっちが現状で最も危惧きぐしておるのは、うぬの動向であるなどということは、わざわざ口にせんでも察さっして欲しかったのじゃがのぉ」
「あら、それなら、考え方を少し変えなさい? 私も、真理まりという人質ひとじちを貴女あなたに差し出しているのよ?」
「......え、私ぃ!?」

 急に巻き込まれた遊上ゆがみが、悲鳴ひめい交まじりの素すっ頓とん狂きょうな声を上げる。

「ふむ。なるほどな。うぬが主殿あるじどのに手を出せば、わっちはこの小娘こむすめをどのような目に合わせてもよいということじゃな?」
「え? なんで乗り気なの、英莉えりちーッ!?」
「致いたし方かたないわね。心苦しいけど、フフ、そうなってしまうわ」
「お姉ちゃん!? ちょっと笑ってるんだけど、本当に心苦しいの!? 私に人質ひとじちとしての価値はちゃんとあるの!?」
「なら、問題はないかのぉ。ほぉれ、行くぞ、小娘こむすめ」
「帰りはゆっくりでいいわよ」
「お姉ちゃん!? 英莉えりちー!? あれ? 見た目に反して英莉えりちーの力がヤバい。全然振りほどけないどころか振りほどく動作すらできないんですけど。全然痛くないのが逆にヤバそう。シャレになってないって。
 たすっ、助けてぇぇ」

 遊上ゆがみは、自ら掴んだ手を逆に英莉えりに利用され、為なす術すべもなく引ひき摺ずられていく。
 天空てんくうは、無言で緋澄ひずみを一瞥いちべつすると、すぐに目線を切り、英莉えり達を追うように付いていった。
シェア
前の話 →
暴君の気まぐれ、蛮勇を示した者への慈悲
← 次の話
『まこと』の問いかけ
Replica ― Amphitheatrum Ideale ―作者:根岸重玄
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›Replica ― Amphitheatrum Ideale ―›正解を選び取る‶直観〟、蛮勇の対価と気まぐれな審判者
← 前の話目次次の話 →

正解を選び取る‶直観〟、蛮勇の対価と気まぐれな審判者

2036年6月7日午後1時32分

「さて、状況の説明の前に、何かわっちらに言っておくことがあるのではないか、《荊いばらの》?」
「ないわね。私は悪くないもの」
「......こやつッ」

 状況の説明を求める緋澄ひずみに対し、英莉えりは、言外げんがいに先程さきほどの緋澄ひずみの行動に対する謝罪しゃざいを求めたが、緋澄ひずみはその意図いとを理解しつつも、堂々と自分に非はないと言い返す。

「うぬ、主殿あるじどのが絡からまん状況じゃと比較的常識じょうしきあるくせに、落差酷過ひどすぎんか?」
「なんと云われようと、私は謝あやまらないわ」
「はぁ。うぬと主殿あるじどのの間に何があったかは知らんが、こうなるくらいなら話くらい訊きいておくべきじゃったか」
「......私が話すとでも?」

 英莉えりの独ひとり言ごとのような呟つぶやきに応こたえる緋澄ひずみの口元は笑っていたが、その目は冷え切っており、全身から隠かくしきれない殺気が漏もれ出していた。

「主殿あるじどのに、じゃよ。まぁ、主殿あるじどのは、話すべきと判断したなら話しとったはずじゃし、もう過ぎたことじゃから、悔くやんでも仕方ないんじゃがな」

 その殺気を受けても、英莉えりは態度を変えることなく、軽く受け流す。
 なお、横にいた遊上ゆがみは緋澄ひずみの奥底にある怒りの感情を正確に感じ取っており、完全に委縮いしゅくしてしまっていた。

「まぁ、よかろう。もう少しなら時間はあるじゃろうし、状況を話しておこうかの」
「横から失礼します、英莉えり様。先程さきほどもまだ時間があるとおっしゃっていましたが、それはどういうことなのでしょうか?」

