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Echo 12 『 黄金の弾痕 』


 意識がまだ完全には覚醒かくせいしていないまどろみの中、妙みょうに熱あつっぽく、まとわりつくような湿度しつどを感じた。肌はだに触ふれる柔やわらかな感触かんしょくは、吸すい付つくように艶つややかで、密着みっちゃくした部分ぶぶんからドクドクと他人の鼓動こどうが直接伝つたわってくる。風呂ふろ上がり特有とくゆうの、湿しめり気けを帯おびた爽さわやかな石鹸せっけんの香かおりが鼻はなをくすぐった。

「お兄にいちゃん...好き...大好き...」

 その火照ほてった身体からだの主あるじが誰なのか、重おもい瞼まぶたをこじ開あけ、朧おぼろげな視界で捉とらえたその姿は――。
「...未夏みか...?」

「...んぁ」
 彼女は上半身じょうはんしんを起こすと、はだけた衣服いふくから覗のぞく白い肌はだを露あらわにし、寝ねぼけ眼めでこちらを見つめてきた。

「えへへ...起きた?お兄ちゃん?」

「い、いや、これなんだよ」

「え?分かるでしょ。我慢がまんできなくなったの」
 そう言うと彼女は俺の両肩りょうかたを布団ふとんに押おしつけた。細おそい腕うでからは想像そうぞうもつかない、万力まんりきのような力ちからで圧あっし折おられそうな衝撃しょうげきに、背中せなかの骨ほねが布団ふとん越ごしで畳たたみに打うち付つけられる。

(...それにしても、なんか酒臭さけくさいな)

「お兄にいちゃん、私と続きしよ?」
 俺は全身に力を込こめ、彼女の熱い両肩りょうかたを跳はね返かえすように押おし返かえす。彼女は抵抗ていこうされると思わなかったのか、呆気あっけにとられ俺の力に驚おどろいた。反抗はんこうする意思いしが無ないことを見せつけるかのように、か弱よわい女性のように身体からだをくねらせ、露あらわになった部分を制服せいふくのシャツで隠かくしていた。

「......誰だ、お前」
息を吸すう音おとさえころし、一歩いっぽだけ後うしろへ足を引ひいた。どうやら敵意てきいはないようだが...

「え?お兄にいちゃん寝ねぼけてるの?私だよ」
 俺の本能ほんのうが囁ささやく。

「違ちがう、未夏みかはそんな妹じゃない」

 喉のどの奥おくがカラカラに干ひからび、心臓しんぞうが肋骨ろっこつを激はげしく叩たたく。自然しぜんと、吐はき出だす声が鋭するどく尖とがった。
「未夏みかはどこだ?」

「おっはよー!!」
 空気を読まない明るい声が、張はり詰つめた空気の和室わしつを物理的に割わるように響ひびいた。襖ふすまの向こうに立っていたのは彩福あやねだった。

「あれ?...お愉たのしみの最中さいちゅうでしたか~...これは失礼シツレイ」
 彼女は素早すばやく襖ふすまを閉しめようとする。

「いや、ちょっと待てよ!俺困ってるんだけど!?」

「何よ~そうなら早く言ってくれればいいじゃない...ん?」
 彼女が襖ふすまを開あけ直なおして中なかに入はいった瞬間しゅんかん、氷水こおりみずを浴あびせられたかのようにその身体からだが硬直こうちょくした。

「えっと、ちょっと...えぇ!?お姉ねえちゃん!?」

「えぇぇえええ!!??」
 姉あねがいたのか!?

「あちゃぁ...バレちゃ仕方しかたないかぁ」
 そう言うと彼女は虹色にじいろに輝かがやいたかと思うと、彩福あやねにそっくりさんな人が現あらわれた。

「どうも~、彩福あやねの姉あねの麻椰まやでーす。まやちんって呼よんでくれてもいいよ!」
 麻椰まやのむにっとした豊満ほうまんな肢体したいが、シャツ越ごしにくっきりとその形が分かるくらい、俺の胸に覆おおいかぶさる。

「えっと...これはどういう...。と、とにかく俺からどいてくれないか!?」
 密着みっちゃくした部分ぶぶんから伝つたわる彼女の熱ねつと、ボタンの外はずれた服の擦こすれる音が、俺の理性りせいの限界げんかいをガリガリと削けずっていく。彼女は残念ざんねんそうな顔で退どくと、乱みだれた衣服いふくを整ととのえた。

「そういや麻椰まやねぇ、いつからここに来たの?」

「うーん?気付きづいたら布団ふとんの中なかにいたから、お酒さけを探さがして飲のんでから記憶きおくが無なくなって...んで、ここにいるわけ!」
 麻椰まやは歯はが浮うくような調子ちょうしで猫撫ねこなで声ごえをまくし立たてながら、両手の指差ゆびさしポーズで和室わしつを指さす。

「いやいや、なんでそうなる」
(ん?昨日きのうまでは未夏みかたちと一緒いっしょにいたから、麻椰まやはいなかったはずだけど)

 そう思っていると俺はふと気きづいた。
「彩福あやねは俺の中なかから出でてきたんだよね?」

「うんそうだよ」

「それだと麻椰まやも、誰かの中なかにいたってことにならないか?」

「あー...その線せん有あり得えるかも」

「ちょ...うちを不審者ふしんしゃみたいな目で見るなし!」

「じゃあ麻椰まやねぇは誰の身体からだから出てきたの?」

「えぇと...」
 彼女は戸惑とまどいながら咄嗟とっさに何かを思いつくと、両手を広ひろげて空間を切きり取とるような手てつきで見せた。

「このくらいの大きさの女の子だったと思う!!!」

「「いや分かるかい!!!」」

「おはようございます...あら?」
 現あらわれた早七さなは、糊のりのきいた清潔せいけつな温泉おんせん浴衣ゆかたに身を包つつみ、さっぱりとした石鹸せっけんの残のこり香がを漂ただよわせていた。

