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『まこと』の問いかけ

2036年6月7日午後1時49分

 その場に残された緋澄ひずみは、英莉えりたちが視界から消えると、徐おもむろに天乃あまのに声をかける。

「さて、さっきも言ったけど、ちょっとだけ気になったことを訊きくわ。前提ぜんていも含ふくめていくつか質問するから、全てに正直しょうじきに答えなさいな? そうすれば、身の安全もある程度までは保証してあげるから」
「お、おう」

 天乃あまのの返事を聞く前に、緋澄ひずみは手をさっと横薙よこなぎに振る。そうすると、何もなかった地面から、直径ちょっけい二十五センチメートルほどの太さがある樹木じゅもくが2本生え出したかと思うと、地面から四十センチメートル付近の高さでその生長せいちょうは止まる。
 緋澄ひずみは、その樹木じゅもくに躊躇ちゅうちょなく腰掛こしかけると、器用に脚あしを組み、目線で天乃あまのにも着席ちゃくせきを促うながす。
 だが、天乃あまのは目の前の現実を理解し損そこねていた。
 そう、樹木じゅもくが生えてきたのはまだいい。植物を生長せいちょうさせるのが、緋澄ひずみの魔術まじゅつであると、遊上ゆがみから聞いていたからだ。
 だが、目の前の現実はとても受け入れるのが難しい。
 そう、生はえてきた樹木じゅもくは、緋澄ひずみがすぐに腰掛こしかけることができる切・り・株・だったのだ。
 当然の話だが、自然界しぜんかいに存在する切り株かぶは、人工的じんこうてきに樹木じゅもくが伐採ばっさいされた結果、生じるものである。断だんじて、切り身の魚が泳いでいるわけではないように、切り株という種しゅの樹木じゅもくが存在するわけではない。
 だからこそ、目の前の現象は、単に植物を生長せいちょうさせる魔術まじゅつという範疇はんちゅうには収おさまるはずのないものである。
 天乃あまのが混乱こんらんしていると、緋澄ひずみが器用にスカートのまま脚あしを組み替かえつつ、口を開く。

「どうかした? せっかく椅子いすを用意してあげたのに。私の厚意こういは受け取れないということかしら?」
「いや、あの、切り株かぶが......」
「どうして生はえてきたのかって? ふふふ、当然でしょ。これが、私の魔術まじゅつだからよ。......聞いてなかった?」
「切り株かぶは、自然には生はえてこないだろ」
「ああ、なんだ、そういうこと。ええ、それはそうね。だけど、樹・っ・て・切・り・株・じ・ゃ・な・い・と・、座・る・の・に・不・便・じ・ゃ・な・い・?」
「はぁ」

 天乃あまのは、緋澄ひずみが言わんとするところを捉とらえきれず、曖昧あいまいな返事をするが、緋澄ひずみは、それを意に介かいすことなく、ごく自然なことを語かたるかのような口調くちょうで話を続ける。

「私はね、あるとき、どこにでも座れる簡易かんいな椅子いすが欲しいと思ったの。だから、そのアイデアを研究所けんきゅうじょに持ち込んで、『造つくった』のよ。生長せいちょうすることで、切り株かぶに成なる植物を」
「......は?」

 天乃あまのは今度こそ絶句ぜっくする。
 理解が及およばなかったからではなく、そこに理解が及およんでしまったからこそ、絶句ぜっくせざるを得なかったのである。
 緋澄ひずみが語る『植物を生長せいちょうさせる魔術まじゅつ』の悍おぞましいとも思える使・用・法・に思い至(いた)ってしまったのである。

「......品種ひんしゅ改良かいりょうってさ。本来はすごく時間がかかるらしいのよ。掛かけ合わせて、失敗しっぱいして、成功せいこうしたのをまた掛け合わせて、失敗しっぱいして。こんなのを何年も何年も繰くり返す必要があるらしいの」

 緋澄ひずみのそんな言葉を聞いていた天乃あまのの脳内には、先程さきほど遊上ゆがみから聞いたとあるランキングに関する話がリフレインしていた。

『――指標しひょうはいろいろあるんだけど、一言ひとことでいうと魔術師まじゅつしの『格』かな。』

「でも、私の《荊いばらの女王》を使えば、この過程を大幅おおはばに短縮たんしゅくできるの。それに、《荊いばらの女王》は、生長せいちょうの方向性にもある程度補正ほせいが掛けられるから、望んだ種しゅを思うがままに栽培さいばいして人工的じんこうてきに制作できる。これに遺伝子いでんし組み換え技術を併用へいようすることで、もっとぶっ飛んだこともできるわ」

『――お姉ちゃんの場合は、特に、魔術まじゅつ行使が生・態・系・に・与・え・る・影・響・を・無・視・し・え・な・い・ってのが、この順位になってる最大の理由みたいよ。』

「どうかしら? これが、私が最年少で例外的に戦略級バケモノ認定を受けた理由よ。生命に対する冒涜ぼうとくを感じる? 悪いけどそんなの聞き飽(あ)きて――」
「――なあ、ちょっと付つかぬことを訊きくんだが、この切り株って、何の樹木じゅもくなんだ?」

 緋澄ひずみが自嘲じちょう気味に語る言葉を、天乃あまのは敢あえて言葉を被かぶせて遮さえぎる。
 緋澄ひずみは面食めんくらい、天乃あまのから掛かけられた言葉の意味を咀嚼そしゃくして理解しようとするが、その言わんとすることが、結局わからず、思ったことを口にする。

「――何のって? 樹きは樹きでしょ」
「そうじゃないって。松とか杉とか、そういう話」
「ああ、品種ひんしゅの名前? それなら、研究所けんきゅうじょにあるラベルを見ればわかるんじゃない? アルファベットと数字の羅列られつだけど。いろいろと無理やり混まぜて造つくったから、元となった植物まではもうわからないわよ。私だって、その辺は正確には把握はあくしてないもの。私付きの研究所けんきゅうじょの職員が提案したレシピに沿って、必要な生長せいちょうを促うながし、必要な掛け合わせを行ってるだけなんだから」
「そうなのか。ちなみに、これ、繁殖はんしょくは可能なのか?」
「無理よ。これ、花も実もつけない、ただの切り株なんですもの」
「つまり、ある意味で『種しゅ』としての到達点とうたつてんの一つってことなのか」
「ご明察めいさつね。確かに、そういう側面もあるわ。
 これ、こう見えて製造せいぞう過程で1000年単位の進化を強要してるんだけど、その過程でかなりの長命種ちょうめいしゅになってしまってるのよ。生存に必要な要素は、僅かな水分と1日当たり数分の日光だけ。ま、それすらも大気中に存在する魔力の元から代替成分を自給できてしまうんだけど。天変地異による環境の大幅な変化にすら耐えきるわ。
 ふふ、それこそ、例え人類が滅んでも残ってるんじゃないかしら。このままの姿で」
「さらっと、怖(こわ)いこと言うなよ」
「だから、役目が終わったら、ち・ゃ・ん・と・私・が・殺・し・て・あ・げ・な・い・と・ね」

 そう呟(つぶや)いた緋澄ひずみの目に浮かぶ感情は、わずかな憐憫(れんびん)であった。

「――......さっきの話だけどな」
「さっき?」

 天乃あまのは、緋澄ひずみが生み出した切り株に腰掛けつつ、言葉を続ける。

「緋澄ひずみが、化け物認定されたって話」
「ええ」
「必要以上に偽悪的ぎあくてきに振ふる舞まわなくてもいいんじゃないか? この名もない植物は、緋澄ひずみという人間の才能に寄生きせいすることで、種しゅとしての完成形に進化した。要は、その関係はクマノミとイソギンチャクみたいな共生きょうせい関係にあると言えるんじゃないのか?」
「はぁ。あなたね、それで励はげましてるつもりなの? そんなわけないでしょ」
「そうだな。ちょっと良く言い過ぎた。案外あんがい、人間と家畜かちくの関係が近いのかもな。個としての家畜かちくには、死期しきについての自由はなくなったが、その代わりに、種しゅとしては間違いなく効率的こうりつてきに繁栄はんえいした。
 なにせ、繁殖はんしょく活動かつどうを妨害ぼうがいする要素ようそは人間が取り除のぞくし、仮に疫病えきびょうなどで滅亡めつぼうの危機ききに陥おちいったとしても、人間が必死で解決かいけつしようとするだろ?
 こういった面からみると、少なくとも、種しゅとしての寿命じゅみょうは圧倒的あっとうてきに伸のびたと言えるんじゃないか?」
「それは、人間から見た随分ずいぶんと身勝手みがってな理屈りくつね。私は菜食主義者ベジタリアンや完全菜食主義者ヴィーガンの思想というか、方法論には全く共感きょうかんできないんだけど、それでも家畜かちくのような生活を強しいられるのはゴメンだわ。
 ねえ、例たとえが下手へた過ぎて全然響ひびかないんだけど。やっぱり、私のこと慰なぐさめようとしてるのよね? やるならもっと真剣しんけんにしなさい? そしたらちゃんと嘲笑あざわらってあげるから」
「まあ、オレもこの方向性では無茶だと思ってたよ。むしろ納得なっとくされたらどうしようかと思った」

 そういって天乃あまのは苦笑(くしょう)する。

「まあ、真面目(まじめ)な話、緋澄ひずみが相当壊こわれちまってるのは間違いないけど、それは緋澄ひずみだけの責任じゃないとは思うかな」
「そうかしら?」
「周りも悪いだろ。できるからやらせるってのは、なんか違うと思う」
「あら? あなたがそれをいうの、天乃あまの慎しん? あなたも結構けっこう、無茶ぶりの天才だったと思うわよ? 少なくとも、昔は」
「さあね。今のオレはそんなことは知らないしな」
「呆あきれた言い分ね。――“合理ごうりの獣けもの”か」
「“合理ごうりの獣けもの”?」

 緋澄ひずみの口から出た聞き慣なれないワードを天乃あまのが鸚鵡返おうむがえしする。

「ええ、ようやく、私がしたい話に差し掛かったわ」
「そういえば、確か、オレに質問があるんだったか?」
「そうよ。......人間は、“考える葦あし”だと誰かが言いました」
「パスカルだな」

 天乃あまのは、急な話題転換わだいてんかんに首を傾かしげつつも、真面目まじめに回答する。

「そんな記憶きおくは残ってるのね」
「これは、知識ちしきだからな。残ってなかったら、言葉も喋しゃべれないはずだろ?」
「それもそうか。まあ、いいわ。人間が、“考える葦あし”だとしたら、あなたは、まさしく“合理ごうりの獣けもの”とでも呼ぶべき存在だと言った奴やつがいたのよ」
「......オレが考えなしってこと?」
「曰いわく、合理的ごうりてき判断はんだんに従う装置そうち――だったかしら。
 要するに、人でなしってことよ」

 冗談じょうだんめかして軽口かるくちを叩たたく天乃あまのに、緋澄ひずみはあくまで真剣な口調くちょうで返す。
 その態度に、天乃あまのは一瞬いっしゅんたじろぐが、残りの言葉も吐き出してしまうことにした。