 英莉えりが折れ、緋澄ひずみに状況を説明しようとしたとき、天空てんくうから質問が飛ぶ。

「いいわ、先に天空てんくうの質問に答えて」

 緋澄ひずみも、焦燥感しょうそうかんに包まれている天空てんくうの内心を慮おもんぱかり、英莉えりに天空てんくうの質問に先に答えるように促うながす。
 英莉えりは、首肯しゅこうすると、目線を緋澄ひずみから天空てんくうに移し、口を開く。

「それは、うぬの主あるじである狗飼いぬかいの娘御が攫さらわれた理由とも関係することじゃ。
 辰上たつかみの御子みこの固有こゆう魔導まどう《王の法》の特性については説明したとおり、対ニンゲン特効とっこうの拠・点・構・築・型・魔・術・じゃ」
「拠点構築型きょてんこうちくがた?」

 英莉えりが口にした耳慣みみなれない言葉に天乃あまのが反応する。

「そうじゃとも。
 範囲指定型はんいしていがた魔術まじゅつの一種で、供給きょうきゅうされている魔力源まりょくげんが断たたれるか、魔術まじゅつが解除されるまで半永久的はんえいきゅうてきに機能するタイプの術式のことじゃな。
 これらを総称そうしょうして《結界けっかい》などと呼ぶこともある。
 《王の法》は非常に強力な術式じゃが、その『国を築きずく』という特性上、防衛は得意でも、攻めには全く向いてないのじゃよ」
「特定の範囲を『国』にして、その範囲内に効果を齎もたらす魔術まじゅつか。
 ――つまり、人質ひとじちは予あらかじめ設置した拠点への誘導ゆうどうが目的ってこと?」
「そのとおりじゃ」
「ですが、お嬢様じょうさまがどこにいるかわからないのでは、救出に向かうことができませんが?」

 天乃あまのが、狗飼いぬかいが攫さらわれた理由を導みちびき出すが、天空てんくうが根本的な問題を口にする。
 それに対し、英莉えりは待っていましたとばかりに答えを口にする。

「実は、それはもうわかっておる」
「っ!? それは、どこでしょうか」
「お、落ち着かんか。ほれ、そこで深呼吸しんこきゅうじゃ」

 掴つかみかからん勢いきおいで冷静に詰つめ寄よってくる天空てんくうに対し、英莉えりは深呼吸しんこきゅうを促うながす。

「この天空てんくうは呼吸こきゅうなどしていません。いえ、正確には、似たようなことはしていますが、そういう機能が備そなわっているというだけで、その必要性は本来的にはありません」
「お、おう。さようか」
「この天空てんくうは極きわめて冷静です。ですので、早くお答えください、英莉えり様」
「わかった。云う、云うから。ちょっと待つのじゃ」
「はい、待ちました。お答えを」
「せっかちか、うぬ。その前に、一人では行かんと誓ちかえ。ぶっちゃけ、うぬは戦力としてカウントしておる。戦力の逐次投入ちくじとうにゅうは愚策ぐさくでしかない。故ゆえに、向かうなら足並あしなみを揃そろえてもらうぞ」
「......わかりました。誓いましょう。この天空てんくうは、単騎たんきで敵陣てきじんに向かうことは致しません」
「よかろう、うぬの《天眼てんげん》じゃ。あれが導みちびいてくれるじゃろう」

 《天眼てんげん》とは、天空てんくうの扱あつかう監視かんし術式のことで、設定した監視対象の位置情報を取得し、その地点の光景を見ることができるという魔術まじゅつである。
 現在、天空てんくうが指定している対象は狗飼いぬかいであるが、何らかの方法でその対象をすり替えられ、天空てんくうは狗飼いぬかいを見失ってしまっていた。
 それ以降、天空てんくうは《天眼てんげん》の位置情報を取得していなかったのだが、英莉えりの言葉を受け、すぐに《天眼てんげん》が指し示す現在地の情報を取得する。

