#14 幹部の二人
「キジマくん、どう?」
女ニェーズが、向かいの席に座るオーサに問うた。ショッキングピンクのTシャツ、真っ青なミニスカート、天然パーマ。凡そ、個性的と言っていい容姿をしていた。
「悪くねえ。俺の後継にしたいくらいだ」
テーブルの上には無数のチョコドーナツ。居住区内部の、ドーナツ店だ。窓際にテーブル席が並ぶが、今日は日差し故にカーテンが降ろされている。二人がいるのは、そんなものの一つだ。
「グリンサこそ、ヨウマに指導してんのか?」
グリンサと呼ばれた彼女は、眠たそうな瞳で、添加物だらけの黒く甘い飲み物をストローから吸った。
「今更私が教えることはないかなあ。地球人っていうのが惜しいよ。私より先に死んじゃう」
ニェーズの寿命は、概ね百八十年から二百年とされている。その分成長も老化も遅く、肉体的な最盛期は地球人のそれよりずっと長い。
「キジマだってそうだ。どっちの寿命で生きるのやら......」
オーサは水を飲んでいる。
「というか、ドーナツ食べないの?」
「甘いモンは苦手でな」
「勿体ない人生だなあ」
山になったドーナツの一つを口に運び、グリンサは頬杖をついて外を見た。
「知ってんだろ、俺がスイーツ食わねえの。なんでここに呼び出したんだ」
数回の咀嚼で飲み込んだグリンサは、横目でオーサを見る。
「次に動くニーサオビンカ、誰だと思う?」
突然の問いかけに暫し当惑してから、彼はゆっくりと口を開いた。
「フランケは第八席。一番下っ端だ。だが、それでも地球人が単独でニーサオビンカを殺した事例はない......最悪、二席辺りが動くかもな」
「私は第七席が動くと思う」
「根拠は?」
「七幹部としての勘」
真面目な顔でそう言うので、オーサはおかしくなって笑い出してしまう。
「何さ」
「いや、俺はお前を信頼してる。だが、勘って言われりゃあどうしようもねえよ」
至って真剣な考察のつもりでグリンサは言ったのだが、それを笑われては腹が立つ。
「悪い、気を悪くしたならすまねえ。だけどよ、第七席だったとして、それがヨウマを殺しにきた時......勝てるか?」
「私がヨウマと動くつもり。そうすれば、死ぬことはないと思うよ。私が斬るもん」
彼女の傍には、漆黒の拵の太刀が立ててある。長年使い込んできた愛刀だ。
「七幹部グリンサ様は、随分と自信があるようで」
「オーサだってそうでしょ。負けるつもりで戦う人間はいない」
言葉の合間にドーナツを食むせいで、どの言葉も明瞭とは言い難いものだった。だが、次だけは違った。
「私がいる以上、ヨウマに一撃も浴びさせるわけにはいかない」
「......お前なりに覚悟があるなら、それでいい。任せたぜ」
オーサは水を飲み干して立ち上がる。
「俺はキジマの様子を見てくる。あばよ」
「ちょっと、奢ってよ」
「俺一つも食ってねえだろ。びた一文だって出してやんねえ」
「男でしょ、レディーにお金を出させて平気なわけ?」
溜息交じりに、彼は首の後ろに手を遣った。
「俺、来るんじゃなかったよ」
◆
その後、オーサは本部の方に顔を出して、黄昏時に帰路へ就いた。ぼんやりと薄暗い道を、鼻歌を鳴らしながら歩いていた。
家に帰れば新しいプロテインが待っている。プロテインはノンフレーバーに限る、というのが彼の持論だ。余計な甘みは、筋肉との対話を阻害する、と。
何はともあれバスに乗らなくてはならない。彼は、ルーティーンとして、少し遠めのバス停まで歩き、そこからゆっくりと揺られながら居住区に向かうようにしている。
だが、そんな彼の背後に、一人のオビンカが付いた。
「......何の用だ」
それを気取ったオーサは、ナックルダスターを取り出しながら問う。彼の感じ取る気配は、剣のように鋭い。
「七幹部、オーサさん。そうでしょう?」
「ああ、大正解だぜ。で? その殺気、只者じゃねえな。俺を殺しに来たのか?」
