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第一話 月の学舎 後編

 最初の授業で習ったのは、文字の読み書きからである。
 ユキは兄から手紙で教えられており、簡単な読み書きぐらいはできたので、兄にとても感謝をした。
 他の子たちも全く文字の読み書きができない子はいないようで、差はあれどみなある程度できるようだった。文字の読み書きを覚えるために、シンファ見習いたちは簡単な本を渡されていた。このクイージェナの地を守る神々について書いてある、子供向けの本であった。元々本の好きなユキは、嬉しそうにこの本を受け取った。

 授業はその後、シンファについての話となった。

「シンファは、古い言葉で『シン』を『使うもの』という意味だ。昔は今みたいに心具が発達していなかったから、シンファは今でいうリーヤしかいなかった。しかし、今から約五百年に、心晶石を加工してシンから刀身を作るという技術ができてから、武器としての心具は急速に発達していった。そこからシンでできた剣を使う者をザンファ、シンでできた弓矢を使う者をリユーファ、シンで強化した籠手や靴を使い戦う者をネファ、また心具を使って罠を仕掛ける者をティッパーと呼ぶようになり、それらをまとめてシンファと呼ぶようになったんだ。そこで、元々シンファと呼んでいた自身のシンだけを使って戦うものを、昔の言葉で『至高の人』という意味のリーヤと呼ぶようになったんだ」

 ナユタは丁寧な口調で説明していく。

「そして、心晶石を加工するシン・アティアも今から約二百年前にシンファとして扱われるようになった。しかし、シン・アティアは少し特殊でな、シンファの試験を受け合格した後、次はシン・アティアの試験を受けなければならない。また、心晶石を加工して心具を作るには、シン・アティアの資格を持ってなければならないから注意してくれ。自身の武器を加工したい時は、必ずシン・アティアの資格を持っている人と行うこと」

ナユタの説明に、自分で加工しちゃだめなんだな、とユキは心の中でつぶやいた。ユキは心晶石についてならある程度知っていたが、心具についてはそういったものがあるという認識しかなかった。心晶石の加工に至っては、一体何を行うのか全く見当もつかない。何日か前にハオから心晶石の加工方法を本を見ながら教えてもらったが、よく分からない数式や文字列が並んでいて、ユキはすぐに自分には無理だと諦めてしまった。

「......また、みなも知っての通り、シンファには身分や種族関係なくなれる。だから農家の出身でも、王子様でもシンファになれる。ヤン族やイルーダ族出身のシンファだっている。......そして、リン・シャロル出身でも、女性でもシンファになれるんだ」

 ナユタは最後の言葉を、はっきりとユキを見つめながら言った。突然のことにユキはドキリとしてナユタを見つめ返す。何人かが自分をちらりと見たが、特に何事もなく授業は続いていった。

 その後、シンファ見習いたちは心晶石や心具についての説明を受け、午前中の授業は終わった。
 午後の授業が始まるまで昼休憩となるが、その前に昼食の時間となる。昼食は兵舎にある食堂でとることになっている。

 シンファ見習いたちはみなで隣にある兵舎まで歩いて行く。寮に入らない子たちは初めて兵舎の中に入るので、どこか緊張している様子である。ユキも月虹隊のみな以外と食べるのは初めてなので、新鮮な気分だ。
 食堂に入ると、シンファたちが緊張しているシンファ見習いたちを懐かしそうに笑いながら見つめくる。幼いシンファ見習いたちは、頭一つ以上大きいシンファたちに紛れながら食堂の列に並んでいった。
 ユキは食堂でも先ほど自分につっかかってきたジョハナという少年と隣の席になってしまった。また何か言われるのかなと身構えていたが、いざ昼食を食べてみるとそんなことは忘れてしまった。
 今日の昼食には、自分のこぶしよりも一回りは大きい、真っ赤な楕円形の果物があったのだ。身を包む皮は魚のうろこのようになっていて、以外に固い。一体どうやって食べればいいのかと、ユキはその果物を手に取ってまじまじと見つめていた。