「っ!? ――なるほど、現在地は、第十四学区ですか」
「どんなところじゃ?」
「十四区ってことは、研究けんきゅう施設しせつが多いところね。
 それも、基本きほん特性とくせい系統けいとうの研究けんきゅうじゃなくて、固有こゆう魔導まどうとか複合ふくごう特殊とくしゅ系統けいとうとか、とにかく、珍めずらしい型の術式の研究けんきゅうが中心に行われているところよ。
 ただ、そういったところは成果が出にくいから、人員じんいんや研究けんきゅう費はあまり出てないって話ね。
 まぁ、ここ1、2か月は誰かさんのお掛けでずいぶんと潤うるおってきてるみたいだけど」

 英莉えりの疑問に、遊上ゆがみがすらすらと答え、最後の一言を付け加えるとともに、緋澄ひずみの方を一瞥いちべつする。
 視線を向けられた緋澄ひずみは、一瞬顔を顰しかめるが、何事もなかったかのように英莉えりに声をかける。

「さっきの話で状況は概おおむね把握はあくしたわ。要は、狗飼いぬかいを攫さらった主犯は、辰上たつかみとやらで、そいつは十四区で手薬煉てぐすね引いて待ち構かまえてるって話ね。で、知ってる相手なのよね? どんなやつなの?」
「個性の話ではなく、属性だけを要点に沿って述べると、既に途絶えた『支配』を起源とする『原型術師げんけいじゅつし』の家系の末裔まつえいじゃ。使用魔術まじゅつは、対ニンゲン特効とっこう術式――《王の法》。既に【討伐令とうばつれい】の対象となっておる【超越者ちょうえつしゃ】じゃよ」

 緋澄ひずみは、英莉えりから、狗飼いぬかいを攫さらった相手の情報を聞くと、深く嘆息たんそくする。

「だったら、私は協力できそうにないわね」
「そうですね。同行して頂けるのであれば、非常に心強いのですが。さすがに緋澄ひずみ様に協力を申し出るのは、この天空てんくうとて心苦しいものがあります」

 緋澄ひずみのにべもない態度に、天空てんくうが同調どうちょうする。
 その様子に首を傾かしげた天乃あまのは、隣にいた英莉えりに聞こえるように屈かがみこみ、声音トーンを下げて耳打ちする。

「(なあ、これってどういう意味だ?)」
「(さぁの。ニンゲンのルールなんぞ、わっちの管轄外かんかつがいじゃて)」

 英莉えりからは、このように満足な回答を得られなかったが、さすがに天乃あまのが自分たちの会話内容を疑問に思い、英莉えりにそれを質問したということに気付いた緋澄ひずみは、天乃あまのの方を向いて疑問に回答する。

「つまり、私が出ると、それこそ、怪獣大決戦になっちゃうってこと。最悪、私にも【討伐令とうばつれい】が懸かけられかねないわ」
「怪獣、大決戦?」
「(慎しんちゃん、慎しんちゃん)」

 緋澄ひずみの説明に対しても首を捻ひねる天乃あまのに、今度は遊上ゆがみがちょいちょいと手招てまねきする。
 天乃あまのが近寄っていくと、遊上ゆがみはつま先立ちで天乃あまのの耳元に口を運んでいき、囁ささやき声で耳打ちを開始する。

「(あのね。お姉ちゃんはああ見えて戦略級Sランク魔術師まじゅつしなの)」
「(......なあ、それってどのくらいすごいんだ?)」
「(えーっとね。例えば、巷ちまたで『人外じんがい一覧表いちらんひょう』とか、『人間辞めましたランキング』とか言われているやつでいうと――)」