「...うーん困こまりましたわね。侵入しんにゅうを許ゆるしてしまうだなんて...」

「だから!!うちは不法ふほう侵入しんにゅうなんかじゃないってば!!」

「あら、ではどなたか招まねき入いれたとでも?」
 早七さなとの間あいだで、不穏ふおんな雰囲気ふんいきになるのが分かる。早七さなはニコニコしているが、あれは喜よろこんでいる顔ではない。淑しとやかな発言はつげんとは裏腹うらはらに、声からは想像そうぞうもつかない圧迫感あっぱくかんが麻椰まやをジリジリと追おい詰つめていく。

「えっと...これにはかくかくしかじかでして...」
 圧倒あっとうされた彩福あやねが必死ひっしに擁護ようごするも、早七さなの笑えみは一層いっそう怪あやしい雰囲気ふんいきを放はなっていた。

「では華緋はるひに鑑定かんていしてもらいましょうか」

「えっと...なんか、うちとりあえずOKっぽい?」

「それは鑑定かんてい結果、次第しだいかしらね」

「ふわぁ...おはようございますみなさん」
 後うしろから未夏みかが、眠気ねむけを帯おびた潤うるんだ瞳ひとみで出でてきた。

「うわぁああ!!未夏みかちゃん!もう少し寝ねていいから!!」
 未夏みかの前まえを遮さえぎるように彩福あやねが両手を広ひろげ、未夏みかの肩かたを持もち回れ右で回転かいてんさせる。

「...?何かあったんですか?」

「いいのいいの!!ささ!彩福あやねと一緒いっしょに二度寝にどねしよう!」
 彩福あやねはそう言うと妹を部屋に連つれて行いった。...よくやった。俺は心の中なかでサムズアップした。

「準備じゅんびが出来ましたお嬢様じょうさま」

「それじゃあ、お願いするわね」
 華緋はるひがクリスタルスカルを麻椰まやに向むけた。水晶すいしょうの内部でマリンボトルのように煮にえ立たつ泡あわが七色なないろに輝かがやき、球体の形かたちに集あつまり白い光を放はなったかと思うと、一直線いっちょくせんの鋭するどい光が麻椰まやの額ひたいを射抜いぬく。

「う、うぅん?なにやってんのこれ?」

「あなたのナンバリングを検出けんしゅつしているところです」
 華緋はるひは光を掴つかみ取とるように、幾何学きかがくの模様もようが描えがかれた左手の本ほんに叩たたきつける。目にも止とまらぬ速はやさでページが高速こうそくでめくれ、次の瞬間ピタリと風が止やんだかのように静寂せいじゃくを携たずさえていた。

「...S744、特に大きな害はなさそうです」
 麻椰まやは肺はいの底そこから安堵あんどのため息を漏もらし、肩かたの力を抜ぬいた。

「妹の彩福あやねと似にた性格せいかくをしていますね」
(うーん、二人とも見た目もギャルだしな!!)

「...もしかするとですが、未夏みかさん。何か能力が発現はつげんしたのかもしれません」

 俺はその言葉ことばに驚おどろき、目を見開みひらいた。
「ど、どういうことだ?」

「これを見てください。」

 彼女の本をのぞき込こむと、そこには未夏みかの情報じょうほうが載のっていた。
「いつの間まにこんなことを...」

「みなさんの安全あんぜんを管理かんりするのも、メイドの務つとめですので」
 ここをご覧らん下くださいと言われ、指で示しめされた箇所かしょを見ると、そこには赤い文字で『スペル ブレイカーSpell Breaker』と書かれてあった。

「これは能力のうりょくが後天的こうてんてきに発現はつげんした時に現あらわれるものです。理由りゆうは定さだかではありませんが、未夏みかさんの異変いへんと麻椰まやさんの出現。この事象じしょうは何らかの因果いんが関係があるはずです」

「えぇっと!そうそう!さっきの女の子みたいな感じの大きさから、うちが出てきたから、きっとそう!」

 一件いっけん落着らくちゃくだと思った、そう思ったのも束つかの間ま。華緋はるひは俺を憐あわれむような顔で見た。
「えぇと...他に何かあるのか?」

「いえ、特別とくべつなことではありませんが」

「...なんか余計よけいに気になるのだけど」

「では単刀直入たんとうちょくにゅうに。これをご覧ください」
 そこには麻椰まやの情報じょうほうが色々書かれてあった。

「えーとなになに...色情魔ビッチ?」

「誰がビッチよ!!」
 麻椰まやの手が俺の頬ほほを叩たたき、乾かわいた音おとと熱あつい痺しびれが走はしる。朝から跨またがっておいて何を言うのか。とにかく俺はこの喧騒けんそうから離はなれたいと願ねがった。

「ちょっとお手洗いに...」
 そう言うと後ろから麻椰まやの声が、これでもかと大きく聞こえてきた。

「私が魅力的みりょくてきだからって、こっそりしないでよね~」

「んなするか!!」
 はぁ、朝から気きが疲つかれる。わざと言ったのだというのが、ありありと分かるように麻椰まやがニヤニヤしているのを見て、俺は苛立いらだちを募つのらせた。

