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Echo 09 『 始原の稲妻 』


 降ふり頻しきる雨が、肌はだに刺ささるような冷気れいきを帯おびてきた。

 雨粒あまつぶは容赦ようしゃなく衣服いふくを透すかし、皮膚ひふの熱をじわじわと奪うばい去さっていく。吐息といきは白く混まじり、指先はかじかんで感覚を失うしない始はじめていた。

「はぁ、つまんないの」
 触手しょくしゅからは辻ノつじの綾華あやかの力が、まるで枯かれた井戸いどのように感じ取れない。

「でもぉ、メインディッシュ主食はこれからっ♪」
 彼女は彼の身体からだを掴つかむと、粘ねばりつくような湿しめり気けを持った触手しょくしゅを、吸すい付つくようにねっとりと絡からめ上あげた。

「それじゃあ、あなたの精気せいきをいただきま......」

 その瞬間しゅんかん、鋭するどい閃光せんこうが彼女の網膜もうまくを焼いた。触手しょくしゅが力なくうなだれ、切きり口くちからはドロリとした熱あつい血潮ちしおが、生々なまなましい音おとを立たてて噴ふき出だす。

(この私が、後手ごてを取とるだなんて......!!!)
「くっぅ、誰っ!?」

「申もうし遅おくれました。私わたくし、十司とつか 素榛すばると申もうします」
 空そらから舞まい降おりるその姿は、天使てんしか、あるいは悪魔あくまか。片翼かたよくは漆黒しっこく、もう片方かたほうは純白じゅんぱく。

「面白おもしろいことをやってくれるじゃない......!」
 不敵ふてきな笑えみを浮うかべた彼女の周囲しゅういで、触手しょくしゅが大気たいきを震ふるわせ、地面じめんを何度なんども叩たたきつける重低音じゅうていおんが腹はらに響ひびく。

「油断ゆだんしてはなりませんよ」

「何ですってぇ?!」

 鋭利えいりな刃やいばが触手しょくしゅを掠かすめ、火花ひばなと共ともに破片はへんが勢いきおいよく宙ちゅうに舞まった。

「誰っ?!」
 彼女は驚愕きょうがくに目を見開みひらいた。先ほどから伏兵ふくへいが二人もいたなど、計算外だったからだ。

「......!!! 躾しつけのなってないメイドですわね!!!」
 触手しょくしゅが地面じめんを抉えぐり、怒涛どとうの衝撃波しょうげきはが肌はだを叩たたく。飛散ひさんするコンクリートの破片はへんが頬ほほを掠かすめるが、誰だれも傷一つ負おっていない。

「......!!! どうして!??」

「大変たいへん申もうし上あげにくいのですが、今あなたが攻撃したのは――」
 十司とつか 素榛すばるは、冷徹れいてつな眼差まなざしを向むけて言いい放はなった。

「残像ざんぞうです」

「ア、アハ、アハハハハハハハハハハ!!!!」
 狂くるったような高笑たかわらいが、瓦礫がれきに反射はんしゃし不協和音ふきょうわおんに響ひびく。

「なかなかいい前菜ぜんさいじゃない!! そいつを食たべるのは、あなたたちを喰くらってからにしてやるわ!!!」

 彼女が素榛すばるに向むかって突進とっしんしようとしたその時、空一面そらいちめんを埋うめ尽つくす銀ぎんの稲妻いなづまが、彼女を標的ひょうてきに飛来ひらいする。

「このクリスタル スカルによって、あなたに死をもたらしましょう」
「『 ディバイドDivide ゲルクDgelugsp 』」
 熱を帯おびた血ちの雨が降ふり注そそぎ、大地だいちは瞬またたく間まに赤黒あかぐろく染まっていく。

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 絶叫ぜっきょうと共ともに、肉塊にくかいは跡形あとかたもなく消滅しょうめつした。

「目標もくひょう、殲滅せんめつを確認」

「姉ねえさま、お疲つかれさまでした」

「ふぅ、一時いちじはどうなるかと思いましたが......間まに合あいましたね」
 素榛すばると華緋はるひはそう言うと、俺と綾華あやかを背負せおい、一歩を踏ふみ出だした。



 ミシッッッ



 その小さな、しかし乾かわいた破壊音はかいおんが、静しずまり返かえった戦場に響ひびいた。

「......っ!!! 危ないっっ!!!」
 素榛すばるは華緋はるひを庇かばったが、避さけることはできなかった。鈍にぶい衝撃しょうげきが腕うでを走り、雨に薄うすめられた鮮血せんけつが、足元にどす黒ぐろい血溜ちだまりを作っていく。

「......姉ねえさま!! あぁ、私を庇かばったばかりに......」

「気きを付つけろ。まだ来くるぞ」

 飛とび散ちった肉片にくへんがうごめき、塊かたまりとなって脈動みゃくどうを始める。その不気味ぶきみな肉の波打なみうつ音が耳障みみざわりに轟とどろく。

「殲滅せんめつ失敗、作戦変更だ。目標:SCP-E739を無力化する」

 肉塊にくかいから無数の目玉が開き、粘ねばつく視線でこちらをギョッと睨にらみつける。そのおぞましさに心臓しんぞうを直接握にぎりつぶされたような恐怖きょうふが走り、膝ひざがガクガクと震ふるえ、大地だいちに縫ぬい付つけられたように華緋はるひは足がすくむ。

「華緋はるひ、やつの弱点を調しらべろ!!」

「えぇ姉ねえさま......『 ザThe ロードLord アイズEyes !! 』」
「......彼女は『6つの心臓しんぞう』を宿やどしている......ということは!」

「ちっ、あと4回倒さないと消滅しょうめつしないのか。厄介やっかいな相手だな......」

「ミナ......コワス......コワシテヤル......!!!!」
 空気を震ふるわせる衝撃波しょうげきは。直後ちょくご、大地だいちが陥没かんぼつし、巨大きょだいなクレーターが目の前で口くちを開あけた。

