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Echo 13 『 黒い馬 』




 ――― 新原ヴァルハラ高等学校 生徒会室にて



「...状況じょうきょうが動き出したようね」
 怪あやしげな雰囲気ふんいきの中、彼女は9つの頭を持つ蛇へびの燭台しょくだいを撫なでながら、心こころの眼めで主人公たちの状況じょうきょうを観察かんさつしていた。

「んで、私の出番でばんはないってわけ?」
 甘娜かんなはそう言うと、目を細ほそめて生徒会長の机つくえに腰こしを掛かけた。

「今回は直接ちょくせつ行くわけじゃないのよ...あなたが失敗しっぱいしたから彼らが直接ちょくせつ出向でむくことになっているの」

「ふーん、つまんない」
 彼女は机つくえから降おりると、近くに備そなえてあったパイプ椅子いすに座すわり、足を組くんで背中せなかを預あずけた。

 どこからともなく紫色むらさきいろに光る蝶ちょうが現あらわれ、机つくえの上うえに降おりてくる。
「そろそろ時間か」

「えぇ、私は情報じょうほうを提供ていきょうしたわ。約束やくそくはしっかり守ってちょうだい」
 生徒会長は人差し指で蝶ちょうを突つつくが、意に介かいさないそぶりで蝶ちょうは机つくえに留とどまる。

「心配に及およばない。あの腰抜こしぬけの裏切者うらぎりものは我われら「壊れた女神の教会」が必かならず叩たたき潰つぶす。邪魔者じゃまものは排除はいじょするまでだ」
 事務的じむてきなな、感情が乗っていない声。言葉ことば1つ1つに、冷徹れいてつな処刑しょけい宣告せんこくが打刻だこくされているかのようだった。

「そう、では契約けいやく更新こうしんでよろしくて?」
 革張かわばり椅子いすの音が軽快けいかいに鳴なる。

「お前たちが裏切うらぎらない限かぎり、我々われわれは神と共にある」
 ひらりと舞まったかと思うと、蝶ちょうは歪ゆがんだ異空間に吸すい込こまれるようにして消きえた。

「今回は我々われわれの出番でばんは無ないようですね」
 シスターは剣けんの手入れを執拗しつように何度も繰くり返かえし、舐なめるような目つきで鞘さやに納おさめると、金属のこすれる音が部屋に軋きしむ。

「ただこれで少なくとも、私たちは自由じゆうに動うごける時間じかんが出来できたというわけ」
 生徒会長が深ふかく腰掛こしかけたその姿すがたに、一同いちどうは思慮しりょを巡めぐらせる。

 甘娜かんなは物足ものたりなさそうな顔で、ぶつくさ文句を言った。
「彼ともうちょっと遊びたかったのになぁ」

「それはあなたが失敗したからではなくて?」
 厳格げんかくな声が、室内の空気を氷のように冷つめたく張はり詰つめさせた。彼女は生徒会長の机つくえに深々ふかぶかと腰こしを掛かける。がら空あきの背中せなかを見せつける様さまは、彼女が相応そうおうの実力の持ち主ぬしであることを物語っていた。

「姉として妹への教育が行き届いていないのでは?」
 彼女は微笑ほほえんで天井てんじょうを見つめ、生徒会長に問いかける。

「あのねぇ...お姉ちゃんは関係ないでしょ」
 甘娜かんなは苛いら立ちを隠かくせなかった。力では互角ごかくと言い張りながらも、彼女の前ではただ爪つめを噛かむことしかできなかった。

「でも十分時間稼かせぎにはなったわ。おかげであの小娘を誘拐ゆうかいできた」

「うーん...でも苦しそうにしてましたよ...」
 もう一人、シスターの弱弱よわよわしい声が彼女に抗議こうぎする。

「えぇ、でも彼らをおびき出すにはこうするしかなかった。情報を与えれば勝手に来てくれるのだから安いものよ」
 そう言うと彼女は真剣しんけんな表情で目だけを動かし、張はり詰つめた声が生徒会室に響ひびく。



