♗09
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あれから30分ほど歩いた。
変わり映えのあるものといえば、ずっと石壁レンガが続く中、鉄扉が現れた事だ。
進行方向に現れたわけではなく、本当に真横。右壁に、普通に扉がついているのだ。多分前しか見ないで歩いていたら気付かない。石壁と同化した色なのもまた存在感を無くすポイントだ。
『罠かな?』
「流石に、休憩所であって欲しいけどな。多分三時間ぐらい歩いている。本当に殺す事だけが目的じゃないなら無い方がおかしい。」
とヒカミは言いつつも「それでも警戒は怠らないようにな。」と自分で付け加えていた。
ヒカミがドアノブに手をかけると、ハクスイに下がってと顎で指示をする。
ハクスイは身構えてあたしの前に立つと、ヒカミはそれを確認してから覗くようにドアを開けた。
中の部屋はまず光源があった。ドアから光が漏れる。ヒカミが覗き込むとヒカミは、「こんちわー」って普通に喋り出す。え?中に人がいるの?それとも、わざと何か冗談?
「おめでとう。第一の休憩所だよ。」
部屋から男の声が返ってきたのだ。
ヒカミが一度こちらに身を戻して、部屋の男に聞こえないように、小さい声であたしたちに「多分大丈夫だ。入るぞ。」
と言って先に中に入ったので、ハクスイとあたしも続いて入って行った。
部屋の大きさは学校の教室ぐらいだった。
真ん中に、六人掛けの大きなテーブルと、保健室のような殺風景なベッドが二台。
水道。ビンが大量に入った棚。人一人入れるくらいのストッカー。冷蔵庫か冷凍庫かはわからないけど。あとは、奥にもう一部屋あるみたい。ドアが見える。
そして、その六人掛けテーブルの一つの座席に三十代くらいの白衣を着た男が座っているのだ。
「ここでの、初めましては狼の子だけかな。」
男がそう言うので、ヒカミとハクスイの顔を見ると二人はこの男を知っているようだった。
『誰ですか?』
あたしの質問に対し、二人は寧ろ知らないんだ?という反応。
「おれもハクスイも、ここに来る時の、0次元と3.5次元の狭間の部屋でこの男に説明を受けたんだ。寧ろサクは違う人に説明されたのか?」
そうだ。部屋の話もアイツとか奴って言い方しかしていなかったから、まさか説明する人が違うなんて想像つかなかった。
『あたしは、作家の二場三命っていう、この世界の創造者に......』
対し、ヒカミは驚いて、
「創造者って事は社長自ら来たって事か?」
社長って。それって合っているような合っていないような。そのニュアンスでいくなら目の前の男性は社員という事になる。
「あの偏屈ババアが社長なんてタマじゃないさ。」
男がそう言ったので、あたしはこの時二場が初めて女性だと知った。今思い出しても全く性別を感じさせない容姿だった。どちらかという子供なのでは?思った程だ。ヒカミより小柄で、でも声は低かった気がする。そうすると子供という事もないか。
「ああ、ババアの話はさておいて。おめでとう。君たち。とりあえずここまで辿り着くのが第一関門だ。とりあえず座るといい。」
促されて、状況は分からぬままだったけど、ヒカミが座ったのであたしとハクスイも座った。
男の名は佐竹羨望。学者。本名かどうか分からない。羨望って名前はちょっと変だなと思うし。「僕はこの世界に憧れを持ち続けた側だからね。」とよく分からない事も言っていたから、なんか偽名というかハンドルネームっぽい。
創造者は二場だけど、佐竹はこの世界を一緒に開発
した一員で、本来可視化しない世界を定義して物理的に具現する事を可能した......らしいけどよく分からない。分からないあたしに対し、「この3.5次元世界そのもののプログラマーだと思えば良い。」って言った。納得したかと聞かれればしていない。ポンコツのあたしには理解不能だったからだ。