「いくらこの時空じくうが転移てんいしてるからといって、このままでは元の時空じくうに甚大じんだいな影響えいきょうが出るぞ...」
 見渡みわたす限かぎりの残骸ざんがい。赤く染まった、鉄錆てつさびの匂においが充満じゅうまんする戦場。

 その戦闘の真まっ只中ただなか、辻ノつじの 綾華あやかが眼めを醒さました。

「起きましたか、綾華あやか」

「ぐっ......やつは本当に倒たおせるのか?」

「本領発揮ほんりょうはっきじゃないかもしれないが、協力きょうりょくしてくれるか?」
 素榛すばるは綾華あやかの顔を窺うかがいながら問いかける。

「はっ、言われるまでもない」
 彼女は鉄骨てっこつを刀かたなへと変え、凍いてつくような集中力で精神せいしんを研とぎ澄すませた。彼女が剣けんを一振ひとふりすると、刀身とうしんから爆はぜるような炎ほのおが噴ふき出だした。

「我わが主あるじに捧ささぐ、この一振ひとふりが虚構きょこうを切きり裂さく道標みちしるべとならんことを」
「『 神かみの名なと共ともに、勝利しょうりは我われにあり 』!!!」
 刀かたなは鳳凰ほうおうの形へと変貌へんぼうし、暴威的ぼういてきな熱風ねっぷうが鼓膜こまくを震ふるわせ、肌はだの表面をジリジリと焼き焦こがす。

「尋常じんじょうに、参まいるっ!!」

 心臓しんぞうの鼓動こどうが一度、跳はねた。

 直後、綾華あやかの姿が視界から消失しょうしつする。踏ふみ込こんだ足元のアスファルトが爆はぜ、肉塊にくかいの巨躯きょくに一筋ひとすじの紅あかい閃光せんこうが奔はしった。

「ギ、ガァアアア!!」
 肉塊にくかいから無数に生はえた目玉が、全方位から彼女を捉とらえようと蠢うごめく。しかし、遅い。

 鳳凰ほうおうの翼つばさを纏まとった彼女の軌跡きせきは、重力を無視むしした超高速ちょうこうそくの演舞えんぶとなって、異形いぎょうの肉を縦横無尽じゅうおうむじんに裁断さいだんしていく。

「ハッ、フゥッ......!」
 短みじかく鋭するどい呼気こき。肺はいの奥おくが灼熱しゃくねつの空気くうきに焼やかれ、視界しかいが酸素不足さんそぶそくで一瞬いっしゅん、明滅めいめつする。だが、彼女の集中力しゅうちゅうりょくは極限きょくげんを超こえていた。

 肉塊にくかいから放はなたれた赤黒あかぐろい触手しょくしゅが、死角しかくから彼女の心臓しんぞうを狙ねらって殺到さっとうする。

「......くっ!」
 背筋せすじを駆かけ抜ぬける、死の冷気れいき。

 彼女は空中くうちゅうで身体からだを捻ひねり、紙一重かみひとえでそれを回避かいひした。頬ほほをかすめた触手しょくしゅの風圧ふうあつで皮膚ひふが裂さけ、熱あつい血ちが滴したたる。滞空たいくうするわずか一秒に満みたない刹那せつな。彼女は残のこる全精力ぜんせいりょくを、鳳凰ほうおうの輝かがやきへと凝縮ぎょうしゅくさせた。

 静寂。

 周囲しゅういの雨音あまおとさえも消きえたかのような、奇妙きみょうな無音むおん。指先ゆびさきから感覚が消きえ、ただ「斬きる」という意志いしだけが神経しんけいを直走ひたはしる。

「これで、最後さいごっっ!!!!」

 絶叫ぜっきょうと共に、鳳凰ほうおうの咆哮ほうこうが戦場を呑のみ込こんだ。光の渦うずが異形いぎょうの核かくを真まっ二ぷたつに両断りょうだんし、熱ねっせられた血潮ちしおが沸騰ふっとうする音おとを立たてて周囲に撒まき散ちらされる。

 彼女の刀かたなが肉塊にくかいを切きり裂さいた時、それは断末魔だんまつまを上あげる暇ひまもなく、泥どろのように崩くずれ落おちた。

 ドサリ、と重苦おもくるしい音おとが響ひびき、急激きゅうげきに熱ねつを失うしなった大気たいきが雨に冷ひやされる。

 彼女は残身ざんしんを崩くずさぬまま、肩かたで激はげしく呼吸こきゅうを刻きざんだ。指先が、限界げんかいを超こえた負荷ふかでワナワナと痙攣けいれんし、握にぎり締しめた柄えを離はなすことさえできない。

「......あ、......はぁ......」
 喉のどの奥おくからせり上がる、焼けるような血の匂におい。命を削けずり、虚構きょこうを断たち切きったその一撃いちげきの代償だいしょうが、じわじわと彼女の身体からだを蝕むしばんでいく。

 勝利の余韻よいんに浸ひたる間まもなく、肺はいを突つき刺さすような苦痛くつうと、極度きょくどの緊張きんちょうから解放かいほうされた脱力感だつりょくかんが、彼女を泥濘ぬかりの地へと引きずり込こもうとしていた。