 天乃は、『何だ、それはっ!』と突っ込みたくなったが、何とか口に出さずに押し込める。

「(今、浅木あさきにいる魔術師まじゅつしの中では最高位さいこういで、確か世界ランクで20位とか30位以内くらいだよ)」
「(......えっ、マジ?)」
「(マジマジ。お姉ちゃんの固有こゆう魔導まどうは《荊いばらの女王》っていって、簡単に言うと、植物を生長せいちょうさせる魔術まじゅつなんだよ)」
「(へぇ。ってか、さっきの順位は何を指標しひょうとしたランキングなんだ?)」
「(指標しひょうはいろいろあるんだけど、一言でいうと魔術師まじゅつしの『格』かな。
 お姉ちゃんの場合は、特に、魔術まじゅつ行使が生・態・系・に・与・え・る・影・響・を・無・視・し・え・な・い・ってのが、この順位になってる最大の理由みたいよ)」

 天乃あまのが遊上ゆがみ側に傾かたむけていた首を戻し、緋澄ひずみの方に向き直る。
 緋澄ひずみは、なんとなく遊上ゆがみが耳打ちした内容を察したのか、天乃あまのに向けて飛び切りの笑顔を向けて、御淑おしとやかに手を振っていた。
 それを見た天乃あまのは、今更いまさらになって汗あせが噴ふき出るかのような気持ちになった。

「(オレって、さっき結構危ない橋渡った?)」
「(もち。私はとってもひやひやしてました)」
「(今度からは先に言ってくれ)」
「(慎しんちゃん、人生に『今度』なんてないんだよ? 一回きりなの。だから、常に後悔こうかいしない選択をするしかないんだよ)」

 そういって、遊上ゆがみは目線を天乃あまのの瞳ひとみに会わせる。

「(それとも、慎しんちゃんは、事前に知ってたら何か行動を変えたの?)」
「(......それは――)」

「こらっ、そこ。いつまで顔つき合わせて内緒話ないしょばなししてるつもり? 狗飼いぬかいの件があるんだから、早いこと方針を固めるわよ」

 遊上ゆがみの言葉に言い淀よどんだ天乃あまのは、結局、緋澄ひずみの声に応じて答えを返すことなく、遊上ゆがみとの会話を打ち切る。
 その様子を見た緋澄ひずみは、話をまとめるように手を打ち、周囲の注目を促うながす。

「さて、とにかく、私が方針を決めてあげるわ」
「うぬが仕切るのか......」

 英莉えりがぼそりと呟つぶやくが、緋澄ひずみはそんなことは意に介さず、話を続ける。

「その前に、一点だけ確認するわ。敵方の固有こゆう魔導まどう術式、《王の法》についてだけど、これは、範囲指定型ってことは、範囲外からの攻撃なら有効ってことよね?」
「そうじゃのう。厳密げんみつにいうと、一部有効じゃ。ミサイルや戦闘機せんとうきなどのあからさまな物量兵器ぶつりょうへいきによる攻撃に対する迎撃げいげき手段はあるのでな。ちなみに、範囲に入るだけでニンゲンは戦力外になると考えてくれて構わん。かの術式の抵抗レジストに成功した者がいるという話は聞いたことがないからの」
「あら、なら、天乃あまの慎しんはどうなの?」
「《王の法》の影響下にあるニンゲンはこちら側の戦力にはならんというだけで、それ自体が直接人体に害が及ぶものではないからの。問題はないと考えとる。特に、主殿あるじどのの魔眼まがんは、魔術まじゅつ攻撃への対抗手段としては破格はかくの性能を持っとるからのぉ」
「......そう、わかったわ。じゃあ、方針を発表するわよ。今回の件、私が直接出張でばることはしないわ。十四区付近にいる人間を殺し尽つくしてもいいってのなら話は別だけどね。
 ついでに、真理まりもダメ。後方待機たいきよ、いいわね?」
「......うん」