「新原ヴァルハラ高等学校の生徒会長として、どんな手段を採とってでも存続そんぞくさせることが優先第一なの」



 ――― 一方その頃



「はっや――――――い!!!」
 ハヤブサになったかのような猛烈もうれつな加速。風が耳元を轟々ごうごうと吹ふき抜ぬけ、景色けしきが線となって後方へ流れていく。

「まるで風のようになったかのようだろ?」

「こんなにスピードを出して大丈夫なんですか......」

「気にすんな、これくらいなんともない」
 一榎いちかは慣なれた手つきでスピードをどんどん上げる。

 足がフワフワと浮くような浮遊感ふゆうかんと、スピーカーから流れる軽快けいかいなリズムが不安を打ち消してくれた。
「あ、これ知ってる!ブルーベリーズBlueberriesの曲でしょ?あの二人組小動物みたいな見た目で好きなんだよねぇ」

「麻椰まや、どうしてそんなの分かるんだ」

「え?だってあんたの妹さん、この曲よく聞いてたから嫌でも覚えるっしょ」
(...そういや妹の趣味しゅみなんて全く気にしたことなかったな...)

「僕もこの曲が好きなんだ。彼女たちに励はげまされてるような気分でね。ビートを刻きざみつけるように記憶きおくに残りやすいんだ」

 確かに聞いているとなんだか心まで踊おどってしまうような気持ちになってくる。
(未夏みかもいつもこの曲を聞いていたのか...)

 ジリジリッッ ......キュージリリリッジリッッジリッッ......
「あれっ、機械きかいの故障こしょう?」
 麻椰まやの疑念ぎねんに、一榎いちかは答えない。

「どうしたんだ?」

「あれを見ろ」
 一榎いちかはバックミラーに視線を向けて促うながす。





 静寂せいじゃくが満みちる空間のなか、奇妙きみょうなまでの圧迫感あっぱくかんに喉のどの奥おくがひりついた。バックミラー越ごしに、後方の暗闇くらやみへ溶とけ込こむ不自然な「黒い影」が視界に入った。最初は、ただ錯覚さっかくか、あるいは見間違いだと思おうとした。だが次の瞬間、皮膚ひふの裏側を冷つめたい針はりで直じかに突つき刺さされるような、得体えたいの知れない視線が背中せなかにグサリと刺ささる。



 見られている。間違いなく、背後の「アレ」に、執拗しつように凝視ぎょうしされている。嫌な汗がじわりと首筋くびすじを伝つたっていく。バクバクと心臓しんぞうの鼓動こどうが不吉ふきつなリズムを刻きざみ始めるなか、吸すい寄よせられるようにバックミラーへ目を凝こらした――その瞬間、頭の芯しんがガチリと凍こおりつくような、総毛そうけ立だつ戦慄せんりつが全身の毛穴けあなを突つき抜ぬけた。



 肺はいが酸素さんそを受け付けるのを拒絶きょぜつし、呼吸こきゅうが完全に停止ていしする。



 ミラーの向こう、太陽の光に歪いびつに浮かび上がったのは、夜の漆黒しっこくに引きずり込むような悍おぞましい異形いぎょうだった。頭部には尖とがった王冠おうかん。そして、光を一切反射しない漆黒しっこくの影かげ。衣服いふくなのか肉体なのかすら判別のつかない闇やみの塊かたまりは、馬の肉体と境界なくドロドロに溶け合っているかのようで、そのシルエットはまるで神話に出てくる「ケンタウロス」にも見えた。奴の周囲の空気だけが、まるで生き物のようにねっとりと粘ねばつく邪悪じゃあくなオーラを放ち、空間ごと黒く歪ゆがませている。

「――ッ!」

 ひう、と喉の奥で引き攣つった短い息が漏もれた。次の瞬間、奴の四本の獣脚じゅうきゃくが、生物のものとは思えない爆発的な駆動くどうで動き出した。アスファルトの地面を暴力的に抉えぐり、肉片のような黒い泥を撒まき散らしながら、凄すさまじい質量でこちらへ向かって足を走らせ、猛烈もうれつに迫せまってくる。バックミラーのなかで、その悍おぞましい輪郭りんかくがまた一回り、急激きゅうげきに巨大化していく。

 距離が、一瞬で詰つまっていく。

 人の顔などないはずの漆黒しっこくの頭部から、脳髄のうずいをじかに凝視ぎょうしされているような、底なしの狂気きょうきの圧が押し寄せる。心臓が肋骨ろっこつの内側を壊こわれそうなほど叩き、指先は氷のように冷たくなっていった。じっとりと滲にじみ出た手汗が、ハンドルを濡ぬらす。

