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偽装

 王宮内から忽然と王女が姿を隠しました。けれどそれは王妃にとって幸いといえる出来事ではありませんでした。
 王妃は苛立ちをあらわに、狩人を呼びつけ、権高に命じました。
「あの小生意気な王女を探し出し、息の根を止めなさい」
「............」
 狩人は即答しませんでした。
「どうしたのです、獲物を狩るのがおまえの生業でしょう」
「そのとおりだな」
 口角をあげ、狩人は皮肉な笑みをつくりました。そしてゆっくりと立ち上がり、冷然とした態度で王妃に背を向けました。

「......ああ......っ」
 王妃は狩人の背に、縋りつきました。
「......ああ、ねぇ、待って。待って......」
「............」

 鼻にかかる甘い声を、狩人はこれまでに幾度も聞かされました。自分の身体の下で、あるいは上で。
 豊満な胸をすりつけ、王妃は今までそうしてきたように狩人を求めました。
 愚かな女の要求に、狩人は面倒くさげに応えました。
 今はまだ、王妃の機嫌をとっておかねばなりませんでしたから。

「ねぇ、わたくしは美しい? あの高慢な小娘より、わたくしの方が美しいと言って」
「......ああ」
 鬱陶しげに、狩人は答えます。
「あんな小娘に何ができるものですか。......ええ、ええ、わたくしこそが王座につくのに相応しいのだから!」
 狩人の身体の上で、王妃は淫らに髪を振り乱し、腰を躍らせ、そうして自分を慰めていました。自己に酔い、狂ったように。






 翌日、王宮から戻った狩人は、王妃が「狩れ」と命じた獲物を前にして、膝を屈していました。
「......酷い人。お父様だけではなく、わたしの命まで奪おうとするなんて」
 国王がついに崩御した報せを受け、王女ははらはらと涙をこぼしました。
 落涙する王女の姿が芝居がかって見えるのは、狩人の心持が歪んでいるからなのでしょうか。
「この国を、あんな卑劣な女に渡しはしませんわ。わたしこそが正当な王位継承者なのですもの」
 言い終えてから、王女は狩人の頬に手を伸ばしました。優しく撫でるその行為は、飼い犬に対するそれでした。
「あなたはわたしを護る盾になると、誓ってくださったわね?」
「誓いました」
「何か、方法はあって?」
「一時しのぎかもしれませんが......どうぞ、その髪飾りをわたしに」
「これを?」
 王女は、長い黒髪を飾る宝石のはめ込まれた櫛をはずし、狩人に手渡しました。
 王女を殺した証拠の一部として差し出すことを、狩人は説明しました。
 王女は小さく笑いました。
「あの強欲な王妃は、きっと易々とは信じないでしょうね」
「そうでしょうが、しばらくの猶予はできるでしょう」
 狩人は頬を撫でていた王女の手をとり、指先に接吻しました。
 そして王女は、忠実な飼い犬を褒めるかのような微笑を返しました。


 狩人は猪の腹を割き、心臓と腸を取り出してそれを皮袋に詰め込みました。王女から賜った髪飾りもです。
 それを持って、再び王妃のもとへ出向きました。
 血腥い皮袋の中身を確かめる王妃に、狩人は言葉少なく、言いました。

 依頼は果たした、それがその証拠だ、と。

 もちろんそれを安易に信じ、浮かれ喜ぶほど王妃は安直な性格ではありませんでした。疑わしげに狩人を見つめ返します。
 狩人は王妃の猜疑のまなざしを正面から受け止めていましたが、ふと視線を落としてそれから逃れ、またすぐに無感動な目を王妃に戻しました。そして狩人は冷たい面を王妃に向け、突き放すように言いました。
「しばらくの間、王宮から下がらせていただく」
 俺との情事が露見すれば、困るのは王妃だろう。暇乞いの理由を、短くそう告げました。
 二人の関係はとうに周知の事実となっていたのですから、今さら何を言うのかと、王妃は顔色を変えました。わたくしを護ると誓ったではないかと。
 狩人はもはや一言も発しませんでした。
 しなだれかかり、撫ぜるような甘い声で、狩人を留まらせようと必死になって追い縋る王妃の手を、狩人はにべもなく払いのけました。
 途端、王妃は烈火のごとく怒り、喚き散らしました。