「ええ、ご名答。ニーサオビンカ第七席、ゴーウェント。推して──」
ゴーウェントが言い切る前に、オーサの大きな握り拳が、その左頬を打った。拳鍔の棘が肉を抉り、血を散らせる。
次撃。左拳がアッパーの形で繰り出されるが、ゴーウェントは素早く後退して躱した。更にオーサは踏み込む。三発、四発とコンパクトな打撃を繰り返し放つのだ。
だが、細剣を抜いたゴーウェントの動きは機敏で、疾風のような拳が作る嵐も、少し肌を掠める程度だ。それでも、オーサは攻め続ける。拳の間合いにおいて、剣はその能力を十全には発揮できない。故に、距離を詰めることが最適解だ。
苦し紛れか、ゴーウェントはレイピアを横に振り抜いた。細剣とは雖も、当然刃はついている。腕の一本でも、と思ったその斬撃は、不思議なことに、受け止めた二の腕で止まった。
「......プロテクターですか」
「おうよ。こういう時のために仕込んでんだよ」
「それでこのスピード......素晴らしい」
「その素晴らしさに免じて逮捕されてくれねえか?」
鼻で笑って、老人はレイピアを構え直した。
「日本には、辞世の句という概念があるそうです。あなたもそれを用意なさっては?」
「随分と強気じゃねえか」
逃げるゴーウェントと追うオーサ。時折来る反撃を、後者はプロテクターで弾く。腕や足だけでなく、胸にも仕込んであるのだ。どこに飛んでくるにしろ、体勢を変えて防御することは容易かった。
オーサは、ストレートをあまり使わない。フックが主体だ。小さな動きから繰り出される素早い打撃こそが、ナックルダスターの効果を引き出す。そして何より、スピードを活かした攻撃を仕掛けてくるであろう相手に、隙を見せたくなかったのだ。
顔を狙った刺突を避けながら、彼は一気に踏み込む。突き出た腕、がら空きの顔。貰った──彼はそう確信しながら左拳を頬に叩き込んだ。
と、同時に、魔力を相手の肉体に流し込む。細胞が耐えられる限界を超えた量を流し込み、組織を破壊していくのだ。破裂した体組織が血を撒き散らす。ゴーウェントは、視界が揺れるのを感じた。
「......素晴らしい」
左手で傷を癒しながら、ゴーウェントは呟いた。
「久しぶりです。ここまで手応えのある相手は!」
あっという間に傷は塞がるが、飽くまで応急処置だ。グロテスクな傷跡が残る。
「それに応えましょう」
レイピアが赤く熱される。これもまた、カジン──魔法によって鍛えられた武具であった。
ゴーウェントの脚は、これまでと比べ物にならないスピードで動いた。瞬時に剣の間合いに相手を捉え、刺突を繰り出す。左腕プロテクターで受けたオーサだったが、剣はそれを貫通して左の肺に突き刺さった。
小さな穴だ、即座に動けなくなる傷ではない。だが、重なれば呼吸ができなくなって殺されるだろう──オーサは、痛みを叫ぶ脳味噌で思考を回している。
剣が引き抜かれる。どこを狙うのか、焦る頭で考える。次の瞬間、相手は背後に回っていた。
「見え見えなんだよッ......!」
振り向きざまに、肘で頬骨を叩き割った。ゴーウェントの右目が潰れる。然るに、老人は止まらなかった。細い剣がオーサの心臓を貫く。押し下げながら引き抜かれたそれは、終に七幹部が一人の膝を地につかせた。
「おさらばです。オーサさん」
夕暮れの空のようにはっきりしない意識で、彼は髪が掴まれたのを感じた。終わったのだ。
(キジマ、すまねえなあ......)
そして、首が刎ねられた。
散った血液で汚れたゴーウェントは、スーツの内側に隠していたマイクを取り出す。
「タジュンさん、回収を頼みます」
こうして、ゴーウェントは七幹部の首を持ってオビンカ居住区に帰還したのだった。
◆
オーサの敗死が広く知られたのは、夜明けが訪れた後のことであった。十数年ぶりの、欠員だった。
葬儀も大々的に行われ、ヨウマとキジマも参列。だが、グリンサの姿はなかった。