 喧騒けんそうを逃のがれ、廊下ろうかへ出でる。ひんやりとした板張いたばりの感触かんしょくが足裏あしうらに心地ここちいい。
 トイレのドアを開あけた瞬間しゅんかん ――。
「...は?」

「んなななな!!!!!」
 そこには、気きまずさに顔を強張こわばらせた彩福あやねの姿すがたが。彩福あやねは顔を真まっ赤かにして、着ていた浴衣ゆかたの帯おびやスリッパを投なげつけてきた。

「この変態ヘンタイ!!!スケベ!!!エッチ!!」

「か、鍵かぎくらいしとけよな!?」

「普通ふつうノックくらいするもんでしょ!!」
 扉とびらが叩たたきつけられるように閉しまり、激はげしい衝撃音しょうげきおんが鼓膜こまくを震ふるわせた。俺は仕方しかたなく彼女が済すむまで部屋へやで待まつことにした。

「はぁ...いや俺が悪わるかったかもしれないけどさ...あーもう!!」
 ここは穏便おんびんに済すませるために謝あやまっておこう。俺は扉とびらが開ひらくのを聞きいて立たち上がり、廊下ろうかで彩福あやねとすれ違ちがう時に開口かいこう一番いちばんに頭あたまを下さげた。

「すまん!!俺が悪かった!!」
 俺は誠意せいいを示しめすためにスッと手を差さし出だす。しばらくの間あいだ、返事へんじが無かった。

「あのさ...その、わ、うちもよく無かったって思ってたし...分かったから」
 俺が顔をあげると、彩福あやねは両手を突つき出だすジェスチャーをしてみせた。

 俺は数秒遅おくれでそれを察さっする。
「あ、すまん!!手を洗あらってないんだよな...」

「あはは...」
 微妙びみょうな空気が廊下ろうかに流ながれる。

 その時、後ろから麻椰まやの声がした。
「朝から盛さかってるねぇ~」
「「やってませんっっ!!!」」

「みなさん、朝食ちょうしょくの準備じゅんびは出来てますよ」
 素榛すばるの声で、ようやく平穏へいおんを取とり戻もどす。

 俺たちは素榛すばるに着いて行き、昨日訪おとずれた部屋の廊下ろうかにと、華緋はるひが襖ふすまを開あけて待っていた。部屋の中からパンのいい匂においがする。

「おはようございます、ご主人様」
 慣なれない言葉ことばに俺は少しだけ反応が遅おくれて返事へんじをする。席に着ついて焼やきたてのパンにジャムを塗ぬって食べ始めた。

「このジャムすごく美味おいしい!」
 未夏みかはそう言うと目を輝かがやかせながら、美味おいしそうに頬張ほおばった。

「最高級さいこうきゅうのアプリコットジャムですのよ」
 焼やきたてのパンの香こうばしい匂においが食欲しょくよくを刺激しげきする。アプリコットジャムを塗ぬって一口ひとくち運はこべば、滑なめらかな舌した触ざわりと濃厚のうこうな甘あまみが舌の上で踊おどり、鼻から芳醇ほうじゅんな香かおりが抜ぬけていく。華緋はるひが入れてくれたコーンポタージュの温あたたかさが喉のどを通とおるたび、強張こわばっていた身体からだが内側から解ほどけていくような幸福感こうふくかんに包つつまれた。

「では出立しゅったつについてなのだけれど、万が一のことを考慮こうりょして由記ゆうきくんと麻椰まやさんでお願いしてもいいかしら」

「え?ってことは毎日ゲーム三昧ざんまいお菓子かし食べ放題ほうだいでいいんすか?!」

「えぇ、約束やくそくした通とおり既すでに用意いたしましたわ」

 彩福あやねがガッツポーズを取った。その隣となりで麻椰まやがしょぼくれている。何も言わないところを見ると、かなりショックだったのだろう...

「えっと...私も残のこってていいんですよね?」

 未夏みかは早七さなに聞きくと笑顔えがおで答こたえた。
「もちろんよ、大切な弟君の妹ですもの。それにあなたまで行方ゆくえ不明ふめいになってしまったら支障ししょうが出てしまうわ」

「そ、それもそうですよね...」

「学校の登校とうこうも支障ししょうが無いように華緋はるひを同行どうこうさせるわ。実力じつりょくもあるし心配しなくていいわよ」

「ありがとうございます...」
 未夏みかは借かりてきた猫ねこのように、所在なげに指先をいじりながら答えた。

「ねぇねぇ未夏みかちゃん、時間じかんがあったら一緒いっしょにゲームしようよ!!」

「えぇと...夏休みの課題かだいが終おわってからですかね...ははは...」

「優等生ゆうとうせいぶってやんのー、まぁでもとことん付き合ってもらうからね!!」「妹ばかりずる~い~」

 そうだ、もうそろそろ1学期が終わろうとしてる。
 勉強べんきょうについていけるだろうかと少しだけ不安になったりしたがそうも言ってられない。なぜ俺は毎日一緒に登校とうこうしてたはずの甘奈あまなを忘わすれてしまっていたのか。

 彼女がどこにいるのか、探し出して救すくわないといけない。
 あんなに親切しんせつにしてくれていたのに、感謝かんしゃも出来ずにお別わかれなんてごめんだ。

「華緋はるひが集合場所まで、ご案内あんないいたします。ではご主人様、ついていらしてください」
 俺と麻椰まやは玄関先げんかんさきで靴くつを履はくと、未夏みかが廊下ろうかから走ってくる。