 遊上ゆがみは、緋澄ひずみの言葉に素直すなおに頷うなずき、その提案を了承りょうしょうする。

「わかっとるわい。結局、わっちと狗飼いぬかいの眷属けんぞく、ついでに主殿あるじどのを加えた当初の布陣ふじんで征ゆくしかあるまいよ」
「そうね。けど、私には一人だけ、援軍えんぐんに心当たりがあるわ。もちろん、範囲の外側からの援護えんごしかできないから、突入要員とつにゅうよういんは三人に任せるけど。一応、本人に話してみるわ」
「うむ。できれば、軍用ぐんようロボなどの無人兵器むじんへいきを大量に保有しとるところとかに伝手つてがあるとわっち的には非常に助かるんじゃが」

 英莉えりは、容易よういに《王の法》の裏うらをかける解決策かいけつさくを提案してみる。

「この4月に浅木あさきに来たばかりの私にそんな伝手があるわけないでしょ。真理まり、警備隊けいびたいはどう?」
「うーん、あそこは基本的に、対象の殲滅せんめつじゃなくて制圧せいあつ・確保かくほが目的だからなあ。人間が着用ちゃくようするパワードスーツがメイン装備なの。
 これじゃあ、《王の法》の影響を回避できないんじゃない?
 あっ、でも、災害さいがい救助きゅうじょ用に遠隔えんかく操作そうさ可能なロボットは複数保有ほゆうしているとは聞いたな。
 ちなみに、理事会りじかいも、少なくとも、名目上は学校施設しせつと研究けんきゅう施設の集合体である浅木あさきに大量の無人兵器を置いておくことはできないと思う」

 英莉えりの提案を受け、緋澄ひずみが案を提示するが、遊上ゆがみがその可能性を否定する。

「というわけじゃ、《荊いばらの》。今回、わっちは既すでにこの件を百目鬼どうめきにメールで伝えておるから、関係各所への必要な通達つうたつは、あやつがしてくれとるじゃろ」
「あぁ、あの人ね。うちの理事だったのよね」

 緋澄ひずみは若干遠い目をして、天乃の祖母でもある第三高の理事、百目鬼どうめき亜澄あすみに対する感想を述べる。

「んで、その中で、無人兵器の貸し出しも要請ようせいしてみたんじゃが。持っとらんとの返事じゃったよ。まあ、結局、無人兵器があっても、それを保有した状態で《王の法》の影響下に入るニンゲンは必要なのじゃから、完全に楽できるわけでもないんじゃが。結局は、わっちらが、兵器以上の働きをするしかあるまいよ」
「そう。なら、その方向でいけば?」

 英莉えりの言葉に、緋澄ひずみが投げやりに結論を出す。

「大丈夫。失敗したら、私が何もかもを台無しにして終わらせてあげるから、安心なさいな」
「シャレになっとらんぞ。怪獣大決戦」

 そして、緋澄ひずみがしれっと付け加えた言葉に、英莉えりが真顔まがおでコメントを述べる。

「あと、ホームルームはもう終わってるでしょうけど。先に教室に荷物にもつを取りに行った方がいいんじゃない?そろそろ、閉まるわよ」
「あ、それもそうだね。あれ、お姉ちゃんは?」
「私は、ほら。もともと狗飼いぬかいの捜索そうさくに託かこつけてホームルームはフケるつもりだったから」

 そういって、緋澄ひずみは物陰ものかげに置いていた鞄かばんを持ち上げ、ひらひらと振って周囲に示しめす。

「お姉ちゃん......」「《荊いばらの》......」「緋澄ひずみ様......」
「なによ、いいじゃない。こんな大事おおごとになってるとは思ってなかったんだし、これくらい普通よ。ねえ、天乃あまの慎しんッ!」
「ノーコメントで」
「......ちぃっ」

