ホーム›Snow White›庇護
← 次の話目次前の話 →

庇護

 王妃の庇護をも得た狩人は、我が物顔で宮廷へ出入りするようになっていました。
 もちろんよい顔をしない者は多かったのですが、国王の知己であることが、狩人を諌められずにいたのです。


 新たな王妃を迎えてから二年が経った、ある夏ことでした。
 狩人は今しがた捕らえた兎を片手に、王宮の庭園へやって来ました。
 庭園の中ほどまで進んだところで、狩人は聞き慣れぬ声に呼び止められました。

「あなたね、お父様の古い知人でいらっしゃるという、狩人さんは?」

 庭園にある白い鳥籠のようなあずまやに、一人の少女がいました。
 黒髪と黒い双眸が、目を瞠るほどに美しい少女でした。国王の愛娘だと、狩人は一目見てすぐにわかりました。
 一人の侍女も傍に置かず、少女はあずまやの椅子に腰かけていました。少女の膝には皮張りの本が乗り、けれど少女はその本を横へやり、風のごとく軽い身のこなしで立ち上がり、滑るようにして狩人に近づいてきました。
 狩人は立ち尽くしたまま、近づいてくる美しい少女を見つめています。
 会ったのは初めてでしたが、前王妃に生き写しだという王女は、話に聞く以上に高貴で美しく、倣岸不遜な狩人も、一瞬たじろぎ、言葉を失ったほどでした。
 かさりと、傍の低木が枝を揺らし、狩人ははっと我にかえりました。
 ぼう然と立ち尽くしていた己に、内心舌打ちをしました。
 まだたった十七の小娘が、たいそうな気位の高さだと感嘆にも似た吐息が漏れました。

「お初にお目にかかります、殿下」
 狩人は片膝をつこうとしましたが、王女にとめられました。
「堅苦しい挨拶はいいわ。あなたのことはお父様からよく伺っていたから、名乗る必要もなくてよ?」
 王女は、品の良い笑みを狩人に向けました。
「狩りが、とても巧みなのですって?」
「そう、自負しております」
「謙遜しないのね。良い事だわ。あなたは愚か者ではないのね」
「ありがたき仰せ」
 王女は満足げに微笑みました。濡れそぼった紅い唇に人差し指をあて、そして小首を傾げました。
「あなた、強いのね?」
 品定めをするように、王女はまっすぐに狩人を見詰めます。
「......お父様が、昨夜から、突然......臥せってしまわれたの」
 口調は哀しげでしたが、目の光は強く、悲しみ、怯えた様子は微塵もありません。
「ええ、原因はわかっていますのよ」
「............」

 狩人も、「わかって」いました。それを、この幼い王女に見透かされているようで、背筋が寒くなりました。
 王女は、にっこりと笑いました。妖精のような愛らしさと妖しさを兼ね備えた微笑でした。

「銃や剣で護れないものもあるでしょう。......けれど、わたしには必要だわ」
「殿下には、忠誠を誓った騎士が大勢おられるでしょう」
「ええ、いますわ。でも、きっと誰も、あなたほど強くはないのだと思うわ。......わたしは何でも一番が好き。一番でなければいけないの。――あなたはこの国で一番の狩人なのでしょう?」

 つまり、わが身を護れと言っているのだ、この王女は。
 それを察し、ふと思いついた狩人は片手に持っていた兎を王女の前に差し出しました。

「御身を魔の影から護るため、一つ、お守りを授けましょう」

 そう言って、狩人は兎の後ろ足を一本、王女の目の前で切り落としました。
 思いのほか血は飛び散りませんでしたが、草花の上に血が滴り落ちました。
 王女はまじろぎもせずそれを見ていました。そして、笑って両手を出したのです。

「くださるの? 古来より兎の後ろ足は辟邪の力があると云いますものね?」
 臆することなく、王女は血の滴る兎の後ろ足を受け取りました。白い手とドレスが血に汚れることも厭わずに。
 それはとても美しく、王女に相応しい色でした。
「ありがとう、狩人さん。けれど、わたしに誓ってはくださらないの?」
「............」
 狩人は、屈しました。
 可憐な王女の言うなりに跪き、小さな御手をそっと自分の骨ばって汚れた手に乗せました。
「誓いましょう、殿下。御身の盾になり、護りゆくことを」
 狩人は誓いをたてました。
 王女は狩人の手のひらに爪をたて、笑います。
「狩人さん、あなたはわたしを選ぶことになるわ。いいえ、選択肢などありえなくてよ? あなたは我が国の民。そしてわたしは未来、この国の王座に就く者なのですから」

 王女は知っているのでしょう。......おそらくは、何もかも。
 それでも......いいえ、それだからこそ、狩人を自らの盾として選んだのでしょう。

 義母ではなく、「王位継承権第一位」の資格をもつ自分につくほうが得策だと、暗に語って。
シェア
前の話 →
狩人
← 次の話
恍惚
Snow White作者:あるく
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›Snow White›庇護
← 前の話目次次の話 →