「あとは、なんだ? “葦あし”じゃなくて“獣けもの”だって? ここでいう“葦あし”ってのは、自然界しぜんかいにおける弱いもの、矮小わいしょうなものの比喩ひゆだったか。だったら、“獣けもの”ってのは――」
「それを食い物にする生来せいらいの捕食者ほしょくしゃの比喩ひゆ、なのかもね」
「なんで、そこは曖昧あいまいなんだよ」
「いや、だって、そこの解釈かいしゃくは聞いてないもの。ほら、国語の試験しけんでよくあるじゃない? 『筆者の考えを述べよ』ってやつ。あれ、苦手なのよね」
「急に真っ当な学生みたいな話題わだい出すなよ。びっくりしたわ」
「他人の考えなんてわかるわけないじゃない。どうせ、『早く仕事終わらせて寝たい』が正解なのに」
「物書ものかきという職種しょくしゅに偏見へんけんを持ちすぎだろ。それに、問題の意図いとの捉とらえ方が明らかに間違まちがってる。まずは、『問題作成者の考えを述べよ』だ」
「でも、聞いた話によると、それが正解みたいなのよね。結局けっきょく、ああいう問題は、『筆者の考え』を当てるのではなく、『問題作成者の考える『筆者の考え』』を当てるものらしいから。問題文から問題作成者の意図いとさえ読み取れれば、『筆者の考え』なんて読み取れなくても正解できるらしいわよ」
「何の話してんの!?」

「何って、“天乃慎あなた”の話よ?」

 緋澄ひずみは、そういって底冷そこびえするような薄うすい笑みを浮かべる。

「私が話しているのは、徹頭徹尾てっとうてつび“天乃慎あなた”の話」
「......」
「ごめんなさいね。私、話をするのが下手へたなの。他愛たあいない会話はできるのだけど。正直、こういった真面目まじめな話は、どうしたって回りくどくなっちゃうの。本来的に向いてないのよね」
「つまり、オレのことを“合理ごうりの獣けもの”と称しょうしたのは、オレ自身で、さっきの国語の話もオレがした話ってことか?」
「まぁ、そういうことだったかもね」
「なんか普通の雑談ざつだんっぽく聞こえるけどな。とても、オレの死を願ってる人間との会話とは思えない」
「それはそうよ。初めから、そういう関係だったわけじゃないもの、私達」
「それも、そうか」
「ちなみに、その件に関する詳細しょうさいは黙秘もくひするわ。なんか、今のあなた相手だと、余計よけいなことを云っちゃいそうだし。事情を知らない他人への八やつ当たりみたいで正直気分があまり良くないもの」
「記憶を失なくす前のオレの不始末ふしまつじゃあ、そうなっちまうのか?」

 天乃あまのは、なんとなく緋澄ひずみの感覚が理解できるような気がした。

「なぁ、ちなみに、発言者の意図いとじゃなく、緋澄ひずみの考える“獣けもの”ってのは何の比喩ひゆだと思うんだよ」
「『自由さ』――いえ、ちょっと飾かざり過ぎね。『愚おろかさ』といってもいいわ」
「全然違うもののように聞こえるんですけど。急にポジティブな意味合いがなくなったんですけど」
「似にたようなものよ。自由だからこそ、愚おろかな選択せんたくすら選択せんたく肢しに入れてしまえるのよ。初めから賢かしこい選択肢せんたくししか用意されていなければ、ずっと賢者けんじゃでいられるでしょう?
 私が思う“獣けもの”の解釈かいしゃくっていうのは、まさしく、何にも縛しばられてないが故ゆえに、愚おろかな選択せんたくをできるモノの象徴しょうちょうなのよ」
「“合理ごうりの獣けもの”たるオレは、合理的ごうりてき判断はんだんに従したがう装置そうちだったんじゃないのか?」
「自覚がないというのは実に幸せなことね。あなたは、どこまでも合理的ごうりてきに愚おろかな選択せんたくをするのよ。そして、その傾向けいこうは今も変わってないわ。
 例えばそうね――」

 そこまでいうと、緋澄ひずみは、再び脚を組み替え、「第一問」と声を上げる。

「さっき、私があなたの使い魔まを拘束するために魔力まりょくを放出ほうしゅつした際、あなたは事前にその魔眼まがんで兆候ちょうこうを読み取って、これを躱かわしたわよね」
「ああ」
「じゃあ、訊きくけど。なぜ、あの中では最もひ弱よわだった真理まりを庇かばおうとすらしなかったの?」
「それは、緋澄ひずみが遊上ゆがみさんに危害を加えようとしていないことが見えたからであってだな。別に――」
「でしょうね。これは、合理的ごうりてき判断よ」
「あ、はい」

 天乃あまのは言い訳を諦あきらめ、緋澄ひずみは淡々たんたんと次の質問に移うつる。

「次、第二問。使い魔まと天空てんくうに警告けいこくを発しなかった理由は?」
「正直、気づいた時点からじゃあ、回避かいひが間に合いそうになかったし、あの二人なら強いから、何かをくらっても問題ないかなと思って」
「合理的ごうりてき判断ね。ちなみに、第三問。
 私の魔力まりょく放出ほうしゅつが数秒の足止めをする程度の効果しかないことは見切ってた?」
「ああ、これは実際、英莉えりが拘束こうそくされてる姿を見たときにわかったことだけど。......なんだよ。何か責せめられてんの、オレ?」
「まさか。ここまではただの確認よ、確認。次が本命の第四問。
 私の二回目の魔力まりょく放出ほうしゅつがあなた目がけて迫せまってきました。さて、あなたはなぜ、左右ではなく、後ろでもなく、前に踏ふみ出したのでしょうか?」
「......別にいいだろ? 結果的に問題なかったんだから」
「違うわ、天乃あまの慎しん。さっきも言ったけど、私は別に責めているわけではないの。これは過程かていこそが重要なのよ。そして、自覚することが肝要かんようなの」
「自覚って......」