「どうしたんだ、ユキ。食べないのか?」

 ジョハナは果物を見つめたまま動かないユキに向かって不思議そうに問いかけた。

「......先輩、この果物はなんですか?」

 ユキはジョハナの方を向き、丁寧な口調で聞く。

「お前、陽だまりの実も知らないのか?」

 ジョハナは驚いたように聞き返す。

「これ、陽だまりの実って言うんですか?」

「そうだ。お前は本当に何も知らないんだなぁ。こういう風に皮をむしって食べるんだよ。中に大きい種があるから、気を付けろよ」

 ジョハナは得意になって説明していく。ユキはジョハナが陽だまりの実を食べる様子を見ながら、自分も真似してうろこ状の皮を取っていく。皮は鮮やかな赤色なのに対して、中身は意外にも乳白色である。甘い香りのするそれをユキが一口かじると、今までに味わったことのない甘さが口いっぱいに広がっていく。

「甘い!」

 あまりの甘さに、ユキは驚いてそう言いジョハナの方を向く。
 ジョハナもその声に驚いたような顔でユキを見つめ返した。

「先輩、これすごく甘いです!」

 ユキは嬉しそうにそう言うが、ジョハナは驚いた顔のまま固まってしまっている。さすがにはしゃぎすぎたかと、ユキは恥ずかしくなって口をつぐんだ。

「......お前、どうなってるんだ。最初見た時は黒色の瞳だと思ったのに、今朝俺と話した時は紫色の瞳になった......。でも、その後黒い瞳に戻ったと思ったら、この実を食べたとたん今度は金色に光り出した......! どうなってるんだ、その瞳!」

 ジョハナはユキの目を指差して言う。その声に気付いてか、周りにいた子たちもユキの瞳を見てざわめき出した。ユキは、そういえば何の説明をしていなかったことを思い出し、「あ」と声を出す。

「私、感情によって瞳の色が変わるんです。普段は黒色なんだけど、困った時は紫色になって、嬉しい時は金色になります。驚かせてすいません」

 ユキは口をもぐもぐさせながら簡単に説明する。それでも、ジョハナは依然として驚いた顔のままである。

「お前......、まさか、リン・シャロルの民なのか......」

 ジョハナは震える声でそう聞き、ユキは「そうです」とまた簡単に答える。別に隠すことでもないし、どちらかというと自分がリン・シャロルの民であることを色んな人に知ってほしいくらいだった。「信じられない......」と、ジョハナはつぶやくように言う。

「じゃ、じゃぁ、知っているか? ハクという名のリーヤのことだ。彼もリン・シャロルの民出身でな、とんでもなく優秀なリーヤだったんだ。......でも、一年前、元太陽の国の王に襲われ亡くなってしまったらしい。だけど、今でも彼以上のリーヤはいないと言われているんだぞ!」

 ジョハナは身を乗り出して聞いてくる。まさか兄の名が出てくるとは思わず驚くが、その輝いた無垢な瞳に、ユキはなんだか嬉しくなってくる。

「もちろん、知っていますよ先輩。なんたってハクは私の兄ですから」

 ユキは楽しそうに笑ってジョハナに言った。すると、ユキの想像通りジョハナは驚いた顔で「えぇ!?」と叫んだ。その声に驚いて、近くにいた人々がユキたちの机に注目し始める。シンファ見習いの子たちも、驚いた顔でユキのことを見つめていた。

「嘘だろ? え、本当か!?」

 ジョハナは混乱したようにそう言い、その様子をユキを楽しそうに見つめていた。「そうです」とユキが答えても、ジョハナはまだ信じられないといった顔でユキを見つめるだけである。「信じられない......」と、ジョハナは呆然としてつぶやいた。
 昼食を終えて学舎に戻る道中も、ジョハナは何か考えるように黙り込んでしまい、チラチラとユキを横目で見ても何も問いかけてはこなかった。一体彼が自分に対して何を思っているのかなんて、ユキは知る由もなかった。なんだか彼との距離が開いてしまったようで少し悲しくなる。