「どうしたんだ?未夏みか?」

 未夏みかは何も言わず俺に抱だきつくと、キスをしてきた。
「...!?」

 絡からみつく余韻よいんが続つづく間まもなく、未夏みかは耳まで赤くし部屋に戻って行った。

「へぇ~あんた、なかなか幸せ者じゃーん」
 麻椰まやが肘ひじで俺の脇腹わきばらを小突こづき、ニヤニヤとからかってくる。

「か、からかうのも大概たいがいにしろよ」

「へぇ、ご・しゅ・じ・ん・さ・ま?」

「う、うるせぇ」

「あははは!怒おこった!」
 そう言うと彼女は腰こしをかがめて俺を見た。

「ずっと顔が暗くらそうだったからさ、もうちょっと気楽きらくにいこうよ~。きっと妹さんも心配しんぱいだったんだろうしさ」

「...麻椰まやがいれば、少しは気きが紛まぎれそうかな」
 俺は気恥きはずかしい想おもいを隠かくすかのように、足早あしばやに歩あるき出し日差ひざしの下に出る。

「むぅ、なんだよその言い方。うちってそんな扱あつかい?」

「感謝してるって言ったんだよ」

「ふーん...素直すなおじゃないんだから」
 彼女は口をすぼめたが、その瞳ひとみはどこか柔やわらかかった。
(こうして見ると癖くせが未夏みかとそっくりなんだよな...調子が狂くるいそうだ)
 俺は頭の中で思い出した過去の記憶を振ふり払はらい、華緋はるひとともに集合場所へ向かった。





「ここで間違いないですね」
 そう言うと華緋はるひは周囲を見渡した。

「はぁ...はぁ...うちもう疲つかれたぁ。どんだけ歩あるかせるのよ~」
 麻椰まやが汗あせばんだ額ひたいを拭ぬぐい、地面にヘナヘナと座すわり込こむ。風があまり吹ふかず太陽がカンカンに照てらす道路の上では、余計よけいに湿しめった暑あつさで汗あせが噴ふき出てくる。

「普段ふだんから歩あるいてないからだろ」

「み、水~!」

「どうぞ」
 華緋はるひは麻椰まやに水の入った水筒すいとうを渡わたした。いやどこに格納かくのうしているんだそれは??

「いやぁ助かるぅ~...ングッ、ングッ...ぷはぁ!」
 麻椰まやは俺を見ると、水筒すいとうを一瞥いちべつしたかと思うとニヤニヤし始めた。

「な、なんだよ」

「喉のど乾かいてないのかなぁって」

「別に...そんなことねぇし」

「つよがんなって~...それとも間接かんせつキスを気にしちゃってる?」

「し、してねぇよ」

「あ、もしかして図星ずぼし?図星ずぼしなんでしょ?」
 そう言ってからかっていた麻椰まやだったが、華緋はるひはそれを見て一言言った。

「それだと私が麻椰まやさんと間接かんせつキスしたことになりますね」

「へ?」
 彼女はしばらくフリーズしたかのように固かたまった。

「な、なんで言ってくれなかったのさ!?」
 すると華緋はるひは顔を赤あからめて恥はずかしそうに言った。

「元々はご主人様のために用意したものですので...」

「はぁ!?間接かんせつキスしようって魂胆こんたんだったわけ!?」

「そうですが何か?」
 さも当たり前のように答える。

「こ...このぉ...このビッチメイドめ!!!」

「ご主人様のことを想おもう故ゆえ、万が一のことを考えて毒見どくみをするのもメイドの務つとめです」

「うぅ...由記ゆうきくんにビッチって言われ...メイドにもビッチ認定にんていされた...うちもうお嫁よめにいけない...」

「ま、まぁそこまで落ち込むことないだろ!?な?」
 どこかで見たような場面に俺は苦笑くしょうしながら、麻椰まやの背中せなかを擦さすった。
 その時、遠くから火花を散らし、空気を引き裂さくような爆音ばくおんが近ちかづいてきた。

「なんかめっちゃすごい勢いきおいで来てるんですけどー!?!?」
 麻椰まやは俺の後うしろに隠かくれてワナワナと足を震ふるわせていた。猛もうスピードの車がスライドしながらアスファルトを削けずり、鼻を突つくタイヤの焦こげた匂においと共ともに目の前で静止せいしした。

「やぁ、あんたたちが茉佑まゆの言ってた大事だいじなお客さんかい?」
 太陽に照てらされたブラックダイヤモンドが散りばめられた金色の車はかなり目立つ。サングラスを外すと、スタイリッシュな髪かみにかかった鋭するどい眼光がんこうで、思わず見惚みほれてしまう。

「あれ?以前に見てた人気にんきインフルエンサーじゃないっすか!!」

「おや、僕のことを知っていたんだね」
 彼女の放はなつ自信溢あふれるオーラが肌はだを圧あっし、握手あくしゅを交かわしたその手はとても力強かった。

「入徳いりとく 一榎いちかだ。今日はよろしくな」

 俺たちは一榎いちかの車に乗り、姿が遠くなっていく華緋はるひに手を振ふりながら、心に新たな決意けついを抱く。
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ゲマトレイル Gematrail — 残響領域の観測者 — 紅蓮よ、咲き誇れ作者:⛰️終末 金剛山
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Echo 12 『 黄金の弾痕 』