 追いつかれる。捕つかまれば、魂たましいごと引き千切ちぎられる。

 全身の細胞の一つ一つが、消きえかける命を守ろうと全力で危険信号を鳴ならしていた。理性が恐怖で思考を放棄ほうきするより早く、生き延のびようとする生物としての防衛本能が、脳内で狂くるったようにそう囁ささやき、絶叫ぜっきょうしていた。



 ――― 逃げろ。今すぐ、死に物狂ものぐるいでここから逃げろ。



 俺は一榎いちかを見た。分かっている、そんな顔で差し迫せまった恐怖きょうふに真剣しんけんな表情だった。

「ちっ、しゃらくせぇ...とっとと失うせな!!」
 一榎いちかがレバーを引くとトランクが開き、次々と爆弾ばくだんが後方に飛び散り乾かわいた空気が戦火によって張り裂さけた。

 しかしそれでも煙けむりをかきわけ、あの漆黒しっこくのオーラが追いかけてくる。

「どどど、どうすればいいの!?!?うちらもしかして大ピンチ!?」
 麻椰まやが顔から滝たきのように汗が噴き出し、慌あわてふためく。

「自慢じまんのクラスター爆弾ばくだんでも撒まけねぇってことか...本気見せるしかねぇな」

「嬢じょうちゃん、車の運転を頼む」

 一榎いちかは車のルーフを開け上半身を後ろに捻ひねり、腰につけていたリボルバー拳銃けんじゅうRSh-12を両手に構かまえた。
「『ガンスリンガー』の名は伊達だてじゃないってことを思い知らせてやらぁ!!」

「ちょちょちょちょっと!?うちまだ運転やったことないんですけどぉぉおおお!!!」

「『エニグマEnigma ブーストBoost - ヒートHeat !!!』」

「...!!!『......!!!』」

 咆哮ほうこうのような銃声じゅうせいが鼓膜こまくを打つ。次々と放はなたれる弾丸だんがんが金属を穿うがち、ガトリングのように蜂はちの巣にする。

 ピシッと金属音が割われたように、黒いオーラが煙けむりのように消え去った。顔を見た時、俺はその姿に驚愕きょうがくした。全身が金属で覆おおわれ、顔は悪魔のような甲冑かっちゅうの見た目だった。

「なんだあの外骨格がいこっかく...」

「ちっ、よりにもよってあの手先だとは」

「知っているのか?」

「あぁ壊れた女神の教会とかいう狂信者の集まりの中で、アノマリーの超能力を操あやつれるメンバー。その選えらばれた中であの異形いぎょうはあいつらしかいねぇ」

「うぅ、なんとか話し合いで解決できないんすか?」

「頭のネジが外れたやつらに言葉なぞ通用つうようするか。あれは全身機械化した筋金すじがね入りの脳筋のうきんアノマリーだぞ」

 そんなことを話している最中、背後はいごから心臓しんぞうを冷つめたい手で直じかに掴つかまれたかのような、「死の気配けはい」が急接近きゅうせっきんした。バックミラーをのぞき込む猶予ゆうよすら与あたえられない。脳内の生存本能が、最大級の警鐘けいしょうを鳴らし、全身の毛穴がぶわっと逆立さかだつ。直後、鼓膜こまくの奥へと冷酷れいこくに突つき刺ささるような詠唱えいしょうが響ひびき渡わたった。

「『アブソリュートAbsolute ゼロZero』」

 世界から音が消えた。
 凄絶せいぜつなまでの絶対零度の波動が押し寄せ、周囲の大気が一気に氷結する。バキバキバキッ、と不吉ふきつな破砕音はさいおとを立ててフロントガラスが一瞬いっしゅんで白く凍こおりつき、肌はだを切り裂さくような凶悪きょうあくな極寒ごっかんが車内へと襲おそいかかってきた。吐き出す息は白さを通り越して凍こごえるほどになり、肺はいの奥が冷気で激痛げきつうを訴うったえる。

「うわわわわわ!!!!!!めっちゃすべるぅぅううううう!!!!!!」
 完全に凍結とうけつし鏡かがみのようになった路面の上で、車体が激はげしく悲鳴を上げた。四本のタイヤまでもが瞬時しゅんじに凍こおり付きそうになり、路面との摩擦まさつを完全に失った金属の塊かたまりは、死のダンスを踊おどるようにスピンしながらガードレールへと猛スピードで滑すべり出していく。制御不能。このまま壁に激突げきとつしてスクラップになるのも、完全に凍こおりついて肉塊にくかいにされるのも、もはや時間の問題だった。目の前に迫せまる冷たい死の壁。座席に叩たたきつけられる強烈きょうれつな遠心力えんしんりょくに、息をすることすら忘れる。