 午後からの授業は、外に出て実際にシンを使ってみる授業だった。学舎のすぐ横にある運動場にシンファ見習いたちは集められ、みな緊張しているような、ワクワクしているような顔立ちでナユタの指示を待っている。ユキはというと、久しぶりに思い切りシンを使えるのが嬉しかった。ルカとの約束で、本気でシンを使うのは試合の時か学舎での練習の時だけと言われていたので、ここ数日間抑制してきたシンを早く放出したくて仕方なかった。別にシンを放出しなくても体調が悪くなることはないのだが、なんだか体が凝っているような、抑え込まれているような気がしてくる。それに、シンを扱う際の勘も鈍っていってしまうような気がして嫌なのだ。
 運動場には、木の板でできたユキの身長よりも少し低い的が置かれている。この的に向かってシンを放出するというのが、今回の授業内容であった。簡単な内容だなとユキは思ったが、どうやらシンファ見習いたちにとってはそうでないようだ。まず、ほとんどの子が自身の体からシンを放出することがうまくできないようである。みな、両手を的に向かって伸ばし、体中に力を込めてやっと微弱なシンの波動を出せるようで、誰一人的を揺らすほどのシンを放出できる子はいなかった。 

「最初から的の方向だけに絞ってシンを放出するのは難しい。シンを放出するには、まず全身からシンの波動を出すところから始まる。そこから徐々にシンを出す感覚を体で覚えていけば、しだいにシンの量の調節や出す場所、方向を絞ってシンを出せるようになるんだ。いきなり的を倒そうなんて考えずに、まずは少しでもシンを放出して、その感覚を覚えることを目標にしたほうがいい」

 ナユタは教え子たちに穏やかな口調で言う。また、彼はうまくシンを放出できない子たちに対して、どこに力をいれたらよいか、どのような体勢だとシンを出しやすいかを丁寧に教えており、ユキの目からしても優秀な教師であることが分かった。ナユタがシンファ見習いたちにシンの扱い方を教えているのを見ながら、ユキは自分が初めてシンを放出したのはいつだったろうかと考えていた。特に誰かに教えてもらったわけではないが、兄が自在にシンを扱っているのを見て自分も真似をしていた頃を思い出し、ユキはまた懐かしい気持ちになる。

 ふと的の方から歓声が上がったかと思うと、どうやらジョハナがシンファ見習いの子たちの中で初めて的を倒すことができたようだった。的の前には「すごい!」と歓声を上げている子供たちと、その中心で誇らしげに立っているジョハナがいた。

「すごいなジョハナ、さすが町の学舎で訓練していただけはあるな」

 ナユタは手を叩きながらジョハナを褒める。
「これぐらい簡単ですよ」と、ジョハナはまた誇らしげに言った。

「じゃぁ、次はユキ、君で最後だ」

 ナユタは倒れた的を片手で起こしながらユキに言う。ユキはようやく自分の番がきて、「はい!」と大きな声で返事をした。
 ユキが呼ばれたことで、全員の注目がユキに集まる。ジョハナも、どこか挑戦的な目を輝かせながらユキのことを見つめていた。
 ユキは的から決められた位置まで下がり、小さく息をはいた。どのくらいの強さで放出すればいいのだろうかと頭で考える。けっこう簡単なつくりの軽い的なので、それほど本気を出さなくでも倒れそうである。しかしジョハナや周りの子たち、そしてナユタまでも期待しているような目でユキのことを見るので、本気を出さないのもなんだか気が引ける。なによりも、ジョハナが自分を品定めするような、実力を伺っているような目で見つめてくるので、ユキの心に何か熱いものが沸々と湧き上がってきている。
 誰にも傷つけないように、的だけに方向を絞って放出すれば大丈夫だろう。
 そう考えて、ユキは的を睨みつけ全神経を集中させる。



