荊刺
狩人の隠れ家で、王女は何不自由なく過ごしていました。
王女が身をやつして隠れ家に潜んでいることを知った男達が幾人もいたのです。
木こりや炭鉱夫、旅商人や薬売りも、秘密の隠れ家を訪れました。そして皆、初めて相見えた高貴なる王女にかしずき、心を捧げたのです。王女が何不自由なく過ごせるよう、心を尽くしてお世話をしました。
男達の心酔しきったのまなざしを受け、王女はますます美しくなってゆきました。真白く輝く光華の珠のように。
王女は財を投げうって自分の後援をしようとする男達を昵近衆として取り立ててやることを約束し、愛らしい声をかけ、労を労ってあげました。それだけで男達は涙ぐんで叩頭するのです。他愛もありませんでした。
その傍らで、入れ替わり立ち替わりやってくる男達を嫉視する狩人の浅ましい劣情をも、王女は心地好さげに眺め、自らを保つ糧にしていたのです。
「心から頼りにしているのはあなただけよ、狩人さん。だから、ずっとわたしの傍にいてね? どこにも行かないでね?」
可憐な微笑で、王女はいとも簡単に狩人の心を奪い、縛りつけました。身を折るようにしてひれ伏す狩人の姿に、王女は全身を浸す悦楽を感じ、小さく震えだしていました。
一冬を越し、雪解けの季節も間近になった頃のことでした。
狩人の留守を確かめるようにして、狩人の隠れ家を訪れた若い男がいました。身なりの整った、いかにも身分の高そうな若者は、森の枯れ枝を縫うようにして、単騎、慎重に馬を歩ませ、狩人の隠れ家に降り立ちました。
「まぁ、貴方は!」
王女は、思わず歓喜の声を上げました。
たった一度きりの面識しかない男でしたが、隠れ家にこもっている間中、待ちわびていた人でもあったのです。
「ようやくお迎えに上がることができました、我が姫」
男は恭しく片膝をつきました。金褐色の髪の美しい若者は優美な身のこなしで王女の御手をとりました。
若者は、王女の国と古くから親交のある、同盟国の末子の王子でした。
数年前に婚約を取り交わすことを約束した間柄でしたが、父王が病に倒れて後、その約束は果たされないままだったのです。ですが、王女はこの王子のことを忘れてはいなかったのです。
「よくぞ来てくださいました。お待ちしていましたのよ。ああ、本当に来てくださったなんて、夢のようですわ」
空々しい台詞など、いくらでもでてきます。王女はうっとりした笑みを、若く美しい王子に向けました。
狩人の隠れ家に潜んでいる間に、王女は、婚約者である王子に書簡を届けるよう、家臣達に命じていたのです。継母である王妃に放逐され、「狩人に囚われている」と。救助を乞う書簡を何度となく届けさせていました。それがようやく功を奏しました。
聡い王女は、王子が「いたしかたなく」という程度の心情で自分を探し、こうして迎えに来たのだということは承知していました。
けれど確信もしていたのです。
王子の色恋にのぼせ易い性格は、既に調査済みでしたから。
短絡な性格の王子は、わたしの前に跪く。わたしの美しさに目を奪われ、虜になる、と。
そして王女の思惑通りに、王子はたった一目で激しい恋情に落ちたのです。
「ああ、なんと麗しい方だ、貴女は! どうか、どうかわたしの妻に」
処女雪のごとくに白い珠肌と鮮やかな血の色をした唇に、何度も何度も接吻をし、求愛しました。
忽然と燃え上がる恋情に身を任せ、王子は愛らしい王女の華奢な身体を抱きしめました。繰り返される口づけに、王女も甘い声で応えます。もっと、のぼせあがるように。王子の劣情を煽るのは容易いことでした。
「愛しい方。......わたしの心は貴方のものですわ」
王子は、艶かしい王女の表情に、声に、芳香に、夢中になっていました。
ゆえに、気づかなかったのです。
いつの間にか帰ってきていた、独占欲に全身を戦慄かせている狩人に。
乱暴に戸が開き、ようやく二人は狩人の存在に気がついたのです。
王子は王女の身体を放し、反射的に腰に帯びていた長剣に手を伸ばして身を構えました。
――そして。
一瞬のことでした。
銃声は、たった一発。
雪深い森に、その音は吸い込まれ、消えていきました。
――渡すものか! 俺の獲物だ! 誰にも渡しはしない!
嫉妬に狂った狩人の絶叫は、もはや王子には聞こえませんでした。
心臓を打ち抜かれた王子は、壊れた人形のようにその場に倒れました。
「な......なんてことをしてくれたのです! なんて愚かなことを......!」
王女は蒼ざめ、狩人を責め立てました。王子の死を嘆いてのことではありません。
「――......ッ」
狩人は怒り散らす王女の腕を掴むと、無理やり押し倒しました。血まみれになって息絶えている王子の、その横に。
何をするのかと問う王女の唇をふさぎ、まとっている白絹の衣服を乱暴に剥ぎ取りました。猛り狂ったように喚き、王女の素肌に喰らいつきました。
押さえ込んでいた欲情が堰をきってあふれ出し、もはや止めることなどできませんでした。
狩人は、四肢で作った檻の中で空しく抵抗する王女の喉を舐め、首を吸い、耳を噛み、そして低く囁きました。
「おまえの望みは叶えてやる。......どんな手を使っても、な」
「の......ぞみ......」
「俺が望みを叶えてやる」
口汚く狩人を罵っていた王女は、黒い瞳に光を宿らせ、黙して狩人を見つめ返しました。
「この手に誓った。おまえへの忠誠をな」
自ら傷をつけたその手を王女の顔面につきつけ、狩人は自嘲するかのように言いました。
「誓いは違えぬ。王座へ据えてやる。おまえの望みどおりに」
「......っ」
狩人は、その望みを果たすことを約定に、王女の純潔を奪いました。
狩人は王女の両腕を鎖で繋ぎ、柱にくくりつけて、無抵抗の王女を陵辱し続けたのです。
狩人を罵倒しながら、王女の身体は本能が促す快楽に、やがて慣らされていきました。身体が、己の意思に反して、狩人の乱暴な愛撫に惨めにも反応し、濡れた嬌声が漏れ、それを堪えきれなかったのです。
けれど高潔な王女は、狩人の手中には容易く墜ちはしませんでした。強固な意志が王女の精神を辛うじて支えていたのです。王女は墜ちまいと、屈しまいと、快楽に抗い続けました。
そして抗い続ける王女を犯す悦びに浸り、狩人は狩人としての誇りをかなぐり捨てたのです。
―――望みを叶えるためになら、どんなことも厭わない。
それは、王女の決意であり、狩人の決意でした。
もう後戻りはできないことを知ったが故の......――