「くっ!!しっかり捕つかまってろ!!!!」
 その絶望ぜつぼうの淵ふちを、一榎いちかの鋭するどい声が切り裂さいた。一榎いちかはパニックに陥おちいる社内を強引ごういんに割り込み、身をよじるようにして運転席へと滑すべり込む。手汗で滑すべりそうなハンドルをガチリと掴つかみ直すと同時に、ダッシュボードの中央、赤く怪しく明滅めいめつする『Boost』ボタンを親指で力任せに押し込んだ。

 カチ、という小さな起動音。一瞬の静寂せいじゃく――
 ――ヒュォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ


「飛べぇぇぇぇええええええ!!!!」
 ――ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!

 一榎いちかの咆哮ほうこうと同時に、車体の後部から爆発的なエネルギーが解放かいほうされた。ジェット噴射ふんしゃの青白い猛烈もうれつな炎が、鼓膜こまくを容赦ようしゃなく破壊するような大爆音を上げて炸裂さくれつする。氷の世界を力づくで焼き尽くすほどの圧倒的な推進力が、シートへと全員の身体を千切ちぎれるほど強く押し付けた。

 強引にグリップを取り戻した車体は、路面を、重力を、そして背後から迫り来る死の氷結をその圧倒的なパワーで文字通り「振り切り」、空を切り裂く青い流星となって空へと高く、高く打ち出された。


「...目標追跡不可能と判断。ただちに帰投きとうする」

「あら、いつもならしつこく追うのに、今日は諦あきらめが早いのね」

「これを見てみろ」
 漆黒しっこくの外骨格で身を包んだ彼女は、もう一人にそのひび割れを見せた。

「頭部の損傷はリスクを伴ともなう。これ以上の戦闘は難しい」

「さすが、頼りになる~」

「私が傷付いたら守るのが難しくなる」

「そんなに気を遣つかわなくていいのに...でも」
 その仮面から表情は窺うかがえないが、少し不満そうな声色こわいろだった。

「いつもと調子が違うじゃない?」

「...そんなことはない」

「言い訳が下手よねぇ...あの男のことが気になったんでしょ」
 金属の擦こすれる音が動揺どうようを隠しきれず、ひび割れた仮面の奥で何かが揺れる。

「もしかして図星?」

「はぁ...そんなことはない。ただ完璧な状況で獲物えものを狩るだけだ」

「じゃあ、その日を待ってるわね」
 彼女たちは黒い静寂せいじゃくの闇やみに沈んで消えた。





 市内から山道へと入り、視界を埋め尽くすような深緑の山林地帯へと足を踏み入れた。初夏の生命力に溢あふれた木々が重なり合い、突つき刺ささるような日差しを遮さえぎってくれる。肌はだをなでる空気はひんやりと湿しめり気けを帯おび、火照ほてった身体からだを優やさしく鎮しずめてくれるような涼すずやかさがあった。夕闇ゆうやみが迫り、太陽が残光を惜おしむように山嶺さんれいへと傾かたむいていく。

「着いたぞ」
 道を跨またぐ巨大な鳥居を通り抜け、一榎いちかは俺たちに車を降りるよう促うながした。

「この先にある新原にいばる神社を訪たずねるといい。そこに龍巫女みこが2人いる」

「え?本物のドラゴン!?」
 麻椰まやが興奮こうふんした様子で身を乗り出す。

「神社を取り仕切ってる、龍の角が生えた巫女だ。きっと有力情報をもらえるだろうさ」

「由依ゆいがこの神社で看病かんびょうされている、という話でしたよね」

「あぁ、そうだ。行方不明になってる人の情報も読み取れる貴重な御仁ごじんたちなんだ。失礼の無いようにしなよ」
 そう言うと、彼女はエンジンの回転数を上げた。

「えっと、一榎いちかはどっかにいくの?」

「あぁ、この先山を越えると峠とうげをドリフト出来る最高の公道があるんだ。せっかく来たんだし楽しまなきゃな」
 一榎いちかがアクセルをフルスロットルに踏み込むと、内臓を揺さぶるような怒涛どとうの爆音を響かせ、金色の車体は瞬またたく間に小さくなっていった。
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Echo 13 『 黒い馬 』




 ――― 新原ヴァルハラ高等学校 生徒会室にて



「...状況じょうきょうが動き出したようね」
 怪あやしげな雰囲気ふんいきの中、彼女は9つの頭を持つ蛇へびの燭台しょくだいを撫なでながら、心こころの眼めで主人公たちの状況じょうきょうを観察かんさつしていた。

「んで、私の出番でばんはないってわけ?」
 甘娜かんなはそう言うと、目を細ほそめて生徒会長の机つくえに腰こしを掛かけた。

「今回は直接ちょくせつ行くわけじゃないのよ...あなたが失敗しっぱいしたから彼らが直接ちょくせつ出向でむくことになっているの」

「ふーん、つまんない」
 彼女は机つくえから降おりると、近くに備そなえてあったパイプ椅子いすに座すわり、足を組くんで背中せなかを預あずけた。

 どこからともなく紫色むらさきいろに光る蝶ちょうが現あらわれ、机つくえの上うえに降おりてくる。
「そろそろ時間か」

「えぇ、私は情報じょうほうを提供ていきょうしたわ。約束やくそくはしっかり守ってちょうだい」
 生徒会長は人差し指で蝶ちょうを突つつくが、意に介かいさないそぶりで蝶ちょうは机つくえに留とどまる。

「心配に及およばない。あの腰抜こしぬけの裏切者うらぎりものは我われら「壊れた女神の教会」が必かならず叩たたき潰つぶす。邪魔者じゃまものは排除はいじょするまでだ」
 事務的じむてきなな、感情が乗っていない声。言葉ことば1つ1つに、冷徹れいてつな処刑しょけい宣告せんこくが打刻だこくされているかのようだった。

「そう、では契約けいやく更新こうしんでよろしくて?」
 革張かわばり椅子いすの音が軽快けいかいに鳴なる。

「お前たちが裏切うらぎらない限かぎり、我々われわれは神と共にある」
 ひらりと舞まったかと思うと、蝶ちょうは歪ゆがんだ異空間に吸すい込こまれるようにして消きえた。

「今回は我々われわれの出番でばんは無ないようですね」
 シスターは剣けんの手入れを執拗しつように何度も繰くり返かえし、舐なめるような目つきで鞘さやに納おさめると、金属のこすれる音が部屋に軋きしむ。

「ただこれで少なくとも、私たちは自由じゆうに動うごける時間じかんが出来できたというわけ」
 生徒会長が深ふかく腰掛こしかけたその姿すがたに、一同いちどうは思慮しりょを巡めぐらせる。

 甘娜かんなは物足ものたりなさそうな顔で、ぶつくさ文句を言った。
「彼ともうちょっと遊びたかったのになぁ」

「それはあなたが失敗したからではなくて?」
 厳格げんかくな声が、室内の空気を氷のように冷つめたく張はり詰つめさせた。彼女は生徒会長の机つくえに深々ふかぶかと腰こしを掛かける。がら空あきの背中せなかを見せつける様さまは、彼女が相応そうおうの実力の持ち主ぬしであることを物語っていた。

「姉として妹への教育が行き届いていないのでは?」
 彼女は微笑ほほえんで天井てんじょうを見つめ、生徒会長に問いかける。

「あのねぇ...お姉ちゃんは関係ないでしょ」
 甘娜かんなは苛いら立ちを隠かくせなかった。力では互角ごかくと言い張りながらも、彼女の前ではただ爪つめを噛かむことしかできなかった。

「でも十分時間稼かせぎにはなったわ。おかげであの小娘を誘拐ゆうかいできた」

「うーん...でも苦しそうにしてましたよ...」
 もう一人、シスターの弱弱よわよわしい声が彼女に抗議こうぎする。

「えぇ、でも彼らをおびき出すにはこうするしかなかった。情報を与えれば勝手に来てくれるのだから安いものよ」
 そう言うと彼女は真剣しんけんな表情で目だけを動かし、張はり詰つめた声が生徒会室に響ひびく。



「新原ヴァルハラ高等学校の生徒会長として、どんな手段を採とってでも存続そんぞくさせることが優先第一なの」



 ――― 一方その頃



「はっや――――――い!!!」
 ハヤブサになったかのような猛烈もうれつな加速。風が耳元を轟々ごうごうと吹ふき抜ぬけ、景色けしきが線となって後方へ流れていく。

「まるで風のようになったかのようだろ?」

「こんなにスピードを出して大丈夫なんですか......」

「気にすんな、これくらいなんともない」
 一榎いちかは慣なれた手つきでスピードをどんどん上げる。

 足がフワフワと浮くような浮遊感ふゆうかんと、スピーカーから流れる軽快けいかいなリズムが不安を打ち消してくれた。
「あ、これ知ってる!ブルーベリーズBlueberriesの曲でしょ?あの二人組小動物みたいな見た目で好きなんだよねぇ」

「麻椰まや、どうしてそんなの分かるんだ」

「え?だってあんたの妹さん、この曲よく聞いてたから嫌でも覚えるっしょ」
(...そういや妹の趣味しゅみなんて全く気にしたことなかったな...)