  途端、バァン!と大きな音が運動場に鳴り響き、的が木端微塵に吹き飛んでしまった。その場にいた誰もがユキに集中していたので、的が壊れたことに気付くのが遅れ、みな声を出せぬまま驚きの表情をした。なぜならば、ユキがシンを放出し的が壊れるまでの間、ユキは微動だにしなかったのだ。並のシンファであればこれほどまでに強力なシンを放出する際、体に力を込める仕草をするか体勢を変えるかするはずなのに、ユキは傍から見ればただ棒立ちのままシンを放出したことになる。放出した後その反動でわずかに揺れたが、ここにいる誰もがいつユキがシンを放出するか予測できなかった。初動なしでこれほどまでのシンを放出できる人間など、過去を振り返っても数えるほどしかいないだろう。
 みな驚いた表情のままユキをじっと見つめていた。


「あの......すいません......」


 ユキは的を木端微塵にしてしまったことに対し、申し訳なさそうに謝罪する。ユキ自身、久しぶりにシンを放出したものだから、嬉しさのあまり必要以上にシンを出してしまったのだ。そして、ジョハナに対しての闘争心もそれに拍車をかけただろう。こんな調整もできないなんてと、ユキはなんだか恥ずかしくなってくる。

「いや、大丈夫だ......。さすがだよ、ユキ」

 そう言ってナユタは今日一番の拍手をユキに送る。それにつられ、周りの子たちも手を叩きながら「すごい!」と声を上げ始める。ユキは嬉しくなって「ありがとうございます」と誇らしげに言った。
 ジョハナは依然として呆然としたままだったが、やがて「すごい......」と言葉をもらし、目を輝かせてユキを見つめた。
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禁断の白作者:御米田よね
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第一話 月の学舎 後編

 最初の授業で習ったのは、文字の読み書きからである。
 ユキは兄から手紙で教えられており、簡単な読み書きぐらいはできたので、兄にとても感謝をした。
 他の子たちも全く文字の読み書きができない子はいないようで、差はあれどみなある程度できるようだった。文字の読み書きを覚えるために、シンファ見習いたちは簡単な本を渡されていた。このクイージェナの地を守る神々について書いてある、子供向けの本であった。元々本の好きなユキは、嬉しそうにこの本を受け取った。

 授業はその後、シンファについての話となった。

「シンファは、古い言葉で『シン』を『使うもの』という意味だ。昔は今みたいに心具が発達していなかったから、シンファは今でいうリーヤしかいなかった。しかし、今から約五百年に、心晶石を加工してシンから刀身を作るという技術ができてから、武器としての心具は急速に発達していった。そこからシンでできた剣を使う者をザンファ、シンでできた弓矢を使う者をリユーファ、シンで強化した籠手や靴を使い戦う者をネファ、また心具を使って罠を仕掛ける者をティッパーと呼ぶようになり、それらをまとめてシンファと呼ぶようになったんだ。そこで、元々シンファと呼んでいた自身のシンだけを使って戦うものを、昔の言葉で『至高の人』という意味のリーヤと呼ぶようになったんだ」

 ナユタは丁寧な口調で説明していく。

「そして、心晶石を加工するシン・アティアも今から約二百年前にシンファとして扱われるようになった。しかし、シン・アティアは少し特殊でな、シンファの試験を受け合格した後、次はシン・アティアの試験を受けなければならない。また、心晶石を加工して心具を作るには、シン・アティアの資格を持ってなければならないから注意してくれ。自身の武器を加工したい時は、必ずシン・アティアの資格を持っている人と行うこと」

