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ふっと気がつくと、大きな掲示板の前にいた。
掲示板......といって良いのか。ここ自体がなんだかわからない。まず目の前の掲示物の壁と、天井まではぱっと見、三メートルといったところ。
あたしは掲示板の前に立っていて、左右どちらも通路になっている。
壁はレンガ張りで、床もレンガ張りでら砂や苔が混ざっている。
通路自体も幅三メートルはあるから、そんなに閉塞感は無い。
空が見えるわけでもないないのに、天井まで覆われたレンガ造りのここで、しっかりと光源があるのは、壁一メートル毎にしっかりと松明が着いている事だ。光源が設置してあるというか、壁に埋め込んであるスタイルだ。
ご丁寧にも、目の前の掲示板には書いてある事がしっかり読めるように、松明が多めに設置してある。
掲示板の内容はこうだった。
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ここのダンジョンゲーム【ミノタウロス】の説明は超簡単、ここは大迷路だよ!こわーいモンスターや【異形たち】、罠が沢山あるから、怪我や餓死に注意してゴールを目指してね❤
死ぬギリギリの負荷が丁度良いから、生存できる条件もちゃんと用意してあるよ!休憩所や、お薬や食べ物、お洗濯出来る場所とか用意してあるので、賢く使ってね!
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そして、フードを被った二場のそっくりのデフォルメされたキャラがピースをしている絵で締められている。
察するに完全にダンジョンゲームってやつの模倣だろう。
あたし自身は全然ゲームとかやらないんだけど、プログラムの授業の時にヒカミが本気で作っていたからある程度の知識があったのが幸い。
ちなみに、あたしはヒカミの作ったゲームは難し過ぎて最後までクリア出来なかった。
そう。ヒカミのゲームであたしはクリア出来なかった。つまりは死んだ。
ダンジョンゲームで動けなくなるなら、もう死ぬしかない。二場の説明が本当なら死んだら魂は永遠に戻らないで元の世界では植物人間となった肉体だけが残る。
でもそれって、あたし達がいた元の世界で一斉植物人間事件とか起きないとおかしくないかな?それとも、時間の流れが全然違うから認知されていないとか。
駄目だ。分からない。あたしの頭は良くない。さっきの空間が特別で理解出来ただけなんだ。こういった事はヒカミの担当だ。
えーっと、あたしの担当?ムードメーカーかな。
そもそも、こんな馬鹿げた掲示板も、あたしに至っては偶然が重なって被害者で強制参加なだけだし、死ぬとか本当は嘘な気がしてきた。
そう。あまりにも現実味が無い。
魂のなんちゃらを測るなら、脳とか心臓に管とかついてそうだけどそんなもの無いし。
あたしは自分の身を見渡しチェックしたが、先程の介護センターにいた時のまま、制服にスニーカー、そして学校指定のカバンを持っているだけだった。あーあとはさっきかけられた変な黒いネックレスも首から下げてる。
端末も腕に身につけたままだったが、電源は完全に落ちていた。旧型だから電波が届かないだけとかそんな理由ではなさそう。
とりあえず、端末も使えないあたりとかだいぶ凝った演出だけど、とっと出口を探して帰ろう。やってられない。
あたしは取り敢えず、何も考えずに右へ歩きだした。
少し歩くと壁にあたり、また分かれ道だ。右か左。何となく左に進んだ。
しっかし。
なんだろうこの違和感。なんとなく気配がする。
人がいるって訳じゃなくて、かといってオバケなら、位置はある程度察知出来る。なのにこの違和感。
そして、やっと違和感の正体が片鱗を出してきた。後ろから、何かが走ってくる。気配、音。
振り返った時には時すでに遅し、小さな黒い影はあたしに飛びかかり、あたしは派手に転んだ。
ザッシューと、床のレンガと服が擦れる感覚で、背中が熱いのが分かる。
ちなみに可愛らしい黄色い悲鳴は無かった。自分でもアホみたいだなぁ思う程度に、『あー』だった。
『あー』ズサーって感じ。
影の正体は私の肩に乗っていた。転んだ私に覆い被さるように乗った影は、
犬......?
