白雪
――いつになったら、春は訪れるのでしょう。永い、永い冬は、いつになったら終わり、雪は融けて消えるのでしょう。
人々は願っていました。
その願いは、王女の帰還とともに叶えられる......
正当な世継である「我らの未来の主」が戻りさえすれば。
......叶えられるはずだったのです。
狩人が撃ち殺した王子の死体は、王子の国へ送りつけました。不当に王座についている王妃の仕業であると虚偽の報告とともに。
何もかもが計画通りでした。王女は着実に事を進めていったのです。
王女は夫となるはずだった王子の国を後ろ盾に得ました。王子の国は富強を誇る国だったのです。
さほどの月日はかからず、国を乗っ取った王妃はついに捕らえられ、断罪されました。
「簒奪者には、死を」
国を取り戻し、王宮に戻った王女が最初に下した命令が、それでした。
王座から引き摺りおろされた王妃は、泣いて赦しを請うような無様な真似はしませんでした。醜く顔を歪ませ、殺し損ねた世継の王女を呪いながら、死んでゆきました。
王妃を斬首した翌日に、王女は登極しました。
満足げに王座に腰かける王女......いまや女王となった女を、狩人は眩しそうに眺めてから、ふっと息をつき、視線を地に落としました。
狩人は、己の運命の終着地を見たのです。
――運命に抗うことはすまい。
てのひらの傷を見、苦い笑みを浮かべました。そして、可憐な口元からこぼれるであろう「命令」を待ちました。
長い黒髪をしなやかな細い指でもてあそびながら、女王はこともなげな口調で言いました。
「汚らしいその狂犬にも、......死を」
今、わたしの目の前で。
女王は麗しい微笑を浮かべて言いました。
「今までの働きの、せめてもの褒美です。わたしの前に屍を晒すことを許します」
女王は立ち上がり、ゆっくりと狩人に近づきました。
兵士達の剣が無抵抗に立ち竦む狩人の身体に何度も突き刺さりました。血飛沫があがり、女王のきらびやかな衣装と、透けるように白い柔肌に赤い染みをつくりました。
女王は崩れ落ちた狩人の前に立ち、傲然とした笑みを向けました。狩人は半ば無意識に手を伸ばしていました。
「......我が君に......永久なる祝福......を」
掠れた声で、狩人は言祝ぎました。
心からの願いだったのか、あるいは呪いだったのか。それはわかりませんでした。口をついて出た言葉だったのです。
かすんでいく視界にはもう何も映りません。真っ白になっていく。その中に堕ちていく。......それだけで、狩人は満ち足りました。
こときれた狩人をみおろし、何故だったのでしょう、女王の頬に涙が伝いました。一筋だけ流れたそれをすくうと、女王は踵を返しました。
振り返りはしませんでした。女王はただ一人、血まみれた道を歩み始めたのです。
わたしはこの国を統べるために在る者。
――この国のすべては、わたしのもの。
この世界、全てが。
女王は王座につき、呟きました。自身に言い聞かせるようにして。
開戦の号令が、王座から下されました。
王妃の故国への宣戦布告は、女王自らが発しました。
新しい女王の誕生とともに、長い戦乱の時代が始まったのです。
敵国を容赦なく潰し、周辺国を統治下に入れるべく、女王は、戦場を瞬く間に拡げていきました。
「すべては、わたしのもの」
女王は昂然と言い放ちました。
「この世を統べるべく、わたしは生まれたのだから」
そして狂気を孕んだ笑い声を上げました。
――たった独りきり、冷たい王座の間で。
やがて、冷徹無比な女王の名は、畏怖の念をもって囁かれました。
かつては希望と敬愛をこめて呼んだ、その名。
白銀の雪のごとく峻厳にして冷酷な、美しい女王。
その御名、「白雪」