第26話 アレクサンドラ3世
きらびやかな魔力灯のシャンデリアに照らされた 贅の限りを尽くした寝室。
幾多の宝石が散り嵌められた それ自体が芸術品といった趣の鏡台の前に座る 肌も透ける薄い白絹のローブを纏った妙齢の女性。
王都ウェスティリアの主。
ヘブンブリーズ王国 第17代国王 アレクサンドラ3世。
艶かしく薄緑に煌めく長い髪を丁寧に櫛梳りながら 鏡面に映り込んできたアリシアを認めると 仄かな笑み。
「あら おはよう アリシア。今朝は 何の用かしら?」
「『あら おはよう』では ございません 陛下。あと 1刻後には エイギル国大使との謁見の予定が 入っております。『準備があるのに 陛下が 起きてこない』と フォミナに泣き付かれました」
「予定があるのは 知っていたのですけれど 露れもない姿の この子達の姿を メイド達とはいえ 人目に晒すのも可哀想かと思って......それで こうして 自分で身支度を整えていたのです」
アリシアからは直接 アレクサンドラからは鏡面越しの視線の先。
天鵞絨の天蓋に幾重にも覆われた 庶民の家なら1部屋分もありそうな広大なベッドの上に倒れ伏す3人の全裸の男女。
「昨夜も ご乱行だったご様子で」
1人は 10代前半の少年。
もう1人は 10代半ばとおぼしき少女。
最後の1人は 20代後半と見受けられる金髪の女性。
「ご乱行だなんて 人聞きの悪い。これも〈政治〉です。リンツ侯とシェルンブ辺境伯は キベリア港の利権を巡って 仲が悪いでしょう? その関係で侯の子息レオン卿と伯の令嬢ミシェルも 顔を見る度に いがみ合いばかり......」
豪奢な美貌の女王は ブラシを鏡台に仕舞うと 黄金色の化粧箱から白粉を取り出し キメの細かな純白の肌へ。
「あまりに いがみ合いばかりしているのを見かねて 昨夜 妾とベルリオーズ女伯爵との深夜のお茶会に 特別に招待したのです。そうしたら 殊の外 親密な気持ちになった様子で......まぁ お茶の効き目もあったんでしょうけれど」
昨夜の2人のやり取りを思い出したのか 薄緑色の瞳を細め 小さく笑うアレクサンドラ。
「その〈お茶〉は マリノアが?」
「ええ。以前にマリノアから買って 時々使ってるんですけど......昨夜も発注通りの素晴らしい効き目でしたよ。さすがは〈碧猫屋〉。王家御用達のプレートでもあげたら喜ぶかしら?」
自分の冗談に気を良くしたのか 37歳 今を盛りの女君主は ニッコリと大輪の薔薇の如き笑みを浮かべ 化粧を続ける。
「これから どうするお積もりなのです?」
落ちていた毛布を拾い ベッドに横たわる 少年に掛けてやりながら 女騎士が尋ねる。
「2人とも お若いし 初めて同士みたいだから 恋の炎が燃え上がるんじゃないかしら? そうなれば 御両家同士は 仲が悪いから 密会も難しいでしょうし しばらくは お茶会の場を提供して お2人の仲を取り持って差し上げようかと......」
「そうすれば 2人の陛下への感謝も深まると?」
残りの女性達にも毛布を掛けてやるアリシア。
「ええ。それもありますし 上手く燃え上がって駆け落ち騒ぎにでもなれば 若い身空の2人を無一文で路上に放り出す訳にも参りませんから......。御両家に掛け合って キベリアの辺りに小さな勲爵士領でも作れば良いかもしれません」
「キベリアに 陛下に忠実な 勲爵士領が誕生する算段ですか......」
「まぁ そこまで 思惑通りには いかないでしょうけれど。綺麗な顔の男の子と女の子が仲睦まじくしている様を見るだけでも楽しいですから......。妾の楽しみとなると これは趣味ってことになるのかしらね アリシア?」
「......私の口からは なんとも」
一介の武弁に過ぎないアリシアの目からすれば 危ない火遊びにしか見えない女君主の〈夜の政治〉だったが 20年の治世の間に 諸侯は王家に都合の良い分断と結束を繰り返し 結果 女王の権威は 今までになく高まっていた。
「とにかく エイギル国大使との謁見まで あまり時間がございません」
「......そうね。化粧はできても 着付けは1人じゃ難しいものね」
黄金色の化粧箱を閉じながら アレクサンドラが呟く。
「コルセットって窮屈で いつまで経っても好きに なれません。20年前も コルセットの嫌さに 逃げ出したようなものです」
「そのせいで 大変なことになったのでしょう?」
「まあ そうですけれど。おかげで マリノアや紅瑠石と出会うことができました。お父上にも 随分 世話になりましたし。今でも あの日々のことは 毎日のように思い出します」
「......沢山の人間が死にました」
「そうね。その事も毎日のように思い出します。敵味方の兵士や民草に迷惑を掛けたことを思えば コルセットごときで 文句を言ってはいけませんね」
黄金の化粧箱を豪華絢爛な鏡台に仕舞いながら ヘブンブリーズ王国の十七代は 忠実な女騎士に声を掛ける。
「アリシア。外にいるフォミナ達に 部屋に入って着替えを手伝うように伝えて頂戴。プライベートの時間は おしまい。ここからは執務時間とします」
「御意」
艶橙髪の親衛騎士は 深く一礼すると 女王の寝室を退出したのだった......。
.........。
......。
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