と形を認識した瞬間。右肩には熱を帯びた痛みが走った。
いや、もともと痛かったのかもしれない。転んで背中を擦りむいた事に気をとられていただけで。驚く程に、肩のあたりにゆるゆると液体を感じる。
突然の展開で理解するのに時間がかかった。
右肩に鋭い熱と、生暖かい液体がじわっと広がる感触と、覆い被さる犬の口からなにや液体が溢れていて、それがあたしにベトベトと落ちてくる。
押し倒されて、噛まれて、上に乗られている。
犬......じゃなくて牛に。
と理解した瞬間。
一気に緊張が走った。あっこれまずいやつだ。逃げようにも、右側が痺れて全然うごかない。
牛なの?牛犬って言うべき?完全に頭は牛なのに、中型犬ぐらいの大きさで身体が犬なのだ。なんなのこの生き物!?
牛犬はあたしを見つめ様子を伺っているようだけど、このままってわけには多分いかない。
どうする?
蹴り上げようと、脚をあげた。しかしその躯体は思った以上に小さくて、尻尾を掠めるだけだったか、返ってそれがいけなかったらしい。
威嚇を超えた、唸る様な声をあげ、第二波、口を開けるとこまで見えた。めっちゃ犬歯が並んでいる。牛って草食動物じゃなかったの?という現実的なツッコミは許されない。この世界にはこんな生き物がいるんだ。
ここであたしは弱虫なのだった。咄嗟に目を瞑ってしまった。これはあの夢じゃないから目を瞑ったって何も起こらないのに――
そして、
何か叩いたような、バンって音、打撃音。
乗っかっていた重さが無くなり、一気に身体が軽くなる。
『......あれ?』
目を開けて体を起こすと、そこには、見覚えのあるジャージとデニムとそして便所サンダルのあいつの姿があった。
『ヒカミ!』
「よう!危機一髪。まだ終わってねえから、ちっと待ってな。」
ヒカミは私の方を振り返らず、牛犬と睨み合いながら言った。
どうして持っているのか分からない、短剣を構えて牛犬の動きを待っている。
そして、数秒待つまでもなく、牛犬はヒカミの方へと突っ込んで行き、ヒカミは見事に牛犬の軌道を読んで、短剣で殴り切るように、振り抜いた。
牛犬は声も上げす、血を撒きながら壁に激突した。
『勝った。』
あたしは思わず呟いた。
「やー待ちな。まだ動くかもしれね。」
安易に勝ち判定のあたしと違ってヒカミは壁際で痙攣する牛犬をまだ見ていた。
やがて牛犬の痙攣は小さくなり、完全に止まった。
「よし。勝ったな。」
あたしの方を振り向いて、ヒカミがニッカリと笑う。
ああ。そうだ。何とか危機を逃れた。
それとヒカミが来てくれた。なによりも心強い。そうあたしのなかで安堵をついた途端に。
『ってか、ものっそい痛い!!』
右肩からまだ血止まらなくてまともに力が入らないし、強烈に痛みだした。
「あーそれってね。安心すると痛くなるんだよなぁ。気張ってる時ってそんなに痛くないのに。」
ヒカミはあたしに近付き、あたしを上から下まで一瞥する。
「肩だけで、他は怪我してないな?」
『うん。あとは転んだ時に、背中擦りむいたぐらい。』
「おっけ。そのまま傷口しっかり抑えてて。壁際に移動しよう。まずは止血しないと。」
ヒカミはあたしをお姫さま抱っこで壁際に寄りかからせてくれた。
あたり前だけど、普通体型のあたしに対し、学年一小柄のヒカミに余分な腕力などあるはずもなく。
このほんの数歩の距離を運ぶだけでも、かなりよろついて、いつ落とされるかヒヤヒヤした。
「おっもいなぁ。君は。」
『普通体型です!ヒカミがめちゃくちゃ小さいだけじゃない。』
「あーそうかもなー。ちょいと止血に使えるもの欲しいから、カバンの中見てもいいかい?」
いいかい?と聞いている割には返答を聞く前に、ヒカミはあたしのカバンの中を漁っていた。
っても、普通に学校カバンだから、救急セットとかそんな気の利いたものなんて入ってない。
タオルが一枚入っていた気がするけど、短めのやつだ。包帯には出来ない。
「今、生理?」
『へ?何突然そんな質問?』
「いいから。今日明日中に来る予定とかない?」
『無いけど、なんで?』
「おっけ。ならこれが使える。」
ヒカミがあたしのカバンから出したのは、あの短いおまけタオルは予想通りとはいえ、予想外の生理用ナプキンであったのだ。
『使えるって。いきなり出されると恥ずかしいわね。』
そんな事御構い無しに、ヒカミはテープを剥いでいく。