 緋澄ひずみは、天乃あまのに話しかけてしまったことを若干じゃっかん後悔こうかいするかのような表情をすると、遊上ゆがみの方を睨にらみつけ、

「ということで、真理まり。早く荷物を取ってきなさい」

 と、急せき立てるように促うながす。

「はいはい。じゃあ、慎しんちゃんと英莉えりちーもいくよー」
「あっ、天乃あまの慎しんはちょっと残りなさい」
「え?」

 遊上ゆがみが英莉えりの手を掴み、天乃あまのを手招てまねきしていると、緋澄ひずみが天乃あまのを呼び止める。

「悪いわね、真理まり。最後に混まぜっ返すようで悪いんだけど、天乃あまの慎しんにはどうしても訊きいておきたいことがあるの」
「なんだ?」

 緋澄ひずみの神妙しんみょうな雰囲気ふんいきに、天乃あまのは少し身構みがまえる。

「そうね、ちょっとだけ大事なことよ。荷物の回収はそこの使い魔にでも任せておきなさいな」
「待てい、《荊いばらの》。これでも、わっちは一応、この校内では主殿あるじどのの守護霊ガーディアンという立場じゃからな。おいそれと主殿あるじどのから離れて護衛ごえいを疎おろそかにする訳にはいかんのじゃが」

 英莉えりはなんとなく嫌な予感がするので、緋澄ひずみの提案に難色なんしょくを示し、妨害ぼうがいに回る。
 だが、もちろん、その程度の反論は緋澄ひずみも予測済よそくずみである。
 すぐに、再反論をする構えである。
 なお、天空てんくうはなぜか英莉えりから飛んできた流ながれ弾だまを受けたことにより、胸を押さえて悶絶もんぜつしていた。護衛を疎かにしたという点がクリティカルだったようだ。

「心配無用よ。僭越せんえつながら、この私が! 天乃あまの慎しんの護衛を一時的にしておいてあげるのだから」
「あははは。態度に似合にあわず、冗談じょうだんが上手うまいではないか、《荊いばらの》ぉ。わっちとしたことが、思わず呵々大笑かかたいしょうしてしまったぞ。
 片腹かたはら大激痛だいげきつうじゃあ」

 もちろん、そういう英莉えりの仮面のような無表情な顔には一切の変化もない。

「わっちが現状で最も危惧きぐしておるのは、うぬの動向であるなどということは、わざわざ口にせんでも察さっして欲しかったのじゃがのぉ」
「あら、それなら、考え方を少し変えなさい? 私も、真理まりという人質ひとじちを貴女あなたに差し出しているのよ?」
「......え、私ぃ!?」

 急に巻き込まれた遊上ゆがみが、悲鳴ひめい交まじりの素すっ頓とん狂きょうな声を上げる。

「ふむ。なるほどな。うぬが主殿あるじどのに手を出せば、わっちはこの小娘こむすめをどのような目に合わせてもよいということじゃな?」
「え? なんで乗り気なの、英莉えりちーッ!?」
「致いたし方かたないわね。心苦しいけど、フフ、そうなってしまうわ」
「お姉ちゃん!? ちょっと笑ってるんだけど、本当に心苦しいの!? 私に人質ひとじちとしての価値はちゃんとあるの!?」
「なら、問題はないかのぉ。ほぉれ、行くぞ、小娘こむすめ」
「帰りはゆっくりでいいわよ」
「お姉ちゃん!? 英莉えりちー!? あれ? 見た目に反して英莉えりちーの力がヤバい。全然振りほどけないどころか振りほどく動作すらできないんですけど。全然痛くないのが逆にヤバそう。シャレになってないって。
 たすっ、助けてぇぇ」

 遊上ゆがみは、自ら掴んだ手を逆に英莉えりに利用され、為なす術すべもなく引ひき摺ずられていく。
 天空てんくうは、無言で緋澄ひずみを一瞥いちべつすると、すぐに目線を切り、英莉えり達を追うように付いていった。
シェア
← 前の話
暴君の気まぐれ、蛮勇を示した者への慈悲
次の話 →
『まこと』の問いかけ
Replica ― Amphitheatrum Ideale ―作者:根岸重玄
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません