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Echo 11 『 正義の執行者 』


「アノマリー事件によって世界中が混乱こんらんに陥おちいった時、世界は暗闇くらやみに覆おおわれ太陽が見えず、経済活動も何もかもが崩くずれてしまった」
「そんな中、世界統一政府が樹立じゅりつされて、我々八咫烏やたがらす財団ざいだんとエリュシオン財閥ざいばつによって混乱こんらんを鎮しずめることに成功したの」

 彩福あやねは助けてと言わんばかりに、こちらを見る。早七さなを怒おこらせるのはマズい。俺がそう合図あいずすると、観念かんねんしたように心を無むにしていた。

「でも彼らは恐おそれるようになった。自分たちを超こえる存在そんざいによって、書かき換かえられてしまうことに、恐怖心きょうふしんを覚おぼえたの」
「だから彼らは魔女狩まじょがりを行った。『我々われわれに従したがわない者ものたちは、テロリストであり、世界せかい人民じんみんに対する反逆者はんぎゃくしゃ』ってレッテルを貼はり付つけてね」
「教育改革洗脳工作も実行したわ。これまで通りの聖書に基づく人類の進化を流布るふして、終末ラグナロクが訪おとずれるから信仰しんこうしなさいと言って恐怖心きょうふしんを煽あおった」

 俺は彩福あやねが欠伸あくびするのを黙だまって見みていたが、流石さすがに彩福あやねは眠ねむそうだ。こちらに寄より掛かかる頭を肩かたに乗のせるが、くっつく度たびに眼めを醒さましバツが悪わるそうに視線を逸そらす。

「『時の振り子』ってのもSCPの一種いっしゅで、人間の恐怖心きょうふしんを燃料ねんりょうに『運命のオートマタはぐるま』を動かそうと躍起やっきになってる」
「あの人たちは聖書に書かれている終末ラグナロクを実現じつげんしようとする原理げんり主義者しゅぎしゃたちなの。そのために私たちを生いき永ながらえさせているというのもある」

「でもそれなら戦争せんそうだったり、混乱こんらんでかき乱みだしている状態を維持いじする方が彼らにとって都合つごうが良いんじゃないか?」

「確たしかにそれも一理いちりあるわ。でもね、その中であなたが立ち上がって『正義の執行者Justice Served』になったの」

「俺が...『正義の執行者Justice Served』に...?」
 さっきまでの眠気ねむけはどこへやら、彩福あやねが驚おどろいた目でこちらを見る。

「だから世界政府は二度目の出現しゅつげんを恐おそれているの。もう二度と現あらわれないように封印ふういんしたつもりだったのでしょうけど」

「じゃあ、なんで弾圧だんあつをしないんだ?」

「そんなことをしたら、奴やつらからしたら大義名分たいぎめいぶんを信者しんじゃたちに与あたえてしまうじゃない。だから二度と立ち上がれないように過去のあなたを死んだことにして、人々の共通きょうつう認識にんしきからあなたを消そうとした」
「人間ってね、トラウマの恐怖きょうふや欲望よくぼうが一定量貯たまるとそれが現実化してしまうのよ。彼らが恐おそれているのは自分たちにとって不都合な異分子いぶんしを記憶きおくから排除はいじょできなかった時」

 彩福あやねの頭がパンクしそうだ。そんな素振そぶりをして見せたが早七さなの話は止とまらない。俺はもう既すでに諦あきらめている。

「だから彼らは核兵器かくへいきを未いまだに持っているけど、あれは単たんに脅おどすためだけに使われている。核兵器かくへいきなんて使用しても、私たち人間はアノマリー異象と融合ゆうごうしてしまって生死の境さかいが曖昧あいまいになってしまった。死んでも誰かの恐怖心きょうふしんによって喚起かんきされると再ふたたび蘇よみがえるの」
「いつだって無意識の中の恐怖心きょうふしんは彼らの敵。恐怖きょうふが敵であり続ける限かぎり、私たちは死なない」

「そいつらはなんて言うんだ?」

「彼らはこう自称じしょうしてるわ。『バベルの塔とう』正式名称はSCP-K2747」
「彼ら自身もアノマリー化しているわ。彼らは自分たちを『ユーバーメンシュ』と呼んでる」
「そして彼らが目指している『運命のオートマタはぐるま』が導みちびく結末、それは『アビゲイル ソドム劫火浄土』計画」

「うーん...うちにはさっぱり分からないよ...」
 彩福あやねはとうとうショートしてしまった。俺には話に着ついて行いくので精一杯せいいっぱいだ。そんな彩福あやねを置いてけぼりにしたまま、早七さなは話を続けた。

「...太陽の劫火ごうかで地上を焼き尽つくし、生き残った者たちが神人『ゴットメンシュ』に成なる儀式ぎしきよ」
「そうして恐怖きょうふが存在しない地上が実現じつげんし楽園らくえんが訪おとずれるって筋書すじがき...恐怖きょうふなんて自分の中にしか存在しないってのに馬鹿ばかげた話よね」

「早七さなはそれをどこで聞いたんだ?」
 俺はそんな話を信じられなかった。まるでどっかの黙示録もくしろくかのような話だ。

「情報は確たしかよ。『バベルの塔』にスパイとして侵入しんにゅうしているメンバーがいるのよ。誰とまでは言えないけど、きっとあなたたちはすぐに出会えるはずよ」

 俺の頭は情報じょうほう過多かたで、こめかみがズキズキと痛いたんだ。隣となりに座すわっていた彩福あやねはすでに、赤ベコのように頭を上下じょうげにしてうたた寝ねしていた。

「そしてその『バベルの塔』の中に、甘奈あまなの反応が微かすかにあったの」

 自分の耳を疑うたがった。どうして?

 俺は困惑こんわくした表情ひょうじょうを見せると、彼女は落おち着ついた様子ようすで答えた。
「あなたの『精霊せいれい』デバイス、そして天を貫つらぬく『ユグドラシル』。それが答えよ」

 そういえば...俺は綾華あやかと戦闘せんとうした時に、我われを忘わすれて力が暴走ぼうそうしたんだった。
(あの時より前から、ずっと俺を監視かんししていたとでもいうのか...)

「...つまり甘奈あまなを取とり戻もどすには『バベルの塔』に侵入しんにゅうしなきゃいけないって話か」

「そう、それが彼らの『運命のオートマタはぐるま』を止とめる鍵かぎになるかもしれない」
 早七さなは決意けついの眼差まなざしで、俺をしっかり見据みすえる。

「そうと決まればどうにかしなきゃいけないな...」
 しかし俺たちで何とかなる話なのか?俺が悩なやんでいるのを見た早七さなは、少し柔やわらかな目に戻もどったと思うとゆっくりと立ち上がり、後ろの戸棚とだなから何かを取り出した。

「あなたちだけでは難むずかしいでしょうから、人員じんいんは手配てはいします。伝手つてはありましてよ」
 早七さなは、脈動みゃくどうする生々なまなましい「目玉」を掌てのひらに出す。

「聞いてたでしょ。案内あんないしてちょうだい」
 目玉がぱちくりと瞬まばたき、湿しめった声で喋しゃべり出だした。

「なぁに?ようやく出番でばんってわけ?ま、いいんだけど」
「それはそうと、あなたの弟かなりモテてるじゃないの。私にも貸しなさいよ」

「あなた、妹さんの方ではなくて?」

「いっけなーい、ごめんね?早七さなちゃん、妹がせっかちなばかりに」

「今度奢おごってくれたら、許ゆるすのもやぶさかではなくてよ?」

 どうやらかなり親密しんみつな仲なからしい、そんな印象いんしょうを受うけた。

「さすが早七さなちゃん!弟君を迎むかえに行いくから待まっててね~☆」
「ちょっと、私の話も聞きなさいよ」

 早七さながその目玉を指先でぐいと押すと、電源でんげんが切れたように瞼まぶたが閉とじた。

「...かなり騒さわがしい方かたたちのようですね」

「彼女たち、顔は広いから沢山たくさんの人脈じんみゃくを持っているのよ」
 早七さなは俺に力の見せ所を披露ひろうしたかのように、得意とくいげにウィンクしてみせた。

「今回はあくまで情報じょうほう収集しゅうしゅうだから、気を楽にしていいわよ」

 俺は先ほどの甘娜かんなとの戦闘せんとうを思い出していた。
(あんなのを毎回相手にしていたら、こっちが疲弊ひへいしてしまうぞ...)
 あんな戦闘せんとうをこれからも遭遇そうぐうしなきゃいけないのかと思うと、高校生の自分にはかなり重荷おもにのように思えて仕方しかたなかった。

「迎むかえは明日だから、今日は早く寝なさいな」
 俺はぐったりしている彩福あやねの肩かたを回して背負せおい、寝室しんしつに向かった。

「寝室しんしつはこちらです」
 素榛すばるに案内された部屋は、いかにも百貨店であつらえた木綿もめんの匂においがする布団ふとんが敷しかれていた。自然と奥おくの盛もり上あがっている布団ふとんに視線が止とまり、何かが中なかでモゴモゴ動いている。

「既すでに妹さんは寝ねていますよ」

「あぁそうか...まぁ泣いたり気分が滅入めいったりで体力使いますからね...ははは」
 そう思って俺は少しだけ顔を覗のぞこうとしたら

「あ、いけません」
 布団の中から華緋はるひの声が聞こえた。
 そこには未夏みかと華緋はるひが重かさなって寝ている姿すがたがあった。未夏みかは困惑こんわくした顔でこちらを見上げ、華緋はるひは顔を赤らめ待まってましたとばかりに立ち上がる。

「えぇと...これはどういう?」

「...あなたは命の恩人おんじんです。ですので今日から私のご主人様です」
 華緋はるひが俺の手を、両手で縋すがりつくように握にぎりしめてきた。

「どうかあなたの逞たくましい身体からだで、私を好きなようにしてくださいませ」
 暴力的ぼうりょくてきなまでに整ととのった肢体したいを前に、理性りせいが激はげしく火花を散らす。

(いけない、さっきの長い話で眠ねむくなって、脳のうの処理しょりが追い付かない!!)

 俺の視線が、重力を持ったような柔やわらかい膨ふくらみに釘付くぎづけになったその時、素榛すばるが華緋はるひの頭をパシリと叩たたいた。
「こら華緋はるひ、それ以上ご主人様を困らせたらいけません」

「うぅ...姉さまがそう言うのなら」
 彼女はしぶしぶと立ち去った。

 華緋はるひが部屋から退散たいさんすると、素榛すばるは冷ひややかながら誘さそうような眼差まなざしで俺を見た。
「つきましてはご主人様、まずはあなたがどれだけ精神的せいしんてきに強いかを確たしかめるために私と"つき合って"くださいませんか」

「えっと...」
 姉妹しまい揃そろって放はなたれる、熟うれた果実のような香かおりと圧迫感あっぱくかんに俺は頭がクラクラしそうになった。

 俺の理性りせいが焼き切れそうなところを、後ろから彩福あやねが羽交はがい締じめにし、マシュマロのような胸むねを背中せなかに押おし付つけてくる。
「ダメだよ~、私と毎日寝てたんだから私と寝ないと~」
(さっきまで寝てたじゃないかっ!?り、理性りせいが飛とびそうだ...)

「お兄にいちゃん」

 その声で俺はハッとした。
 妹の前でなんて破廉恥はれんちな真似まねを...俺は土下座どげざして深々ふかぶかと頭を下さげた。
「スマンっ!!悪わるかった!!できることなら何でもするから!!」

「んーん、お兄ちゃんが元気でいてくれるなら別にいいかなって」

 先ほどとは打って変わって、やけに静しずかになった。俺の心の中では、焦あせりから安堵感あんどかんに変わると同時に、ざわつく不安が増幅ぞうふくし心配にならざるをえなかった。

「お兄ちゃん色んな所で人気者だし、私の知らないところであんなことやこんなことしてるんでしょ?」

 ...事実じじつではあるけども。俺はその言葉に何も言い返かえせなかった。

「お兄ちゃんのことは好き...でもそれでお兄ちゃんを縛しばり付つけたくないっていうか」
「私、応援おうえんすることしかできないけど、見守みまもってるから...」

 未夏みかは背中せなかを向け、小さく丸まった。その震ふるえるような気配けはいが、胸にチクリと刺ささる。

「あ~、ちゃんと慰なぐさめた方ほうがいいよ~?お兄にいちゃんなんだから」

「い、言われなくったって分かってるよ」

「ご主人様、そういうのは言う前から行動で示すものですよ」

 うぅ、正論でしかない。
 俺は上着を布団ふとんの上から被かぶせ、耳元でおやすみと言った。
「俺は一人で寝るから大丈夫だよ...その...女性が多いとあまり落ち着かないし」

「ではもう一室いっしつ用意いたしますね」
 素榛すばると華緋はるひが、手際てぎわよく冷つめたいシーツを広ひろげ、布団ふとんを整ととのえてくれた。

「えー...うちの子と嫌いになったん?」
 何を期待きたいしてるのか知らないが、彩福あやねは襖ふすまから顔を半分こちらを覗のぞき込こんで様子ようすを窺うかがっている。

「いいからほっといてくれ!! 俺はそんなにビビリでもお化ばけが怖こわいわけでもねぇよ!!」

「は~ん...さては思春期ししゅんきだな?」
 彩福あやねは眉毛まゆげを動かし、ニヤニヤが止とまらない。

「華緋はるひ!! こいつを連つれて行いってくれ!!」

「ご主人様のご命令とあらばなんなりと」
 華緋はるひはバタバタと暴あばれて逃のがれようとピーチクパーチク文句もんくを言う彩福あやねを、早業はやわざで布団ふとんに包くるんで引ひき摺ずって行いった。

(これでようやく一人で落ち着いて寝れる...)
「それじゃあおやすみ」

「「おやすみなさいませ、ご主人様」」
 素榛すばると華緋はるひが俺の安全を確認し、溢あふれ出でる期待きたいを嚙かみころすかのように襖ふすまを閉しめる。

 俺は明日あしたへの不安を抱かかえながら、天井てんじょうを見つめた。静寂せいじゃくが耳に染み込み、意識が重おもい闇やみの底そこへと溶とけていく。深い、深い眠ねむりが俺を包つつみ込こんだ。挿絵
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Echo 11 『 正義の執行者 』


「アノマリー事件によって世界中が混乱こんらんに陥おちいった時、世界は暗闇くらやみに覆おおわれ太陽が見えず、経済活動も何もかもが崩くずれてしまった」
「そんな中、世界統一政府が樹立じゅりつされて、我々八咫烏やたがらす財団ざいだんとエリュシオン財閥ざいばつによって混乱こんらんを鎮しずめることに成功したの」

 彩福あやねは助けてと言わんばかりに、こちらを見る。早七さなを怒おこらせるのはマズい。俺がそう合図あいずすると、観念かんねんしたように心を無むにしていた。

「でも彼らは恐おそれるようになった。自分たちを超こえる存在そんざいによって、書かき換かえられてしまうことに、恐怖心きょうふしんを覚おぼえたの」
「だから彼らは魔女狩まじょがりを行った。『我々われわれに従したがわない者ものたちは、テロリストであり、世界せかい人民じんみんに対する反逆者はんぎゃくしゃ』ってレッテルを貼はり付つけてね」
「教育改革洗脳工作も実行したわ。これまで通りの聖書に基づく人類の進化を流布るふして、終末ラグナロクが訪おとずれるから信仰しんこうしなさいと言って恐怖心きょうふしんを煽あおった」

 俺は彩福あやねが欠伸あくびするのを黙だまって見みていたが、流石さすがに彩福あやねは眠ねむそうだ。こちらに寄より掛かかる頭を肩かたに乗のせるが、くっつく度たびに眼めを醒さましバツが悪わるそうに視線を逸そらす。

「『時の振り子』ってのもSCPの一種いっしゅで、人間の恐怖心きょうふしんを燃料ねんりょうに『運命のオートマタはぐるま』を動かそうと躍起やっきになってる」
「あの人たちは聖書に書かれている終末ラグナロクを実現じつげんしようとする原理げんり主義者しゅぎしゃたちなの。そのために私たちを生いき永ながらえさせているというのもある」

「でもそれなら戦争せんそうだったり、混乱こんらんでかき乱みだしている状態を維持いじする方が彼らにとって都合つごうが良いんじゃないか?」

「確たしかにそれも一理いちりあるわ。でもね、その中であなたが立ち上がって『正義の執行者Justice Served』になったの」

「俺が...『正義の執行者Justice Served』に...?」
 さっきまでの眠気ねむけはどこへやら、彩福あやねが驚おどろいた目でこちらを見る。

「だから世界政府は二度目の出現しゅつげんを恐おそれているの。もう二度と現あらわれないように封印ふういんしたつもりだったのでしょうけど」

「じゃあ、なんで弾圧だんあつをしないんだ?」

「そんなことをしたら、奴やつらからしたら大義名分たいぎめいぶんを信者しんじゃたちに与あたえてしまうじゃない。だから二度と立ち上がれないように過去のあなたを死んだことにして、人々の共通きょうつう認識にんしきからあなたを消そうとした」
「人間ってね、トラウマの恐怖きょうふや欲望よくぼうが一定量貯たまるとそれが現実化してしまうのよ。彼らが恐おそれているのは自分たちにとって不都合な異分子いぶんしを記憶きおくから排除はいじょできなかった時」

 彩福あやねの頭がパンクしそうだ。そんな素振そぶりをして見せたが早七さなの話は止とまらない。俺はもう既すでに諦あきらめている。

「だから彼らは核兵器かくへいきを未いまだに持っているけど、あれは単たんに脅おどすためだけに使われている。核兵器かくへいきなんて使用しても、私たち人間はアノマリー異象と融合ゆうごうしてしまって生死の境さかいが曖昧あいまいになってしまった。死んでも誰かの恐怖心きょうふしんによって喚起かんきされると再ふたたび蘇よみがえるの」
「いつだって無意識の中の恐怖心きょうふしんは彼らの敵。恐怖きょうふが敵であり続ける限かぎり、私たちは死なない」

「そいつらはなんて言うんだ?」

「彼らはこう自称じしょうしてるわ。『バベルの塔とう』正式名称はSCP-K2747」
「彼ら自身もアノマリー化しているわ。彼らは自分たちを『ユーバーメンシュ』と呼んでる」
「そして彼らが目指している『運命のオートマタはぐるま』が導みちびく結末、それは『アビゲイル ソドム劫火浄土』計画」

「うーん...うちにはさっぱり分からないよ...」
 彩福あやねはとうとうショートしてしまった。俺には話に着ついて行いくので精一杯せいいっぱいだ。そんな彩福あやねを置いてけぼりにしたまま、早七さなは話を続けた。

「...太陽の劫火ごうかで地上を焼き尽つくし、生き残った者たちが神人『ゴットメンシュ』に成なる儀式ぎしきよ」
「そうして恐怖きょうふが存在しない地上が実現じつげんし楽園らくえんが訪おとずれるって筋書すじがき...恐怖きょうふなんて自分の中にしか存在しないってのに馬鹿ばかげた話よね」

「早七さなはそれをどこで聞いたんだ?」
 俺はそんな話を信じられなかった。まるでどっかの黙示録もくしろくかのような話だ。

「情報は確たしかよ。『バベルの塔』にスパイとして侵入しんにゅうしているメンバーがいるのよ。誰とまでは言えないけど、きっとあなたたちはすぐに出会えるはずよ」

 俺の頭は情報じょうほう過多かたで、こめかみがズキズキと痛いたんだ。隣となりに座すわっていた彩福あやねはすでに、赤ベコのように頭を上下じょうげにしてうたた寝ねしていた。

「そしてその『バベルの塔』の中に、甘奈あまなの反応が微かすかにあったの」

 自分の耳を疑うたがった。どうして?

 俺は困惑こんわくした表情ひょうじょうを見せると、彼女は落おち着ついた様子ようすで答えた。
「あなたの『精霊せいれい』デバイス、そして天を貫つらぬく『ユグドラシル』。それが答えよ」

 そういえば...俺は綾華あやかと戦闘せんとうした時に、我われを忘わすれて力が暴走ぼうそうしたんだった。
(あの時より前から、ずっと俺を監視かんししていたとでもいうのか...)

「...つまり甘奈あまなを取とり戻もどすには『バベルの塔』に侵入しんにゅうしなきゃいけないって話か」

「そう、それが彼らの『運命のオートマタはぐるま』を止とめる鍵かぎになるかもしれない」
 早七さなは決意けついの眼差まなざしで、俺をしっかり見据みすえる。

「そうと決まればどうにかしなきゃいけないな...」
 しかし俺たちで何とかなる話なのか?俺が悩なやんでいるのを見た早七さなは、少し柔やわらかな目に戻もどったと思うとゆっくりと立ち上がり、後ろの戸棚とだなから何かを取り出した。

「あなたちだけでは難むずかしいでしょうから、人員じんいんは手配てはいします。伝手つてはありましてよ」
 早七さなは、脈動みゃくどうする生々なまなましい「目玉」を掌てのひらに出す。

「聞いてたでしょ。案内あんないしてちょうだい」
 目玉がぱちくりと瞬まばたき、湿しめった声で喋しゃべり出だした。

「なぁに?ようやく出番でばんってわけ?ま、いいんだけど」
「それはそうと、あなたの弟かなりモテてるじゃないの。私にも貸しなさいよ」

「あなた、妹さんの方ではなくて?」

「いっけなーい、ごめんね?早七さなちゃん、妹がせっかちなばかりに」

「今度奢おごってくれたら、許ゆるすのもやぶさかではなくてよ?」

 どうやらかなり親密しんみつな仲なからしい、そんな印象いんしょうを受うけた。

「さすが早七さなちゃん!弟君を迎むかえに行いくから待まっててね~☆」
「ちょっと、私の話も聞きなさいよ」

 早七さながその目玉を指先でぐいと押すと、電源でんげんが切れたように瞼まぶたが閉とじた。

「...かなり騒さわがしい方かたたちのようですね」

「彼女たち、顔は広いから沢山たくさんの人脈じんみゃくを持っているのよ」
 早七さなは俺に力の見せ所を披露ひろうしたかのように、得意とくいげにウィンクしてみせた。

「今回はあくまで情報じょうほう収集しゅうしゅうだから、気を楽にしていいわよ」

 俺は先ほどの甘娜かんなとの戦闘せんとうを思い出していた。
(あんなのを毎回相手にしていたら、こっちが疲弊ひへいしてしまうぞ...)
 あんな戦闘せんとうをこれからも遭遇そうぐうしなきゃいけないのかと思うと、高校生の自分にはかなり重荷おもにのように思えて仕方しかたなかった。

「迎むかえは明日だから、今日は早く寝なさいな」
 俺はぐったりしている彩福あやねの肩かたを回して背負せおい、寝室しんしつに向かった。

「寝室しんしつはこちらです」
 素榛すばるに案内された部屋は、いかにも百貨店であつらえた木綿もめんの匂においがする布団ふとんが敷しかれていた。自然と奥おくの盛もり上あがっている布団ふとんに視線が止とまり、何かが中なかでモゴモゴ動いている。

「既すでに妹さんは寝ねていますよ」

「あぁそうか...まぁ泣いたり気分が滅入めいったりで体力使いますからね...ははは」
 そう思って俺は少しだけ顔を覗のぞこうとしたら

「あ、いけません」
 布団の中から華緋はるひの声が聞こえた。
 そこには未夏みかと華緋はるひが重かさなって寝ている姿すがたがあった。未夏みかは困惑こんわくした顔でこちらを見上げ、華緋はるひは顔を赤らめ待まってましたとばかりに立ち上がる。

「えぇと...これはどういう?」

「...あなたは命の恩人おんじんです。ですので今日から私のご主人様です」
 華緋はるひが俺の手を、両手で縋すがりつくように握にぎりしめてきた。

「どうかあなたの逞たくましい身体からだで、私を好きなようにしてくださいませ」
 暴力的ぼうりょくてきなまでに整ととのった肢体したいを前に、理性りせいが激はげしく火花を散らす。

(いけない、さっきの長い話で眠ねむくなって、脳のうの処理しょりが追い付かない!!)