「制服と、ジャージと、和服とは随分なレパートリーだね。呼ばれた時の格好でこっちの器は作られるとはいえ見事な組み合わせだ。ちなみにこれは裏技なんだが、3次元現世で招待状を受け取った時に裸だった場合のみ、こちらで好きな衣装選べる仕様になっている。」
今この状況下で、要らない情報は皆無のはずなのに、まさか要らない情報を聞かされるとは思わなかった。
「おう。で、最初におれたちを説明した佐竹さんと、今ここにいる佐竹さんは別物って認識で良いのか?」
前言のどうでも良い情報をフルシカトして、先陣を切ったのはヒカミだった。ハクスイも喋ろうとはしなくとも、しっかりと佐竹の動向を見ている。
「まあまあそんなにピリピリしないでくれよ。特に侍のお嬢ちゃん。テーブルの下で刀を握ってるのはわかっているんだ。おじさんをそんなにいじめないでくれよ。
僕はね。このシステムの運営側だから、正直言って君たちの敵ではない。かといって味方でもない。」
かちゃり。とハクスイが刀身を床に落とす音がした。
「最初から、味方だよって言ってくる人間よりはか全然信憑性があるね。」
そう言うだけあって、多分今限定で敵意は無いと判断したんだと思う。相変わらず。ガン飛ばしているけど。
「僕を人間と呼称したが、僕も人間の定義に当てはまるかといったら、非常に微妙な生き物なんだ。
そもそも、僕はこの3.5次元でしか存在しない。この世界を管理する魂として、複数に分裂して散らばっている。狭間の部屋で君達が話した僕も、今ここにいる僕も同一。この次元に入って来た膨大な魂のデータベースにも繋がっている。NPCも兼任したマザーコンピューターだと思ってくれれば良いよ。
かといって完全に管理だけする機械じゃないよ。ちゃんと意思を持って動く。気まぐれによっては君たちと会話しなくなるし、ずっとこの部屋にいるわけでもない。気分でお出かけもする。限りなく情報通の人間だが、出生が人間のそれと異なるというのが一番わかりやすい説明かな。」
全然分からないけど、神兼ゲームマスター兼NPC一般人だと思っておくことにした。あとでヒカミに聞こう。
「ほう。という事はおだてれば、この世界の情報をくれるって事ですかね。」
「勿論。あと僕は女の子には優しい。」
「おれたちが本来いた世界が3次元。ここが3.5次元の世界。作家の二場と学者の佐竹は魂のうんちゃらを研究する為に3.5次元世界を構築した。ここまで合ってる感じすかね?」
「ああ問題ない。百点だ。」
「この世界の目的とかは正直言って今すぐ必要じゃなくて。おれたちが今最も欲しい情報は、元の世界に戻る方法。勿論【塔の上】とやらにゴールすれば、戻れるんだろうけど、現状こんな地下みたいな迷路の中から塔なんて見つからない。」
確かに、ゴールして特典の願いとは別に、もう戻れるならそれに越した事はない。ヒカミ自身が無理だと思って口にしなかっただけだろうけど。
「なんだなんだ。そんな事か。王道に近道無し。簡単だよ。この迷路をゴールしてそこにいる番人【ミノタウロス】を倒して、ここを出るのが当面の目標だよ。ゴール以外にこの世界から戻る方法はない。」
「入り口の時点で察してはいたが、やはり化物が待ち構えてはいるのか。」
ヒカミは考えこむように腕を組む。
『ごめん話ぶった切って。ミノタウロスって何?』
今の空気の読めない知識の浅い者の発言は勿論あたしだ。ヒカミが入り口の時点で察していたというぐらいだから一般教養で誰もが想像つく何かがあるんだろうけど、あたしにしてみれば、なにそれ美味しいの?の感覚である。ちなみにハクスイも知ってそうな顔だ。
「ギリシャ神話に出てくる、頭が牛で身体が人間の合成獣のような怪物だ。王様はミノタウロスを大迷路の地下に閉じ込め、ミノタウロスの食料として、鎮魂祭の時に複数の少年と少女を迷路に送り込んだ。ここにいる牛頭の犬も多分そこから着想を得ているんだろう。」
食料として?