「僕もこの曲が好きなんだ。彼女たちに励はげまされてるような気分でね。ビートを刻きざみつけるように記憶きおくに残りやすいんだ」

 確かに聞いているとなんだか心まで踊おどってしまうような気持ちになってくる。
(未夏みかもいつもこの曲を聞いていたのか...)

 ジリジリッッ ......キュージリリリッジリッッジリッッ......
「あれっ、機械きかいの故障こしょう?」
 麻椰まやの疑念ぎねんに、一榎いちかは答えない。

「どうしたんだ?」

「あれを見ろ」
 一榎いちかはバックミラーに視線を向けて促うながす。





 静寂せいじゃくが満みちる空間のなか、奇妙きみょうなまでの圧迫感あっぱくかんに喉のどの奥おくがひりついた。バックミラー越ごしに、後方の暗闇くらやみへ溶とけ込こむ不自然な「黒い影」が視界に入った。最初は、ただ錯覚さっかくか、あるいは見間違いだと思おうとした。だが次の瞬間、皮膚ひふの裏側を冷つめたい針はりで直じかに突つき刺さされるような、得体えたいの知れない視線が背中せなかにグサリと刺ささる。



 見られている。間違いなく、背後の「アレ」に、執拗しつように凝視ぎょうしされている。嫌な汗がじわりと首筋くびすじを伝つたっていく。バクバクと心臓しんぞうの鼓動こどうが不吉ふきつなリズムを刻きざみ始めるなか、吸すい寄よせられるようにバックミラーへ目を凝こらした――その瞬間、頭の芯しんがガチリと凍こおりつくような、総毛そうけ立だつ戦慄せんりつが全身の毛穴けあなを突つき抜ぬけた。



 肺はいが酸素さんそを受け付けるのを拒絶きょぜつし、呼吸こきゅうが完全に停止ていしする。



 ミラーの向こう、太陽の光に歪いびつに浮かび上がったのは、夜の漆黒しっこくに引きずり込むような悍おぞましい異形いぎょうだった。頭部には尖とがった王冠おうかん。そして、光を一切反射しない漆黒しっこくの影かげ。衣服いふくなのか肉体なのかすら判別のつかない闇やみの塊かたまりは、馬の肉体と境界なくドロドロに溶け合っているかのようで、そのシルエットはまるで神話に出てくる「ケンタウロス」にも見えた。奴の周囲の空気だけが、まるで生き物のようにねっとりと粘ねばつく邪悪じゃあくなオーラを放ち、空間ごと黒く歪ゆがませている。

「――ッ!」

 ひう、と喉の奥で引き攣つった短い息が漏もれた。次の瞬間、奴の四本の獣脚じゅうきゃくが、生物のものとは思えない爆発的な駆動くどうで動き出した。アスファルトの地面を暴力的に抉えぐり、肉片のような黒い泥を撒まき散らしながら、凄すさまじい質量でこちらへ向かって足を走らせ、猛烈もうれつに迫せまってくる。バックミラーのなかで、その悍おぞましい輪郭りんかくがまた一回り、急激きゅうげきに巨大化していく。

 距離が、一瞬で詰つまっていく。

 人の顔などないはずの漆黒しっこくの頭部から、脳髄のうずいをじかに凝視ぎょうしされているような、底なしの狂気きょうきの圧が押し寄せる。心臓が肋骨ろっこつの内側を壊こわれそうなほど叩き、指先は氷のように冷たくなっていった。じっとりと滲にじみ出た手汗が、ハンドルを濡ぬらす。

 追いつかれる。捕つかまれば、魂たましいごと引き千切ちぎられる。

 全身の細胞の一つ一つが、消きえかける命を守ろうと全力で危険信号を鳴ならしていた。理性が恐怖で思考を放棄ほうきするより早く、生き延のびようとする生物としての防衛本能が、脳内で狂くるったようにそう囁ささやき、絶叫ぜっきょうしていた。



