第二話 肩慣らし 前編
ユキが月の学舎の運動場で練習用の的を木っ端微塵にし、シンファ見習いたちから質問責めにあっている間、月虹隊はちょうど練習試合を行うところであった。
本日の練習試合は、月の兵舎の敷地内にある競技場で行われる。月虹隊の相手は銀星隊という隊で、隊員はみな月虹隊と同年代という若い隊である。
「一年ぶりかー。なんか緊張すんな」
競技場の控室で、シノは身に付けた心具の確認をしながらつぶやいた。月虹隊はみな私服ではなく、試合用の服に着替えている。服は隊によって違っていて、月虹隊のものは上下黒色で、月虹を想像させる白い模様がところどころ描かれている。また、みな胸元には月虹隊の記章と、親指ほどの大きさの吸収石を付けている。
「相手は銀星隊か......。何回かあたったことあるね。勝ち数でいえば俺たちの方が多いはずだ」
レイも弓の最終調整をしながらそう言う。
「あぁ......。だが、ここ一年でだいぶ力を付けてきたからな、昔のようにはいかないぞ。それにこっちは三人しかいないからな」
ルカはみなを見渡して言う。一年前までは月虹隊の方が実力では上だったが、今でもそうかは分からない。しかも三対四となると、月虹隊としてはだいぶ分が悪い。
「大丈夫よ! 三人ともこの一年試合には出られなかったけど、ちゃんと訓練してきたじゃない! それに私の調整した心具もあるし、もっと自信持ちなさい!」
ハオは笑ってルカの背を叩く。
「そうだな......。ありがとう、ハオ。この剣、すごく手に馴染むよ」
ルカは剣の柄をにぎりハオに見せると、淡い光を放つ刀身が静かに現れた。ルカの剣の刀身は真っすぐではなく、切っ先に向かってわずかに反った形状をしている。
「そうでしょう! 前のよりも強度も威力も上がってるはずよ。レイちゃんも大丈夫?」
「うん、指にぴったりだよ。それに、前よりも弓矢の出る速度が上がった気がする」
レイは自身の右手を開いてハオに見せる。その人差し指には、青く輝く心具が埋め込まれた指輪をはめていた。
「俺のもばっちりだぜ、ハオ。軽いし使いやすいし、威力もある」
シノは腰や足に付けた心具を軽く叩いて笑う。
「そうでしょう!」と、ハイは笑って胸を張る。
「......そろそろ行くか」
ルカは微笑みながらも真剣な口調で言う。「うん」、「おぉ」とレイとシノは口々に返事をしてルカについて歩き出していく。「頑張ってらっしゃい!!」とハオは大きな声で三人の背中に向かって声援を送る。
「あーちょっと緊張してきたな」
控室から競技場に繋がる廊下を歩いている最中、レイは苦笑しながらそう言った。「そうだな」と、ルカも静かに笑って返す。
「......ありがとな、レイ。月虹隊に残ってくれて」
唐突なルカの言葉に、レイは戸惑った表情で「え」とつぶやく。
「......知ってるぜ、お前他の隊から声がかかってたんだろ。お前の実力なら、どの隊でもやっていけたはずだ。俺もシノも試合に出れなくて、解散の話も出てたのに、それでもお前はこの隊に残ってくれた。......本当にありがとう」
ルカは心からの言葉をレイに言う。レイはしばらく無言のままルカの横顔を見つめていたが、やがて金色の目を細めて穏やかに笑った。
「あたりまえじゃないか......。最初に俺を受け入れてくれた月虹隊を、離れるわけがないさ。これからも、この先も」
レイが微笑みながらそう言うと、ルカも「そうか」と言って笑った。
「シノもそうだ。お前も風の国に帰るつもりだったんだろ?」
ルカがそう聞くと、シノは「あー」と間延びした声を出した。
「まぁ、そんなことも一瞬考えたけどな。それでも俺は、月虹隊を離れることはできなかった。きっとまた復活できるって、心のどこかで信じてたんだ。信じて良かったよ、またこうやって試合に出れるからな」
シノはそう言って屈託無く笑った。そんなシノの顔を見て、ルカもつられて笑う。