「うっ......」
 無理が祟たたり、綾華あやかが膝ひざをつく。激はげしい息遣いきづいが雨音あまおとに混まじる。

「まだ来るぞ、自己再生じこさいせいが終わらないうちに――」
 空気が一瞬いっしゅんで氷結ひょうけつしたかのように静しずまり返った。

 華緋はるひが振ふり返かえった先さきには、肉の触手しょくしゅに串刺くしざしにされ、宙ちゅうに浮うく素榛すばるの姿すがたがあった。

「あ......あ......姉ねえさま......姉ねえさま......」

「くそっ、どこに隠かくれていやがる」

 戦場を覆おおう血溜ちだまりが、再び意思いしを持つ怪物かいぶつへと変貌へんぼうしていく。逃げ場のない、絶望の粘着質ねんちゃくしつな感触かんしょく。



 ―――



 ......どれくらい経たったのだろうか。
 意識の混濁こんだくした暗闇くらやみの向こうから、鼓膜こまくを容赦ようしゃなく引ひき裂さくような悲鳴ひめいが戦場に響ひびき渡わたった。ハッと正気しょうきを取とり戻もどす。だが、全身の筋肉きんにくが融解ゆうかいしたかのように身体からだが鉛なまりのように重おもい。肺はいは冷ひえ切きり、浅あさい呼吸こきゅうを繰くり返かえすのが限界げんかいだった。

 重おもい瞼まぶたを強引ごういんにこじ開あけると、そこには言葉ことばを失うしなうほどの「絶望ぜつぼう」が冷酷れいこくに佇たたずんでいた。仲間なかまが、素榛すばるが、逃のがれられぬ死の罠わなに囚とらわれ、命の灯火ともしびを消けされかけている。

「助けなければ......」

 脳髄のうずいが弾はじけ飛とぶほどの焦燥感しょうそうかんが、麻痺まひした肉体を無理やり駆動くどうさせた。
 俺は泥どろを噛かむように、文字通り地を這はいながら身体からだを持ち上げた。爪つめが剥はがれ、皮膚ひふが擦すり切きれるのも構かまわず地面じめんを掻かき毟むしり、目の前に広がるあの忌いまわしい、どろりとした赤黒い血溜ちだまりの中へと、躊躇ちゅうちょなく右手を深く突つっ込んだ。

「何をしている!?」

 驚愕きょうがくに満みちた鋭するどい声こえが空間くうかんを震ふるわせる。だが、それに応こたえる余裕よゆうなど微塵みじんもない。突つっ込こんだ瞬間しゅんかん、右手の神経しんけいを何千、何万本もの灼熱しゃくねつの針はりが一斉いっせいに突つき刺さすような、脳のうが焼やき切きれるほどの激痛げきつうが走はしり抜ぬけた。血液けつえきが拒絶きょぜつ反応はんのうを起こしながら、皮膚ひふの毛穴けあなから筋肉きんにくの奥深おくふかくまで強引ごういんに浸透しんとうしていく。肉組織にくそしきが内側うちがわから破裂はれつしそうなほどの超高圧ちょうこうあつ。

 俺は奥歯おくばが粉々こなごなに砕くだけるほど歯を食くいしばり、肺はいを刺さす悪魔あくまの手を抹消まっしょうするかのように激痛げきつうに耐たえながら息いきを吸すい込こむ。肺はいからすべての酸素さんそをぶちまけるように、怒号どごうに似た雄おたけびをあげた。右腕の全細胞ぜんさいぼうが沸騰ふっとうし、パチパチと周囲の大気たいきを巻まき込こんで電撃でんげきが激はげしく走はしり出だす。



『 ロードLord インバーテッドInverted !!!!!』



 空気中に漂ただよっていた凄惨せいさんな血潮ちしおが一瞬で指向性しこうせいを持ち、暴風ぼうふうのような渦うずを巻まいて俺の右腕へと一気いっきに集束しゅうそくし始はじめる。周囲の血が逆流ぎゃくりゅうし、強引ごういんに腕へと流ながれ込こむ風圧ふうあつで、衣服いふくが引き裂さかれた。ミシミシ、バキバキと音を立てて腕が歪いびつにねじ曲まがり、骨が軋きしみ折おれる寸前すんぜんの痛みが襲おそう。意識が飛とびかけるほどの激痛げきつうを狂気的きょうきてきな意思いしでねじ伏ふせ、俺は全神経ぜんしんけいを、その指先ゆびさきへと一点いってん集中しゅうちゅうさせた。

 大気たいきが鳴動めいどうし、血の絶対的な主導権しゅどうけんが完全に俺の手へと移うつる。その瞬間しゅんかん、素榛すばるを縛しばり付つけていた絶対的な拘束こうそくが、ガラスが砕くだけ散るような音おとを立たてて木こっ端ぱ微塵みじんに解とき放はなたれた。

 視界しかいが激はげしく揺ゆれる凄すさまじい眩暈めまいと共ともに、世界そのものが大きく鼓動こどうするのを肌はだで感かんじる。喜よろこびも束つかの間ま、刀かたなで身体からだを支ささえる綾華あやかが、信しんじられないものを見るように目を見開みひらいている。その凍こおりついた視線しせんの先さき、逆さか巻まく血煙けつえんの向こう側がわには、静しずかに、ただ冷然れいぜんと、一人の少女が立っていた。



「うーん、ちょっと想定外そうていがいというかぁ...もうちょっとで勝てそうだったのになぁ」
 そこには少女の姿をしたSCP-E739が立っていた。

「あーでもでも、4 vs 1で互角ごかくに持ち込めたから、実質じっしつ私の勝ちって感じ?」
 俺は両手を合わせて笑わらっている彼女を睨にらみつけると、彼女は少し困こまったような顔を見せた。

「えっとさぁ、今回は引き分けってことにしておかなーい? 残機ざんきも少なくなってきたことだしさ、ねぇ?」
 少女は頼みごとをするかのように懇願こんがんしてくる。

「お前の考えはお見通みとおしだ。そうやって油断ゆだんした隙すきを突ついてくるやつだってことをな」
 綾華あやかが彼女の要求ようきゅうに乗らないように、鋭するどい口調くちょうで言い放はなった。

