#12 決戦 フランケ
「来たかよ」
女児を羽交い絞めにしていたフランケが、ヨウマを見て言った。曇天は終わり始め、少しずつ青い空が見えてきていた。
「やろうよ、タイマン」
その一言を受け、彼は女児を解放した。野次馬の中に消えていった彼女が何の怪我もしてないことを、ヨウマは祈る。
「今度こそ死んでもらうぜ」
「こっちのセリフ」
二人は、同時に得物を握り、同時に地面を蹴った。
先手を打ったのはヨウマだった。力強く石畳の広場を踏みつけ、刀を一文字に振る。だが、フランケは軽やかな動きで数歩分後ろへ跳んで躱した。
そこから、斧が飛ぶ。ヨウマが幾ら弾いても、その手斧は彼を襲い続ける。ふと、思いついたことがあった。彼は斧の柄を取る。
「馬鹿が!」
その斧が大きく上昇を始め、回転によって少年を振り払おうとする。しかし、それが良くなかった。
確かに、ヨウマの手は離れた。だが、見上げたフランケの目を、陽光が襲う。そのタイミングで、彼は雷の槍を投擲した。咄嗟に斧を割り込ませたフランケだったが、群衆や仲間の安全を考えずに繰り出された最大出力の魔法を前に、得物の片方が砕かれた。
「......面白い!」
落下を始めたヨウマの小さな肉体。着地の瞬間、人は必ず無防備になる。フランケが狙うのも、そのタイミングだった。砕かれることを恐れて投擲はできないが、十分追いつける距離であった。
だが、彼は向かってくるヨウマの姿を見た。真っ直ぐに突っ込んでくる。
(空中で加速⁉)
驚いた時、既に相手は地面にいた。頭が追い付かない。
(なんだ、今のは......)
あり得る可能性としては、幻術の類だろうか、と推測する。一瞬錯覚を引き起こし、着地の隙をカバーした、と判断。
(直接害を成さないのなら、放置でヨシ! 首を落としてくれる!)
走り出したフランケ。数分間に幾度もの衝突が起こった。どちらの刃も欠けることなく、持ち主の意のままに操られる。時折空を切ることもあったが、二人は防御と攻撃を交互に繰り返し続けていた。
術で状況を変えたいヨウマと、飽くまで近接戦闘に徹して優位に状況を運びたいフランケとのぶつかり合いは、前者の願いが叶う形で終結した。
左投手のアンダースローのような動きで雷の槍を投げつけたヨウマ。フランケがそれを斧で掻き消す数秒の間に、彼は相手の懐に潜り込んでいた。熱した刃で腹を切りつける。
薄皮一枚、という所。血は流れない。甲殻を剥しただけだ。舌打ちした彼を、フランケは蹴り飛ばす。
「ヨウマ、お前は親父のために戦っていると言ったな」
呼ばれた彼にはその意図が読めず、痛みを振り切って構え直すだけだ。
「俺もそうだ。第一席ガスコの義理の息子として、与えられた任務は確実に果たさなければならない」
「だから?」
「俺の命に代えてでも、お前を殺す。いいな?」
「よかないよ」
二人は見合った。晴れ間に煌めく二つの刃。汗がぽたりと落ちる。不用意には動けない、その緊張が、野次馬たちまでセメントで固めているようだった。
奇しくも、両者の呼吸は同期し始めていた。いつ攻めるか、どう守るか。空間に横たわる思考が、得物と得物を糸で繋ぐ。瞬間、弾けた。
まず踏み込んだのは、ヨウマだった。斜め下から肩に抜ける斬撃──逆袈裟。甲殻の表面を引っ掻いて、過ぎ去る。その勢いで少し前に出てしまった彼の脇腹に、蹴りが刺さった。
食道を逆流する未消化物。塊のような吐瀉物が広場に落ちる。しかし、苦しんでいる暇はない。上から来る追撃を弾き、安定しない足取りで一旦離れた。
それを、フランケが追う。リーチは短い。退くこと自体は、ヨウマにとってそう問題ではなかった。だが、続けばいつか掴まる。何より、いつその矛先が周囲の人間に向かうかわからない点が気掛かりだった。