 緋澄ひずみの淡々たんたんと事実を述のべるかのような口調くちょうに、天乃あまのは言葉を詰つまらせるが、やがて、意を決し、答えを述べる。

「うーん。本人を前に言うのはちょっと恥ずかしいんだが。なんだか、緋澄ひずみが――」
「私が?」
「なんか、泣きそうだった、から?」
「ふむ。なるほどね。全然合理的ごうりてきじゃないわ。理由も帰結きけつもおかしい」
「いや、あのだな――」
「けど、振り返ってみると、結論は最適解さいてきかいだったのよ。詳しくは省略しょうりゃくするけど、実は、あの場面であなたが取りうる選択肢せんたくしの中では、前に踏み出す他に活路かつろはなかったの。
 あなたも言ったけど、『結果的に問題はなかった』のよ」
「お、おう」
「ちなみに、私が考えた合理的ごうりてき推論すいろんからの帰結はこうよ。『まっすぐ向かってくるのだから、左右どちらかに躱かわせばいい。』『これを躱かわせれば使い魔まも拘束こうそくから脱だっして戦線に復帰ふっきするのだから、尚更なおさらこれは回避かいひするのがいい。』
 どう?」

 それは、奇くしくも、当時の天乃あまのの思考しこうと合致がっちしていた。

「ね? 前に踏み出すのは唯一の活路ではあったけど、合理的ごうりてき判断からは導みちびき出しにくいものだったの。もし、合理的ごうりてき判断から正答を導みちびき出そうとするならば、敵対者である私の思考や私ができることも考慮こうりょに入れる必要があったわけ」
「これが、“獣けもの”とやらに備そなわってるとかいう野生やせいの“勘かん”ってやつか?」
「上手うまいこと言おうとしたみたいだけど、第六感だいろっかんとは少し違うわね。それは、どっちかというと“虫”の領分りょうぶんでしょ」
「虫の知らせ?」

 緋澄(ひずみ)は、「そういうこと」と述べると、携帯端末を取り出し、文字を入力する。
 そして、それを天乃(あまの)に見せるように向ける。

「そうねえ、どちらかというと、“観かん”よ。
 あなた、結局のところ、合理的ごうりてきにしか物事を考えられない性分(しょうぶん)なんだもの」
「直・感・じゃなくて、直・観・ってことか?」
「そう、これもあなたの受け売りなのだけど。あなた、その眼のせいで他人とは違う景色けしきが見えているらしいじゃない? 結局、それを脳内でどのように処理してるのかって話だった気がするわ、確か。なんか、いろいろ言ってたけど、要は、脳が余分な情報を処理する際の過程が他人とは違うんじゃないかって話だったわ。普通の人が見逃すようなわずかな情報も、あなたは持ち続けてるんじゃないかとかなんとか。それで、判断の過程に無意識にその情報を組み込んじゃう結果、合理的ごうりてきな判断として一見愚おろかに見える選択せんたくをするということよ」
「なあ、緋澄ひずみって妙みょうにオレに詳くわしすぎない? どんだけオレと会話してたの?」
「さて、質問の続きよ」
「あっ、これは黙秘権もくひけんの行使ってやつっすね」
「第五問」

 緋澄ひずみは、天乃あまのの反応を完全に無視むしして質問を続ける。

「辰上たつかみってのとあなたは、なんか因縁いんねんがあるの?」
「......よくは知らないが、そうらしい。その辺については、英莉えりの方が詳くわしいから、そっちから――」
「いいえ、結構けっこうよ。これは、天乃あまの慎しんの認識にんしきを知るための質問なのだから。答えはそれで充分なの。
 じゃあ、次、第六問。
 狗飼いぬかいと天乃あまの慎しんはどんな関係?」
「どんな? い、いや、その、会ったことはないけど、多分知り合いだ」
「第七問。
 狗飼いぬかいとの関係は良好りょうこうなの?」
「多分、悪い。そうじゃなければ、天空てんくうさんがオレと狗飼いぬかいさんが出会わないようにあれこれする必要もなかったはずだ。んで、オレとしても、その状況を受け入れていた節がある」
「ふうん、そうなんだ。じゃあ、最後の質問、第八問ね」

 緋澄ひずみは、座った状態から少しだけ身を乗り出し、天乃あまのに近づくと、天乃あまのの頭を両手で挟はさむようにして固定する。
 そして、そのまま顔を向き合わる。

「なあ、近くないか?」
「私は気にしないわ」
(オレはわりと気にするんですがッ!!)

 天乃あまのの内心の動揺(どうよう)を全く意に介さず、緋澄ひずみは、最後の質問を開始する。

「天乃あまの慎しん。
 あなたに、辰上たつかみ何某なにがしとかいう私とは方向性が違う化け物と対峙たいじして、わざわざ狗飼いぬかいを助け出さなければならない動機どうきやメリットはあるの? もっというと、あなたがそれをする必要はあるのかしら?」
「......現状、辰上たつかみとやらに対抗できそうな戦力は、英莉えりと天空てんくうさんしかいなくて、オレが彼女らを現場に連れていくのが最適だから――」
「それは、天乃あまの慎しんの理由ではなく、使い魔の話に基づく現状における適否てきひの話でしょう?
 あなたも言ってたじゃない。『できるからやらせるってのは、なんか違う』って」

 天乃あまのの言い分に緋澄ひずみは真っ向から反論し、質問を継続する。

「ねえ、ほとんど初対面で、多分全然仲良くもない、むしろ、蛇蝎だかつのごとく嫌きらわれてる可能性が高い女の子を一人助け出すためだけに、あなたが、命を懸かけ、身体を張る理由は、どこにあるのかしら?
 ――――ねえ。そんなもの、本当にあるの?」
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正解を選び取る‶直観〟、蛮勇の対価と気まぐれな審判者
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主体と成れない人外たち、原始的不能となる契約と大怪異の恋愛観
Replica ― Amphitheatrum Ideale ―作者:根岸重玄
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『まこと』の問いかけ

