第52話 金鷲獅の旗
ジンク・レギャン・トゥーレ・ハイリシア侯爵が『騎士団長叙任式でのガウェイン・ラグナートの反逆』という驚天動地の事態に動揺する領内各所 特に団長 副団長を同時に失った翼獅子騎士団への応急の対処を終え 王家への報告のために 王都ウェスティリアへと急ぎ上洛したのは 事件発生から3週間後のことだった。
その1週間ほど前 星降る街の郊外 北西に広がる湖沼地帯の奥地にある 巧みに隠匿された丸木小屋へと向かう巨漢の王都騎士の姿があった。
濃紺髪の衛士と2人 手渡された地図を何度も確かめ 複雑な地形を読み解きながら 目的地を目指す。
ジンク・レギャンが 王城ヘブンブリーズ城に登城した その日の朝 隠れ家の始末を終えた 白銀髪の闇エルフと煌金髪の踊り子は 星降る街の西門の前に立っていた。
「はー 懐かしいなぁ...... ここまで 肉の匂いが漂ってくる気がすんで。長い隠れ家生活の間 魚ばっかやったし はよ大市場行って 腸詰めパン食べたいわ」
長い耳の後ろに腕を組んで歩く 紅瑠石を不安そうに見上げながら シノンが尋ねる。
「でも 先にお城 行かなきゃダメなんでしょ? お城に行ったら リアンに会える?」
「どないやろな? フォージの話やとリアンのヤツ 体調崩して 騎士団も休職しとるらしいし......」
「酷いケガだったのに 置いて来ちゃったから...さ。スゴく心配なんだよね......」
黄金色に煌めく長い睫毛を伏せ 唇を噛み 心配そうな表情を浮かべる14歳。
「修行の間も『リアンが リアンが......』って ずーっと言っとったもんな~。はじめ あんな仲悪かったのに ホンマ ラブラブやん」
「うっさい。アタシのこと庇って大ケガしたんやから 心配してるだけやし」
「へいへい。まぁ サンディーに呼ばれとるみたいやし その用事済ましてしまお。リアンの件は マリノアにでも聞いたら 分かるやろし......」
西の大通りを北に折れ 跳ね橋を渡る。
正式に連絡が行われていたらしく 門衛の王都騎士に奥へと案内される2人。
暗褐色の革鎧に細身の長太刀を背負った闇エルフには 誰も何も言わないが 下町風のヒラヒラしたドレス姿の踊り子は 漆黒髪のメイド長に「女王陛下に謁見できる服装に」と言われ 貴公子風の礼装へと強制的に衣装替えが行われる。
「はぁ~ 馬子にも衣装やなぁ。どっから見ても ええとこのボンボンやで」
「うっさいし。なんでアタシが こんなカッコしなきゃなんないのよ? 女王様って こないだリアンのお見舞いに来てた人でしょ? あん時も 別に着替えたりしなかったじゃん」
「今回は 非公式とは言え 王城での謁見でございます」
丁寧ながらも反論を許さぬ漆黒髪のメイド長の言い切り。
それでも反論する煌金髪の踊り子。
「そんなん言うけど 紅瑠石は普段着じゃん? それなら 紅瑠石も着替えさせなよ おかしいじゃん?」
「紅瑠石様とマリノア様に関しては 陛下ご自身が『彼女達は臣下ではありません。友人として遇するように』と仰ってらっしゃいますので」
「友人なぁ......。 友人言われたら 友人かもやけど......」
王城の豪華な廊下も 頭の後ろで腕を組む いつものスタイルで歩きながら 闇エルフの暗殺者がぼやく内に 3人は 謁見の間の緋色の大扉の前に立つ。
「この大広間来るの久しぶりやな~。サンディーの即位式ん時以来かいな? その後も もう1~2回くらい来たような気もするけど」
緊張感なく喋り続ける紅瑠石の前の大扉が開き 謁見の間内部へと視界が開かれる。
緋絨毯の先 三段になった一番奥の玉座に薄桃髪のアレクサンドラ3世の姿。