 俺の視線が、重力を持ったような柔やわらかい膨ふくらみに釘付くぎづけになったその時、素榛すばるが華緋はるひの頭をパシリと叩たたいた。
「こら華緋はるひ、それ以上ご主人様を困らせたらいけません」

「うぅ...姉さまがそう言うのなら」
 彼女はしぶしぶと立ち去った。

 華緋はるひが部屋から退散たいさんすると、素榛すばるは冷ひややかながら誘さそうような眼差まなざしで俺を見た。
「つきましてはご主人様、まずはあなたがどれだけ精神的せいしんてきに強いかを確たしかめるために私と"つき合って"くださいませんか」

「えっと...」
 姉妹しまい揃そろって放はなたれる、熟うれた果実のような香かおりと圧迫感あっぱくかんに俺は頭がクラクラしそうになった。

 俺の理性りせいが焼き切れそうなところを、後ろから彩福あやねが羽交はがい締じめにし、マシュマロのような胸むねを背中せなかに押おし付つけてくる。
「ダメだよ~、私と毎日寝てたんだから私と寝ないと~」
(さっきまで寝てたじゃないかっ!?り、理性りせいが飛とびそうだ...)

「お兄にいちゃん」

 その声で俺はハッとした。
 妹の前でなんて破廉恥はれんちな真似まねを...俺は土下座どげざして深々ふかぶかと頭を下さげた。
「スマンっ!!悪わるかった!!できることなら何でもするから!!」

「んーん、お兄ちゃんが元気でいてくれるなら別にいいかなって」

 先ほどとは打って変わって、やけに静しずかになった。俺の心の中では、焦あせりから安堵感あんどかんに変わると同時に、ざわつく不安が増幅ぞうふくし心配にならざるをえなかった。

「お兄ちゃん色んな所で人気者だし、私の知らないところであんなことやこんなことしてるんでしょ?」

 ...事実じじつではあるけども。俺はその言葉に何も言い返かえせなかった。

「お兄ちゃんのことは好き...でもそれでお兄ちゃんを縛しばり付つけたくないっていうか」
「私、応援おうえんすることしかできないけど、見守みまもってるから...」

 未夏みかは背中せなかを向け、小さく丸まった。その震ふるえるような気配けはいが、胸にチクリと刺ささる。

「あ~、ちゃんと慰なぐさめた方ほうがいいよ~?お兄にいちゃんなんだから」

「い、言われなくったって分かってるよ」

「ご主人様、そういうのは言う前から行動で示すものですよ」

 うぅ、正論でしかない。
 俺は上着を布団ふとんの上から被かぶせ、耳元でおやすみと言った。
「俺は一人で寝るから大丈夫だよ...その...女性が多いとあまり落ち着かないし」

「ではもう一室いっしつ用意いたしますね」
 素榛すばると華緋はるひが、手際てぎわよく冷つめたいシーツを広ひろげ、布団ふとんを整ととのえてくれた。

「えー...うちの子と嫌いになったん?」
 何を期待きたいしてるのか知らないが、彩福あやねは襖ふすまから顔を半分こちらを覗のぞき込こんで様子ようすを窺うかがっている。

「いいからほっといてくれ!! 俺はそんなにビビリでもお化ばけが怖こわいわけでもねぇよ!!」

「は~ん...さては思春期ししゅんきだな?」
 彩福あやねは眉毛まゆげを動かし、ニヤニヤが止とまらない。

「華緋はるひ!! こいつを連つれて行いってくれ!!」

「ご主人様のご命令とあらばなんなりと」
 華緋はるひはバタバタと暴あばれて逃のがれようとピーチクパーチク文句もんくを言う彩福あやねを、早業はやわざで布団ふとんに包くるんで引ひき摺ずって行いった。

(これでようやく一人で落ち着いて寝れる...)
「それじゃあおやすみ」

「「おやすみなさいませ、ご主人様」」
 素榛すばると華緋はるひが俺の安全を確認し、溢あふれ出でる期待きたいを嚙かみころすかのように襖ふすまを閉しめる。

 俺は明日あしたへの不安を抱かかえながら、天井てんじょうを見つめた。静寂せいじゃくが耳に染み込み、意識が重おもい闇やみの底そこへと溶とけていく。深い、深い眠ねむりが俺を包つつみ込こんだ。挿絵
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