「まーまー。下手なもんより、よっぽど役に立つんだよ。これ。」
ヒカミはあたしの前に座ると、手際よく、あたしのブラウスのボタンに手をかけて、外していく。
そして、肩の傷口を抑えてる、あたしの手を退けて、ナプキンを滑りこませて、短いタオルで縛ってくれた。
『え?なにこれ?』
「普通のティッシュだと、傷口に繊維が残るからね。こっちの方がよっぽど賢い。あと、生理でも無いのに、ナプキン持ち歩いているってことは、鎮痛剤とかも持ち歩いているんだろ。」
図星だ。
『カバンの前ポッケの中。』
ヒカミは再度、あたしのカバンを漁り、錠剤を取り出して、あたしに渡してくれた。
「流石に水は持ってきてねえか。」
『この大きさは、あたしは水無しじゃ飲めないよ。』
ヒカミは、ジャージのポケットに手を入れると、小さいペッドボトルに入った、水をだした。
『え?準備良すぎない?』
「そんな事ねぇ。逆にそれしか持ってないんだ。君がヤバいって言われてこっちの世界に招待される時、ちょうどボンジロウの散歩から帰ってきた時だから、ボンジロウの小便用に持っていた水道水。これしか持ってない状態でこっちの世界に来ちまったもんだから、靴だって、サンダルのままだ。こんな事になるなら、スニーカーで来たかったわ。」
確かに、事前に得体のしれない獣のいる迷路に入る事がわかっていたら、もっと準備すべきものはあったのに。突然の身ひとつでここに来るのは随分厳しいルールだ。
あたしはヒカミからペッドボトルを受け取り、錠剤を飲み込んだ。
「さて。とりあえず。諸々整理しよう。君は何を支給されたんだ?おれはこの柳刃ぐらいの短剣だったけど。」
ヒカミの格好は、いつものジャージとボトムはデニムで腰のベルトで短剣を固定していた。全然どうでも良い話だけど、もし、ボトムもジャージだった場合どうやって持ち歩くんだろう。
『あたしは、この変なネックレスつけられたよ。条理が導く時に割れば良いって。』
今自分で喋って思ったけど、圧倒的に武器がないと不利な状況じゃない。あんな牛なのか犬なのかの獣相手に丸腰で挑むって。
「そうか。全員に武器を渡されるとかそういう訳じゃないのか。」
ヒカミの言葉で、あたしは掲示板の言葉を思い出していた。〈死ぬギリギリの負荷〉の部分。もしヒカミが来てくれなかったらあたしはもう既に脱落だったのかもしれない。でも実際は間に合った。
「多分意味とか役割があるんだろうな。アイツの言っていた【条理】ってやつ?」
ヒカミが言うには、きっと意味あってのことだろうから、今あたしが戦闘力皆無で寧ろ怪我人で足引っ張っているのも気にするなという事だ。きっとこのタイミングで合流出来たのも絶対意味があるだろうし。
だとしても、
『今更だけど、本当に良かったの?危険性とか色々話されなかった?』
あたしの中で緊張した質問だったのだ。本当にこの不思議な世界を信じているなら、大変な状況だろうし、信じていないのであればこれは夢と定義すべきなのかどう、折り合いつけるのか。
「ああ。それ?信じているし納得して参加したよ。ゴールしたら願いを叶えてくれるんだろ。じゃあすげえじゃん。途方もない願いは持っている側だし。」
そのヒカミの願いは多分......いいやこれはあとでタイミングで話そう。ヒカミの言葉はまだ続いていた。
「君と同じで嫌な夢を観る側じゃなかったら、信じなかったかもね。」
そうだ。あたしとヒカミが親友である最大の理由。
ヒカミもずっと悪夢を観る体質なのだ。
といってもヒカミの夢はあたしの観るような、抽象的な怖い儀式じゃなくて、かなりリアルな戦争の夢らしい。ヒカミが部隊の偉い人で、自分の目の前でドンドン人が死んでいく。どんなに努力しても減っていく仲間を止める事が出来ない。そんな夢を小さい頃からずっと見続けているというのだ。勿論、この話はあたししか知らない。いや、ハクスイも知っているかもしれないけど、連載形式でヒカミの夢の話を全て知っているのは、多分この世であたしだけだと思う。
「おれのスカした疑いとかで、サクと会えなくなったら嫌だなって。そう考えると、参加する理由を探すより、参加しない理由がない方が大きいんだ。ネガティブな言い回しかもしれないけど、それで即答してここに来た。」
こんな有り得ない世界に巻き込まれたんだ。もしかしたらこの有り得ない悩みを解決するヒントはあるのかもしれない。