2036年6月7日午後1時49分

 その場に残された緋澄ひずみは、英莉えりたちが視界から消えると、徐おもむろに天乃あまのに声をかける。

「さて、さっきも言ったけど、ちょっとだけ気になったことを訊きくわ。前提ぜんていも含ふくめていくつか質問するから、全てに正直しょうじきに答えなさいな? そうすれば、身の安全もある程度までは保証してあげるから」
「お、おう」

 天乃あまのの返事を聞く前に、緋澄ひずみは手をさっと横薙よこなぎに振る。そうすると、何もなかった地面から、直径ちょっけい二十五センチメートルほどの太さがある樹木じゅもくが2本生え出したかと思うと、地面から四十センチメートル付近の高さでその生長せいちょうは止まる。
 緋澄ひずみは、その樹木じゅもくに躊躇ちゅうちょなく腰掛こしかけると、器用に脚あしを組み、目線で天乃あまのにも着席ちゃくせきを促うながす。
 だが、天乃あまのは目の前の現実を理解し損そこねていた。
 そう、樹木じゅもくが生えてきたのはまだいい。植物を生長せいちょうさせるのが、緋澄ひずみの魔術まじゅつであると、遊上ゆがみから聞いていたからだ。
 だが、目の前の現実はとても受け入れるのが難しい。
 そう、生はえてきた樹木じゅもくは、緋澄ひずみがすぐに腰掛こしかけることができる切・り・株・だったのだ。
 当然の話だが、自然界しぜんかいに存在する切り株かぶは、人工的じんこうてきに樹木じゅもくが伐採ばっさいされた結果、生じるものである。断だんじて、切り身の魚が泳いでいるわけではないように、切り株という種しゅの樹木じゅもくが存在するわけではない。
 だからこそ、目の前の現象は、単に植物を生長せいちょうさせる魔術まじゅつという範疇はんちゅうには収おさまるはずのないものである。
 天乃あまのが混乱こんらんしていると、緋澄ひずみが器用にスカートのまま脚あしを組み替かえつつ、口を開く。

「どうかした? せっかく椅子いすを用意してあげたのに。私の厚意こういは受け取れないということかしら?」
「いや、あの、切り株かぶが......」
「どうして生はえてきたのかって? ふふふ、当然でしょ。これが、私の魔術まじゅつだからよ。......聞いてなかった?」
「切り株かぶは、自然には生はえてこないだろ」
「ああ、なんだ、そういうこと。ええ、それはそうね。だけど、樹・っ・て・切・り・株・じ・ゃ・な・い・と・、座・る・の・に・不・便・じ・ゃ・な・い・?」
「はぁ」

 天乃あまのは、緋澄ひずみが言わんとするところを捉とらえきれず、曖昧あいまいな返事をするが、緋澄ひずみは、それを意に介かいすことなく、ごく自然なことを語かたるかのような口調くちょうで話を続ける。

「私はね、あるとき、どこにでも座れる簡易かんいな椅子いすが欲しいと思ったの。だから、そのアイデアを研究所けんきゅうじょに持ち込んで、『造つくった』のよ。生長せいちょうすることで、切り株かぶに成なる植物を」
「......は?」

 天乃あまのは今度こそ絶句ぜっくする。
 理解が及およばなかったからではなく、そこに理解が及およんでしまったからこそ、絶句ぜっくせざるを得なかったのである。
 緋澄ひずみが語る『植物を生長せいちょうさせる魔術まじゅつ』の悍おぞましいとも思える使・用・法・に思い至(いた)ってしまったのである。

「......品種ひんしゅ改良かいりょうってさ。本来はすごく時間がかかるらしいのよ。掛かけ合わせて、失敗しっぱいして、成功せいこうしたのをまた掛け合わせて、失敗しっぱいして。こんなのを何年も何年も繰くり返す必要があるらしいの」

 緋澄ひずみのそんな言葉を聞いていた天乃あまのの脳内には、先程さきほど遊上ゆがみから聞いたとあるランキングに関する話がリフレインしていた。

『――指標しひょうはいろいろあるんだけど、一言ひとことでいうと魔術師まじゅつしの『格』かな。』

「でも、私の《荊いばらの女王》を使えば、この過程を大幅おおはばに短縮たんしゅくできるの。それに、《荊いばらの女王》は、生長せいちょうの方向性にもある程度補正ほせいが掛けられるから、望んだ種しゅを思うがままに栽培さいばいして人工的じんこうてきに制作できる。これに遺伝子いでんし組み換え技術を併用へいようすることで、もっとぶっ飛んだこともできるわ」

『――お姉ちゃんの場合は、特に、魔術まじゅつ行使が生・態・系・に・与・え・る・影・響・を・無・視・し・え・な・い・ってのが、この順位になってる最大の理由みたいよ。』

「どうかしら? これが、私が最年少で例外的に戦略級バケモノ認定を受けた理由よ。生命に対する冒涜ぼうとくを感じる? 悪いけどそんなの聞き飽(あ)きて――」
「――なあ、ちょっと付つかぬことを訊きくんだが、この切り株って、何の樹木じゅもくなんだ?」

 緋澄ひずみが自嘲じちょう気味に語る言葉を、天乃あまのは敢あえて言葉を被かぶせて遮さえぎる。
 緋澄ひずみは面食めんくらい、天乃あまのから掛かけられた言葉の意味を咀嚼そしゃくして理解しようとするが、その言わんとすることが、結局わからず、思ったことを口にする。