「なーんか傷付きずついちゃったなぁ、一応これでも同じ女子高生じょしこうせいなんだよ?」
 彼女は俺を試ためすように、舐なめるような視線で上から下までじろじろと見た。

「へぇ......なかなかやるじゃん。」
「あんたになら特別に教えてもやってもいいかな...知りたくない?甘奈あまなの場所」

 心臓しんぞうが跳はねた。なぜ甘奈あまなという名前を知っているんだ。薄うすれる記憶の中で甘奈あまなという言葉だけが、脳内のうないに反響はんきょうしていた。
「彼女に何をした!!!」

「まぁそれはぁ、うちのところに来くれば教えてやってもいいけど?」

「よせ、由記ゆうき。あいつは適当な作り話をして喋しゃべっているだけだぞ」

「へぇ、まぁ確かにあんたのいう通りだ・け・ど」
 少女は邪魔じゃましないでと言わんばかりに、綾華あやかを睨にらみつける。

「あんたを救世主きゅうせいしゅと呼よんで待まちわびてる子たちが、こっちにもいるってことは、覚おぼえておいた方ほうがいいかもね」

「...あんたの手には乗らないぞ」
 俺は彼女の要求ようきゅうを冷つめたくあしらった。

「あら残念。それじゃあ彼女の血は保険ほけんとして預あずかかっておくね~」
 彼女は素榛すばるを左手で指差ゆびさししながら、透明とうめいなカプセルに詰つめ込こまれた血を右手で見せつける。

「姉ねえさまの...姉ねえさまの血を返かえせ!!!」

「あらぁ怖こわい。そんな顔してると余計よけいに老ふけた顔になっちゃうわよ?」

「その必要はない」

 綾華あやかの制止せいしを振ふり切きり、俺は彼女の前に出た。
「俺の右腕みぎうでを持っていくがいい」

 俺は赤く染まった右腕みぎうでを差さし出した。

 女はきょとんとした後、腹はらを抱かかえて大笑おおわらいした。
「アハハハハ!!!!この男面白おもしろい!!!自分が何言ってるのか分かってるの?」

「どうかこれで、俺たちを見逃みのがしてくれないか?」

「何をバカげたことをっ...!!!」

「ふぅん、なかなか分かってるじゃない」
 彼女はそう言って両手を俺の手に置いた。

「俺は在原ありわら 由記ゆうきだ。由記ゆうきと呼よんでくれ」

「私の名前は 吉原よしはら 甘娜かんな。由記ゆうきくんになら下の名前で呼よばれてもいいかもねっ」

「早く持っていったらどうだ?」

「ふふ、はいはい。じゃあ遠慮えんりょなく~」
 彼女の手が、俺の腕うでを切り離そうと冷つめたい触手しょくしゅを絡からめてきた。その瞬間ときを、俺は待っていた。

 グラグラする頭の中で、俺は一部の記憶きおくを取り戻もどしたのを見逃みのがさなかった。

「引っかかったな」

「なっ!!!?」

 俺は声を大だいにして言った。
 右腕みぎうでの電撃でんげきが、バチバチと空気を震ふるわせる。

『 ブラッドBlood インバーテッドInverted !!!! 』

 血管けっかんを逆流ぎゃくりゅうするような衝撃しょうげきと共ともに、すべての血が本来ほんらいの所有者しょゆうしゃの元もとへ引き戻もどされていく。

「うぅ、私は何を......」

「姉ねえさま!!」

「力が、戻もどっていく......」

 三人は驚おどろいたように、自身じしんの身体からだを見つめていた。

 甘娜かんなの身体からだが悔くやしさと怒いかりでワナワナと震ふるえだす。
「な、なにをしたって言うの...!?」

「記憶きおくを取とり戻もどしたんだ。さぁ、どうする?」

 甘娜かんなが俺の腕うでを見ると、先ほどとは打うって変かわって顔が青あおざめていた。
「こ、後悔こうかいしても知らないんだからね!!!!!」

 その時、目の前に幻想的げんそうてきな紫色むらさきいろの蝶ちょうが舞まった。
「甘娜かんな、そこまでだ。お前は賭かけに負まけた。お前を連つれて帰る」

「......ふ、ふん!!! 次があるって勘違かんちがいしないでよね!!!」

 彼女は蝶ちょうと共ともに、空間くうかんが歪ゆがむような異様いような静寂せいじゃくの中に消えていった。

「終わったのか...」
 俺はそう言うと、みんなから安堵あんどの声が聞こえた。

「あぁ〜! 一時はどうなるかと思いました......」
 華緋はるひは元気を取り戻した素榛すばるを心配し、後ろからぎゅぅっと抱だきついた。

「......私が力不足なばかりに。済まない」

「綾華あやか様は悪くありません」
 素榛すばるは綾華あやかが気落とすのを気遣きづかい、優やさしく声をかける。

「はは......それはそうと......」
 俺は、目の前に並ぶ少女たちを見て、素朴そぼくな疑問ぎもんを口にした。

「どうして、こんなにいっぱい集あつまったのかな......」

「それは私わたくしが説明しましてよ」
 後ろから、清涼せいりょうな風のように凛りんとした声が響ひびいた。

 毅然きぜんとした、清楚せいそな雰囲気ふんいきをまとった少女。
「申もうし遅おくれました。私は八咫烏やたがらす財団ざいだんを束たばねる、宝生院ほうしょういん 早七さなと申もうします」

 彼女の姿すがたを見た瞬間しゅんかん、胸むねの奥おくがチリりと熱あつくなった。どこかで、ずっと昔むかしに会あったことがあるような、懐なつかしくも切せつない直感ちょっかんが全身ぜんしんを駆かけ巡めぐる。
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ゲマトレイル Gematrail — 残響領域の観測者 — 紅蓮よ、咲き誇れ作者:⛰️終末 金剛山
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Echo 09 『 始原の稲妻 』


