第27話 王都ウェスティリア
大市場の大通りから 東の大門を見れば 牙鈍獣に曳かれた巨大な四輪荷車が ゆっくりと入城してくる最中。
荷台には ガッシリとした木箱が高々と積み上げられ ロープでしっかりと固定されている。
2階の窓よりも高い位置にある馭者台に座るのは 赤髭のドワーフ。
ならば 北方のドワーフ領からの荷車。箱の中身は地金か? 鉱石か? 牙鈍獣の重々しい足取りから 荷車の重量が 推し量られる。
視線を南に転じると 大桟橋の方角に遠く見える翡翠色の快速ガレー帆船。
昨夕 到着したばかりの 快速船から 積み荷を勢いよく下ろしていくのは 数人の屈強な爬虫人達。
とすれば あの快速船は 南方からの船らしい。
喫水が浅く商船に向かない快速ガレー帆船。
乗って来たのは 政府の要人だろうか?
とすれば 残りのスペースに積んで来たのは高額の商品。
匂いは ここまで漂って来ないが 南方特産の薫り立つ香辛料か?
それとも 最近話題の珈琲とやらの豆だろうか?
紅瑠石は〈碧猫屋〉を出た後 大市場の東大通りの雑踏を 南へと下る。
豊満な胸元を強調した 白革のビスチェに濃紺のレザージャケットとスキニーなパンツスタイル。
腰の後ろには レザーパンツと同じ色の鞘に納められた片刃刀。
ウェスティリア城壁内での武器の携行は 違法では無いが 衛士の注意を引く行為ではある。
目立ち難くするに越したことはない。
褐色の肌に 端整な美貌 ふわりとした巻き毛の白銀髪。
だが この大市場の雑踏と喧騒の中なら 人目を惹くことも無い。
日々の買い物に来ている主婦と青果店の親爺との西方語での世間話。
香辛料店の前では 東方訛りの商人と白髭の皺深い店主が 値引きを巡って 唾を飛ばして早口でやり合っている。
石造りの取引所からは ゴツゴツした語感の西方ドワーフ語。
それを南方語に通訳する西方商人。
説明を聞きながら 顎に手を当て 思案顔のよく日焼けした暗褐色の肌にスキンヘッドの南方女商人。
紅瑠石は この喧騒が好きだった。
普段 聞いたら吐き気を催す ゆったりした抑揚の東方エルフ語ですら この場所でなら聞き流すことができる。
店と店の狭間のような空間に無理矢理に出店している屋台からは 食欲をそそる肉を焼く香りや揚げ物の匂い。
そう言えば 今朝は まだ何も食べてはいない。
「にぃちゃん その一番奥で こんがり焼けてるヤツ 1本 もらおか」
豚肉の腸詰めの屋台に声を掛ける。
屋台の若者は 素早い手付きでパンに切れ込みを入れ 葉もの野菜や薄切りの玉ねぎにピクルス そしてエルフ美女の指定した腸詰めを挟み込む。
銅貨3枚と交換で腸詰めパンを受け取り 歩き始める濃紺のレザー。
今朝は もう〈碧猫屋〉には 寄った。
薬師は 最近掛かりきりだった調剤を終わらせ その間に溜まった依頼を消化する予定らしく 魔法剣士の出る幕は 暫く無さそう。
女騎士も 通常任務に戻り 王城に詰めている。
暇をもて余しそうな やるせない気持ちを晴らそうと 芳ばしく焼けた腸詰めパンにかぶり付く。
「......肉汁は まぁまぁ旨いし スパイスの具合は かなり好みの感じやん。薄切りの玉ねぎとピクルスも なんとも オツやし この店はアタリやな~」
腸詰めパンを頬張りながら ニンマリ微笑む紅瑠石。
今日は 久し振りに〈黒い兄弟〉の事務所にでも 顔を出そうか? もしかしたら 面白い事件や仕事が転がってるかもしれない。
そんなことを考えながら 西へと向かう路地に足を向けたのだった......。
.........。
......。
...。
大市場の西側。
倉庫街で働く労務者達の狭小な住宅と娼窟が犇めき合い 迷路のような細い路地が絡み合ったスラム。
裏路地1本毎に 仕切っている闇ギルドが替わり1軒の店の見締料を巡って殺人さえ起こる抗争の頻発地帯。
......いや。紅瑠石の籍を置く〈黒い兄弟〉の内部でさえ スラム内の利権を巡って暗闘が繰り広げられる無法の地。
他の地区では大手を振って歩いている衛士達も滅多に入ってくることは無く 剥き出しの暴力だけが この街を支配していた。
闇エルフの暗殺者は この街も好きだった。
この街では 生まれも出自も種族も過去も未来も関係なかった 今持つ力が全て。
昼間 部下を引き連れ肩で風切って歩いていた闇ギルドの大幹部が 次の朝には ドブ川で屍を晒し 野良犬に喰われるのを何度も見てきた。
命ある者は 全て死ぬ。
それは 灯火に飛び込む羽虫も 人間も 長命と言われるエルフも 結局は皆同じ。
今を 生きたいように生きる。
例え 羽虫のように一瞬の煌めきと共に燃え尽きることになったとしても。
それだけのことなのだ。
真っ昼間から街娼が立ち 酒瓶を抱えた浮浪者が壁際に蹲る薄汚い裏路地を往く白銀髪の長い耳に 入ってくる若い男どもの怒声。
「見失ったじゃねーよッ! 抜けたことぬかしてっと ぶっ殺すぞッ! まだ 遠くへは行ってねぇハズだッ! 手分けして探しやがれッ」
少し聞き耳を立て 暗紅色の瞳を上げる。
小さな軽い足音と幾つかの大きな足音が この裏路地へと向かってくる。
視線の先には 暗い路地裏ですら煌めく豪奢な美しい金髪。
風に はためく長いスカート。
── なぁ どっち付く? ──
自問する レザージャケットの闇エルフ。
「って こーゆー時 ゴロツキに付くヤツっておるんやろか?」
自分の問いに 1人でツッコミを入れる東方訛り。
面白いヤマだろうか?
......いや。
その時々で考えれば いい。
今を楽しむ。
ただ それだけだ。
紅瑠石は 腰に吊った片刃刀の柄の位置を確かめる......。
.........。
......。
...。