ホーム不条識な狼の理♗02
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 結局三人で集まる事もハクスイの先約により実現しなかったので、あたしは就職先の介護センターに来ていた。
「あら、樫山さん。今日も寄ってくれたの?」
 あたしが来た事にすぐに気付いてくれたのは、いつもこの辺の掃除を好んでしているパートの方だ。
『ええ。あっ、でも顔出し程度ですよ。あたし昨日ここにタオル忘れちゃったんですよ。』
「ああ。もしかしてあの黄色いタオル、ごめんなさい。樫山さんのじゃなくて、会長のかと思って会長室に持って行ってしまったわ。」
『いえ。忘れたのはあたしの方なので。大丈夫ですよ。ちゃんと自分で取りに行きます。』
 あたしはそう言って、事務室を出た。
 三年間ここの介護センターで働いた割には、あたしは未だに会長室に行った事が無かった。
 用も無いし。会長室は別棟なのだ。バイトのあたしがわざわざ行くまでもない。
 とは言っても、来週からは、バイトじゃなくて、訓練生として行く事になるんだろう。行き慣れるに越した事はない。

 別棟入り口で、老人が独りぼうっと立っていた。
 あたしは『こんにちは』と挨拶をすると、老人の横を通り過ぎた。
 ふと、通り過ぎた老人の方へ振り向くと。そこに老人の姿は消えていた。
 しかし。これはわりかし日常なのだ。
『ああ。今日は、お天気ですからね。』
 あたしは姿の見えなくなったドアに向かって言った。
 そうなんだ。
 いつもの事。みんなが見えないものが視えてしまう日常。
 所謂幽霊と言われる。嘗てこの世界で生きていた人。結構しっかり目に視えてしまう。油断すると生者と間違える。
 更に言うと、生霊もそれなりに人の形で視える。想念も視える時が多いけど形としては視えない。抽象的に煙のように視える。だからあたしは人混みと強い思想の人が苦手だ。
 それを定義することも証明することも出来ないけど、あたしには物心ついた時から、それが視えていた。
 そんなあたしが、競い合い蹴り合いの競争社会の一般職など着ける筈が無いのだ。
 誰かよりも良い成績を上げようと野心家がのさばる社会の中、あたしはヒトだけではなく、そのヒトから溢れ出ている煙にまで気を使わないとならない。
 だったら、何もかもがゆったりの流れるお爺さんとお婆さんに囲まれた介護センターがきっと一番の天職だ。
 ここではヒトを恨む程の心の力を持った人はいない。
 疲れきり枯れきり。安らかに余生を大事にする笑顔だけだ。
 誰しも介護は痴呆が怖いっていうけど、痴呆の人は想念が強くないから、煙も出ない、あたしからしてみればそっちの方がよっぽど安全。

 だから、友達はヒカミとハクスイだけで十分だ。
 幼稚園児の時から、生きている人と死んでいる人の見分けがつかなかったあたしは物凄い不思議ちゃん扱いで、幼きながらも避けられているのがすぐにわかった。
 小学生に上がった時、最初に出来た友達がヒカミだった。
 どうやら、あたしが幽霊と話しているという行為自体にヒカミは物凄く興味を持ったらしく、ヒカミの方からガンガン話しかけきた。
 家も近かったし、当たり前の様にヒカミと一緒にいた。
 二年生に上がってからかな。ハクスイと凄く仲良くなったのは。まーあれは良い話とは、言えないけど、多分例のあの件が無かったら、今ハクスイとはこんなに仲良くなってないと思う。
 流石にね。ここまで大きくなればね。周りの人には視えるのは内緒にしているし、生者と死者の見分け方も分かってきた。たまにミスるけど。今とか普通にお爺さんとすれ違ったと思ったし。
 それも思い出せば、ヒカミの「サクの言う壁にめり込んでる奴は多分幽霊だぜ!普通の人間は壁に入ると怪我する」って確かガラスに腕突っ込んで血塗れなりながら、言っていたんだよね。まだハクスイと仲良くなる前だから、あれ小一の時か。
 あの時なんでヒカミはガラスに突っ込んだんだっけ?壁にめり込んでる奴は幽霊論がインパクトありすぎて、何で突っ込んだのか全然思い出せない。
 あたしが急いで先生呼んでくるから大人しくしててって言ったのに先生と一緒に現場に戻った時には、自力で引き抜いて出血多量で失神してた。あたしは、それ見てヒカミが死んだと思ってボロクソ大泣きしてたんだよね。
 あたしは死んだ人は視えるけど、人は死んだら触れられなくて、生きている時と違う付き合い方になる事を知っていたから。
 そこまで思い出せるのに、やっぱり肝心のガラスに突っ込んだクダリが全く思い出せない。