 ――― 逃げろ。今すぐ、死に物狂ものぐるいでここから逃げろ。



 俺は一榎いちかを見た。分かっている、そんな顔で差し迫せまった恐怖きょうふに真剣しんけんな表情だった。

「ちっ、しゃらくせぇ...とっとと失うせな!!」
 一榎いちかがレバーを引くとトランクが開き、次々と爆弾ばくだんが後方に飛び散り乾かわいた空気が戦火によって張り裂さけた。

 しかしそれでも煙けむりをかきわけ、あの漆黒しっこくのオーラが追いかけてくる。

「どどど、どうすればいいの!?!?うちらもしかして大ピンチ!?」
 麻椰まやが顔から滝たきのように汗が噴き出し、慌あわてふためく。

「自慢じまんのクラスター爆弾ばくだんでも撒まけねぇってことか...本気見せるしかねぇな」

「嬢じょうちゃん、車の運転を頼む」

 一榎いちかは車のルーフを開け上半身を後ろに捻ひねり、腰につけていたリボルバー拳銃けんじゅうRSh-12を両手に構かまえた。
「『ガンスリンガー』の名は伊達だてじゃないってことを思い知らせてやらぁ!!」

「ちょちょちょちょっと!?うちまだ運転やったことないんですけどぉぉおおお!!!」

「『エニグマEnigma ブーストBoost - ヒートHeat !!!』」

「...!!!『......!!!』」

 咆哮ほうこうのような銃声じゅうせいが鼓膜こまくを打つ。次々と放はなたれる弾丸だんがんが金属を穿うがち、ガトリングのように蜂はちの巣にする。

 ピシッと金属音が割われたように、黒いオーラが煙けむりのように消え去った。顔を見た時、俺はその姿に驚愕きょうがくした。全身が金属で覆おおわれ、顔は悪魔のような甲冑かっちゅうの見た目だった。

「なんだあの外骨格がいこっかく...」

「ちっ、よりにもよってあの手先だとは」

「知っているのか?」

「あぁ壊れた女神の教会とかいう狂信者の集まりの中で、アノマリーの超能力を操あやつれるメンバー。その選えらばれた中であの異形いぎょうはあいつらしかいねぇ」

「うぅ、なんとか話し合いで解決できないんすか?」

「頭のネジが外れたやつらに言葉なぞ通用つうようするか。あれは全身機械化した筋金すじがね入りの脳筋のうきんアノマリーだぞ」

 そんなことを話している最中、背後はいごから心臓しんぞうを冷つめたい手で直じかに掴つかまれたかのような、「死の気配けはい」が急接近きゅうせっきんした。バックミラーをのぞき込む猶予ゆうよすら与あたえられない。脳内の生存本能が、最大級の警鐘けいしょうを鳴らし、全身の毛穴がぶわっと逆立さかだつ。直後、鼓膜こまくの奥へと冷酷れいこくに突つき刺ささるような詠唱えいしょうが響ひびき渡わたった。

「『アブソリュートAbsolute ゼロZero』」

 世界から音が消えた。
 凄絶せいぜつなまでの絶対零度の波動が押し寄せ、周囲の大気が一気に氷結する。バキバキバキッ、と不吉ふきつな破砕音はさいおとを立ててフロントガラスが一瞬いっしゅんで白く凍こおりつき、肌はだを切り裂さくような凶悪きょうあくな極寒ごっかんが車内へと襲おそいかかってきた。吐き出す息は白さを通り越して凍こごえるほどになり、肺はいの奥が冷気で激痛げきつうを訴うったえる。

「うわわわわわ!!!!!!めっちゃすべるぅぅううううう!!!!!!」
 完全に凍結とうけつし鏡かがみのようになった路面の上で、車体が激はげしく悲鳴を上げた。四本のタイヤまでもが瞬時しゅんじに凍こおり付きそうになり、路面との摩擦まさつを完全に失った金属の塊かたまりは、死のダンスを踊おどるようにスピンしながらガードレールへと猛スピードで滑すべり出していく。制御不能。このまま壁に激突げきとつしてスクラップになるのも、完全に凍こおりついて肉塊にくかいにされるのも、もはや時間の問題だった。目の前に迫せまる冷たい死の壁。座席に叩たたきつけられる強烈きょうれつな遠心力えんしんりょくに、息をすることすら忘れる。