 降ふり頻しきる雨が、肌はだに刺ささるような冷気れいきを帯おびてきた。

 雨粒あまつぶは容赦ようしゃなく衣服いふくを透すかし、皮膚ひふの熱をじわじわと奪うばい去さっていく。吐息といきは白く混まじり、指先はかじかんで感覚を失うしない始はじめていた。

「はぁ、つまんないの」
 触手しょくしゅからは辻ノつじの綾華あやかの力が、まるで枯かれた井戸いどのように感じ取れない。

「でもぉ、メインディッシュ主食はこれからっ♪」
 彼女は彼の身体からだを掴つかむと、粘ねばりつくような湿しめり気けを持った触手しょくしゅを、吸すい付つくようにねっとりと絡からめ上あげた。

「それじゃあ、あなたの精気せいきをいただきま......」

 その瞬間しゅんかん、鋭するどい閃光せんこうが彼女の網膜もうまくを焼いた。触手しょくしゅが力なくうなだれ、切きり口くちからはドロリとした熱あつい血潮ちしおが、生々なまなましい音おとを立たてて噴ふき出だす。

(この私が、後手ごてを取とるだなんて......!!!)
「くっぅ、誰っ!?」

「申もうし遅おくれました。私わたくし、十司とつか 素榛すばると申もうします」
 空そらから舞まい降おりるその姿は、天使てんしか、あるいは悪魔あくまか。片翼かたよくは漆黒しっこく、もう片方かたほうは純白じゅんぱく。

「面白おもしろいことをやってくれるじゃない......!」
 不敵ふてきな笑えみを浮うかべた彼女の周囲しゅういで、触手しょくしゅが大気たいきを震ふるわせ、地面じめんを何度なんども叩たたきつける重低音じゅうていおんが腹はらに響ひびく。

「油断ゆだんしてはなりませんよ」

「何ですってぇ?!」

 鋭利えいりな刃やいばが触手しょくしゅを掠かすめ、火花ひばなと共ともに破片はへんが勢いきおいよく宙ちゅうに舞まった。

「誰っ?!」
 彼女は驚愕きょうがくに目を見開みひらいた。先ほどから伏兵ふくへいが二人もいたなど、計算外だったからだ。

「......!!! 躾しつけのなってないメイドですわね!!!」
 触手しょくしゅが地面じめんを抉えぐり、怒涛どとうの衝撃波しょうげきはが肌はだを叩たたく。飛散ひさんするコンクリートの破片はへんが頬ほほを掠かすめるが、誰だれも傷一つ負おっていない。

「......!!! どうして!??」

「大変たいへん申もうし上あげにくいのですが、今あなたが攻撃したのは――」
 十司とつか 素榛すばるは、冷徹れいてつな眼差まなざしを向むけて言いい放はなった。

「残像ざんぞうです」

「ア、アハ、アハハハハハハハハハハ!!!!」
 狂くるったような高笑たかわらいが、瓦礫がれきに反射はんしゃし不協和音ふきょうわおんに響ひびく。

「なかなかいい前菜ぜんさいじゃない!! そいつを食たべるのは、あなたたちを喰くらってからにしてやるわ!!!」

 彼女が素榛すばるに向むかって突進とっしんしようとしたその時、空一面そらいちめんを埋うめ尽つくす銀ぎんの稲妻いなづまが、彼女を標的ひょうてきに飛来ひらいする。

「このクリスタル スカルによって、あなたに死をもたらしましょう」
「『 ディバイドDivide ゲルクDgelugsp 』」
 熱を帯おびた血ちの雨が降ふり注そそぎ、大地だいちは瞬またたく間まに赤黒あかぐろく染まっていく。

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 絶叫ぜっきょうと共ともに、肉塊にくかいは跡形あとかたもなく消滅しょうめつした。

「目標もくひょう、殲滅せんめつを確認」

「姉ねえさま、お疲つかれさまでした」

「ふぅ、一時いちじはどうなるかと思いましたが......間まに合あいましたね」
 素榛すばると華緋はるひはそう言うと、俺と綾華あやかを背負せおい、一歩を踏ふみ出だした。



 ミシッッッ



 その小さな、しかし乾かわいた破壊音はかいおんが、静しずまり返かえった戦場に響ひびいた。

「......っ!!! 危ないっっ!!!」
 素榛すばるは華緋はるひを庇かばったが、避さけることはできなかった。鈍にぶい衝撃しょうげきが腕うでを走り、雨に薄うすめられた鮮血せんけつが、足元にどす黒ぐろい血溜ちだまりを作っていく。

「......姉ねえさま!! あぁ、私を庇かばったばかりに......」

「気きを付つけろ。まだ来くるぞ」

 飛とび散ちった肉片にくへんがうごめき、塊かたまりとなって脈動みゃくどうを始める。その不気味ぶきみな肉の波打なみうつ音が耳障みみざわりに轟とどろく。

「殲滅せんめつ失敗、作戦変更だ。目標:SCP-E739を無力化する」

 肉塊にくかいから無数の目玉が開き、粘ねばつく視線でこちらをギョッと睨にらみつける。そのおぞましさに心臓しんぞうを直接握にぎりつぶされたような恐怖きょうふが走り、膝ひざがガクガクと震ふるえ、大地だいちに縫ぬい付つけられたように華緋はるひは足がすくむ。

「華緋はるひ、やつの弱点を調しらべろ!!」

「えぇ姉ねえさま......『 ザThe ロードLord アイズEyes !! 』」
「......彼女は『6つの心臓しんぞう』を宿やどしている......ということは!」

「ちっ、あと4回倒さないと消滅しょうめつしないのか。厄介やっかいな相手だな......」

「ミナ......コワス......コワシテヤル......!!!!」
 空気を震ふるわせる衝撃波しょうげきは。直後ちょくご、大地だいちが陥没かんぼつし、巨大きょだいなクレーターが目の前で口くちを開あけた。