その右手には 艶橙髪の親衛騎士筆頭。
そして 壇の下 玉座の正面には 上質の黒い軍礼服に身を包み 背筋を真っ直ぐに伸ばした豪奢な金髪......だが 少し白髪の割合が増えたようにも見える。
「陛下。シノン殿下と紅瑠石様がお見えになりました」
「フォミナ ご苦労様。お前は下がっておいでなさい」
「かしこまりました」
煌金髪と白銀髪を玉座の前まで 案内すると漆黒髪のメイド長は謁見の間を退出する。
「女王様 なんで アタシが『殿下』なのよ?」
不躾な踊り子の質問に答える闇エルフ。
「あんな シノン。この侯爵さんがな シノンのお父ちゃんやねんわ。あと 言うたら この4ヶ月ほど ウチにシノンの護衛を頼んではった依頼主さんでもあんねん......」
豪奢な金髪の少年の方へ真っ直ぐに向き直る 白髪交じりの煌金髪。
その表情から不敵な笑みが消え 碧緑の瞳へと灰色の瞳を向け口を開く。
「リンディアには 済まんことをした......」
その言葉と同時に始動する高速の踏み込み。
だが その手刀がレギャン侯に到達する前に2人の間合いに神速で飛び込み 少年の手首を掴む 艶橙髪の筆頭騎士。
「......アリシア卿 護衛 感謝する。だが 俺は今日 殴られる覚悟で ここに立っている。手を放してやってはくれないか......」
ジンクの言葉に拘束を解く アリシア。
だが シノンは透き通るような白い肌を真っ赤にしながらも 踏み止まる。
「お前に会ったらなぁッ お前に会ぅたら 絶対 絶対殴ったるって決めてたけどなぁッ けど やっぱ 止めとくわッ お前殴っても お母はん 帰って来ぉへんし......」
大きな丸い碧緑の瞳から ボロボロと零れる大粒の涙。
「けどなぁッ けどなぁ これだけは言うとくしなッ お母はんな お母はんはなぁ......お前のこと本気で好きやってんで? 『芸は売っても カラダは売ったらアカンぇ』って いっつも いっつも ウチに言うてはってん......」
両手で顔を覆い溢れる野太い嗚咽を少しでも抑えようとするシノン。
何か言おうとする ジンクの手を振り払い 顔を上げ煌金髪が叫ぶ。
「ウチはなぁッ ウチは お前みたいには 絶対ッ 絶対ならへんッ 好きな女の子に赤ちゃんできたら 一生ッ 一生傍にいて ずっと守ったんねんッ。絶対やしッ」
白髪交じりの豪奢な金髪の灰色の瞳を もう一度睨み付けるとクルリと踵を返すシアン。
「紅瑠石っ こんなとこ 居てても しょーもないし帰ろっ。アタシ リアンに会いたいしさッ」
謁見の間の大扉へと足早に歩みはじめる少年の背中に 玉座の上から 声が掛かる。
「シノン 少しお待ちなさい。リアンも ここに呼んでいますから」
アレクサンドラの意外な言葉に 再度 正面を向く煌金髪。
「ねぇ リアリアーナ 入ってらっしゃいなさい。先ほどのシノンの言葉 あなたも心強かったんじゃないかしら?」
玉座左側の控え室から 水碧髪の薬師に付き添われて謁見の間へと現れる濃緑髪の少女。
後ろには 正装の中年の男女も続く。
短かった髪は少し伸び 珍しく緩やかなロングスカート姿。
心配そうに駆け寄ってきた 碧緑瞳を真っ直ぐ見ることはせず 少し伏し目がちの濃緑瞳。
「シノン 久しぶりであります。会いたかったのであります......」
「リアンッ アタシも会いたかった。身体の調子悪いって聞いたけど......大丈夫? まだ ケガ 治んない感じ? ......アタシのせいで ゴメンっ」
傷を負った右腹へと手を伸ばした シノンは リアンの腹部の膨らみに気づく。
「......あの ケガは しっかりと治ったので ありますよ。ただ あの......その それとは別で......」