 意識がまだ完全には覚醒かくせいしていないまどろみの中、妙みょうに熱あつっぽく、まとわりつくような湿度しつどを感じた。肌はだに触ふれる柔やわらかな感触かんしょくは、吸すい付つくように艶つややかで、密着みっちゃくした部分ぶぶんからドクドクと他人の鼓動こどうが直接伝つたわってくる。風呂ふろ上がり特有とくゆうの、湿しめり気けを帯おびた爽さわやかな石鹸せっけんの香かおりが鼻はなをくすぐった。

「お兄にいちゃん...好き...大好き...」

 その火照ほてった身体からだの主あるじが誰なのか、重おもい瞼まぶたをこじ開あけ、朧おぼろげな視界で捉とらえたその姿は――。
「...未夏みか...?」

「...んぁ」
 彼女は上半身じょうはんしんを起こすと、はだけた衣服いふくから覗のぞく白い肌はだを露あらわにし、寝ねぼけ眼めでこちらを見つめてきた。

「えへへ...起きた?お兄ちゃん?」

「い、いや、これなんだよ」

「え?分かるでしょ。我慢がまんできなくなったの」
 そう言うと彼女は俺の両肩りょうかたを布団ふとんに押おしつけた。細おそい腕うでからは想像そうぞうもつかない、万力まんりきのような力ちからで圧あっし折おられそうな衝撃しょうげきに、背中せなかの骨ほねが布団ふとん越ごしで畳たたみに打うち付つけられる。

(...それにしても、なんか酒臭さけくさいな)

「お兄にいちゃん、私と続きしよ?」
 俺は全身に力を込こめ、彼女の熱い両肩りょうかたを跳はね返かえすように押おし返かえす。彼女は抵抗ていこうされると思わなかったのか、呆気あっけにとられ俺の力に驚おどろいた。反抗はんこうする意思いしが無ないことを見せつけるかのように、か弱よわい女性のように身体からだをくねらせ、露あらわになった部分を制服せいふくのシャツで隠かくしていた。

「......誰だ、お前」
息を吸すう音おとさえころし、一歩いっぽだけ後うしろへ足を引ひいた。どうやら敵意てきいはないようだが...

「え?お兄にいちゃん寝ねぼけてるの?私だよ」
 俺の本能ほんのうが囁ささやく。

「違ちがう、未夏みかはそんな妹じゃない」

 喉のどの奥おくがカラカラに干ひからび、心臓しんぞうが肋骨ろっこつを激はげしく叩たたく。自然しぜんと、吐はき出だす声が鋭するどく尖とがった。
「未夏みかはどこだ?」

「おっはよー!!」
 空気を読まない明るい声が、張はり詰つめた空気の和室わしつを物理的に割わるように響ひびいた。襖ふすまの向こうに立っていたのは彩福あやねだった。

「あれ?...お愉たのしみの最中さいちゅうでしたか~...これは失礼シツレイ」
 彼女は素早すばやく襖ふすまを閉しめようとする。

「いや、ちょっと待てよ!俺困ってるんだけど!?」

「何よ~そうなら早く言ってくれればいいじゃない...ん?」
 彼女が襖ふすまを開あけ直なおして中なかに入はいった瞬間しゅんかん、氷水こおりみずを浴あびせられたかのようにその身体からだが硬直こうちょくした。

「えっと、ちょっと...えぇ!?お姉ねえちゃん!?」

「えぇぇえええ!!??」
 姉あねがいたのか!?

「あちゃぁ...バレちゃ仕方しかたないかぁ」
 そう言うと彼女は虹色にじいろに輝かがやいたかと思うと、彩福あやねにそっくりさんな人が現あらわれた。

「どうも~、彩福あやねの姉あねの麻椰まやでーす。まやちんって呼よんでくれてもいいよ!」
 麻椰まやのむにっとした豊満ほうまんな肢体したいが、シャツ越ごしにくっきりとその形が分かるくらい、俺の胸に覆おおいかぶさる。

「えっと...これはどういう...。と、とにかく俺からどいてくれないか!?」
 密着みっちゃくした部分ぶぶんから伝つたわる彼女の熱ねつと、ボタンの外はずれた服の擦こすれる音が、俺の理性りせいの限界げんかいをガリガリと削けずっていく。彼女は残念ざんねんそうな顔で退どくと、乱みだれた衣服いふくを整ととのえた。

「そういや麻椰まやねぇ、いつからここに来たの?」

「うーん?気付きづいたら布団ふとんの中なかにいたから、お酒さけを探さがして飲のんでから記憶きおくが無なくなって...んで、ここにいるわけ!」
 麻椰まやは歯はが浮うくような調子ちょうしで猫撫ねこなで声ごえをまくし立たてながら、両手の指差ゆびさしポーズで和室わしつを指さす。

「いやいや、なんでそうなる」
(ん?昨日きのうまでは未夏みかたちと一緒いっしょにいたから、麻椰まやはいなかったはずだけど)

 そう思っていると俺はふと気きづいた。
「彩福あやねは俺の中なかから出でてきたんだよね?」

「うんそうだよ」

「それだと麻椰まやも、誰かの中なかにいたってことにならないか?」

「あー...その線せん有あり得えるかも」

「ちょ...うちを不審者ふしんしゃみたいな目で見るなし!」

「じゃあ麻椰まやねぇは誰の身体からだから出てきたの?」

「えぇと...」
 彼女は戸惑とまどいながら咄嗟とっさに何かを思いつくと、両手を広ひろげて空間を切きり取とるような手てつきで見せた。

「このくらいの大きさの女の子だったと思う!!!」

「「いや分かるかい!!!」」

「おはようございます...あら?」
 現あらわれた早七さなは、糊のりのきいた清潔せいけつな温泉おんせん浴衣ゆかたに身を包つつみ、さっぱりとした石鹸せっけんの残のこり香がを漂ただよわせていた。