「くっ!!しっかり捕つかまってろ!!!!」
 その絶望ぜつぼうの淵ふちを、一榎いちかの鋭するどい声が切り裂さいた。一榎いちかはパニックに陥おちいる社内を強引ごういんに割り込み、身をよじるようにして運転席へと滑すべり込む。手汗で滑すべりそうなハンドルをガチリと掴つかみ直すと同時に、ダッシュボードの中央、赤く怪しく明滅めいめつする『Boost』ボタンを親指で力任せに押し込んだ。

 カチ、という小さな起動音。一瞬の静寂せいじゃく――
 ――ヒュォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ


「飛べぇぇぇぇええええええ!!!!」
 ――ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!

 一榎いちかの咆哮ほうこうと同時に、車体の後部から爆発的なエネルギーが解放かいほうされた。ジェット噴射ふんしゃの青白い猛烈もうれつな炎が、鼓膜こまくを容赦ようしゃなく破壊するような大爆音を上げて炸裂さくれつする。氷の世界を力づくで焼き尽くすほどの圧倒的な推進力が、シートへと全員の身体を千切ちぎれるほど強く押し付けた。

 強引にグリップを取り戻した車体は、路面を、重力を、そして背後から迫り来る死の氷結をその圧倒的なパワーで文字通り「振り切り」、空を切り裂く青い流星となって空へと高く、高く打ち出された。


「...目標追跡不可能と判断。ただちに帰投きとうする」

「あら、いつもならしつこく追うのに、今日は諦あきらめが早いのね」

「これを見てみろ」
 漆黒しっこくの外骨格で身を包んだ彼女は、もう一人にそのひび割れを見せた。

「頭部の損傷はリスクを伴ともなう。これ以上の戦闘は難しい」

「さすが、頼りになる~」

「私が傷付いたら守るのが難しくなる」

「そんなに気を遣つかわなくていいのに...でも」
 その仮面から表情は窺うかがえないが、少し不満そうな声色こわいろだった。

「いつもと調子が違うじゃない?」

「...そんなことはない」

「言い訳が下手よねぇ...あの男のことが気になったんでしょ」
 金属の擦こすれる音が動揺どうようを隠しきれず、ひび割れた仮面の奥で何かが揺れる。

「もしかして図星?」

「はぁ...そんなことはない。ただ完璧な状況で獲物えものを狩るだけだ」

「じゃあ、その日を待ってるわね」
 彼女たちは黒い静寂せいじゃくの闇やみに沈んで消えた。





 市内から山道へと入り、視界を埋め尽くすような深緑の山林地帯へと足を踏み入れた。初夏の生命力に溢あふれた木々が重なり合い、突つき刺ささるような日差しを遮さえぎってくれる。肌はだをなでる空気はひんやりと湿しめり気けを帯おび、火照ほてった身体からだを優やさしく鎮しずめてくれるような涼すずやかさがあった。夕闇ゆうやみが迫り、太陽が残光を惜おしむように山嶺さんれいへと傾かたむいていく。

「着いたぞ」
 道を跨またぐ巨大な鳥居を通り抜け、一榎いちかは俺たちに車を降りるよう促うながした。

「この先にある新原にいばる神社を訪たずねるといい。そこに龍巫女みこが2人いる」

「え?本物のドラゴン!?」
 麻椰まやが興奮こうふんした様子で身を乗り出す。

「神社を取り仕切ってる、龍の角が生えた巫女だ。きっと有力情報をもらえるだろうさ」

「由依ゆいがこの神社で看病かんびょうされている、という話でしたよね」

「あぁ、そうだ。行方不明になってる人の情報も読み取れる貴重な御仁ごじんたちなんだ。失礼の無いようにしなよ」
 そう言うと、彼女はエンジンの回転数を上げた。

「えっと、一榎いちかはどっかにいくの?」

「あぁ、この先山を越えると峠とうげをドリフト出来る最高の公道があるんだ。せっかく来たんだし楽しまなきゃな」
 一榎いちかがアクセルをフルスロットルに踏み込むと、内臓を揺さぶるような怒涛どとうの爆音を響かせ、金色の車体は瞬またたく間に小さくなっていった。
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次の話Echo 14 『 新原神社 』
ゲマトレイル Gematrail — 残響領域の観測者 — 紅蓮よ、咲き誇れ作者:⛰️終末 金剛山
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