ナユタの説明に、自分で加工しちゃだめなんだな、とユキは心の中でつぶやいた。ユキは心晶石についてならある程度知っていたが、心具についてはそういったものがあるという認識しかなかった。心晶石の加工に至っては、一体何を行うのか全く見当もつかない。何日か前にハオから心晶石の加工方法を本を見ながら教えてもらったが、よく分からない数式や文字列が並んでいて、ユキはすぐに自分には無理だと諦めてしまった。

「......また、みなも知っての通り、シンファには身分や種族関係なくなれる。だから農家の出身でも、王子様でもシンファになれる。ヤン族やイルーダ族出身のシンファだっている。......そして、リン・シャロル出身でも、女性でもシンファになれるんだ」

 ナユタは最後の言葉を、はっきりとユキを見つめながら言った。突然のことにユキはドキリとしてナユタを見つめ返す。何人かが自分をちらりと見たが、特に何事もなく授業は続いていった。

 その後、シンファ見習いたちは心晶石や心具についての説明を受け、午前中の授業は終わった。
 午後の授業が始まるまで昼休憩となるが、その前に昼食の時間となる。昼食は兵舎にある食堂でとることになっている。

 シンファ見習いたちはみなで隣にある兵舎まで歩いて行く。寮に入らない子たちは初めて兵舎の中に入るので、どこか緊張している様子である。ユキも月虹隊のみな以外と食べるのは初めてなので、新鮮な気分だ。
 食堂に入ると、シンファたちが緊張しているシンファ見習いたちを懐かしそうに笑いながら見つめくる。幼いシンファ見習いたちは、頭一つ以上大きいシンファたちに紛れながら食堂の列に並んでいった。
 ユキは食堂でも先ほど自分につっかかってきたジョハナという少年と隣の席になってしまった。また何か言われるのかなと身構えていたが、いざ昼食を食べてみるとそんなことは忘れてしまった。
 今日の昼食には、自分のこぶしよりも一回りは大きい、真っ赤な楕円形の果物があったのだ。身を包む皮は魚のうろこのようになっていて、以外に固い。一体どうやって食べればいいのかと、ユキはその果物を手に取ってまじまじと見つめていた。

「どうしたんだ、ユキ。食べないのか?」

 ジョハナは果物を見つめたまま動かないユキに向かって不思議そうに問いかけた。

「......先輩、この果物はなんですか?」

 ユキはジョハナの方を向き、丁寧な口調で聞く。

「お前、陽だまりの実も知らないのか?」

 ジョハナは驚いたように聞き返す。

「これ、陽だまりの実って言うんですか?」

「そうだ。お前は本当に何も知らないんだなぁ。こういう風に皮をむしって食べるんだよ。中に大きい種があるから、気を付けろよ」

 ジョハナは得意になって説明していく。ユキはジョハナが陽だまりの実を食べる様子を見ながら、自分も真似してうろこ状の皮を取っていく。皮は鮮やかな赤色なのに対して、中身は意外にも乳白色である。甘い香りのするそれをユキが一口かじると、今までに味わったことのない甘さが口いっぱいに広がっていく。

「甘い!」

 あまりの甘さに、ユキは驚いてそう言いジョハナの方を向く。
 ジョハナもその声に驚いたような顔でユキを見つめ返した。

「先輩、これすごく甘いです!」

 ユキは嬉しそうにそう言うが、ジョハナは驚いた顔のまま固まってしまっている。さすがにはしゃぎすぎたかと、ユキは恥ずかしくなって口をつぐんだ。

「......お前、どうなってるんだ。最初見た時は黒色の瞳だと思ったのに、今朝俺と話した時は紫色の瞳になった......。でも、その後黒い瞳に戻ったと思ったら、この実を食べたとたん今度は金色に光り出した......! どうなってるんだ、その瞳!」

 ジョハナはユキの目を指差して言う。その声に気付いてか、周りにいた子たちもユキの瞳を見てざわめき出した。ユキは、そういえば何の説明をしていなかったことを思い出し、「あ」と声を出す。