「......アっ アタシの...... ううん ボっ ボクの子?」
小さく頷くリアン。
「シノンの護衛をした後 月のモノが来なくなったのであります......。それで困って マリノアさんに相談したら『赤ちゃんがいる』って......」
「ホント大変だったんだからね? ご両親は『どこの馬の骨とも分からん男と』ってカンカンになって怒ってるって言うしさ 紅瑠石 居ないから アタシが匿う羽目になるしさー。掛かった費用 ちゃんと付けてあるから 後で払ってよ?」
口調は いつもの通りだが 海碧色の眼を細め 優しくリアンのお腹を撫でるマリノア。
「もうすぐ 5ヶ月。すっごく順調よ。まぁ なんにせよ 無理は禁物だけどね」
「父様 母様は怒ってられるのでありますが 自分は この子 産みたいのであります。シノンのこと 好きで あの時したのでありますから......」
リアンの手をグッと握るシノン。
「う うん。ボっ ボク 傍にいるから 絶対 リアンと赤ちゃん守るから。そのためだったら 何だってする」
「ありがとう。嬉しいのであります」
少し お腹に気を使いながらも リアンを固く抱き締めるシノン。
若い恋人達の仲睦まじい様子を嬉しそうに見つめるヘブンブリーズの女君主。
「若い子達が 将来を誓う姿は いつ見ても よいものですね。......でも 大人は それだけでは 収まらないものですからね」
そう呟くように言うと リアンの後ろに控える中年男性に声を掛ける。
「ねぇ ペイジ伯。リアリアーナのお相手は『どこぞの馬の骨』ではなく れっきとした上級貴族のご子息だったみたいだけれど まだ 怒ってるのかしら?」
「あっ いや......その 血筋云々につきましては 我がペイジ家など及びも付かぬ 高貴な血統。不満などあろう筈もございませぬが ......その やはり正式な結婚前に子どもが というのは......」
王領内の財務を一手に扱う切れ者官僚も 家では1人の父親 手塩に掛けた一人娘を巡るこの事態に 未だ感情の整理が追い付かぬ様子。
女王は もう1人の当事者 所在無げに立つ 初老の又従兄に声を掛ける。
「レギャン侯。ペイジ伯は ああ言っておりますけど 結婚をお認めになるかしら?」
「......え? ああ...... いえ 私には 特に異存はございませぬ」
「ふふっ ジンクも大変ですね。生き別れの息子と再会したと思ったら お嫁さんに孫まで......」
女盛りの美貌に大輪の白百合の如き笑みを浮かべ ヘブンブリーズの女君主が宣言する。
「ご両家の意向も出揃いましたから ここに ヘブンブリーズ第17代 アレクサンドラ3世の名において レギャン ハイリシア侯爵家の子息 シノン卿と ペイジ伯爵家の令嬢 リアリアーナ女子爵の結婚を認めます。以後 お二人は夫婦です。仲良く 助け合って生きるのですよ」
突然の展開に 戸惑いながらも 女君主への礼を述べる若い2人。
そして 再び固く抱き締め合う。
その様子を眺め 慈母の笑みを零すアレクサンドラ。
「結婚 おめでとうは 結構なのですけれど 若いお2人を無一文で放り出す訳にも参りませんね。ねぇ ペイジ伯。前から 封土持ちの貴族になりたがっていましたね。良い機会ですから ユーイット勲爵士領を領地替えして あの小さな盆地をペイジ伯領とするのは どうかしら?」
「あっ ありがたき幸せっ 更なる忠勤に励みまする」
「......いえいえ でも あの小さな盆地では伯爵領と言うには あまりにも小さい気がします」
一呼吸置き 金鷲獅へと流し目を送り 大輪の薔薇の如き笑み。