「いくらこの時空じくうが転移てんいしてるからといって、このままでは元の時空じくうに甚大じんだいな影響えいきょうが出るぞ...」
 見渡みわたす限かぎりの残骸ざんがい。赤く染まった、鉄錆てつさびの匂においが充満じゅうまんする戦場。

 その戦闘の真まっ只中ただなか、辻ノつじの 綾華あやかが眼めを醒さました。

「起きましたか、綾華あやか」

「ぐっ......やつは本当に倒たおせるのか?」

「本領発揮ほんりょうはっきじゃないかもしれないが、協力きょうりょくしてくれるか?」
 素榛すばるは綾華あやかの顔を窺うかがいながら問いかける。

「はっ、言われるまでもない」
 彼女は鉄骨てっこつを刀かたなへと変え、凍いてつくような集中力で精神せいしんを研とぎ澄すませた。彼女が剣けんを一振ひとふりすると、刀身とうしんから爆はぜるような炎ほのおが噴ふき出だした。

「我わが主あるじに捧ささぐ、この一振ひとふりが虚構きょこうを切きり裂さく道標みちしるべとならんことを」
「『 神かみの名なと共ともに、勝利しょうりは我われにあり 』!!!」
 刀かたなは鳳凰ほうおうの形へと変貌へんぼうし、暴威的ぼういてきな熱風ねっぷうが鼓膜こまくを震ふるわせ、肌はだの表面をジリジリと焼き焦こがす。

「尋常じんじょうに、参まいるっ!!」

 心臓しんぞうの鼓動こどうが一度、跳はねた。

 直後、綾華あやかの姿が視界から消失しょうしつする。踏ふみ込こんだ足元のアスファルトが爆はぜ、肉塊にくかいの巨躯きょくに一筋ひとすじの紅あかい閃光せんこうが奔はしった。

「ギ、ガァアアア!!」
 肉塊にくかいから無数に生はえた目玉が、全方位から彼女を捉とらえようと蠢うごめく。しかし、遅い。

 鳳凰ほうおうの翼つばさを纏まとった彼女の軌跡きせきは、重力を無視むしした超高速ちょうこうそくの演舞えんぶとなって、異形いぎょうの肉を縦横無尽じゅうおうむじんに裁断さいだんしていく。

「ハッ、フゥッ......!」
 短みじかく鋭するどい呼気こき。肺はいの奥おくが灼熱しゃくねつの空気くうきに焼やかれ、視界しかいが酸素不足さんそぶそくで一瞬いっしゅん、明滅めいめつする。だが、彼女の集中力しゅうちゅうりょくは極限きょくげんを超こえていた。

 肉塊にくかいから放はなたれた赤黒あかぐろい触手しょくしゅが、死角しかくから彼女の心臓しんぞうを狙ねらって殺到さっとうする。

「......くっ!」
 背筋せすじを駆かけ抜ぬける、死の冷気れいき。

 彼女は空中くうちゅうで身体からだを捻ひねり、紙一重かみひとえでそれを回避かいひした。頬ほほをかすめた触手しょくしゅの風圧ふうあつで皮膚ひふが裂さけ、熱あつい血ちが滴したたる。滞空たいくうするわずか一秒に満みたない刹那せつな。彼女は残のこる全精力ぜんせいりょくを、鳳凰ほうおうの輝かがやきへと凝縮ぎょうしゅくさせた。

 静寂。

 周囲しゅういの雨音あまおとさえも消きえたかのような、奇妙きみょうな無音むおん。指先ゆびさきから感覚が消きえ、ただ「斬きる」という意志いしだけが神経しんけいを直走ひたはしる。

「これで、最後さいごっっ!!!!」

 絶叫ぜっきょうと共に、鳳凰ほうおうの咆哮ほうこうが戦場を呑のみ込こんだ。光の渦うずが異形いぎょうの核かくを真まっ二ぷたつに両断りょうだんし、熱ねっせられた血潮ちしおが沸騰ふっとうする音おとを立たてて周囲に撒まき散ちらされる。

 彼女の刀かたなが肉塊にくかいを切きり裂さいた時、それは断末魔だんまつまを上あげる暇ひまもなく、泥どろのように崩くずれ落おちた。

 ドサリ、と重苦おもくるしい音おとが響ひびき、急激きゅうげきに熱ねつを失うしなった大気たいきが雨に冷ひやされる。

 彼女は残身ざんしんを崩くずさぬまま、肩かたで激はげしく呼吸こきゅうを刻きざんだ。指先が、限界げんかいを超こえた負荷ふかでワナワナと痙攣けいれんし、握にぎり締しめた柄えを離はなすことさえできない。

「......あ、......はぁ......」
 喉のどの奥おくからせり上がる、焼けるような血の匂におい。命を削けずり、虚構きょこうを断たち切きったその一撃いちげきの代償だいしょうが、じわじわと彼女の身体からだを蝕むしばんでいく。

 勝利の余韻よいんに浸ひたる間まもなく、肺はいを突つき刺さすような苦痛くつうと、極度きょくどの緊張きんちょうから解放かいほうされた脱力感だつりょくかんが、彼女を泥濘ぬかりの地へと引きずり込こもうとしていた。