「私、感情によって瞳の色が変わるんです。普段は黒色なんだけど、困った時は紫色になって、嬉しい時は金色になります。驚かせてすいません」

 ユキは口をもぐもぐさせながら簡単に説明する。それでも、ジョハナは依然として驚いた顔のままである。

「お前......、まさか、リン・シャロルの民なのか......」

 ジョハナは震える声でそう聞き、ユキは「そうです」とまた簡単に答える。別に隠すことでもないし、どちらかというと自分がリン・シャロルの民であることを色んな人に知ってほしいくらいだった。「信じられない......」と、ジョハナはつぶやくように言う。

「じゃ、じゃぁ、知っているか? ハクという名のリーヤのことだ。彼もリン・シャロルの民出身でな、とんでもなく優秀なリーヤだったんだ。......でも、一年前、元太陽の国の王に襲われ亡くなってしまったらしい。だけど、今でも彼以上のリーヤはいないと言われているんだぞ!」

 ジョハナは身を乗り出して聞いてくる。まさか兄の名が出てくるとは思わず驚くが、その輝いた無垢な瞳に、ユキはなんだか嬉しくなってくる。

「もちろん、知っていますよ先輩。なんたってハクは私の兄ですから」

 ユキは楽しそうに笑ってジョハナに言った。すると、ユキの想像通りジョハナは驚いた顔で「えぇ!?」と叫んだ。その声に驚いて、近くにいた人々がユキたちの机に注目し始める。シンファ見習いの子たちも、驚いた顔でユキのことを見つめていた。

「嘘だろ? え、本当か!?」

 ジョハナは混乱したようにそう言い、その様子をユキを楽しそうに見つめていた。「そうです」とユキが答えても、ジョハナはまだ信じられないといった顔でユキを見つめるだけである。「信じられない......」と、ジョハナは呆然としてつぶやいた。
 昼食を終えて学舎に戻る道中も、ジョハナは何か考えるように黙り込んでしまい、チラチラとユキを横目で見ても何も問いかけてはこなかった。一体彼が自分に対して何を思っているのかなんて、ユキは知る由もなかった。なんだか彼との距離が開いてしまったようで少し悲しくなる。

 午後からの授業は、外に出て実際にシンを使ってみる授業だった。学舎のすぐ横にある運動場にシンファ見習いたちは集められ、みな緊張しているような、ワクワクしているような顔立ちでナユタの指示を待っている。ユキはというと、久しぶりに思い切りシンを使えるのが嬉しかった。ルカとの約束で、本気でシンを使うのは試合の時か学舎での練習の時だけと言われていたので、ここ数日間抑制してきたシンを早く放出したくて仕方なかった。別にシンを放出しなくても体調が悪くなることはないのだが、なんだか体が凝っているような、抑え込まれているような気がしてくる。それに、シンを扱う際の勘も鈍っていってしまうような気がして嫌なのだ。
 運動場には、木の板でできたユキの身長よりも少し低い的が置かれている。この的に向かってシンを放出するというのが、今回の授業内容であった。簡単な内容だなとユキは思ったが、どうやらシンファ見習いたちにとってはそうでないようだ。まず、ほとんどの子が自身の体からシンを放出することがうまくできないようである。みな、両手を的に向かって伸ばし、体中に力を込めてやっと微弱なシンの波動を出せるようで、誰一人的を揺らすほどのシンを放出できる子はいなかった。 

「最初から的の方向だけに絞ってシンを放出するのは難しい。シンを放出するには、まず全身からシンの波動を出すところから始まる。そこから徐々にシンを出す感覚を体で覚えていけば、しだいにシンの量の調節や出す場所、方向を絞ってシンを出せるようになるんだ。いきなり的を倒そうなんて考えずに、まずは少しでもシンを放出して、その感覚を覚えることを目標にしたほうがいい」