「ねぇ レギャン侯。せっかくですから 侯からもご子息に同じぐらいの領地をお譲りになっては 如何かしら? そうすれば 小さいながらも伯爵領としての体裁も取れましょう」
「......よきお考えかと」
往年の輝きを失った白髪交じりの煌金髪が静かに頷く。
「陛下の仰る通り 我が息子と可愛い嫁御を 路頭に迷わせる訳には参りませぬ。さりとて我がレギャン家は男子直系が封襲の原則。......ですから 一部と言わず我が侯爵領全てを シノンへ継がせようと思います。」
そこまで言った時点で甘いマスクに戻る不敵な笑み。
「とは言え 貴族として領主としての教育を授けて来なかった不肖の息子でございます。ですので しばらくの間は 私が後見人としてハイリシア領の経営について 教育にあたり 嫁御に下賜されました封土も含めて 管理させて頂く形がよいかと。......もちろん ペイジ伯にも ご協力を頂きながら 更なる忠節に励む所存でございます」
広い謁見の間に響く少女のような甲高い笑い声。
「ジンク 見事です。これは... これは 妾が1本取られました。この状況から 封土を増やしてみせるとは......ね。流石はジンクです。最近 覇気が無いように見えていたので 心配していたのですが まだまだ 大丈夫のようです。そういう意味では安心しました」
深々と頭を下げる金鷲獅。
「さて シノンとリアリアーナ。貴方達2人は これから恐ろしく頭の切れる父君に従って 領地経営の あれこれを学ばねばなりません。初めてのことで 戸惑うことも多いでしょうけれど 仲のよい2人なら 乗り越えられると信じておりますよ。特にリアリアーナ これからの数ヶ月は 何より身体を大切にね」
こちらも深く頭を下げる 若い2人。
「ペイジ伯。お前のような優秀な人材を むざむざレギャン侯爵家に取られてしまいました。ですが お前の力なら ハイリシアの土地をより豊かにすることができましょう。民草のために 存分に力を振るうように」
「もったいなきお言葉。これからもヘブンブリーズ全体のため そして民草の豊かな暮らしのために微力を尽くす所存でございます」
ペイジ伯爵夫妻が深く下げた頭を上げるとハイリシア所属となった5人は金鷲獅を先頭に謁見の間を退出する。
残されたのは〈碧猫屋〉の2人とアリシアとアレクサンドラ。
「アレクサンドラ アンタでも 1本取られる時あんのねー。ちょっと見てて 面白かったわ」
「これだから政治は面白いのです。......まぁですが 自分が欲張ってはいけませんね。よい勉強になりました」
「まぁ お疲れ お疲れやな~ リアンのヤツも幸せそうな顔しとったし めでたしめでたしちゃうの?」
大げさに肩を竦めてみせる闇エルフ。
「......って アイツら なんかカッコよく退出してったけど ジンクのヤツから報酬もらって無いわ。後 リアンの診療代も......。アイツら ハイリシアに出発する前に取り立てなきゃ。ちょっと行って来る。じゃあまたねっ」
慌てた様子で ハイリシア組を追って駆け出して行く マリノア。
その後に続いて 紅瑠石も ゆっくりと出口へと向かう。
「ウチも お腹空いたし 大市場に腸詰めパン食べに行ってくるわ~。ほな またな~」
軽く右手を上げると頭の後ろに腕を組み 謁見の間を後にする。
「アリシア。今回も見事な働きでした。お疲れ様」
「......はい。ありがとうございます」
「少し疲れた顔をしてるわね。ダルケスに報告を終えたら 少し休暇を取るといいわ。あなたも下がっていいですよ」
「ありがとうございます......それでは」
そう言い終えるとアリシアも謁見の間を後にしたのだった......。