「...うーん困こまりましたわね。侵入しんにゅうを許ゆるしてしまうだなんて...」

「だから!!うちは不法ふほう侵入しんにゅうなんかじゃないってば!!」

「あら、ではどなたか招まねき入いれたとでも?」
 早七さなとの間あいだで、不穏ふおんな雰囲気ふんいきになるのが分かる。早七さなはニコニコしているが、あれは喜よろこんでいる顔ではない。淑しとやかな発言はつげんとは裏腹うらはらに、声からは想像そうぞうもつかない圧迫感あっぱくかんが麻椰まやをジリジリと追おい詰つめていく。

「えっと...これにはかくかくしかじかでして...」
 圧倒あっとうされた彩福あやねが必死ひっしに擁護ようごするも、早七さなの笑えみは一層いっそう怪あやしい雰囲気ふんいきを放はなっていた。

「では華緋はるひに鑑定かんていしてもらいましょうか」

「えっと...なんか、うちとりあえずOKっぽい?」

「それは鑑定かんてい結果、次第しだいかしらね」

「ふわぁ...おはようございますみなさん」
 後うしろから未夏みかが、眠気ねむけを帯おびた潤うるんだ瞳ひとみで出でてきた。

「うわぁああ!!未夏みかちゃん!もう少し寝ねていいから!!」
 未夏みかの前まえを遮さえぎるように彩福あやねが両手を広ひろげ、未夏みかの肩かたを持もち回れ右で回転かいてんさせる。

「...?何かあったんですか?」

「いいのいいの!!ささ!彩福あやねと一緒いっしょに二度寝にどねしよう!」
 彩福あやねはそう言うと妹を部屋に連つれて行いった。...よくやった。俺は心の中なかでサムズアップした。

「準備じゅんびが出来ましたお嬢様じょうさま」

「それじゃあ、お願いするわね」
 華緋はるひがクリスタルスカルを麻椰まやに向むけた。水晶すいしょうの内部でマリンボトルのように煮にえ立たつ泡あわが七色なないろに輝かがやき、球体の形かたちに集あつまり白い光を放はなったかと思うと、一直線いっちょくせんの鋭するどい光が麻椰まやの額ひたいを射抜いぬく。

「う、うぅん?なにやってんのこれ?」

「あなたのナンバリングを検出けんしゅつしているところです」
 華緋はるひは光を掴つかみ取とるように、幾何学きかがくの模様もようが描えがかれた左手の本ほんに叩たたきつける。目にも止とまらぬ速はやさでページが高速こうそくでめくれ、次の瞬間ピタリと風が止やんだかのように静寂せいじゃくを携たずさえていた。

「...S744、特に大きな害はなさそうです」
 麻椰まやは肺はいの底そこから安堵あんどのため息を漏もらし、肩かたの力を抜ぬいた。

「妹の彩福あやねと似にた性格せいかくをしていますね」
(うーん、二人とも見た目もギャルだしな!!)

「...もしかするとですが、未夏みかさん。何か能力が発現はつげんしたのかもしれません」

 俺はその言葉ことばに驚おどろき、目を見開みひらいた。
「ど、どういうことだ?」

「これを見てください。」

 彼女の本をのぞき込こむと、そこには未夏みかの情報じょうほうが載のっていた。
「いつの間まにこんなことを...」

「みなさんの安全あんぜんを管理かんりするのも、メイドの務つとめですので」
 ここをご覧らん下くださいと言われ、指で示しめされた箇所かしょを見ると、そこには赤い文字で『スペル ブレイカーSpell Breaker』と書かれてあった。

「これは能力のうりょくが後天的こうてんてきに発現はつげんした時に現あらわれるものです。理由りゆうは定さだかではありませんが、未夏みかさんの異変いへんと麻椰まやさんの出現。この事象じしょうは何らかの因果いんが関係があるはずです」

「えぇっと!そうそう!さっきの女の子みたいな感じの大きさから、うちが出てきたから、きっとそう!」

 一件いっけん落着らくちゃくだと思った、そう思ったのも束つかの間ま。華緋はるひは俺を憐あわれむような顔で見た。
「えぇと...他に何かあるのか?」

「いえ、特別とくべつなことではありませんが」

「...なんか余計よけいに気になるのだけど」

「では単刀直入たんとうちょくにゅうに。これをご覧ください」
 そこには麻椰まやの情報じょうほうが色々書かれてあった。

「えーとなになに...色情魔ビッチ?」

「誰がビッチよ!!」
 麻椰まやの手が俺の頬ほほを叩たたき、乾かわいた音おとと熱あつい痺しびれが走はしる。朝から跨またがっておいて何を言うのか。とにかく俺はこの喧騒けんそうから離はなれたいと願ねがった。

「ちょっとお手洗いに...」
 そう言うと後ろから麻椰まやの声が、これでもかと大きく聞こえてきた。

「私が魅力的みりょくてきだからって、こっそりしないでよね~」

「んなするか!!」
 はぁ、朝から気きが疲つかれる。わざと言ったのだというのが、ありありと分かるように麻椰まやがニヤニヤしているのを見て、俺は苛立いらだちを募つのらせた。