 ナユタは教え子たちに穏やかな口調で言う。また、彼はうまくシンを放出できない子たちに対して、どこに力をいれたらよいか、どのような体勢だとシンを出しやすいかを丁寧に教えており、ユキの目からしても優秀な教師であることが分かった。ナユタがシンファ見習いたちにシンの扱い方を教えているのを見ながら、ユキは自分が初めてシンを放出したのはいつだったろうかと考えていた。特に誰かに教えてもらったわけではないが、兄が自在にシンを扱っているのを見て自分も真似をしていた頃を思い出し、ユキはまた懐かしい気持ちになる。

 ふと的の方から歓声が上がったかと思うと、どうやらジョハナがシンファ見習いの子たちの中で初めて的を倒すことができたようだった。的の前には「すごい!」と歓声を上げている子供たちと、その中心で誇らしげに立っているジョハナがいた。

「すごいなジョハナ、さすが町の学舎で訓練していただけはあるな」

 ナユタは手を叩きながらジョハナを褒める。
「これぐらい簡単ですよ」と、ジョハナはまた誇らしげに言った。

「じゃぁ、次はユキ、君で最後だ」

 ナユタは倒れた的を片手で起こしながらユキに言う。ユキはようやく自分の番がきて、「はい!」と大きな声で返事をした。
 ユキが呼ばれたことで、全員の注目がユキに集まる。ジョハナも、どこか挑戦的な目を輝かせながらユキのことを見つめていた。
 ユキは的から決められた位置まで下がり、小さく息をはいた。どのくらいの強さで放出すればいいのだろうかと頭で考える。けっこう簡単なつくりの軽い的なので、それほど本気を出さなくでも倒れそうである。しかしジョハナや周りの子たち、そしてナユタまでも期待しているような目でユキのことを見るので、本気を出さないのもなんだか気が引ける。なによりも、ジョハナが自分を品定めするような、実力を伺っているような目で見つめてくるので、ユキの心に何か熱いものが沸々と湧き上がってきている。
 誰にも傷つけないように、的だけに方向を絞って放出すれば大丈夫だろう。
 そう考えて、ユキは的を睨みつけ全神経を集中させる。



  途端、バァン!と大きな音が運動場に鳴り響き、的が木端微塵に吹き飛んでしまった。その場にいた誰もがユキに集中していたので、的が壊れたことに気付くのが遅れ、みな声を出せぬまま驚きの表情をした。なぜならば、ユキがシンを放出し的が壊れるまでの間、ユキは微動だにしなかったのだ。並のシンファであればこれほどまでに強力なシンを放出する際、体に力を込める仕草をするか体勢を変えるかするはずなのに、ユキは傍から見ればただ棒立ちのままシンを放出したことになる。放出した後その反動でわずかに揺れたが、ここにいる誰もがいつユキがシンを放出するか予測できなかった。初動なしでこれほどまでのシンを放出できる人間など、過去を振り返っても数えるほどしかいないだろう。
 みな驚いた表情のままユキをじっと見つめていた。


「あの......すいません......」


 ユキは的を木端微塵にしてしまったことに対し、申し訳なさそうに謝罪する。ユキ自身、久しぶりにシンを放出したものだから、嬉しさのあまり必要以上にシンを出してしまったのだ。そして、ジョハナに対しての闘争心もそれに拍車をかけただろう。こんな調整もできないなんてと、ユキはなんだか恥ずかしくなってくる。

「いや、大丈夫だ......。さすがだよ、ユキ」

 そう言ってナユタは今日一番の拍手をユキに送る。それにつられ、周りの子たちも手を叩きながら「すごい!」と声を上げ始める。ユキは嬉しくなって「ありがとうございます」と誇らしげに言った。
 ジョハナは依然として呆然としたままだったが、やがて「すごい......」と言葉をもらし、目を輝かせてユキを見つめた。
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