第30話 シノン
「......男の子やったんか......そりゃ...な」
約2刻の時が経ち 金色の獣人の姿がゆっくりと人の姿へと戻り始める。
透ける白磁の肌。
長くカールした睫毛。
緑碧の大きな瞳。
豪奢に煌めく長い金髪。
だがその薄い胸板は 少年のそれだった。
「おっ おっ お姉さん... お姉さん ありがと......あ。喋れる!」
野太いという程ではないが 女の子にしては少し低いハスキーな声。
「お? 声も戻ったんか よかったな~。お兄ちゃん名前は?」
「うちの名前は シノンいいます」
「うち? あんた男の子とちゃうのん?」
「そないです。れっきとした男ですぇ。せやけど ちょっとワケありで 女として育てられたんです」
豪奢に輝く長い髪を耳上で 軽くかき上げシノンと名乗った少年が言う。
紅瑠石の隠れ家。
ベッドの上で毛布にくるまる少年。
だが 毛布を掻き寄せて胸元を隠す仕草は 少女のそれだった。
「ってゆーか その喋り方 お前 白エルフなんか?」
普段 飄々とした表情を浮かべていることの多い白銀髪の美貌に走る緊張の色。
「白エルフや ゆーか......。うちのお母はんが ハーフエルフなんです。父親は たぶん人間やし うちは どないなモンなんか......。喋り方も お姉さん東方訛りで喋ってはりますし 合わせてますけど 別に西方標準語でも 喋れるよ?」
「ウチ...さ 白エルフ風の東方訛り 嫌いやねんか。できたら西方語で喋ってくれる方がええな」
「そーなの? 了解。まー アタシも こっちの方が しっくりくるし」
喋り方も仕草も 完全に10代の女子だが『れっきとした男』と言うのも嘘では無いらしい。
部屋着にしている薄べりから覗く 闇エルフの豊満な肢体に視線を魅かれては 慌てて逸らすという行動を繰り返している。
その視線に気づいてか 気づかないのか ベッドの向かいに置いた木製の椅子の上で胡座をかいた姿勢のまま 紅瑠石が質問を続ける。
「西方語に戻しても アタシなんや?」
「まー そこは そーかな。やろうと思えばボクでも オレでも喋れるけどね。お母はんさ ハーフだったから エルフの集落追い出されて 旅芸人やってたワケ。そんなワケで アタシも物心つく前から 舞台上がってたし」
「ふーん。それで女装してんの?」
「まー そーかな。お母はんもアタシも メインは踊り子なの。小さい頃から ダンスやったり軽業やったりね。跡取りってワケでも無いんだろけど『シノンは 女の子でいた方がええんやで』って ずっと言われて育ってきたし」
シノンの言葉の途中で 闇エルフの長い耳がピクリと動く。
金髪の少年も口を噤み ほぼ2人同時に 戸口を見る。
無言でアイコンタクトを取ると 忍び足でドア傍に立つ2人。
紅瑠石の頷きに合わせて 戸板を内側に引くシノン。
ちょうどそのタイミングで扉に体当たりをしようとしていた男がバランスを崩し部屋へ飛び込んでくる。
その足下を闇エルフの細く長い脚が掬う。
揉んどり打って倒れ込む男の後頭部に少年の踵蹴りが決まり 顔面ごと床板にメリ込む。
その間に戸外では白銀髪が煌めき もう1人の男を路上に沈めていた。
「ちょぉっと キナ臭いな。隠れ家変えよか......」
部屋に戻ってきた紅瑠石が肩を竦めながら嘯く。
静かに頷く緑碧瞳。
「見繕ってる時間あらへんし とりあえずコレ」
手渡されたチュニックを 手早く着込む豪奢な金髪。
サッと後ろで結い上げ 1つ括りに。
その間に 白銀髪の闇エルフも レザースーツに片刃刀を身に帯びる。
入り口の扉に鍵を掛け 床板を上げると細い抜け穴。
先に入った闇エルフを追ってシノンも 内部へ。
「足元 気ぃつけや 色々 転がってるし......」
「って 真っ暗で何も見えないんだけどっ?」
