第37話 G.P.S.覚書〈その13:待ち合わせ〉
遂にやって参りました決戦の朝。
前日の夜は 全く眠れませんでしたので 寝不足気味のハズではございますが 眠気は全く感じません。
乗り合い馬車に乗って ウェスティリア北西部 王城の直ぐ西側に広がります高級住宅街へと降り立ちます。
この辺りは ご貴族様の大邸宅等ではなく 王城や近くの官庁へお勤めの役人の方々の中規模なお住まいや 遠い領地から派遣されて来られた封土持ち貴族の王都駐在員の方に向けた賃貸物件等が並ぶ一角。
私は てっきり王城の北側に広がる超高級邸宅街にございます騎士団長ダルケス・アダマンティ様と大公女ユージェニア・エッド・ファンゼス様ご夫妻のお宅へ招かれたのかと思って 大変に緊張しておりましたのですが 今回はアリシア様がご休憩所としてお使いになられている王城横のお部屋へのご招待だったのでございました......それでも 凄まじい緊張ではございますが。
今回の件は くれぐれも 母にさえも内密にして欲しいとのアリシア様のご用命でございます。
ですから 今日は 学院で特別授業があると母には偽って家を出て参りました。
きっと 騎士団の機密に関わるご質問があるのだろうと推測されますので 母への嘘も許されると自分に言い聞かせて この場へやって来たのでございます。
そんな訳でございますから 私の今朝の服装は 学院の通学服。
少し残念な気も致しますが 決して裕福ではない我が家のこと そもそも可愛らしい私服の持ち合わせもございません。
無難と言えば無難な服装と申せる訳でございますし。
とは言え 最推しのアリシア様と過ごせる人生最幸の1日。
朝から念入りに髪を櫛梳り 母の宝石箱から拝借した鼈甲のカチューシャを身に付けて参りました......私の琥珀髪に似合うと思っておるのですが どうでしょうか。
乗り合い馬車の停車所に降り立ちますと 丁度 北西区の出入り口に設けられた石造りの小門のところに1人のお若い女性の姿が見えます。
艶橙の波打つ長髪のハーフアップに 上質そうな白いブラウス 柔らかな薄黄色の長いフレアスカート。
この辺りに住んでらっしゃる ご令嬢か若奥様といった風の上品な出で立ち......少なくとも 私が住んでおる下町の辺りでは見かけないタイプの女性でございます。
強いて言えば 私の母が好みそうな服装と申せましょうか。
その女性が 私の方へと楚々と寄ってらっしゃいます。
もしかして アリシア様のお使いの方でしょうか。
アリシア様とは 北西区入り口の停車所で待ち合わせのお約束になっておるのでございます。
「ジーナ よく来てくれた」
聞き覚えのあるお声。
ですが いつもよりは少し明るめの様な気も致します......低音のヴァイオリンとでも申したらよいでしょうか。
そう。
上品な令嬢とも見えたのは 他でもない 麗しのアリシア・アダマンティ様だったのでございます。
騎士絵等では きっちりと後ろで纏めて結い上げてらっしゃいますし 〈碧猫屋〉にお越しになる際は 後ろで軽く束ねてらっしゃることが多いです。
下ろし髪のお姿は 初めてお目に掛かりました。
ましてや スカート姿なぞ 想像したこともございませんでした。
解釈違いと言えば これ程の解釈違いもございませんが 何と言っても これが公式でございます。
「ふふっ 似合ってないか?」
慌てて 首を振ります。
確かに 騎士絵のイメージとは かけ離れてはいらっしゃいますが アリシア様のお母様は大公女殿下。
アリシア様も 貴族の御令嬢なのでございます。
......父親も分からぬ私などとは違って。
「オフの日は たまにスカートも穿くんだ。実家の母が送ってくる。騎士になる時は 猛烈に反対されたし 実家に帰れば見合いの話ばかりと折り合い悪いんだが 母なりに 私の心配をしてくれているんだろうな」
そう仰ると 可笑しそうに クックッと喉を鳴らされました。
アリシア様と並んで夏の終わり閑静な住宅街の石畳の道を行きます。
背の高い街路樹や道沿いのお宅の生垣の緑が日射しを遮ってくれて 爽やかな道行きと申せましょう。
筆頭騎士様のご休憩所は ここから5分程の場所にあるのだそうでございます。
「ジーナのお母上は お元気なのか?」
母は相変わらず 私塾の経営や授業準備等々 慌ただしい日々を送ってはおりますが 私の宿題の相談に乗ってくれたり 他愛ないお喋りに1刻ほど付き合ってもらったり 付き合ったり ケンカしたりすることも(しばしば)ございますが 病気1つすることのなく元気に過ごしております。
「......そうか。お元気なのだな......」
そう仰って 少しホッとした様な表情を浮かべられ 更に母についてお尋ねになります。
「ご実家には 戻ってらっしゃるのか?」
前にも申し上げた様に記憶しておりますが 母は私を身籠ったことで生家を追い出されたらしいのでございます。
私自身は祖父母の顔も知りませんし そもそも母の生家が何処なのかも知らぬのでございます。
今 名乗っております〈ダイヤモンド〉と言う姓が 母の元々の姓では無いことは薄々気がついておるのでは ございますが。
あの細密画の男性の姓なのでございましょうか?
ただ 正式な結婚による出生では 無いのでしょうし その線も薄い様な気は致します。
「そうなのか......。それは 済まないことを聞いたな。気を悪くしたのなら申し訳ない」
淡麗なお顔に 少し困惑の表情を浮かべられて アリシア様が謝罪の言葉を口にされます。
女王陛下にも近侍され ご自身も高貴な血筋に連なる 地位も身分も大変に高い方でございますのに 私の様な身分の者にも きちんと謝罪されるなんて 本当に誠実なお人柄。
ますます敬愛の念を抱く 私なのでございました。
ただ 少々訝しく感じる点もございます。
何故 これ程まで 私の母のことをお尋ねになるのでしょう?
もしかして 母と面識をお持ちなのでしょうか?
「......いや 直接 存じ上げてはいないのだが 少々ご縁がある......。その事については 部屋で話そう。ちょっと込み入った話になるだろうから」
どうやら 到着の様でございます。
青い屋根の石造りの集合住宅。
ここの3階にアリシア様のお部屋があるのだそうでございます......。
.........。
......。
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