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「ということは、その話のオチは娘が元通りになった訳ではなく、罪を代わりにかぶって人食い人狼となった娘が代わりに対価を払っていくという話か。」
「二場さんの作風って全体的にそういうのが多いんですよ。解りやすい正解を明かさないで、あとは自分で考えろ系の思想本ばかりで。でも、投げっぱなしって訳じゃなくて答えはきっと存在します。正答率が一パーセントに満たないだけで。少なくとも二場さんと同じ次元に立たないと正解の欠片すら見えない。二場さんってヒトなんじゃなくて神の化身か何かじゃないかと思ってしまいますよ。」
「向き合う......ね。」
ヒカミが意味深にあたしの半身を見てきた。何かを考えているようで、いやこんだけ突拍子もない難しい話、掴み所のこの話を、真剣に考えるのは、ヒカミが何度も転生を経験した古い魂だと言われたからなのか。
「何だが。今はまだ見えないけど、何となくいつかヒントぐらいは見えそうな、妙な手応えはあるんだよぁ。クモを掴むような話。
いや勿論、クラウド的な意味で、実体の無いって意味もあるけど、スパイダー的な意味で。実際掴んだら気持ち悪い的な意味も含めてさ。」
「ヒカミさん。あなたがこのように、二場マニアにしかわからないような考察をするあたり。もしかしたらわたしたちは意味あってここに集められたのかもしれません。
二場さんのスタイルはいつだって、最低限のヒントです。その人にそれ以上必要の無い情報は与えないのです。それは、後々出会う因子が事前に分かっていたなら、半分ずつしか情報を渡さないというのも、あの方のやることです。
そう考えると。わたしがここに来る際に二場さんに会えなかった事は納得がいきます。だいたいわたしは、二場さんを元々知っていたのです。わざわざ現れる必要も無いでしょう。」
マニアとはいえ、思想家の言い分をここまで言語化出来るって相当だと思う。といってもあたしがその原本を読んだ事があるわけではないので、正解か不正解かなんて本当は分からないけど、これだけ迷わずにさらりと言えてしまうのは多分正解なんだろう。でもそれはそれで怖い。不信感に近い感情まで持ってしまう。あたしたちは二場のせいでこんな目にあったのに二場の信者なのが、あたしの中で嫌な気持ちとして小さく燻る。
「その論理でいくと、」
意外にも口を開いたのは歩であった。予想外の人が喋り出したもんだから、注目の的となる。
「アタイがここに来るに至ったのも、二場の思惑の上なのか......」
そうだ。そもそも歩がこの次元に来るに至った経緯はまだ聞いていない。
「アタイの招待状はツレからのものだった。」
歩の言うツレというのは彼氏さんの事だ。
どうやら、前日から彼氏が目覚めないという状況。仲間うちでも複数で目覚めない人の話が回ってきた。
情報が錯行する中、出来るだけ武装して待てば【招待状】が来るって話を掴んで......出来る限りの武装をして待っていたら本当に、頭の中に直接【招待状】の話が聞こえて来て、気が付いたらあの狭間の部屋にいたと。
それなら、銃を持っている事には納得である。その話を聞いてから歩を見ると、足元は丈夫そうなショートブーツで、タンクトップに軍服のような丈夫なジャケットで、どの環境に対しても準備をしていた事が分かる。
「気持ち悪いのが首輪なんだよな。人狼と会える保証も無いのに最初に渡される。でも、この首輪なくしてはここの話合いにまで辿りつけなかった。手の上で踊らされているようで嫌だが、今はこの状況で進むしかないんだよな。どう話が転んでもアタイの目的は願い事より、ツレと再会して元の次元の世界に戻る事だ。」
まあ、どこから。何を言えば良いのか。歩のこちらの世界に来た経緯は意外とロマンチックだ。だって、突然仲間たちが目覚めなくなって、彼氏を救うために、ここに来たって。
たまたま迷い込んだあたしとはわけが違う。
いや。あたしはそうだ。あたしはそうなんだ。でも、ヒカミは?別に彼氏を追いかけてとかじゃなくて、ヒカミはあたしを助ける為に来てくれた。ハクスイもヒカミの招待状で来てくれた。
あたしはヒカミを見るととんでもなく難しい顔をしてヒカミは天井を仰いでいた。
「その手の上で踊らされている偶然が何か引っかかるんだよなぁ。取り敢えず、キアラさん向けに手短に話すけど。
サクがどうやら、招待状無しで、たまたまこの世界に巻き込まれて入ってきちゃって。おれはサクからの招待状で、ハクスイはおれからの招待状でここに来たんだ。
あれそういえばハクスイ招待状って歩に使ったんじゃなくて、歩はたまたま会っただけなんだから招待状まだあるよな?」
「あるよ。肌身離さず。」
ハクスイは着物の胸元に手を突っ込むと、例のコピー用紙のような折りたたんだ招待状を取り出した。
多分他の人は着物の中に入れていただけに見えたのだろう。あたしの位置からはしっかり下着の間から出すのが見えた。比喩表現じゃなくて本当に肌身離さずだ。
「おー悪い。一つだけ試したいことがあってね。誰かペン持ってる?」
「わたし、持ってます。職業柄、ペンとメモだけは絶対に肌身はなさず持っています。」
キアラがヒカミにペンを渡すと、ヒカミはハクスイの招待状に[田中ヒカミ]と自分の名前を書いたのだ。
一同。えっ?何でという顔でその招待状を見つめている。
「うん。やっぱり何も起きないか。いや、念の為にね。もう既に招待されている人間が、招待書かれたらどうなるのかなぁって思って。」
ヒカミは言いながら、ジェスチャでお礼の仕草をしながら、キアラのペンをキアラの目の前に起き、ハクスイに招待状を畳んで渡した。そしてハクスイは、またその招待状を乳と下着の間に挟んでいるのをあたしはしっかり確認した。
「さて、遠回りになっちまったな。そろそろキアラさんがここに来た経緯を聞こう。」
そういえば今更ながらの突っ込みだが、やはり司会進行というか、リーダーシップはハクスイよりヒカミの方が圧倒的に向いている。
「わたし、えっと。ちょっとオタク気質といいますか。同人活動ってやつですかね。それをやっていまして。
その繋がりで、わたしが招待状を貰って、わたしからシキを招待して。最初はシキと一緒に行動していましたが、シキと途中で逸れてしまい。再会した時には......」
そう言って、キアラは自分の胸のあたりを確認し始めた。首から、胸の中を覗くようにして。
あたしは、キアラの正体もわからず、ハクスイからも怪我をしていたというニュアンスの説明しか受けていない。
「わたし刺されました。シキに刺されました。どうして、なぜ生きて、今ここでお話ししているのでしょう?」
自分でもなぜ忘れていたのが分からないと言った表情だ。しかし、誰も分かるはずがないのだ。
「どうしたもこうしたもねえよ。」
しびれを切らしたのは歩だった。
「アタイがシラミズと偶然会って、ヒカミと狼の話を聞く。それでアタイ独りで狼を止めに行った。ここまでは理解出来るな。どう考えてもシラミズが足手まといにしかならないって判断したんだ。それでシラミズにここの休憩所の場所を教えて先に待っておけと指示を出したんだ。それでアタイが狼の一仕事を終えている間に、何故かシラミズがお前を拾って来たんだよ。」
休憩場へ行く途中に拾った?あの獣が蔓延る迷路にいたという事......?
「私もパニクっていたからあまり覚えてないけど......可愛い子が血塗れで倒れていたから、つい拾ってきちゃった。」
つい拾ってきたって、捨て犬拾うような言い方だけど、無駄にデカい体躯であるハクスイからしてみれば、平均より少し小さい身体の子は拾うって表現でもおかしくないのだろう。
「ということは、怪我をしたわたしを救ってくれたのは歩さんという事ですか?」
「それが違うんだよ。ここだけは、今までの会話を全部振り返っても、ノーヒントで違和感しかない。」
「それはつまり、」
「右肺バックりやられてるんだ。死んでもおかしくない。なのにお前。その切られたとこ完全に縫ってあるし、治癒してるんだぜ。」
なるほど。これがハクスイの言う説明出来ない状況の子という事か。服も破けて血塗れで怪我をしていると思って連れて来たのに、その傷は何故か治癒していた状態で意識を失っていた。最低限の医療の心得がある歩が死んでもおかしくない傷であったという程なのに。そして、本人も状況を知らない。知っているのは一緒にきた親友に刺されたという最悪な事実だけだ。今のヒカミのように。
「それも傷口が本当に普通に外科手術の痕なんだ。かなり上手いやつが縫合したような。あくまで神業ではなく、人間業で優秀な外科医がやった痕って感じだ。それも縫合してから時間が経って抜糸の痕が薄っすらあるぐらいだ。違和感しかねえ。」
確かに、刺した親友と、謎の治癒。しかも本人は事情を全く知らないときたもんだ。
「わたしはシキに刺された記憶が凄く新しい気がするんですけど、もしかして凄く長い時間迷路で倒れていたという事ですかね?」
刺された傷口が治っているなら確かにそうだろう。一般的にそれしか考えられないだろう。しかし、実際はそんな事有り得ない。
「無理だろ。あんな場所で寝ていたら、あの牛頭の犬に食われる。そうじゃなくてもこの一ヶ月でアタイはここの周りを何度も歩いた。見つけない筈がない。」
だとしたら、
「納得したくないが、急に怪我が治っているとしか説明出来ないんだ。それも第三者の介入により。」
納得がいかない。あたしが人狼になった事、友達に刺されて、目が覚めた時には傷が治っていた事。それも誰かが治した......あたしの場合は歩が助けてくれた。これで話が繋がる。キアラの場合の第三者は......佐竹?まさか?あたしたちの知らない所で、また都合の良い誰かがいるんだろうか?
「キアラさん。証拠も何もない。おれの妄想のような推理だが、もしそのようにして、キアラさんに治療を施した誰かがいるのなら、君の親友のシキさんはきっと君に殺意があったのではなく、何らかの理由があっての事だと思う。多分シキさんに会わないと真相は見えないから、もし自分を殺そうとした人だって恨みそうな気持ちや、もう二度会いたくないって恐怖心があるんだったら、一旦その気持ちは目を瞑って欲しい。一度会って顔見て話さないと何も見えない。」
ヒカミがキアラに言った優しい言葉は、ヒカミ自身が自分に言ってきた言葉なのだと察してしまった。今キアラと一番近い立場はヒカミなのだ。
「すみません。ヒカミさん。確かにそうです。わたしは今、親友であるはずのシキに疑心を抱いている自分がいました。もしヒカミさんの進言がなければ、大切な友人を恨んで、見つけた瞬間に刃を向けたかもしれません。ありがとうございます。」
ヒカミは、今。キアラの為に言った立場を取ったけど、本当は、本当は......
「んで。サクはなんで泣いてるんだ?」
『ほへ?』
変な声で応対してしまったが、目をこすると、確かに少しだけ濡れていた。
『ほら、たまにあるじゃん、ぼうっとして目が乾いちゃう時。』
あたしは、なるべく明るくごまかしたつもりだったけど。「そうだね。」と短く返答して、この話題をすぐに打ち切る流れに持って行ったのは、ハクスイであった。普段しょうもないボケばっかり突っ込んでくるけど、急に真面目に切り替わるあたり、あたしの涙の意味を察してしまっているんだろう。
「今んとこさ。全部が紙一重の運命の上で成り立っている気がするんだ。
サクが追いかけてくるときに、おれとハクスイが二手に分かれるという選択ではなく、二人でサクを止めるという選択肢であったら、きっと歩とも会えなかった。歩がもしサクを止めるのにもう一分でも遅かったら、おれは今ここにいないだろうし、ハクスイがたまたまキアラさんを見つけなかったら......パッと思いつくだけでもキリがない。
だからさ。なんていうの。つまりさ。とりあえず、ここまでみんなで生きて出会うことが出来たんだから、みんなでクリア出来るよ。キアラさんも、きっと親友さんと再会できるだろうし。前向きに行こうぜ。」
ヒカミが上手に閉めてくれた。
分からない事をいつまでも話し合っても時間の無駄。ここからはどうやってこの迷路を攻略するかの話し合いだ。