あたしは、先ほどの飢えた牛犬と白骨を思い出した。ここにいるあの敵たちは基本的にあたしたちに殺意を抱いているのでなく、ただ食事として生理現象としてあたしたちを襲っているのだ。
「そうだ。狼のお嬢ちゃん。えーっと。君の魂の名前は......樫山さくらちゃんだ。モンスターに噛まれた傷はどうだい?」
教えてもいない情報を知っている。それは佐竹の立場上当然な事なんだろうが、露骨に嫌な顔して睨んだのは意外にもハクスイではなくヒカミの方だった。
「まあまあ。さっきからお嬢ちゃんたち本当に顔が怖いよ。簡単な事だよ。魂がこの世界に新しくインする時にデータベースに届く。明らかに大きく魂が反応する時の測定データは随時更新される。噛まれた時に痛かったし怖かったろ。」
つまりあたし達はこの男に常に動向を知られているという事だろうか?一体、どこまで把握されているんだろう。監視カメラみたいで気持ち悪い。
「侍の京香お嬢ちゃんはさっきの死体を見た時に、この世界がどれほど残酷か悟ってしまったらから、相当な数値が出ている。こういった計測数値が僕らからしたら本当にありがたい。もっと負荷をかけてもっと苦しめたい。」
あたし達の苦しみをありがたいと言われて嫌悪感が増した。多分これもデータ取られているのだろうけど、思わずにいられなかった。
「ヒカミお嬢ちゃん。君はさすがに何度も転生を経験した古い魂なだけあって冷静だね。大きな計測値は出てなかったけど、今は相当な数字が出てるね。」
「ああ。アンタに今敵意が無いのは分かりきっているのだが、大切な友人たちの純粋な危機の思いを、データだの数字だの、そっちの都合で平たく扱われるのに非常に嫌悪感を覚えるんだ。」
表情一つ変えない。声色一つ変えない。しかし、これはあたし達だけは知っているヒカミが本当に怒っている時のものだ。
ヒカミは絶対に相手に向かって、[アンタ]って使わないんだ。ただでさえ口が悪いから、相手を呼ぶときに[君]って言うように心掛けているって言っていた。
「それは失礼。僕の元となった佐竹博士の性分でね。どうしても、計測結果が面白く出ると嬉しく思ってしまうんだよ。気を悪くしたならすまない。」
「いえ。多分この状況下において悪いのはおれの方なんで気にしないでください。
純粋に、痛い怖いではなく、怒りでもそちらに都合の良い数値が出るってのは、きっと感情の高ぶりというのが、大きな魂の反応というものなんでしょう。おれらはなるべく幸せに楽しい感情でも提供すればそちらには都合が良い。間違いない?」
「察しが良いね。その通りだ。しかし無理だね。人という生き物は幸せな感情より不幸の感情のほうが大きくて逃れられないものだ。
君自身が、幸せだった兄との思い出は風化するのに対し、何年経っても水の恐怖を克服できないのが何よりもの証拠じゃないか。」
その直後。一瞬風が吹いた。いや影だった。何だろう。本当に佐竹が言い終わるか否かのその瞬間だった。
「ハクスイ。退け。おれのために怒ってくれるのは嬉しいが、言われたことは事実に変わりないし、管理NPCみたいな奴を相手に今戦うのは不毛だ。」
あたしには、目でギリギリ追えたか追えないかのぐらいの、凄まじい反射神経で、ハクスイは抜いたのだ。刀を。テーブルの上に足を乗せて、前のめりに佐竹にその刃を向けていたのだ。
「本当に管理する側の個体なら学習した方が良い。システム統括している側が斬られたら話になんないよ。」
ハクスイは刀を鞘に収めながら言っていたけど、佐竹の返答によってはいつでも動く気なのだろう。佐竹から、少しも目を逸らさない。
「オーケイ。オーケイ。気をつけますよ。諸々と説明するのが僕の仕事なのにこんなにピリピリしていても仕方ない。」
気を付けるとい言ったわりには多分今後も気を付ける気なんてないんだろう。合わない。純粋にあたし達は合わない人種だと思った。魂が分裂したNPCだから人種って表現も合っているか分からないけど。
佐竹の説明を簡単にまとめると。
この迷路にはこういった休憩所というのがいくつか存在してるいらしい。この休憩所はベッドと水道とトイレ。あとは包帯や薬といった、わりかし最低限の設備。
殺すことが目的ではなく、魂に高負荷を与えながら、ギリッギリのラインで生存させることが目的なので、ここを生き抜くための支援設備として運用されている。もう少し進んだ休憩所には、シャワーだったり、筋トレ器具や、食料が置いてある所もあるそうだ。長期間泊まって、強くなってから挑むって方法も選択の一つであったり、怪我の場合長期滞在を余儀なくされるので、そういう用途に使えるようにと。
あたしの傷はもう一度ちゃんと明るいところで見たところ、縫わなくても良いだろうということで、消毒とちゃんとしたガーゼと包帯の巻き直し。それと感染症の疑いがあるので、いくつかの飲み薬を飲んだ。
色々話し合ったのと、佐竹がこの休憩所の扉は外にいる知性のないモンスターたちには決して開けられないから安全ということを教えてくれたので、あたしはここで待機して、ヒカミとハクスイで一度近辺を散策してくる事になった。