「うっ......」
 無理が祟たたり、綾華あやかが膝ひざをつく。激はげしい息遣いきづいが雨音あまおとに混まじる。

「まだ来るぞ、自己再生じこさいせいが終わらないうちに――」
 空気が一瞬いっしゅんで氷結ひょうけつしたかのように静しずまり返った。

 華緋はるひが振ふり返かえった先さきには、肉の触手しょくしゅに串刺くしざしにされ、宙ちゅうに浮うく素榛すばるの姿すがたがあった。

「あ......あ......姉ねえさま......姉ねえさま......」

「くそっ、どこに隠かくれていやがる」

 戦場を覆おおう血溜ちだまりが、再び意思いしを持つ怪物かいぶつへと変貌へんぼうしていく。逃げ場のない、絶望の粘着質ねんちゃくしつな感触かんしょく。



 ―――



 ......どれくらい経たったのだろうか。
 意識の混濁こんだくした暗闇くらやみの向こうから、鼓膜こまくを容赦ようしゃなく引ひき裂さくような悲鳴ひめいが戦場に響ひびき渡わたった。ハッと正気しょうきを取とり戻もどす。だが、全身の筋肉きんにくが融解ゆうかいしたかのように身体からだが鉛なまりのように重おもい。肺はいは冷ひえ切きり、浅あさい呼吸こきゅうを繰くり返かえすのが限界げんかいだった。

 重おもい瞼まぶたを強引ごういんにこじ開あけると、そこには言葉ことばを失うしなうほどの「絶望ぜつぼう」が冷酷れいこくに佇たたずんでいた。仲間なかまが、素榛すばるが、逃のがれられぬ死の罠わなに囚とらわれ、命の灯火ともしびを消けされかけている。

「助けなければ......」

 脳髄のうずいが弾はじけ飛とぶほどの焦燥感しょうそうかんが、麻痺まひした肉体を無理やり駆動くどうさせた。
 俺は泥どろを噛かむように、文字通り地を這はいながら身体からだを持ち上げた。爪つめが剥はがれ、皮膚ひふが擦すり切きれるのも構かまわず地面じめんを掻かき毟むしり、目の前に広がるあの忌いまわしい、どろりとした赤黒い血溜ちだまりの中へと、躊躇ちゅうちょなく右手を深く突つっ込んだ。

「何をしている!?」

 驚愕きょうがくに満みちた鋭するどい声こえが空間くうかんを震ふるわせる。だが、それに応こたえる余裕よゆうなど微塵みじんもない。突つっ込こんだ瞬間しゅんかん、右手の神経しんけいを何千、何万本もの灼熱しゃくねつの針はりが一斉いっせいに突つき刺さすような、脳のうが焼やき切きれるほどの激痛げきつうが走はしり抜ぬけた。血液けつえきが拒絶きょぜつ反応はんのうを起こしながら、皮膚ひふの毛穴けあなから筋肉きんにくの奥深おくふかくまで強引ごういんに浸透しんとうしていく。肉組織にくそしきが内側うちがわから破裂はれつしそうなほどの超高圧ちょうこうあつ。

 俺は奥歯おくばが粉々こなごなに砕くだけるほど歯を食くいしばり、肺はいを刺さす悪魔あくまの手を抹消まっしょうするかのように激痛げきつうに耐たえながら息いきを吸すい込こむ。肺はいからすべての酸素さんそをぶちまけるように、怒号どごうに似た雄おたけびをあげた。右腕の全細胞ぜんさいぼうが沸騰ふっとうし、パチパチと周囲の大気たいきを巻まき込こんで電撃でんげきが激はげしく走はしり出だす。



『 ロードLord インバーテッドInverted !!!!!』



 空気中に漂ただよっていた凄惨せいさんな血潮ちしおが一瞬で指向性しこうせいを持ち、暴風ぼうふうのような渦うずを巻まいて俺の右腕へと一気いっきに集束しゅうそくし始はじめる。周囲の血が逆流ぎゃくりゅうし、強引ごういんに腕へと流ながれ込こむ風圧ふうあつで、衣服いふくが引き裂さかれた。ミシミシ、バキバキと音を立てて腕が歪いびつにねじ曲まがり、骨が軋きしみ折おれる寸前すんぜんの痛みが襲おそう。意識が飛とびかけるほどの激痛げきつうを狂気的きょうきてきな意思いしでねじ伏ふせ、俺は全神経ぜんしんけいを、その指先ゆびさきへと一点いってん集中しゅうちゅうさせた。

 大気たいきが鳴動めいどうし、血の絶対的な主導権しゅどうけんが完全に俺の手へと移うつる。その瞬間しゅんかん、素榛すばるを縛しばり付つけていた絶対的な拘束こうそくが、ガラスが砕くだけ散るような音おとを立たてて木こっ端ぱ微塵みじんに解とき放はなたれた。

 視界しかいが激はげしく揺ゆれる凄すさまじい眩暈めまいと共ともに、世界そのものが大きく鼓動こどうするのを肌はだで感かんじる。喜よろこびも束つかの間ま、刀かたなで身体からだを支ささえる綾華あやかが、信しんじられないものを見るように目を見開みひらいている。その凍こおりついた視線しせんの先さき、逆さか巻まく血煙けつえんの向こう側がわには、静しずかに、ただ冷然れいぜんと、一人の少女が立っていた。



「うーん、ちょっと想定外そうていがいというかぁ...もうちょっとで勝てそうだったのになぁ」
 そこには少女の姿をしたSCP-E739が立っていた。

「あーでもでも、4 vs 1で互角ごかくに持ち込めたから、実質じっしつ私の勝ちって感じ?」
 俺は両手を合わせて笑わらっている彼女を睨にらみつけると、彼女は少し困こまったような顔を見せた。

「えっとさぁ、今回は引き分けってことにしておかなーい? 残機ざんきも少なくなってきたことだしさ、ねぇ?」
 少女は頼みごとをするかのように懇願こんがんしてくる。

「お前の考えはお見通みとおしだ。そうやって油断ゆだんした隙すきを突ついてくるやつだってことをな」
 綾華あやかが彼女の要求ようきゅうに乗らないように、鋭するどい口調くちょうで言い放はなった。