 会長室はこの通路を真っ直ぐに。
 ふと、廊下に黒い煙が立ち込めた。足元を絡め取るように粘度を帯びたような煙が、廊下全面を埋め尽くしていく。
 火事?......じゃない。煙は下に滞留しない。そんな化学的な根拠だけじゃなくて経験則から言える。
 これ、人の想念の煙だ。
 凄まじい悪巧みや、物凄い瞑想の後、世界の悪いものを凄く憂うとかじゃないと、こんなトンデモない大物は滅多に出ない。
 この黒い想念は怖い。小さいものなら、見慣れたもんだけど、火事と誤認する程の大きい煙は途轍もなく怖い。飲まれる。ここまで大きな黒いものは基本的に災害時みたく大人数で一斉に想わないと視えないんだけど。これを視る度に思う。
『霊的なものが全部視えなくなりますように。』
 小さい頃から、あたしだけが知る恐怖。他の人には視えない。
 恨みを超えた黒い想念は、恐怖と憂いだ。
 今ここに立ち込める煙も大きな災害時の想念に似ている。
 しかし、この黒い煙の感情は、怖いよりかは憂いに近いし、そして、あの黒い煙は多くの人の声から形成された集合体だったのに対し。この煙、多分一人から出ているのだ。個体から、こんなにも黒い煙......こんなの見た事無い。そんな人がどうしてこの施設内にいるの?
 あたしは煙の出どころの部屋の中を覗いた。中は煙の中に老人が寝ていた。
 まさか?老人が?ありえない。
 どう見たって年齢的に脳の機能が低下しているのに、こんな集中力を保っているはずがない。あたしはその老人と煙のたち込めるドアを開けてしまった。

 この、選択がのちに死ぬほど後悔に繋がる。運命が狂う瞬間だった。

 結論から言うと。あたしは明日、卒業式には行けなかった。
 いや、あたしたちは。だ。
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不条識な狼の理作者:駿河鵬命
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 結局三人で集まる事もハクスイの先約により実現しなかったので、あたしは就職先の介護センターに来ていた。
「あら、樫山さん。今日も寄ってくれたの?」
 あたしが来た事にすぐに気付いてくれたのは、いつもこの辺の掃除を好んでしているパートの方だ。
『ええ。あっ、でも顔出し程度ですよ。あたし昨日ここにタオル忘れちゃったんですよ。』
「ああ。もしかしてあの黄色いタオル、ごめんなさい。樫山さんのじゃなくて、会長のかと思って会長室に持って行ってしまったわ。」
『いえ。忘れたのはあたしの方なので。大丈夫ですよ。ちゃんと自分で取りに行きます。』
 あたしはそう言って、事務室を出た。
 三年間ここの介護センターで働いた割には、あたしは未だに会長室に行った事が無かった。
 用も無いし。会長室は別棟なのだ。バイトのあたしがわざわざ行くまでもない。
 とは言っても、来週からは、バイトじゃなくて、訓練生として行く事になるんだろう。行き慣れるに越した事はない。

 別棟入り口で、老人が独りぼうっと立っていた。
 あたしは『こんにちは』と挨拶をすると、老人の横を通り過ぎた。
 ふと、通り過ぎた老人の方へ振り向くと。そこに老人の姿は消えていた。
 しかし。これはわりかし日常なのだ。
『ああ。今日は、お天気ですからね。』
 あたしは姿の見えなくなったドアに向かって言った。
 そうなんだ。
 いつもの事。みんなが見えないものが視えてしまう日常。
 所謂幽霊と言われる。嘗てこの世界で生きていた人。結構しっかり目に視えてしまう。油断すると生者と間違える。
 更に言うと、生霊もそれなりに人の形で視える。想念も視える時が多いけど形としては視えない。抽象的に煙のように視える。だからあたしは人混みと強い思想の人が苦手だ。
 それを定義することも証明することも出来ないけど、あたしには物心ついた時から、それが視えていた。
 そんなあたしが、競い合い蹴り合いの競争社会の一般職など着ける筈が無いのだ。
 誰かよりも良い成績を上げようと野心家がのさばる社会の中、あたしはヒトだけではなく、そのヒトから溢れ出ている煙にまで気を使わないとならない。
 だったら、何もかもがゆったりの流れるお爺さんとお婆さんに囲まれた介護センターがきっと一番の天職だ。
 ここではヒトを恨む程の心の力を持った人はいない。
 疲れきり枯れきり。安らかに余生を大事にする笑顔だけだ。
 誰しも介護は痴呆が怖いっていうけど、痴呆の人は想念が強くないから、煙も出ない、あたしからしてみればそっちの方がよっぽど安全。