「――何のって? 樹きは樹きでしょ」
「そうじゃないって。松とか杉とか、そういう話」
「ああ、品種ひんしゅの名前? それなら、研究所けんきゅうじょにあるラベルを見ればわかるんじゃない? アルファベットと数字の羅列られつだけど。いろいろと無理やり混まぜて造つくったから、元となった植物まではもうわからないわよ。私だって、その辺は正確には把握はあくしてないもの。私付きの研究所けんきゅうじょの職員が提案したレシピに沿って、必要な生長せいちょうを促うながし、必要な掛け合わせを行ってるだけなんだから」
「そうなのか。ちなみに、これ、繁殖はんしょくは可能なのか?」
「無理よ。これ、花も実もつけない、ただの切り株なんですもの」
「つまり、ある意味で『種しゅ』としての到達点とうたつてんの一つってことなのか」
「ご明察めいさつね。確かに、そういう側面もあるわ。
 これ、こう見えて製造せいぞう過程で1000年単位の進化を強要してるんだけど、その過程でかなりの長命種ちょうめいしゅになってしまってるのよ。生存に必要な要素は、僅かな水分と1日当たり数分の日光だけ。ま、それすらも大気中に存在する魔力の元から代替成分を自給できてしまうんだけど。天変地異による環境の大幅な変化にすら耐えきるわ。
 ふふ、それこそ、例え人類が滅んでも残ってるんじゃないかしら。このままの姿で」
「さらっと、怖(こわ)いこと言うなよ」
「だから、役目が終わったら、ち・ゃ・ん・と・私・が・殺・し・て・あ・げ・な・い・と・ね」

 そう呟(つぶや)いた緋澄ひずみの目に浮かぶ感情は、わずかな憐憫(れんびん)であった。

「――......さっきの話だけどな」
「さっき?」

 天乃あまのは、緋澄ひずみが生み出した切り株に腰掛けつつ、言葉を続ける。

「緋澄ひずみが、化け物認定されたって話」
「ええ」
「必要以上に偽悪的ぎあくてきに振ふる舞まわなくてもいいんじゃないか? この名もない植物は、緋澄ひずみという人間の才能に寄生きせいすることで、種しゅとしての完成形に進化した。要は、その関係はクマノミとイソギンチャクみたいな共生きょうせい関係にあると言えるんじゃないのか?」
「はぁ。あなたね、それで励はげましてるつもりなの? そんなわけないでしょ」
「そうだな。ちょっと良く言い過ぎた。案外あんがい、人間と家畜かちくの関係が近いのかもな。個としての家畜かちくには、死期しきについての自由はなくなったが、その代わりに、種しゅとしては間違いなく効率的こうりつてきに繁栄はんえいした。
 なにせ、繁殖はんしょく活動かつどうを妨害ぼうがいする要素ようそは人間が取り除のぞくし、仮に疫病えきびょうなどで滅亡めつぼうの危機ききに陥おちいったとしても、人間が必死で解決かいけつしようとするだろ?
 こういった面からみると、少なくとも、種しゅとしての寿命じゅみょうは圧倒的あっとうてきに伸のびたと言えるんじゃないか?」
「それは、人間から見た随分ずいぶんと身勝手みがってな理屈りくつね。私は菜食主義者ベジタリアンや完全菜食主義者ヴィーガンの思想というか、方法論には全く共感きょうかんできないんだけど、それでも家畜かちくのような生活を強しいられるのはゴメンだわ。
 ねえ、例たとえが下手へた過ぎて全然響ひびかないんだけど。やっぱり、私のこと慰なぐさめようとしてるのよね? やるならもっと真剣しんけんにしなさい? そしたらちゃんと嘲笑あざわらってあげるから」
「まあ、オレもこの方向性では無茶だと思ってたよ。むしろ納得なっとくされたらどうしようかと思った」

 そういって天乃あまのは苦笑(くしょう)する。

「まあ、真面目(まじめ)な話、緋澄ひずみが相当壊こわれちまってるのは間違いないけど、それは緋澄ひずみだけの責任じゃないとは思うかな」
「そうかしら?」
「周りも悪いだろ。できるからやらせるってのは、なんか違うと思う」
「あら? あなたがそれをいうの、天乃あまの慎しん? あなたも結構けっこう、無茶ぶりの天才だったと思うわよ? 少なくとも、昔は」
「さあね。今のオレはそんなことは知らないしな」
「呆あきれた言い分ね。――“合理ごうりの獣けもの”か」
「“合理ごうりの獣けもの”?」

 緋澄ひずみの口から出た聞き慣なれないワードを天乃あまのが鸚鵡返おうむがえしする。

「ええ、ようやく、私がしたい話に差し掛かったわ」
「そういえば、確か、オレに質問があるんだったか?」
「そうよ。......人間は、“考える葦あし”だと誰かが言いました」
「パスカルだな」

 天乃あまのは、急な話題転換わだいてんかんに首を傾かしげつつも、真面目まじめに回答する。

「そんな記憶きおくは残ってるのね」
「これは、知識ちしきだからな。残ってなかったら、言葉も喋しゃべれないはずだろ?」
「それもそうか。まあ、いいわ。人間が、“考える葦あし”だとしたら、あなたは、まさしく“合理ごうりの獣けもの”とでも呼ぶべき存在だと言った奴やつがいたのよ」
「......オレが考えなしってこと?」
「曰いわく、合理的ごうりてき判断はんだんに従う装置そうち――だったかしら。
 要するに、人でなしってことよ」

 冗談じょうだんめかして軽口かるくちを叩たたく天乃あまのに、緋澄ひずみはあくまで真剣な口調くちょうで返す。
 その態度に、天乃あまのは一瞬いっしゅんたじろぐが、残りの言葉も吐き出してしまうことにした。