「なーんか傷付きずついちゃったなぁ、一応これでも同じ女子高生じょしこうせいなんだよ?」
 彼女は俺を試ためすように、舐なめるような視線で上から下までじろじろと見た。

「へぇ......なかなかやるじゃん。」
「あんたになら特別に教えてもやってもいいかな...知りたくない?甘奈あまなの場所」

 心臓しんぞうが跳はねた。なぜ甘奈あまなという名前を知っているんだ。薄うすれる記憶の中で甘奈あまなという言葉だけが、脳内のうないに反響はんきょうしていた。
「彼女に何をした!!!」

「まぁそれはぁ、うちのところに来くれば教えてやってもいいけど?」

「よせ、由記ゆうき。あいつは適当な作り話をして喋しゃべっているだけだぞ」

「へぇ、まぁ確かにあんたのいう通りだ・け・ど」
 少女は邪魔じゃましないでと言わんばかりに、綾華あやかを睨にらみつける。

「あんたを救世主きゅうせいしゅと呼よんで待まちわびてる子たちが、こっちにもいるってことは、覚おぼえておいた方ほうがいいかもね」

「...あんたの手には乗らないぞ」
 俺は彼女の要求ようきゅうを冷つめたくあしらった。

「あら残念。それじゃあ彼女の血は保険ほけんとして預あずかかっておくね~」
 彼女は素榛すばるを左手で指差ゆびさししながら、透明とうめいなカプセルに詰つめ込こまれた血を右手で見せつける。

「姉ねえさまの...姉ねえさまの血を返かえせ!!!」

「あらぁ怖こわい。そんな顔してると余計よけいに老ふけた顔になっちゃうわよ?」

「その必要はない」

 綾華あやかの制止せいしを振ふり切きり、俺は彼女の前に出た。
「俺の右腕みぎうでを持っていくがいい」

 俺は赤く染まった右腕みぎうでを差さし出した。

 女はきょとんとした後、腹はらを抱かかえて大笑おおわらいした。
「アハハハハ!!!!この男面白おもしろい!!!自分が何言ってるのか分かってるの?」

「どうかこれで、俺たちを見逃みのがしてくれないか?」

「何をバカげたことをっ...!!!」

「ふぅん、なかなか分かってるじゃない」
 彼女はそう言って両手を俺の手に置いた。

「俺は在原ありわら 由記ゆうきだ。由記ゆうきと呼よんでくれ」

「私の名前は 吉原よしはら 甘娜かんな。由記ゆうきくんになら下の名前で呼よばれてもいいかもねっ」

「早く持っていったらどうだ?」

「ふふ、はいはい。じゃあ遠慮えんりょなく~」
 彼女の手が、俺の腕うでを切り離そうと冷つめたい触手しょくしゅを絡からめてきた。その瞬間ときを、俺は待っていた。

 グラグラする頭の中で、俺は一部の記憶きおくを取り戻もどしたのを見逃みのがさなかった。

「引っかかったな」

「なっ!!!?」

 俺は声を大だいにして言った。
 右腕みぎうでの電撃でんげきが、バチバチと空気を震ふるわせる。

『 ブラッドBlood インバーテッドInverted !!!! 』

 血管けっかんを逆流ぎゃくりゅうするような衝撃しょうげきと共ともに、すべての血が本来ほんらいの所有者しょゆうしゃの元もとへ引き戻もどされていく。

「うぅ、私は何を......」

「姉ねえさま!!」

「力が、戻もどっていく......」

 三人は驚おどろいたように、自身じしんの身体からだを見つめていた。

 甘娜かんなの身体からだが悔くやしさと怒いかりでワナワナと震ふるえだす。
「な、なにをしたって言うの...!?」

「記憶きおくを取とり戻もどしたんだ。さぁ、どうする?」

 甘娜かんなが俺の腕うでを見ると、先ほどとは打うって変かわって顔が青あおざめていた。
「こ、後悔こうかいしても知らないんだからね!!!!!」

 その時、目の前に幻想的げんそうてきな紫色むらさきいろの蝶ちょうが舞まった。
「甘娜かんな、そこまでだ。お前は賭かけに負まけた。お前を連つれて帰る」

「......ふ、ふん!!! 次があるって勘違かんちがいしないでよね!!!」

 彼女は蝶ちょうと共ともに、空間くうかんが歪ゆがむような異様いような静寂せいじゃくの中に消えていった。

「終わったのか...」
 俺はそう言うと、みんなから安堵あんどの声が聞こえた。

「あぁ〜! 一時はどうなるかと思いました......」
 華緋はるひは元気を取り戻した素榛すばるを心配し、後ろからぎゅぅっと抱だきついた。

「......私が力不足なばかりに。済まない」

「綾華あやか様は悪くありません」
 素榛すばるは綾華あやかが気落とすのを気遣きづかい、優やさしく声をかける。

「はは......それはそうと......」
 俺は、目の前に並ぶ少女たちを見て、素朴そぼくな疑問ぎもんを口にした。

「どうして、こんなにいっぱい集あつまったのかな......」

「それは私わたくしが説明しましてよ」
 後ろから、清涼せいりょうな風のように凛りんとした声が響ひびいた。

 毅然きぜんとした、清楚せいそな雰囲気ふんいきをまとった少女。
「申もうし遅おくれました。私は八咫烏やたがらす財団ざいだんを束たばねる、宝生院ほうしょういん 早七さなと申もうします」

 彼女の姿すがたを見た瞬間しゅんかん、胸むねの奥おくがチリりと熱あつくなった。どこかで、ずっと昔むかしに会あったことがあるような、懐なつかしくも切せつない直感ちょっかんが全身ぜんしんを駆かけ巡めぐる。
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ゲマトレイル Gematrail — 残響領域の観測者 — 紅蓮よ、咲き誇れ作者:⛰️終末 金剛山
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