「あ? なんや 暗視はできひんのかいな...... hysh...gkh...ry」
紅瑠石の咒に応えて 小さな火の精霊が姿を現し 闇エルフの肩に乗る。
揺らめく火影が 天井の低い地下道を照らす。
スラムの下に広がる 放棄された暗渠。
「火の蜥蜴? カワイイじゃん......」
「おっと 触らんときや 火傷すんで?」
端正な美貌の直ぐ横で 頬擦りせんばかりの距離にいる炎の幻獣の熱に驚き 伸ばしかけた右手を引っ込める 踊り子の少年。
豪奢な金髪が 火の精霊の朱色を加え 艶やかに反射し煌めきを放つ。
「?? お姉さん 肩乗せてるじゃん 熱くないの?」
「ウチは コイツと 小さい頃からのトモダチやねん。かなり仲良しになったから 今は全然大丈夫やけど 小さい頃は よう火傷したで?」
ジメジメとして複雑に曲がりくねる地下道を 勝手知ったる様子で右に左にと進んでいく紅瑠石の後ろを離れぬようについていく。
そのシノンに 闇エルフが問いかける。
「なんか 火蜥蜴見て ビックリしてたけど 精霊見るの初めてなんか?」
「うん。初めて見た」
「声は聞こえてんのやろ?」
「声?」
不思議そうな声をあげる豪奢な金髪を不思議そうな目付きで見る紅瑠石。
「さっき アイツら襲って来た時 声聞こえてたんちゃうの?」
「えっ? 声?って言ったら声なんかな? アタシなんか 勘がええってゆーか......確かに 声みたいの聞こえる気もするけど......」
「なんや分かってへんのかいな......。アンタ たぶん 精霊の声 聞こえるんやと思うで。お袋さんに習わへんかったん?」
透き通るような白い肌の美貌から 表情が消える。
「お母はんはな... もう死なはってん......」
ボソッっと低い声で呟いた後。
明るい声で続ける。
「半年程前に...さ 座長とお母はんと 立て続けに 流行り病で死んじゃって。けっきょく 一座バラバラになって...さ。やっぱ 稼ぐなら大きい街かなって思って 小さな町で踊って踊って 旅費ちょびちょび稼いで ハイリシアまで」
「ハイリシアも けっこうデカい街やん。なんで ウェスティリアに来たん?」
「1月ほど前に やっとハイリシアに入ったんだけど なんか嫌な予感がしてさ~。アタシ けっこう そーゆー勘当たるから。ハイリシアまでも 風の吹くまま気の向くままで フラフラしながらだったし いっそウェスティリアまでって感じ」
「ふーん。さっきも言うたけど それ 精霊の声 聞こえてるんやと思うで?」
狭い暗渠の壁面に設置された梯子を登る闇エルフ。
頭上のハッチを開け 夕暮れ迫る路地裏へと出る。
続いて登ってきた シノンの手を取り 引き上げてやりながらの提案。
「なぁ シノン もしよかったら ウチが精霊の声の聞き方教えたろか?」
「それって精霊魔法 教えてくれるってこと?」
「『精霊魔法』...な。そんな呼び方もあるな。トモダチになったら助けてくれる。ただ それだけやねんけど」
「トモダチかぁ...... それ いいかも。アタシさ 旅芸人だったからさ トモダチいないんだよね。仲良くなっても 即ぐに次の町って暮らしやったし。その子みたいにいつも傍にいてくれるトモダチって欲しいかも」
紅瑠石の肩に乗る火の精霊を見つめながら シノンが言う。
チロチロと揺れる炎のウロコを軽く撫でてやってから 熟練の精霊術師は呼び出した火蜥蜴を精霊界へと返してやる。
「よっしゃ... そうと決まれば 日暮れで門閉まるまでに 街出てしまお。はじめの内は 人気の無いとこの方が聞き取りしやすいしな......」
そう言うと闇エルフの魔法使いと その弟子は 足早に西門へと歩きはじめたのだった......。
.........。
......。
...。