「あとは、なんだ? “葦あし”じゃなくて“獣けもの”だって? ここでいう“葦あし”ってのは、自然界しぜんかいにおける弱いもの、矮小わいしょうなものの比喩ひゆだったか。だったら、“獣けもの”ってのは――」
「それを食い物にする生来せいらいの捕食者ほしょくしゃの比喩ひゆ、なのかもね」
「なんで、そこは曖昧あいまいなんだよ」
「いや、だって、そこの解釈かいしゃくは聞いてないもの。ほら、国語の試験しけんでよくあるじゃない? 『筆者の考えを述べよ』ってやつ。あれ、苦手なのよね」
「急に真っ当な学生みたいな話題わだい出すなよ。びっくりしたわ」
「他人の考えなんてわかるわけないじゃない。どうせ、『早く仕事終わらせて寝たい』が正解なのに」
「物書ものかきという職種しょくしゅに偏見へんけんを持ちすぎだろ。それに、問題の意図いとの捉とらえ方が明らかに間違まちがってる。まずは、『問題作成者の考えを述べよ』だ」
「でも、聞いた話によると、それが正解みたいなのよね。結局けっきょく、ああいう問題は、『筆者の考え』を当てるのではなく、『問題作成者の考える『筆者の考え』』を当てるものらしいから。問題文から問題作成者の意図いとさえ読み取れれば、『筆者の考え』なんて読み取れなくても正解できるらしいわよ」
「何の話してんの!?」

「何って、“天乃慎あなた”の話よ?」

 緋澄ひずみは、そういって底冷そこびえするような薄うすい笑みを浮かべる。

「私が話しているのは、徹頭徹尾てっとうてつび“天乃慎あなた”の話」
「......」
「ごめんなさいね。私、話をするのが下手へたなの。他愛たあいない会話はできるのだけど。正直、こういった真面目まじめな話は、どうしたって回りくどくなっちゃうの。本来的に向いてないのよね」
「つまり、オレのことを“合理ごうりの獣けもの”と称しょうしたのは、オレ自身で、さっきの国語の話もオレがした話ってことか?」
「まぁ、そういうことだったかもね」
「なんか普通の雑談ざつだんっぽく聞こえるけどな。とても、オレの死を願ってる人間との会話とは思えない」
「それはそうよ。初めから、そういう関係だったわけじゃないもの、私達」
「それも、そうか」
「ちなみに、その件に関する詳細しょうさいは黙秘もくひするわ。なんか、今のあなた相手だと、余計よけいなことを云っちゃいそうだし。事情を知らない他人への八やつ当たりみたいで正直気分があまり良くないもの」
「記憶を失なくす前のオレの不始末ふしまつじゃあ、そうなっちまうのか?」

 天乃あまのは、なんとなく緋澄ひずみの感覚が理解できるような気がした。

「なぁ、ちなみに、発言者の意図いとじゃなく、緋澄ひずみの考える“獣けもの”ってのは何の比喩ひゆだと思うんだよ」
「『自由さ』――いえ、ちょっと飾かざり過ぎね。『愚おろかさ』といってもいいわ」
「全然違うもののように聞こえるんですけど。急にポジティブな意味合いがなくなったんですけど」
「似にたようなものよ。自由だからこそ、愚おろかな選択せんたくすら選択せんたく肢しに入れてしまえるのよ。初めから賢かしこい選択肢せんたくししか用意されていなければ、ずっと賢者けんじゃでいられるでしょう?
 私が思う“獣けもの”の解釈かいしゃくっていうのは、まさしく、何にも縛しばられてないが故ゆえに、愚おろかな選択せんたくをできるモノの象徴しょうちょうなのよ」
「“合理ごうりの獣けもの”たるオレは、合理的ごうりてき判断はんだんに従したがう装置そうちだったんじゃないのか?」
「自覚がないというのは実に幸せなことね。あなたは、どこまでも合理的ごうりてきに愚おろかな選択せんたくをするのよ。そして、その傾向けいこうは今も変わってないわ。
 例えばそうね――」

 そこまでいうと、緋澄ひずみは、再び脚を組み替え、「第一問」と声を上げる。

「さっき、私があなたの使い魔まを拘束するために魔力まりょくを放出ほうしゅつした際、あなたは事前にその魔眼まがんで兆候ちょうこうを読み取って、これを躱かわしたわよね」
「ああ」
「じゃあ、訊きくけど。なぜ、あの中では最もひ弱よわだった真理まりを庇かばおうとすらしなかったの?」
「それは、緋澄ひずみが遊上ゆがみさんに危害を加えようとしていないことが見えたからであってだな。別に――」
「でしょうね。これは、合理的ごうりてき判断よ」
「あ、はい」

 天乃あまのは言い訳を諦あきらめ、緋澄ひずみは淡々たんたんと次の質問に移うつる。

「次、第二問。使い魔まと天空てんくうに警告けいこくを発しなかった理由は?」
「正直、気づいた時点からじゃあ、回避かいひが間に合いそうになかったし、あの二人なら強いから、何かをくらっても問題ないかなと思って」
「合理的ごうりてき判断ね。ちなみに、第三問。
 私の魔力まりょく放出ほうしゅつが数秒の足止めをする程度の効果しかないことは見切ってた?」
「ああ、これは実際、英莉えりが拘束こうそくされてる姿を見たときにわかったことだけど。......なんだよ。何か責せめられてんの、オレ?」
「まさか。ここまではただの確認よ、確認。次が本命の第四問。
 私の二回目の魔力まりょく放出ほうしゅつがあなた目がけて迫せまってきました。さて、あなたはなぜ、左右ではなく、後ろでもなく、前に踏ふみ出したのでしょうか?」
「......別にいいだろ? 結果的に問題なかったんだから」
「違うわ、天乃あまの慎しん。さっきも言ったけど、私は別に責めているわけではないの。これは過程かていこそが重要なのよ。そして、自覚することが肝要かんようなの」
「自覚って......」