馬鹿正直にタイマンを張ってくれればそれでいいのだが、と様子を窺いながら、彼は術を使うタイミングを探っていた。
一つ、甘い攻撃が彼に仕掛けられる。隙だらけの真向切りだ。今だ、今しかない──ヨウマは覚悟を決める。左手の指輪へ、魔力を流した。
その瞬間、フランケは動く者を眼で追った。攻撃をすり抜け、背後に回るヨウマの姿。狙い通りだった。途中で斧の軌道を強引に変える。斧を操作する術の応用だ。振り向き様に首を刎ねる──そのイメージは、完璧だった。
だが、違和感。ヨウマはそうわかりやすい罠に嵌るものか、と。一瞬の間に、今自分が見ているものが実像でないことに気付く。僅かに、透けている。
「お前──」
再び方向転換。しかし、遅かった。ヨウマの投擲した雷の槍が、心臓を穿つ。死ぬ、敗ける、斃れる。
「舐めるなよ、ヨウマ!」
バックステップしながら槍を投げたヨウマ。安全だと思っていた。然るに、フランケもまた、残る生命力全てをかけて、斧を放っていた。不意を衝かれた少年の右腕が、肩で落ちる。
終結。倒れ伏した戦士を前に、ヨウマは傷口を魔法で塞いでいた。
「......勝ったんだ」
人を、殺した。これで何度目だろう。ニェーズを、オビンカを、地球人を、幾多斬り捨てて来たろう。だが、どうしたって殺人の後は心が曇る。
「......行かなきゃ」
無感情に踵を返した途端、彼は立てなくなった。疲労だ。
「ヨウマ!」
群衆を掻き分け、キジマが来る。
「お前、腕......!」
「大丈夫。保険はかけてある」
「保険って......金でどうこうできる問題じゃねえだろ!」
「シェーンの所に連れて行って」
脂汗を垂らしながら、淡々と語る親友を前に、キジマはどう対応すればわからなくなってしまった。
「万が一の時のことは決めてある。だから、シェーンの研究所に連れて行って」
血の流れていない傷を見て、彼は一つ腹を決める。こいつが言うなら何とかなる、と無責任にさえ思える信頼を抱き、ヨウマを担ぎ上げた。
「シェーンさんのとこ、お前出入りしてたもんな」
どよめく観衆を突っ切り、居住区を駆ける。
「でも、まず救急車だろ」
「手当が遅れる。普通、居住区の外の病院に連れていかれるからね」
「なんだかんだ考えてるんだな、お前も......」
二十分近く走り回り、漸く目的地。シェーン義肢研究所と書かれたピンクの壁だ。
「先生! ヨウマが!」
その中に入って開口一番、キジマは叫んだ。奥の方から白衣のシェーンが出てくる。
「ヨウマくんが、何だい?」
「腕を切り落とされたんすよ!」
「そりゃあ大変だ。こっちへ」
受付も通さず、二人は診察室に通される。義手義足がずらりと並ぶ空間に、キジマは気圧された。
「ほら、座らせて」
促されて、彼はヨウマを椅子に降ろした。
「うーん......」
傷跡を眺めながら、シェーンが唸る。
「どう? つけられる?」
「つけるだけなら簡単さ。この私にかかればね。しかし、問題はどんな腕を、という所にある」
「どういうこと?」
「とっておきがあるんだ」
彼は並ぶ義手の内、一つを取る。銀色の外殻は、重厚な輝きを放っていた。
「クリムゾニウムをフレームに採用した義手、と言えばわかるかな?」
二人とも首を横に振った。
「クリムゾニウムは、意志の力に呼応する。魔力を流して自在に動かせるだけではなく、魔法だって撃てる。試してみようか」
シェーンはその義手をヨウマの傷口に宛がう。
「魔法を使うイメージで、魔力を送り込んでくれ」
言われるがまま、ヨウマは義手との間に魔力の流路をイメージした。なるほど、少しずつだが指が動いている。
「よし、これならリハビリの期間も短いからね。護衛任務への影響も最小限だろう。さあ、明日から入院だ!」
そうして、そう長くない治療の日々が始まった。