第35話 埠頭倉庫
「そもそも オマエ 何をしたんでありますか?」
大市場の西大通りを港の方へと足早に急ぎながら リアンが 金髪碧眼の踊り子に尋ねる。
「だから 金玉 蹴り潰してやったのよ」
「だっ だから 何でそんなことになったんでありますか と聞いてるんであります」
美少女の口からサラッと出る 男性器を指す言葉に少し動揺しながらも 状況確認のための質問を続ける男装のお嬢様。
「だからさー。この街に着いてさ 踊る場所探そうと盛り場の辺り彷徨いてたらさー なんか酒場?にスカウトされてさ」
「盛り場?」
「この市場の 少し先にある辺り」
リアンの脳内地図に大市場西側のスラムの様子が思い浮かぶ。
衛士隊も なかなか踏み込まない無法地帯。
数々の闇ギルドが仕切る一角。
「その酒場で 踊りの仕事と寝床もらってさー 3~4日経った頃かな? ギランってゆーオッサンに しつこく迫られてさ。まー 営業だし 酌とかはしたよ? けど アタシ 踊り子で娼婦じゃないし」
そこまで言って 緑碧瞳がリアンを見咎める。
「リアンも 踊り子も娼婦も一緒って思ってるタイプ?」
「そっ そんなこと 無いでありますよ?」
そう 答えたものの 正直なところ 下町の歓楽街で働く人々の暮らしは 貴族階級のリアンには いまいち想像のできない世界だった。
「アタシのお母はんも踊り子やったけど いつも言ってはったのは『うちらが売るのは芸。カラダやないぇ』って話。カラダ売ってる人らにも事情あるんだろうけど」
少し後ろを着かず離れず つけてくる男3人をチラリと確かめながら シノンが言葉を継ぐ。
「リアンだって好きな人としかしたこと無いでしょ? アタシ達だってそーよ。好きでも無いヤツと 何で寝なきゃなんないワケ?」
自分より明らかに歳下の少女の口から自然に零れる性に関する言葉は 性経験はもちろん 恋愛経験も無い17歳には想像の範疇を超える世界だったが 歳上の見栄もあり 小さく頷く。
「なのにさー 金チラつかせて......。最後 アタシも奥の手 こっちも金チラつかせてやったんだけど それでも迫ってくるからさー。思いっきり蹴り上げてやったの」
何が可笑しいのか ヒヒッと小さく笑う踊り子。
辺りは 人通りも疎らな埠頭の裏の倉庫街。
波止場に静かに響く潮騒の音と海鳥の鳴き声。
吹き抜ける潮風が頬に心地よい穏やかな午前中の港町。
「......よぉ 優男さんよぉ その小僧に ちょっと用があんだわ。悪りぃことは 言わねぇ その小僧 こっちに引き渡してくんねぇ?」
予想通り 人目が減った頃を見計らって つけてきた男達から声を掛けられる。
つけてくる内に1人増えた10代後半~20代前半といった風情の3人の若者達。
屈強といった背格好では無いが それでもリアンやシノンとは かなりの体格差がある。
「お前達 ギランってヤツの子分でありますか?」
「そいつは 兄ぃちゃんには 関係ねぇ話なんだわ。オレたちゃ そっちの金髪の小僧に用があるってんだよ。兄ぃちゃんもキレーな顔に傷なんてついたらヤだろぉが?」
年かさらしき若者が 腰からナイフを抜く。
左右の若者達もナイフを構える。
「な? カッコつけんのは 舞踏会かなんかにしときな。その小僧 置いて さっさとお家 帰んな」
「......自分 弱く見られがちなのは どういう訳でありますかね? やはり身長が低いのがいけないんでありましょうか......」
ブツブツと呟きながら 小さく首を左右に振り 細剣を抜き 胸の前で軽く騎士礼を取るリアン。
「こんなヤツ 出来れば引き渡してしまいたいのでありますが とある方から護衛するようにと仰せつかってるのであります。悪いことは言わないのであります。ケガしない内にお引き取り願いたいのであります......もちろん 手加減はするでありますが」
「細剣 抜いたってことは覚悟できてんだろうなぁッ? ......ギャッ」
年かさが吠える。
「──イッッ」
と ほぼ同時に 右側の若者が手首を押さえて蹲る。
「......ヒィッ」
上品な装飾が施された細剣が煌めいたと見えた瞬間には 最後の若者も手首を押さえてナイフを取り落としている。
年かさの男の手から弾かれたナイフが クルクルッと回転しながら落下し板敷きの桟橋に逆さに突き刺さる。
革造りの束頭には2本牙のメダリオン。
「そちらも抜いていたでありますし 自分も抜いた上で 礼も取ったのでありますから 不意討ちでは ないでありますよ?」
羽根帽子の騎士見習いは舞うようなステップでリズムを取り 男達との距離を測り 3人の出方を確かめる。
「『シノンには 腕のいい護衛がついてるから 手が出せない』とギランって男に伝えるであります。あと 嫌がってる女性に無理矢理 迫るのは よくないでありますから 次から気を付けるようにも言っておいて欲しいのであります」
そう言いながら 蹲る若者達から 少し間合いを取り 落としたナイフを拾うように促す。
年かさの男は リアンの顔を睨み付けながら 桟橋に突き刺さったナイフへと にじり寄り 手に取ると そのまま 後退る。
「おっ 覚えてやがれッ」
男は 細剣の間合いを出たと確信したのだろう 捨て台詞を残すと 背中を向け 市場の方へと駆け出す。
リーダーの様子を見た残りの2人も足下に落ちたナイフを慌てて拾い 一目散に後を追う。
逃げていく3人組の背中に向けて舌を出し 下瞼を押し下げて見送った煌金髪の美少女が リアンの方を振り向き ケラケラ笑いながら言う。
「『覚えてやがれッ』って ウケるよねー。ホントに言うヤツいるんだ。さすがはチンピラって感じ。アレでも ギルドのメンバーなんだから マジ笑うってー」
「ギルドのメンバー? 知ってるヤツだったんでありますか?」
「いやー 知らないヤツだけど 真ん中のヤツのナイフ......牙のマーク付いてたじゃん。あとの2人は付いて無かったし。ナイフにギルドの紋章って定番だしさー」
斥候修行中の17歳は 年下の踊り子の細やかな目配りに 濃緑色の目を見開いて驚く。
「気がつかなかったであります......シノンは すごいでありますね」
「リアンさー 斥候の仕事したいなら そーゆーとこ気を付けなよー。あとさー 思ってること全部 喋り過ぎ」
「そっ それは 分隊長にも よく言われるのでありますが 自分 これでも 思ってることの1/3も喋ってないのであります」
「ホントに? それも マジウケる。斥候 向いてないよー」
「そっ そんなこと言わないで欲しいであります。自分本気で 優秀な斥候になりたいのでありますから......」
「そうなの? じゃっ さ アタシが演技のこと ちょこっと教えてあげよっか? 護衛してくれてる お礼にさー?」
「えっ 演技でありますか...... それは...。いや 教えて欲しいであります。学べることは 何でも身につけておきたいのであります」
リアンの回答に 腕を絡めにいくことで応えるシノン。
「......なっ 何でありますか!?」
「まずはレッスン1。アタシとデートのフリして歩いてみよっか? で アタシに美味しい ごはん奢るの」
「それ ホントにレッスンでありますか? それと さっきの腸詰めパン代 立て替えてるの払って欲しいのでありますけど?」
「えー 硬いこと言いっこナシー」
豪奢な金髪に引き摺られるようにして 2人は大市場の方へ向かうのだった......。
.........。
......。
...。