第38話 G.P.S.覚書〈その14:アリシア様のお部屋にて〉
石造りの集合住宅の3階。
アリシア様のお部屋へとお邪魔させて頂いております。
3間ほどですが意外と広いお部屋。
騎士団勤めの休憩所として使ってらっしゃるそうですが 調度品なども上質そうで 優雅な雰囲気。
シンプルで実用的なデザインの品が多く その辺りにアリシア様らしさを感じます。
「ジーナは カーナ茶で いいか? ジンル茶もあるんだが?」
ジンル茶と言うのは東方渡来の珍しいお茶のハズでございます。
せっかくですので ジンル茶をご馳走になります。
出して頂いたお茶は 緑色をして 独特の芳ばしい香り。
爽やかな苦味のあとに仄かに甘味が残る様な 不思議なお味でございました。
「陛下からの下賜の品だったり 護衛任務の際に諸侯の方から頂いたりする内に 自分でも買う様になった......贅沢は良くはないんだが お茶とワインは 少し良い物を ついつい買ってしまうな」
小さなテーブルの向かいにお座りになった アリシア様が白い磁器のカップからジンル茶をお飲みになりながら仰います。
そのお姿は 普段の颯爽としたお姿とも 噂に聞く 戦闘時の慄然とする様な覇気を纏ったお姿とも違う 穏やかな立ち居振る舞い。
24歳の女性の等身大のお姿の様な気がして 今までアリシア様に対して抱いておりました熱狂的な敬慕の情とは違う 穏やかな憧憬の念を 私は覚えるのでした。
「さて 本題の方を 済ましてしまおう。この間の森小鬼討伐の際に見聞したことについて 少し尋ねたい。記録は持ってきてくれたか?」
磁器のカップを仕舞われたアリシア様が ノートを開かれます。
私も持参した覚書のノートを開き お答えする準備を致します。
森小鬼討伐の冒険に至った経緯や経過について アイリスさんが騎士団に提出された資料と私の控えております覚書の内容を順に確認して参ります。
「......うん。そこの部分だ。『緑のスカーフの土小鬼に対して拷問を行った形跡があった』というのは確かなのだな? 他の土小鬼や森小鬼首長に対しては そういった形跡は無かったのか?」
ラペリアの遺跡で森小鬼の群れの虐殺現場を発見した私共は 遺跡内の森小鬼達の遺体106体全てを遺跡外に運び出し 焼却処分致しました。
理由は2つ。
1つは リイン村の衛士アイリスさんが報告書に上げて下さった様に 大量の森小鬼の遺体を放置しておくことで 悪意ある者によって あるいは自然発生的にアンデッド化して 近隣に被害を与える事態を未然に防ぐ為。
2つ目は もっと単純です。
人として あのままの状況で あの場所を離れることができなかったからでございます。
遺跡の東口の前に堆く積み上げられた森小鬼の遺体。
シスター・フィーナが 祈りの言葉を唱えられた後 キールさんが預かって来られた〈業焔瓶〉を使って焼き払われました。
積み上げられた百体を超える遺体は 私とフィンが描いた防火の魔方陣の中で みるみる内に灰塵と化したのでございます。
遺体を運び出す際に確認致しましたが 森小鬼首長とおぼしき 大型で重装備の森小鬼は 胸を一突きされて事切れておりました。
拷問された様子では無かったのでございます。
「報告書では『1騎の翼獅子騎士によって成された』とあるが 根拠はどうだろう? 3騎では無いのか? そもそも翼獅子騎士と言えるだけの証拠があったのか?」
1人の仕業であるというのは シスター・フィーナの見立てですけれども 私も同じ様に感じました。
一撃で10体同時に倒したと考えた方が合理的だと思われる倒れ方をしておったのです。
思い出すのも おぞましい光景ではございますが。
遺跡の東口付近に残っておりました翼鷲獅の足跡は 確かに1頭分でございました。
そこからも 1人による行為だと推測されますし 遺跡内の状況も1人である蓋然性が高いと思われます。
翼獅子騎士というのは あくまでも憶測に過ぎません。
ただ 翼獅子騎士以外に翼鷲獅に騎乗した人物を想定するのも 難しい様に思われます。
現場はハイリシア領との境界付近。
リギャン侯爵配下の翼獅子騎士団が森小鬼討伐にあたっていても さほど不合理とは思われません。
問題点は 何故 単騎で討伐にあたっておったのか?
そして 何故 拷問などしておったのか?
「......そうだな。何故 1人なのか...だ。はじめは3騎...今度は1騎......。金鷲獅のヤツ 何を追っている?」
.........。
......。
...。
午前中一杯を森小鬼討伐を巡る聞き取りに使った後 アリシア様が仰いました。
「ジーナ ありがとう。確かめたかったことは概ね整理できた。助かったよ。お腹空いたろう? 昼食にしようか......近くに美味しいパン屋があるんだ。そこでパンを買おう」
そう仰ると立ち上がって入り口の方へ向かわれます。
「いや 私は料理は 殆んどしたこと無いな。実家にはコックがいたし 軍営では従卒がやってくれる。冒険の時は 大抵マリノアが作ってくれるからな」
実は 私も ほとんど料理をしたことが無いのです。
母も あまり得意ではない様子。
フィンのお母様に頼りきりというのが実情です。
とはいえ 全くと言っても過言では無いほど共通点のない私とアリシア様ですが 妙な符丁ではございました。
私共は 並んで石造りの小門を南へと抜け 西市場の端にあるパン屋さんへと向かったのでした。
休日の西市場は中央の広場で 闘犬の賭場が開かれ 大盛況。
私はギャンブルなど ましてや闘犬など恐ろしくて見る気も起こりませんが 随分沢山の観客がいらっしゃる様子で その観客を当て込んだ露店等も多数出ており そのお店をアリシア様と一緒に覗くのも 本当に素敵な一時。
お目当てのパン屋さんに辿り着いたのは お昼もだいぶ回った時刻だったのでした。
お部屋に戻って食したアリシア様推奨のパンは 正に格別の美味しさではございましたが 食事の後の あまりにも劇的な展開のために その感動は霞んでしまったのでございます。
それ程までに 驚愕の事態が起こったのでございました。
何があったかというのは アリシア様との固いお約束故 ここでお話することは差し控えさせて頂きます。
母にも伝えていない事柄ですので 悪しからず ご了承頂ければと思います。
ただ 要点だけを かい摘まんでお伝えするならば これから2人で過ごす時にはアリシア様のことを『お姉様』とお呼びしてもよいとのことなのです。
更には 私のことを『実の妹』の様に思っているとのお言葉も頂きました。
アリシア様が 私だけに秘密を打ち明けて下さったお返しに 私もアリシア姉様にだけ 今まで誰にも 母にも親友にも打ち明けたことの無かった秘密をお教えしました。
私達姉妹だけの秘密なのでございます。
アリシア様のお部屋を出て 私の家近くの乗り合い馬車の停車場に降り立った時 ウェスティリア名物の満天の星空を見上げ 今日1日の出来事は本当に起こったことなのだろうか? もし事実だとしたら このまま星が降ってきて当たって死ぬのでは? と本気で不安になりました。
それ程までに 今日という日は 私に取りまして現実味の無い 特別な1日であったのでございました。