庇護

 王妃の庇護をも得た狩人は、我が物顔で宮廷へ出入りするようになっていました。
 もちろんよい顔をしない者は多かったのですが、国王の知己であることが、狩人を諌められずにいたのです。


 新たな王妃を迎えてから二年が経った、ある夏ことでした。
 狩人は今しがた捕らえた兎を片手に、王宮の庭園へやって来ました。
 庭園の中ほどまで進んだところで、狩人は聞き慣れぬ声に呼び止められました。

「あなたね、お父様の古い知人でいらっしゃるという、狩人さんは?」

 庭園にある白い鳥籠のようなあずまやに、一人の少女がいました。
 黒髪と黒い双眸が、目を瞠るほどに美しい少女でした。国王の愛娘だと、狩人は一目見てすぐにわかりました。
 一人の侍女も傍に置かず、少女はあずまやの椅子に腰かけていました。少女の膝には皮張りの本が乗り、けれど少女はその本を横へやり、風のごとく軽い身のこなしで立ち上がり、滑るようにして狩人に近づいてきました。
 狩人は立ち尽くしたまま、近づいてくる美しい少女を見つめています。
 会ったのは初めてでしたが、前王妃に生き写しだという王女は、話に聞く以上に高貴で美しく、倣岸不遜な狩人も、一瞬たじろぎ、言葉を失ったほどでした。
 かさりと、傍の低木が枝を揺らし、狩人ははっと我にかえりました。
 ぼう然と立ち尽くしていた己に、内心舌打ちをしました。
 まだたった十七の小娘が、たいそうな気位の高さだと感嘆にも似た吐息が漏れました。

「お初にお目にかかります、殿下」
 狩人は片膝をつこうとしましたが、王女にとめられました。
「堅苦しい挨拶はいいわ。あなたのことはお父様からよく伺っていたから、名乗る必要もなくてよ?」
 王女は、品の良い笑みを狩人に向けました。
「狩りが、とても巧みなのですって?」
「そう、自負しております」
「謙遜しないのね。良い事だわ。あなたは愚か者ではないのね」
「ありがたき仰せ」
 王女は満足げに微笑みました。濡れそぼった紅い唇に人差し指をあて、そして小首を傾げました。
「あなた、強いのね?」
 品定めをするように、王女はまっすぐに狩人を見詰めます。
「......お父様が、昨夜から、突然......臥せってしまわれたの」
 口調は哀しげでしたが、目の光は強く、悲しみ、怯えた様子は微塵もありません。
「ええ、原因はわかっていますのよ」
「............」

 狩人も、「わかって」いました。それを、この幼い王女に見透かされているようで、背筋が寒くなりました。
 王女は、にっこりと笑いました。妖精のような愛らしさと妖しさを兼ね備えた微笑でした。

「銃や剣で護れないものもあるでしょう。......けれど、わたしには必要だわ」
「殿下には、忠誠を誓った騎士が大勢おられるでしょう」
「ええ、いますわ。でも、きっと誰も、あなたほど強くはないのだと思うわ。......わたしは何でも一番が好き。一番でなければいけないの。――あなたはこの国で一番の狩人なのでしょう?」

 つまり、わが身を護れと言っているのだ、この王女は。
 それを察し、ふと思いついた狩人は片手に持っていた兎を王女の前に差し出しました。

「御身を魔の影から護るため、一つ、お守りを授けましょう」

 そう言って、狩人は兎の後ろ足を一本、王女の目の前で切り落としました。
 思いのほか血は飛び散りませんでしたが、草花の上に血が滴り落ちました。
 王女はまじろぎもせずそれを見ていました。そして、笑って両手を出したのです。

「くださるの? 古来より兎の後ろ足は辟邪の力があると云いますものね?」
 臆することなく、王女は血の滴る兎の後ろ足を受け取りました。白い手とドレスが血に汚れることも厭わずに。
 それはとても美しく、王女に相応しい色でした。
「ありがとう、狩人さん。けれど、わたしに誓ってはくださらないの?」
「............」
 狩人は、屈しました。
 可憐な王女の言うなりに跪き、小さな御手をそっと自分の骨ばって汚れた手に乗せました。
「誓いましょう、殿下。御身の盾になり、護りゆくことを」
 狩人は誓いをたてました。
 王女は狩人の手のひらに爪をたて、笑います。
「狩人さん、あなたはわたしを選ぶことになるわ。いいえ、選択肢などありえなくてよ? あなたは我が国の民。そしてわたしは未来、この国の王座に就く者なのですから」

 王女は知っているのでしょう。......おそらくは、何もかも。
 それでも......いいえ、それだからこそ、狩人を自らの盾として選んだのでしょう。

 義母ではなく、「王位継承権第一位」の資格をもつ自分につくほうが得策だと、暗に語って。
シェア
← 前の話
狩人
次の話 →
恍惚
Snow White作者:あるく
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません