♗08
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人骨のあった場所からまた少し歩くと蠅が目の前を通り過ぎた。
「多分、この先良くないものがあるな。」
最初に反応したのはヒカミだった。たかが蠅一匹と思うかもしれないけど、ヒカミの言う良くないものを意味するように、独特の正体不明の吐き気を誘う臭気が鼻を突いた。腐ったようなゴミのような、それでいて動物のような。
目の前の通路を見やると、ずっとレンガ貼りであった床が、急に銅板に変えられている箇所がある。横壁までしっかり銅板があるので、ちゃんと気づいて飛び越えないと、何かありそうな気がする。
「ここは幅跳びしないと何かありますよ。気付かないで踏んだら何かありますよってアピールかね。」
「どうする?おれが見ようか?」
「いや、こういうのは多分、全体的に短いヒカミより、手足の長い私の方がすぐ退けるから、ここでグズグズして怖くなる前に私が行くわ。」
「わかった。全体的に長いハクスイに頼むわ。」
トラップなのは明白だ。あたしはビビって動けないのに、感情を凍らせて冷静に進むハクスイはやっぱり凄い
ヒカミとあたしは、少し下がったところで待つ。少し下がったといっても、ハクスイもあの謎の銅板エリアもちゃんと見える程度の距離。だけど、ここまで下がれば大丈夫だとヒカミは言い張った。
「正直言って、何が起こるかは想像出来るんだ。ただ、どの程度の規模なのかが想像つかない。まあ虚勢張っているだけだけど。」
率先して行くと宣言したハクスイもきっと何があるか想像ついた上での行動なんだと思う。あたしは想像つかないんだけど。
床に張られた謎の銅板。踏んではいけない。蠅。臭気。
ハクスイが、銅板のあたりを、鞘に収まったままの、日本刀を突いた。
ガッシャンを盛大な音を立て、銅板が下に開いた。
一斉に蠅がふきあがり。またガッシャンと金属音が響いて、蠅の噴射が止まったので多分。開いた蓋が閉まったのだろう。一連の事は多分三秒くらい。しかしこのたった三秒の間に、あたりに蠅が舞って正直言って気持ち悪い。
あたしが蠅の行方に気を取られていると、ビチャビチャと水音が聞こえてきた。なぜ水がと、水音の方向を見ると、ハクスイが嘔吐している。これはヤバい。
ヒカミを見ると耳をふさいで座っていた。急いでヒカミを抱き寄せた。勢いよく急いでやったから、右肩の痛みがぶり返して声が漏れた。
耳を塞いだままヒカミがあたしの胸に身体埋めた。
ヒカミは人の嘔吐音が苦手だ。
厳密に言うと、水が苦手。修学旅行の大浴場ですら近づけない。勿論授業のプールも入った所を見た事がない。
ヒカミは水難事故で兄を亡くしている。厳密に言うと、海に沈んだヒカミを助けようとした結果、兄だけが亡くなったのだ。それ以来ヒカミの中で水というのが最大のトラウマなのだ。
じゃあ嘔吐はどうして駄目かって、あの呼吸の出来ない苦しさを思い出すかららしい。
あたしからしてみれば、あまり関連性が無いように思うけど、本人からしてみると大きな問題らしい。気管が水で埋まる恐怖は体験した人にしか分からないって。
「ごめん。汚いもの見せた。」
座り込んだまま粗い息遣いでハクスイが言った。
勿論、ハクスイもヒカミのトラウマは知っている。
『ごめんハクスイ、呼吸整えて。』
ヒカミの様子から察するに、多分その整わない呼吸も怖い。怖い時の煙は視えないけど、小さく震えているのが分かったから。
少ししたら落ち着いたみたいで、ヒカミは立ち上がった。ハクスイに近付き。ポケットから僅かしか水の入ってないペットボトルを取り出す。
「ミネラルウォーターじゃなくて、水道水だけど。しかもこれしかないけど、無いよりましだろ。」
「助かる。」
ハクスイが残った水で口の中をすすいでいるけど、ヒカミに気を使って音が出ないようにしているのがわかる。
「んで。予想通り落とし穴だったようだな。予想よりエグかったみたいだけど。」
「そうね。鉄杭と三体は確認出来たけど、もっとあるね。あれ。作り物じゃなくて本物ってしんどいわね。まだ心拍数高い。」
「そうか。随分悪趣味な罠だな。それの確認なんて嫌な仕事引き受けさせちまったな。」
二人ともあまりにも冷静に話すから、最初二人が何を話しているのか理解出来なかったけど、銅板が開いた瞬間と、流れる蠅と臭いを思い出して、三体というのが、ヒトであった事に気づく。
あたしも冷静に考えてみようと、例の落とし穴をもう一度見た。悪趣味と称された、この蓋をされた銅板の下、穴の底には鉄杭と、ハクスイ曰く三人以上のヒトが被害に遭っていて、この臭いの原因と蠅を吹き出している。さっきは気付かなかった白骨は肉が削がれているから、臭いがないだけで、実際ヒトが三人も死体になっていると蠅と臭いが、銅板で普段は蓋がされていてもこの一帯だけでもこんなに充満するのか。
あたしはなぜか、三人という響きだけで、あたし達三人が、あの穴に落ちて杭に刺されて、出れずに閉まる天井を想像してしまった。
一瞬吐きそうになって、上を見て飲み込んだ。これ以上、ヒカミに負担をかけたくない。
あたしの動作をハクスイは見逃さなかった。
「現状、トイレも食べ物も水も無いわけだからね。精神力で耐えられるなら耐えた方が良いよ。私が言えた立場じゃないけど。」
それはそうだけど、直視したのはハクスイだけだ。あたしは伝聞でしかない。匂いはまああるけど。
「それにしても、喉は乾くし、お腹も空くね。何処まで歩けば休憩所はあるのやら。」
死臭と蠅が舞う中、更に自分のゲロの匂いの中、この女の適応力を言うか神経の図太さときたら、多分世界一強い女はハクスイで間違い無いんだろうなあと思った。
「この状況下で腹減る奴は多分世界中探しても君だけだ。」
ヒカミも同じことを考えていたらしい。