#13 後のこと
「フランケが死んだか」
跪きながら肩で息をするオビンカを見下ろして、ガスコが言った。そして、円卓を睥睨する。残る六人は皆席に着いていた。
「やっぱり死んじゃった」
タジュンがケラケラと笑って言った。
「で、どうやって死んだの?」
報告するオビンカに向けて問う。
「幻影で隙を作られた後、魔法で心臓を......」
「ダッサ~。ほんと、馬鹿は死ぬまで馬鹿なんだね」
口元を袖で隠す彼女に、異を唱える者がいた。
「タジュン、戦いの中で死んだ男を侮辱するな。むしろ、戦場で果てたのは、あいつにとって最高のことだろう」
イータイ。第二席だ。側頭部にある二対の角は、隣り合うものと絡み合うようにして上に伸びていた。歳を考えれば、壮年と言った所。中々に精悍な顔つきをしていた。
「一矢報いることはできたんだろ?」
「ええ、右腕を奪っておりました。しかし、ヨウマは義手の当てがあるようで」
「つくづく不幸な男だ、フランケは」
涙を拭うような動作をした彼は、若き戦士が楽園に迎え入れられることを祈った。
「でも、ヨウマだっけ? 興味出てきたなあ。次は私が殺しに行っていい?」
「いえ、私が」
タジュンを遮り、一人、老年のオビンカが手を挙げた。背広姿の彼は、ゴーウェントという。第七席である。
「フランケは私の弟子......弔い合戦をさせていただきたいのです」
後頭部から捻じれるような角が生えている彼の声は、それだけでガスコを納得させた。立てばすらりとした肢体が、黒い背広を映えさせている。腰にはレイピアが提げてあった。
「ふむ。筋は通っているな。いいだろう。次はゴーウェント、お前に任せよう」
ゴーウェントは恭しく一礼し、席に戻った。
「ガスコ様、新たな第八席の選出はいかがなさいましょう」
一人が言った。ドレッドヘアに近い髪形をしていた。
「新たなニーサオビンカが選ばれるのは、新たな王が選ばれた時だ。今は時機ではない」
ドレッドヘアが頭を下げた。
「しかし、地球人にニーサオビンカが敗北した、という事実は重く受け止めなければなるまい」
ガスコが立ち上がれば、皆それに追随する。
「研鑽せよ。我々は七幹部を、ひいてはユーグラスそのものを排せねばならん」
重みのある声音が、薄暗い地下室に響く。
「オビンカによる、オビンカのための支配を。努々、理想を忘れること勿れ」
◆
キジマの拳が、空を突く。ビュッ、と風を切っていた。
「そうだ、そのスピードだ!」
その斜め後ろで、オールバックのニェーズが言う。オーサ。七幹部の一人だ。ジーンズと白い長袖のシャツは、筋肉で膨らんではち切れそうだ。その彼とキジマの身長さは、八十センチにもなる。
「次は俺に打ち込んでみろ」
「うっす!」
ヨウマがフランケを殺してから三日。その当人はあっという間に義手を使いこなし、今は日常動作の訓練を家で行っている。
だが、親友が重傷を負ったことで居ても立ってもいられなくなったキジマは、こうしてオーサに頭を下げて師事していた。
オーサは、彼に基礎的な身体強化術の出力向上を目的とした訓練を行わせている。細胞一つ一つに魔力を流し込み、その能力を引き上げるのだ。
ここは居住区の地下訓練場。ワックスの塗られたフローリングは、一歩歩く度にキュッと音を鳴らす。他にも戦闘訓練に励む者たちの姿が幾つかあった。
「さあ来い。全力でな!」
しゃがんだ姿勢でパンチングミットを持ち、オーサが大声を発した。
「行くっすよ!」
全体重と魔力を込めた、右ストレート。拳はミットを貫通し、師の掌に触れた。
「中々やるじゃねえか」
「ヘヘッ」
「ものの三日で身体強化のレベルは飛躍的に向上した。誇っていいぜ、お前には才能がある」
オーサはダメになったミットを腰に提げて、ポケットの中を探った。
「後は、そうだな。少しずつ出力を上げていって、体を負荷に慣らせ。一か月するころには、お前ならより高みに至るはずだ」
「一か月、すか......」
「なんだ、そこまで気長には待てねえか?」
キジマは拳を見つめながら頷いた。
「ま、手っ取り早く強くなる方法なんてねえよ。焦るばっかりじゃ寿命を縮めるだけだ......ああ、そうだ。最初にも行ったが、過剰な強化は細胞を破壊する。限界を超えて魔力を流し込むと、動けなくなるぜ」
