狩人
忌々しいことでした。
王妃は与えられた部屋の中をうろつきまわり、手当たり次第に目に付いた物を投げつけたり、叩きつけたりしていました。傍に控えていた侍女を鞭打って、気を紛らわそうとしました。けれど、一向に気は晴れません。あの可憐な王女のせいでした。
一刻も早く新しい御子を......そう、男子を生めばよいのだ。
そうすれば国王もあの王女ではなく、現王妃の長子を王座につけるだろう。そうすれば否が応でも、家臣達も自分を敬い、尊重するだろう。
王妃はそう思い至り、早速身支度を整えました。
美しい肢体を見せつける、銀糸の刺繍の施された蠱惑的な衣装をまとい、甘い香をきつく焚き染め、そうして国王のもとへと向かいました。
日暮れ時です。国王はとうに執務室を出、私室に戻っていると思ったのですが、違いました。庭園で、見知らぬ粗野な若い男と談笑していました。男はどう見ても、宮廷に仕えているような身分の者ではありませんでした。
ごわついて汚らしい毛皮を羽織って大きな弓を背負い、腰に長剣をさし、両手で鉄の猟銃を握っています。
王妃は声をかけず、並び立っている国王と粗野な男を眺めました。ややあってから国王は王妃に気が付き、作り笑いを浮かべました。
「おお、これは妃。すまぬ、驚かせたかな」
「そちらは、どなたですの?」
怪訝そうに、王妃は尋ねました。
下々の者と口をきくことなど、王妃の今までの人生の中ではありえないことでした。ましてや宮廷内に立ち入らせるなど、もってのほかです。柳眉をしかめ、王妃は不審な男を見やりました。
「私の古い知人でね。国一番の狩人なのだよ」
「......まぁ」
国王の趣味が狩りだということは、知っていました。
ですが、それにしても下々の者を宮廷に安易に迎え入れるなど、いったい、どういう了見なのだろう。それに「友人」だなどと。
あり得ないことに、王妃は驚くよりも呆れるばかりでした。
王妃は夫になったばかりの壮年の国王に、軽蔑するかのようなまなざしを向けました。
それに気がついたのは、狩人の方でした。
狩人はその場に恭しく膝を折り、頭を垂れました。
けれど、王妃は見逃しませんでした。
狩人の黄金色に光る瞳がにやりと不敵に笑い、そして嘲るように、自分を見たことを。
「無作法をお赦しあれ、王后陛下。わたくしめはこの銃と剣にかけて、国王陛下の御身を守護させていただくことを誓約に、こうして傍近くお仕えさせていただいております」
狩人の身のこなし、口ぶりは、屈強な体格とは似つかない典雅なものでした。
いかにも好色げな男の強く無作法なまなざしに、王妃は対抗するかのように睨み据え、微笑を湛えました。
「それでは、わたくしの身も護ってくださるのでしょうね?」
「身に余る光栄でございます」
「では新たに、わたくしに誓いなさい。その剣をもってわたくしの身を、命を賭して護ると」
「誓約いたします、この不肖の身をもって」
王妃は手を差し出しました。
狩人はとまどいもなくその手をとり、誓約の接吻を落としました。王妃の指先を舐め、悦楽を誘うように。
こうして、会いまみえてはならぬ二人が、出逢ったのです。
猛々しい狩人に、王妃は侮蔑しながらも惹かれてゆき、激しい劣情に溺れる快楽を得たのです。狩人は気位の高い王妃の乱れる様を愉しげに視姦し、鼻先で笑いながら、思うままに弄びました。
そこに愛はなく、醜い肉欲と暗い野心が、ゆらゆらと二人の胸の内で燃えていました。