 だから、友達はヒカミとハクスイだけで十分だ。
 幼稚園児の時から、生きている人と死んでいる人の見分けがつかなかったあたしは物凄い不思議ちゃん扱いで、幼きながらも避けられているのがすぐにわかった。
 小学生に上がった時、最初に出来た友達がヒカミだった。
 どうやら、あたしが幽霊と話しているという行為自体にヒカミは物凄く興味を持ったらしく、ヒカミの方からガンガン話しかけきた。
 家も近かったし、当たり前の様にヒカミと一緒にいた。
 二年生に上がってからかな。ハクスイと凄く仲良くなったのは。まーあれは良い話とは、言えないけど、多分例のあの件が無かったら、今ハクスイとはこんなに仲良くなってないと思う。
 流石にね。ここまで大きくなればね。周りの人には視えるのは内緒にしているし、生者と死者の見分け方も分かってきた。たまにミスるけど。今とか普通にお爺さんとすれ違ったと思ったし。
 それも思い出せば、ヒカミの「サクの言う壁にめり込んでる奴は多分幽霊だぜ!普通の人間は壁に入ると怪我する」って確かガラスに腕突っ込んで血塗れなりながら、言っていたんだよね。まだハクスイと仲良くなる前だから、あれ小一の時か。
 あの時なんでヒカミはガラスに突っ込んだんだっけ?壁にめり込んでる奴は幽霊論がインパクトありすぎて、何で突っ込んだのか全然思い出せない。
 あたしが急いで先生呼んでくるから大人しくしててって言ったのに先生と一緒に現場に戻った時には、自力で引き抜いて出血多量で失神してた。あたしは、それ見てヒカミが死んだと思ってボロクソ大泣きしてたんだよね。
 あたしは死んだ人は視えるけど、人は死んだら触れられなくて、生きている時と違う付き合い方になる事を知っていたから。
 そこまで思い出せるのに、やっぱり肝心のガラスに突っ込んだクダリが全く思い出せない。

 会長室はこの通路を真っ直ぐに。
 ふと、廊下に黒い煙が立ち込めた。足元を絡め取るように粘度を帯びたような煙が、廊下全面を埋め尽くしていく。
 火事?......じゃない。煙は下に滞留しない。そんな化学的な根拠だけじゃなくて経験則から言える。
 これ、人の想念の煙だ。
 凄まじい悪巧みや、物凄い瞑想の後、世界の悪いものを凄く憂うとかじゃないと、こんなトンデモない大物は滅多に出ない。
 この黒い想念は怖い。小さいものなら、見慣れたもんだけど、火事と誤認する程の大きい煙は途轍もなく怖い。飲まれる。ここまで大きな黒いものは基本的に災害時みたく大人数で一斉に想わないと視えないんだけど。これを視る度に思う。
『霊的なものが全部視えなくなりますように。』
 小さい頃から、あたしだけが知る恐怖。他の人には視えない。
 恨みを超えた黒い想念は、恐怖と憂いだ。
 今ここに立ち込める煙も大きな災害時の想念に似ている。
 しかし、この黒い煙の感情は、怖いよりかは憂いに近いし、そして、あの黒い煙は多くの人の声から形成された集合体だったのに対し。この煙、多分一人から出ているのだ。個体から、こんなにも黒い煙......こんなの見た事無い。そんな人がどうしてこの施設内にいるの?
 あたしは煙の出どころの部屋の中を覗いた。中は煙の中に老人が寝ていた。
 まさか?老人が?ありえない。
 どう見たって年齢的に脳の機能が低下しているのに、こんな集中力を保っているはずがない。あたしはその老人と煙のたち込めるドアを開けてしまった。

 この、選択がのちに死ぬほど後悔に繋がる。運命が狂う瞬間だった。

 結論から言うと。あたしは明日、卒業式には行けなかった。
 いや、あたしたちは。だ。
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