黙したまま、彼はオーサの言葉を咀嚼していた。焦っている。それはわかる。だが、急がねばヨウマがまた手足を失うかもしれない。次はないかもしれない。
「これ、やるよ」
オーサが手を差し出す。棘のついた、赤黒いナックルダスターだ。
「クリムゾニウム製だ。この棘を使って、身体強化術の応用で相手をぶっ壊す技があるが......まだ早い。一か月後、伸びしろがあるってわかったら教えてやる」
「今は、無理なんすか」
「魔力ってのは、見えない川みたいなもんを伝って全身に行き渡る。細い小川から始まり、最後にはでっけえ川になる。そのためには、何度も使って、傷つけて、休ませてを繰り返して太くするんだ。今のお前じゃ、一回使うだけでへとへとさ」
もし、一撃で相手を倒す力があれば。ヨウマは腕を失わずに済んだかもしれない。もっと楽に勝てたかもしれない。そう思うと、彼は自分がとても小さく思えた。
「んじゃ、今日は休め。あーばよっ」
と、オーサが背を向けると、ちょうどヨウマが入ってきた。優香もいる。
「やっほ」
右腕のにばめた鈍色の腕。
「ヨウマ、大丈夫なのか?」
わかりやすく心配の色を浮かべ、キジマが問うた。
「余裕だよ。ホントの腕みたいに動くし」
ヨウマが右腕をぐるんぐるんと回す。捥げるのではないか、と慌てるキジマに、彼は何も言わず見つめ返した。
「キジマさん、深雪ちゃんが差し入れ作ってくれました」
優香は小さなバスケットを持っていた。ヨウマの方をチラチラ見ながらそれを受け取ったキジマは、小ぶりな握り飯が三つ入っていることを認識した。
「じゃ、休憩室で食えよ。汚したら怒られるの俺なんだぜ?」
オーサがそんなキジマに声をかけて去ろうとする。だが、止まった。
「もっと、ダチを信じてやれ」
ニェーズと地球人の間に生まれたキジマは、十の頃から父親と縁のあったジクーレンの下で戦闘訓練を受けた。そこで出会ったのが、ヨウマだ。
始めての手合わせの時。二つ下の相手に、彼はニェーズの種族から来る膂力の差を以てしても、辛勝だった。強がって弟にしてやる、と宣言して、それが今日における二人の関係を規定していた。
だが、現実はどうだ。その弟が命を賭けている時、割って入って助けられる自信もなく、ただ守りの姿勢をとっただけだ。そして、弟は知らなくてもいい痛みを知ってしまった。
「ほら、食べようよ」
ヨウマに急かされて、彼は訓練場の手前にある休憩室に入った。そう広くはない空間に、五個ほどの長机が置かれている。適当な所に三人は座った。
「別に、同情が嫌なわけじゃない」
お握りを食べようとしたキジマに向けて、ヨウマが言う。
「でも、変に気にされるのは嫌だ。兄弟だろ。思うことがあるならちゃんと言ってよ」
「俺が強ければ、お前は五体満足だったんだろうか」
「そういうの、好きじゃないな。結局は僕の油断だよ。キジマに責任はない」
俯いておむすびを口に運ぶ彼の頭を、ヨウマは叩いた。すると、笑い出す。
「壊れちゃった?」
「わかったよ、俺はお前の兄貴だ」
「なんだよ急に」
「再確認さ。俺の生き方の、な」
ピンと来ない二人を置いて、キジマはあっという間にお握りを三つ食べてしまう。
「俺はもうちょっと体を動かしてから帰るが、ヨウマ、付き合うか?」
「いいよ、久しぶりに試合しよう」
カーボン竹刀を握ったヨウマと、グローブをつけたキジマ。勝ったのは、前者だった。
◆
夕暮れ。ヨウマの住むアパート。その二〇三号室のドアノブに、やつれた中年男が手をかけた。鍵のかかった扉を開けようと、何度も押して引いてを繰り返す。
「どうして、どうして出てくれない?」
男は咬だった。
「僕は父親のはずだ。どうして深雪は僕から逃げる」
身勝手な怒りがついに頂点に達し、彼は扉を蹴りつける。
「そこ、僕んちなんだけど」
話しかけたのは、手錠を片手に持ったヨウマ。眉間に皺を寄せている。
「お前は、逃亡中に盗みを働いた。逮捕だ」
「ち、ちくしょう!」
咬は汗をだらだらと流して、首を右へ左へ動かす。そして、手摺を乗り越えて飛び降りた。
「キジマ!」
「おうよ!」
下で構えていたキジマが、着地した咬を取り押さえた。サイレンの音も響いてくる。あっという間にパトカーが並んだ。
「間違っている!」
咬が叫ぶ。
「あの人殺しこそ罰せられるべきだ! なんで、なんで僕が!」
「僕だって、やりたいわけじゃない」
聞こえないとわかって、罵られた方は呟いた。