「まぁ、そういうしけた話は後にしようぜ。今は試合に集中だ」
シノはルカとレイの肩を気合いを入れるように強く叩く。それに応えるように、ルカとレイもシノの背中を叩いた。
「そうだな......、まずは肩慣らしだ」
ルカは静かにそう言うと、試合会場の扉を開いていった。
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競技場を囲むようにして建っている観客席はほぼ満員で、誰もが試合開始を今か今かと待ち構えている。月の兵舎の敷地内にある競技場での試合には、月のシンファたちだけでなく一般の人たちも観戦料を払えば誰でも観戦できることが多い。人気が高い隊の試合は観戦者が多くなり、今回も近頃実力を上げてきた銀星隊と、一年ぶりに活動を再開する月虹隊との試合であるため、公式ではない練習試合であるにも関わらず観客たちは大いに盛り上がっていた。
『皆さま、ご来場いただきありがとうございます。本日の審判は明星隊の隊員と、実況は私、明星隊の隊長アヌが務めさせていただきます』
アヌは拡声石でできた心具を口に当て、観客席に響く声であいさつをすると観客席からも歓声が上がった。練習試合での審判はシンファ隊が持ち回りで行っている。今回の試合では、月虹隊と昔から仲の良い明星隊が買って出てくれた。また、普通練習試合では実況がつかないことが多いが、今回は観客が多く、月虹隊の休止明けの試合であることから、アヌが自ら志願してやってくれている。
『本日は月虹隊と銀星隊の試合です。ご存知の方は多いと思われますが、月虹隊は一年ぶりの試合となります。隊長はザンファのルカ、隊員にはリユーファのレイガナンド、そしてティッパーのシノという、三人体制の隊です。一方の銀星隊は隊長にザンファのキカラ、隊員は同じくザンファのイア、リユーファのレラン、ネファのパクサと、四人体制ですので、人数的には月虹隊が不利となります。また、今回は殲滅戦ですので、人数の少ない月虹隊がより不利な状況となっております。この逆境に対し、果たしてどのような試合を見せてくれるのでしょうか!』
アヌはいきいきと解説を続ける。
「アヌのやつ、はりきってるな」
試合開始場所で開始の合図を待ちながら、隣にいるルカに向かってシノは笑いながらささやく。
「あぁ......、あいつに感謝しないとな」
ルカも薄く笑ってささやいた。
『今回の試合では、試合開始時は月虹隊が西、銀星隊は東に配置され、試合開始の合図とともにそれぞれ相手を全滅させるために競技場をめぐり出します。会場には見ての通り高い壁や岩などの障害物が多く置かれており、それをうまく利用して策を練っていくことが重要です。......さぁ、間もなく試合開始です!』
アヌはそう言うと同時に、試合開始を告げる笛の音が競技場全体に響く。観客からの歓声が一層大きくなった。
『試合が始まりました!! 最初に動き出すのはどの隊でしょうか......』
アヌが言い終わらぬうちに、閃光が西から東に向かって瞬き、その瞬間爆発音が響きわたる。観客席からも悲鳴が上がる。
『レイ選手からの爆矢が銀星隊に襲い掛かる! さすがレイ選手、すでに銀星隊の位置を捉えているようです。月虹隊、さっそく先制攻撃を仕掛けました......おっと、もう一発!』
またも閃光が同じ位置に降りそそぐ。そして爆発音が聞こえ、それに伴い砂煙が東側に巻き上がっている。
『試合開始直後から月虹隊の強烈な攻撃が銀星隊を襲います。砂煙がわずかに出ていますが、吸収石が弾けた様子はないので銀星隊の脱落者おりません。このレイ選手の攻撃は牽制だったのでしょうか、それとも他に狙いがあったのでしょうか......。さぁ、両隊が大きく動き出しましたよ!』
砂煙が晴れていく競技場を見下ろしながら、アヌは楽しそうに目を輝かせ声を張り上げた。