 緋澄ひずみの淡々たんたんと事実を述のべるかのような口調くちょうに、天乃あまのは言葉を詰つまらせるが、やがて、意を決し、答えを述べる。

「うーん。本人を前に言うのはちょっと恥ずかしいんだが。なんだか、緋澄ひずみが――」
「私が?」
「なんか、泣きそうだった、から?」
「ふむ。なるほどね。全然合理的ごうりてきじゃないわ。理由も帰結きけつもおかしい」
「いや、あのだな――」
「けど、振り返ってみると、結論は最適解さいてきかいだったのよ。詳しくは省略しょうりゃくするけど、実は、あの場面であなたが取りうる選択肢せんたくしの中では、前に踏み出す他に活路かつろはなかったの。
 あなたも言ったけど、『結果的に問題はなかった』のよ」
「お、おう」
「ちなみに、私が考えた合理的ごうりてき推論すいろんからの帰結はこうよ。『まっすぐ向かってくるのだから、左右どちらかに躱かわせばいい。』『これを躱かわせれば使い魔まも拘束こうそくから脱だっして戦線に復帰ふっきするのだから、尚更なおさらこれは回避かいひするのがいい。』
 どう?」

 それは、奇くしくも、当時の天乃あまのの思考しこうと合致がっちしていた。

「ね? 前に踏み出すのは唯一の活路ではあったけど、合理的ごうりてき判断からは導みちびき出しにくいものだったの。もし、合理的ごうりてき判断から正答を導みちびき出そうとするならば、敵対者である私の思考や私ができることも考慮こうりょに入れる必要があったわけ」
「これが、“獣けもの”とやらに備そなわってるとかいう野生やせいの“勘かん”ってやつか?」
「上手うまいこと言おうとしたみたいだけど、第六感だいろっかんとは少し違うわね。それは、どっちかというと“虫”の領分りょうぶんでしょ」
「虫の知らせ?」

 緋澄(ひずみ)は、「そういうこと」と述べると、携帯端末を取り出し、文字を入力する。
 そして、それを天乃(あまの)に見せるように向ける。

「そうねえ、どちらかというと、“観かん”よ。
 あなた、結局のところ、合理的ごうりてきにしか物事を考えられない性分(しょうぶん)なんだもの」
「直・感・じゃなくて、直・観・ってことか?」
「そう、これもあなたの受け売りなのだけど。あなた、その眼のせいで他人とは違う景色けしきが見えているらしいじゃない? 結局、それを脳内でどのように処理してるのかって話だった気がするわ、確か。なんか、いろいろ言ってたけど、要は、脳が余分な情報を処理する際の過程が他人とは違うんじゃないかって話だったわ。普通の人が見逃すようなわずかな情報も、あなたは持ち続けてるんじゃないかとかなんとか。それで、判断の過程に無意識にその情報を組み込んじゃう結果、合理的ごうりてきな判断として一見愚おろかに見える選択せんたくをするということよ」
「なあ、緋澄ひずみって妙みょうにオレに詳くわしすぎない? どんだけオレと会話してたの?」
「さて、質問の続きよ」
「あっ、これは黙秘権もくひけんの行使ってやつっすね」
「第五問」

 緋澄ひずみは、天乃あまのの反応を完全に無視むしして質問を続ける。

「辰上たつかみってのとあなたは、なんか因縁いんねんがあるの?」
「......よくは知らないが、そうらしい。その辺については、英莉えりの方が詳くわしいから、そっちから――」
「いいえ、結構けっこうよ。これは、天乃あまの慎しんの認識にんしきを知るための質問なのだから。答えはそれで充分なの。
 じゃあ、次、第六問。
 狗飼いぬかいと天乃あまの慎しんはどんな関係?」
「どんな? い、いや、その、会ったことはないけど、多分知り合いだ」
「第七問。
 狗飼いぬかいとの関係は良好りょうこうなの?」
「多分、悪い。そうじゃなければ、天空てんくうさんがオレと狗飼いぬかいさんが出会わないようにあれこれする必要もなかったはずだ。んで、オレとしても、その状況を受け入れていた節がある」
「ふうん、そうなんだ。じゃあ、最後の質問、第八問ね」

 緋澄ひずみは、座った状態から少しだけ身を乗り出し、天乃あまのに近づくと、天乃あまのの頭を両手で挟はさむようにして固定する。
 そして、そのまま顔を向き合わる。

「なあ、近くないか?」
「私は気にしないわ」
(オレはわりと気にするんですがッ!!)

 天乃あまのの内心の動揺(どうよう)を全く意に介さず、緋澄ひずみは、最後の質問を開始する。

「天乃あまの慎しん。
 あなたに、辰上たつかみ何某なにがしとかいう私とは方向性が違う化け物と対峙たいじして、わざわざ狗飼いぬかいを助け出さなければならない動機どうきやメリットはあるの? もっというと、あなたがそれをする必要はあるのかしら?」
「......現状、辰上たつかみとやらに対抗できそうな戦力は、英莉えりと天空てんくうさんしかいなくて、オレが彼女らを現場に連れていくのが最適だから――」
「それは、天乃あまの慎しんの理由ではなく、使い魔の話に基づく現状における適否てきひの話でしょう?
 あなたも言ってたじゃない。『できるからやらせるってのは、なんか違う』って」

 天乃あまのの言い分に緋澄ひずみは真っ向から反論し、質問を継続する。

「ねえ、ほとんど初対面で、多分全然仲良くもない、むしろ、蛇蝎だかつのごとく嫌きらわれてる可能性が高い女の子を一人助け出すためだけに、あなたが、命を懸かけ、身体を張る理由は、どこにあるのかしら?
 ――――ねえ。そんなもの、本当にあるの?」
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Replica ― Amphitheatrum Ideale ―作者:根岸重玄
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