 喧騒けんそうを逃のがれ、廊下ろうかへ出でる。ひんやりとした板張いたばりの感触かんしょくが足裏あしうらに心地ここちいい。
 トイレのドアを開あけた瞬間しゅんかん ――。
「...は?」

「んなななな!!!!!」
 そこには、気きまずさに顔を強張こわばらせた彩福あやねの姿すがたが。彩福あやねは顔を真まっ赤かにして、着ていた浴衣ゆかたの帯おびやスリッパを投なげつけてきた。

「この変態ヘンタイ!!!スケベ!!!エッチ!!」

「か、鍵かぎくらいしとけよな!?」

「普通ふつうノックくらいするもんでしょ!!」
 扉とびらが叩たたきつけられるように閉しまり、激はげしい衝撃音しょうげきおんが鼓膜こまくを震ふるわせた。俺は仕方しかたなく彼女が済すむまで部屋へやで待まつことにした。

「はぁ...いや俺が悪わるかったかもしれないけどさ...あーもう!!」
 ここは穏便おんびんに済すませるために謝あやまっておこう。俺は扉とびらが開ひらくのを聞きいて立たち上がり、廊下ろうかで彩福あやねとすれ違ちがう時に開口かいこう一番いちばんに頭あたまを下さげた。

「すまん!!俺が悪かった!!」
 俺は誠意せいいを示しめすためにスッと手を差さし出だす。しばらくの間あいだ、返事へんじが無かった。

「あのさ...その、わ、うちもよく無かったって思ってたし...分かったから」
 俺が顔をあげると、彩福あやねは両手を突つき出だすジェスチャーをしてみせた。

 俺は数秒遅おくれでそれを察さっする。
「あ、すまん!!手を洗あらってないんだよな...」

「あはは...」
 微妙びみょうな空気が廊下ろうかに流ながれる。

 その時、後ろから麻椰まやの声がした。
「朝から盛さかってるねぇ~」
「「やってませんっっ!!!」」

「みなさん、朝食ちょうしょくの準備じゅんびは出来てますよ」
 素榛すばるの声で、ようやく平穏へいおんを取とり戻もどす。

 俺たちは素榛すばるに着いて行き、昨日訪おとずれた部屋の廊下ろうかにと、華緋はるひが襖ふすまを開あけて待っていた。部屋の中からパンのいい匂においがする。

「おはようございます、ご主人様」
 慣なれない言葉ことばに俺は少しだけ反応が遅おくれて返事へんじをする。席に着ついて焼やきたてのパンにジャムを塗ぬって食べ始めた。

「このジャムすごく美味おいしい!」
 未夏みかはそう言うと目を輝かがやかせながら、美味おいしそうに頬張ほおばった。

「最高級さいこうきゅうのアプリコットジャムですのよ」
 焼やきたてのパンの香こうばしい匂においが食欲しょくよくを刺激しげきする。アプリコットジャムを塗ぬって一口ひとくち運はこべば、滑なめらかな舌した触ざわりと濃厚のうこうな甘あまみが舌の上で踊おどり、鼻から芳醇ほうじゅんな香かおりが抜ぬけていく。華緋はるひが入れてくれたコーンポタージュの温あたたかさが喉のどを通とおるたび、強張こわばっていた身体からだが内側から解ほどけていくような幸福感こうふくかんに包つつまれた。

「では出立しゅったつについてなのだけれど、万が一のことを考慮こうりょして由記ゆうきくんと麻椰まやさんでお願いしてもいいかしら」

「え?ってことは毎日ゲーム三昧ざんまいお菓子かし食べ放題ほうだいでいいんすか?!」

「えぇ、約束やくそくした通とおり既すでに用意いたしましたわ」

 彩福あやねがガッツポーズを取った。その隣となりで麻椰まやがしょぼくれている。何も言わないところを見ると、かなりショックだったのだろう...

「えっと...私も残のこってていいんですよね?」

 未夏みかは早七さなに聞きくと笑顔えがおで答こたえた。
「もちろんよ、大切な弟君の妹ですもの。それにあなたまで行方ゆくえ不明ふめいになってしまったら支障ししょうが出てしまうわ」

「そ、それもそうですよね...」

「学校の登校とうこうも支障ししょうが無いように華緋はるひを同行どうこうさせるわ。実力じつりょくもあるし心配しなくていいわよ」

「ありがとうございます...」
 未夏みかは借かりてきた猫ねこのように、所在なげに指先をいじりながら答えた。

「ねぇねぇ未夏みかちゃん、時間じかんがあったら一緒いっしょにゲームしようよ!!」

「えぇと...夏休みの課題かだいが終おわってからですかね...ははは...」

「優等生ゆうとうせいぶってやんのー、まぁでもとことん付き合ってもらうからね!!」「妹ばかりずる~い~」

 そうだ、もうそろそろ1学期が終わろうとしてる。
 勉強べんきょうについていけるだろうかと少しだけ不安になったりしたがそうも言ってられない。なぜ俺は毎日一緒に登校とうこうしてたはずの甘奈あまなを忘わすれてしまっていたのか。

 彼女がどこにいるのか、探し出して救すくわないといけない。
 あんなに親切しんせつにしてくれていたのに、感謝かんしゃも出来ずにお別わかれなんてごめんだ。

「華緋はるひが集合場所まで、ご案内あんないいたします。ではご主人様、ついていらしてください」
 俺と麻椰まやは玄関先げんかんさきで靴くつを履はくと、未夏みかが廊下ろうかから走ってくる。