 卑怯者、裏切り者、愚劣者――そう罵ったかと思うと、またすぐに切なげな甘ったるい声を上げ、涙ながらに行かないで、捨てないでおくれと哀願しました。

 狩人は、磨かれた大理石の床に唾を吐きかけました。そして踵を返し、二度と振り返らず、王宮から出て行きました。

 悲鳴にも似た王妃の嘆きと呪いの言葉を背に受け、狩人は裏切ることのできない唯一の人の元へと、帰ってゆきました。
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Snow White作者:あるく
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 王宮内から忽然と王女が姿を隠しました。けれどそれは王妃にとって幸いといえる出来事ではありませんでした。
 王妃は苛立ちをあらわに、狩人を呼びつけ、権高に命じました。
「あの小生意気な王女を探し出し、息の根を止めなさい」
「............」
 狩人は即答しませんでした。
「どうしたのです、獲物を狩るのがおまえの生業でしょう」
「そのとおりだな」
 口角をあげ、狩人は皮肉な笑みをつくりました。そしてゆっくりと立ち上がり、冷然とした態度で王妃に背を向けました。

「......ああ......っ」
 王妃は狩人の背に、縋りつきました。
「......ああ、ねぇ、待って。待って......」
「............」

 鼻にかかる甘い声を、狩人はこれまでに幾度も聞かされました。自分の身体の下で、あるいは上で。
 豊満な胸をすりつけ、王妃は今までそうしてきたように狩人を求めました。
 愚かな女の要求に、狩人は面倒くさげに応えました。
 今はまだ、王妃の機嫌をとっておかねばなりませんでしたから。

「ねぇ、わたくしは美しい? あの高慢な小娘より、わたくしの方が美しいと言って」
「......ああ」
 鬱陶しげに、狩人は答えます。
「あんな小娘に何ができるものですか。......ええ、ええ、わたくしこそが王座につくのに相応しいのだから!」
 狩人の身体の上で、王妃は淫らに髪を振り乱し、腰を躍らせ、そうして自分を慰めていました。自己に酔い、狂ったように。






 翌日、王宮から戻った狩人は、王妃が「狩れ」と命じた獲物を前にして、膝を屈していました。
「......酷い人。お父様だけではなく、わたしの命まで奪おうとするなんて」
 国王がついに崩御した報せを受け、王女ははらはらと涙をこぼしました。
 落涙する王女の姿が芝居がかって見えるのは、狩人の心持が歪んでいるからなのでしょうか。
「この国を、あんな卑劣な女に渡しはしませんわ。わたしこそが正当な王位継承者なのですもの」
 言い終えてから、王女は狩人の頬に手を伸ばしました。優しく撫でるその行為は、飼い犬に対するそれでした。
「あなたはわたしを護る盾になると、誓ってくださったわね?」
「誓いました」
「何か、方法はあって?」
「一時しのぎかもしれませんが......どうぞ、その髪飾りをわたしに」
「これを?」
 王女は、長い黒髪を飾る宝石のはめ込まれた櫛をはずし、狩人に手渡しました。
 王女を殺した証拠の一部として差し出すことを、狩人は説明しました。
 王女は小さく笑いました。
「あの強欲な王妃は、きっと易々とは信じないでしょうね」
「そうでしょうが、しばらくの猶予はできるでしょう」
 狩人は頬を撫でていた王女の手をとり、指先に接吻しました。
 そして王女は、忠実な飼い犬を褒めるかのような微笑を返しました。


 狩人は猪の腹を割き、心臓と腸を取り出してそれを皮袋に詰め込みました。王女から賜った髪飾りもです。
 それを持って、再び王妃のもとへ出向きました。
 血腥い皮袋の中身を確かめる王妃に、狩人は言葉少なく、言いました。

 依頼は果たした、それがその証拠だ、と。

 もちろんそれを安易に信じ、浮かれ喜ぶほど王妃は安直な性格ではありませんでした。疑わしげに狩人を見つめ返します。
 狩人は王妃の猜疑のまなざしを正面から受け止めていましたが、ふと視線を落としてそれから逃れ、またすぐに無感動な目を王妃に戻しました。そして狩人は冷たい面を王妃に向け、突き放すように言いました。
「しばらくの間、王宮から下がらせていただく」
 俺との情事が露見すれば、困るのは王妃だろう。暇乞いの理由を、短くそう告げました。
 二人の関係はとうに周知の事実となっていたのですから、今さら何を言うのかと、王妃は顔色を変えました。わたくしを護ると誓ったではないかと。
 狩人はもはや一言も発しませんでした。
 しなだれかかり、撫ぜるような甘い声で、狩人を留まらせようと必死になって追い縋る王妃の手を、狩人はにべもなく払いのけました。
 途端、王妃は烈火のごとく怒り、喚き散らしました。

 卑怯者、裏切り者、愚劣者――そう罵ったかと思うと、またすぐに切なげな甘ったるい声を上げ、涙ながらに行かないで、捨てないでおくれと哀願しました。

 狩人は、磨かれた大理石の床に唾を吐きかけました。そして踵を返し、二度と振り返らず、王宮から出て行きました。

 悲鳴にも似た王妃の嘆きと呪いの言葉を背に受け、狩人は裏切ることのできない唯一の人の元へと、帰ってゆきました。
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