「どうしたんだ?未夏みか?」

 未夏みかは何も言わず俺に抱だきつくと、キスをしてきた。
「...!?」

 絡からみつく余韻よいんが続つづく間まもなく、未夏みかは耳まで赤くし部屋に戻って行った。

「へぇ~あんた、なかなか幸せ者じゃーん」
 麻椰まやが肘ひじで俺の脇腹わきばらを小突こづき、ニヤニヤとからかってくる。

「か、からかうのも大概たいがいにしろよ」

「へぇ、ご・しゅ・じ・ん・さ・ま?」

「う、うるせぇ」

「あははは!怒おこった!」
 そう言うと彼女は腰こしをかがめて俺を見た。

「ずっと顔が暗くらそうだったからさ、もうちょっと気楽きらくにいこうよ~。きっと妹さんも心配しんぱいだったんだろうしさ」

「...麻椰まやがいれば、少しは気きが紛まぎれそうかな」
 俺は気恥きはずかしい想おもいを隠かくすかのように、足早あしばやに歩あるき出し日差ひざしの下に出る。

「むぅ、なんだよその言い方。うちってそんな扱あつかい?」

「感謝してるって言ったんだよ」

「ふーん...素直すなおじゃないんだから」
 彼女は口をすぼめたが、その瞳ひとみはどこか柔やわらかかった。
(こうして見ると癖くせが未夏みかとそっくりなんだよな...調子が狂くるいそうだ)
 俺は頭の中で思い出した過去の記憶を振ふり払はらい、華緋はるひとともに集合場所へ向かった。





「ここで間違いないですね」
 そう言うと華緋はるひは周囲を見渡した。

「はぁ...はぁ...うちもう疲つかれたぁ。どんだけ歩あるかせるのよ~」
 麻椰まやが汗あせばんだ額ひたいを拭ぬぐい、地面にヘナヘナと座すわり込こむ。風があまり吹ふかず太陽がカンカンに照てらす道路の上では、余計よけいに湿しめった暑あつさで汗あせが噴ふき出てくる。

「普段ふだんから歩あるいてないからだろ」

「み、水~!」

「どうぞ」
 華緋はるひは麻椰まやに水の入った水筒すいとうを渡わたした。いやどこに格納かくのうしているんだそれは??

「いやぁ助かるぅ~...ングッ、ングッ...ぷはぁ!」
 麻椰まやは俺を見ると、水筒すいとうを一瞥いちべつしたかと思うとニヤニヤし始めた。

「な、なんだよ」

「喉のど乾かいてないのかなぁって」

「別に...そんなことねぇし」

「つよがんなって~...それとも間接かんせつキスを気にしちゃってる?」

「し、してねぇよ」

「あ、もしかして図星ずぼし?図星ずぼしなんでしょ?」
 そう言ってからかっていた麻椰まやだったが、華緋はるひはそれを見て一言言った。

「それだと私が麻椰まやさんと間接かんせつキスしたことになりますね」

「へ?」
 彼女はしばらくフリーズしたかのように固かたまった。

「な、なんで言ってくれなかったのさ!?」
 すると華緋はるひは顔を赤あからめて恥はずかしそうに言った。

「元々はご主人様のために用意したものですので...」

「はぁ!?間接かんせつキスしようって魂胆こんたんだったわけ!?」

「そうですが何か?」
 さも当たり前のように答える。

「こ...このぉ...このビッチメイドめ!!!」

「ご主人様のことを想おもう故ゆえ、万が一のことを考えて毒見どくみをするのもメイドの務つとめです」

「うぅ...由記ゆうきくんにビッチって言われ...メイドにもビッチ認定にんていされた...うちもうお嫁よめにいけない...」

「ま、まぁそこまで落ち込むことないだろ!?な?」
 どこかで見たような場面に俺は苦笑くしょうしながら、麻椰まやの背中せなかを擦さすった。
 その時、遠くから火花を散らし、空気を引き裂さくような爆音ばくおんが近ちかづいてきた。

「なんかめっちゃすごい勢いきおいで来てるんですけどー!?!?」
 麻椰まやは俺の後うしろに隠かくれてワナワナと足を震ふるわせていた。猛もうスピードの車がスライドしながらアスファルトを削けずり、鼻を突つくタイヤの焦こげた匂においと共ともに目の前で静止せいしした。

「やぁ、あんたたちが茉佑まゆの言ってた大事だいじなお客さんかい?」
 太陽に照てらされたブラックダイヤモンドが散りばめられた金色の車はかなり目立つ。サングラスを外すと、スタイリッシュな髪かみにかかった鋭するどい眼光がんこうで、思わず見惚みほれてしまう。

「あれ?以前に見てた人気にんきインフルエンサーじゃないっすか!!」

「おや、僕のことを知っていたんだね」
 彼女の放はなつ自信溢あふれるオーラが肌はだを圧あっし、握手あくしゅを交かわしたその手はとても力強かった。

「入徳いりとく 一榎いちかだ。今日はよろしくな」

 俺たちは一榎いちかの車に乗り、姿が遠くなっていく華緋はるひに手を振ふりながら、心に新たな決意けついを抱く。
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次の話Echo 13 『 黒い馬 』
ゲマトレイル Gematrail — 残響領域の観測者 — 紅蓮よ、咲き誇れ作者:⛰️終末 金剛山
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